嗚呼……! ダメですお兄様! 私とお兄様は血の繋がった兄妹――アッ~~~~~~~~!(前編)
「ハァ……」
窓から差し込む陽気な光とは対照的な、陰気さを含むため息がこぼれる。
「リーシャお嬢様、ため息なんて吐いてどうしたんですか? 何かお悩みでも?」
「……ヘレン、わかってて聞いてるでしょ?」
「え~! ヘレンには全然わかりませんよ~!」
ヘレンは胸の前で両手を合わせてクネクネと腰を振っている。
メイドが主に対してしていいような態度ではないが、私はそれも込みで彼女を専属に選んでいるため普段なら怒ることはない。
ただ、今回ばかりは流石に少しイラっときてしまった。
「お、怒るよ!」
「リーシャお嬢様、残念ながら全然怖くありません。むしろ可愛いです!」
「ほ、本当に怒ってるんだよ!?」
「そう仰られても、ヘレンがわからないのは事実ですよ? 何でそんなに悩むんですか?」
「そんなの……、当たり前でしょ!」
この状況で悩まないのであれば、倫理観が破綻していると言わざるを得ない。
……でも、考えてみればヘレンの倫理観は最初から破綻していた気もする。
でなければ、この性格でメイドなんてやろうとは思わないだろう。
「え~! いいじゃないですか! 兄と妹の禁断の愛!」
「一応禁断だとは思ってるのね……」
流石のヘレンも、そのくらいの法律や常識は知っていたようだ。
まあ、知ったうえで言ってるのも十分タチが悪いけど……
ヘレンの言う通り、私の悩みとは兄――フランジェリコ兄様のことについてである。
フランジェリコ兄様は私の2つ上の兄であり、憧れの存在だ。
私などとは比べ物にならないほど聡明で優しく、そして美しい……
そのうえ優れた呪法の使い手でもあり、最近は戦場でも活躍しているのだそうだ。
唯一の欠点は妹である私を溺愛するあまりそれ以外を疎かにすることだと言われているが、私からすればそれは欠点になりえないため完璧超人だと思っていた。
……そう、一か月前までは。
フランジェリコ兄様は、あの日を境に変わってしまった。
今までは兄として私に優しく接してくれていたというのに、何故か急に私を一人の女として見るようになったのである。
こう言ってしまうと性的で下卑た視線のようだが、そういった意味はほとんどない。
女として見られるというのは、要するに扱われ方が変わったということだ。
具体的には説明しづらいが、妹扱いから大人の女性扱いになったような……
しかもそれは段々とエスカレートしていき、今では隠すことなく求婚してくる始末。
そんなことを繰り返されれば、私だってため息くらい吐きたくなる。
ヘレンでも知っている通り近親婚はこの国――ガイエスト帝国の法律で禁止されており、破れば罰則が与えられる。
罰則自体は決して重い内容ではないが、そもそも近親交配自体行えば呪われると言い伝えられているため、わざわざ破る者はほぼ存在しないと言ってもいい。
「いえ、実のところなんで禁断なのかはよくわかってません! どうして世間ではダメってことになってるんですか?」
「よくわかってないのに、なんでそんなに盛り上がれるの……?」
「え、だってルールを破ってでも目的を果たすってだけで、なんか燃えるじゃないですか!」
「……」
実際、ヘレンは目的のためならルールなんて全く気にしないタイプの人間だ。
手段を択ばない――というワケではないが、敵対すれば相手が貴族だろうが王族だろうが容赦なく殲滅しようとするため、かなりの危険人物と言えるだろう。
そんな危険人物であるヘレンを我が家――アマルディア家が雇っているのには、当然理由がある。
一つは彼女が優れた呪法師であること。
そしてもう一つは、彼女の目的がアマルディア家を守ることだからだ。
言ってしまえば、ヘレンは凶暴な番犬のような存在なのである。
非常に扱い難くはあるが、しっかり制御できればその凶暴さは外敵にしか向けられない――
そう私がお父様を説き伏せ、ヘレンはアマルディア家の私兵兼メイドとして雇われることとなった。
……でも、これはあくまでも表向きの理由であり、本当はそんな大層な理由なんかない。
私はただ、私の唯一の友達であるヘレンを守りたかった。
一緒にいたかっただけである。
そしてヘレンも、友人である私のことを何よりも大切に思ってくれたからこそ、この条件で雇われてくれた。
自分で言うのもなんだが、ヘレンとは良き関係を築けていると思う。
しかし、最近は何故か私とフランジェリコ兄様のことを茶化してくることが多く、正直イライラさせられることが増えている。
だから先程のように怒っていると意思表示をしてみせるのだが、全く迫力がないらしく、むしろヘレンを喜ばせてしまうことの方が多い。
確かに私は普段あまり怒ることがないので、迫力がないのは仕方ないと思う。
でも、あんな風に喜ばれるとイライラのぶつけ所がなくなるので、モヤモヤした気持ちはつのるばかりだ。
「ハァ……」
「ため息2つ目いただきました!」
「もう! 誰のせいだと思ってるの!」
「フランジェリコ様です」
「そ、それもそうだけど! それだけじゃなくて、ヘレンもだからね!?」
「え~! 私はただリーシャお嬢様とフランジェリコ様にくっついて欲しいだけなのに~!」
「だから、それがダメだから問題なのよ……」
「いいじゃないですか~! お似合いですよ? お二人とも♪」
「~~~~~~っ!」
私はフランジェリコ兄様のことを嫌っているワケではない。
むしろ大好きである。
それは兄としてもだが、困ったことに一人の男性としても……、愛してしまっているのだ。
親族に恋愛感情を抱くなんて気持ち悪いとか、常識外れだなんていうのは、結局後付けの倫理観でしかない。
その証拠に、昔の貴族や王族は純粋な血統を保つために近親婚を繰り返す一族もあったそうだ。
その結果として滅びかけたというのは皮肉なものだが、それがなければ今もその文化は続いていたことだろう。
だから、私のこの感情は決しておかしなモノではないと思っている。
けれども、ルールを破り、「自分は悪くない! 間違ってるのはルールだ!」と主張するのは愚か者のすることだ。
たとえルールが間違っていようとも、それを破ればルール違反となるし、罰せられるは当然のことである。
私はそんな愚かなことをするつもりはないし、どうしても間違っていると思うのであればルールを守りつつ、ルールの間違いを正すように努めるだろう。
……しかし、私はこの感情をおかしくないと思いつつも、ルールとしては間違っていないと認めていた。
「……やっぱり、ダメよ」
「なんでですか! あ、もしかして、物凄くキツイ罰則なんですか!?」
「そうじゃないの。……あのね、親族同士で結婚して子どもが生まれると、その子は高確率で呪われるの」
「呪い……?」
これは言い伝えや迷信などではない、歴史が証明する事実である。
数百年前、とある血の純潔さを尊ぶ王族が近親交配の末、呪いにより滅ぶ寸前にまで陥った。
原因は未だにわかっていないが、血族同士の間に生まれた子どもが高確率でなんらかの病や障害を患うことは間違いないとされている。
「それは、聖女の力じゃ治せないんですか?」
「うん。聖女の力でも治せないみたい」
多くの呪いは聖女の浄化で解呪可能だが、近親交配による呪いは解呪できないとされている。
そんな簡単に解決できる問題であれば、最初から違法とされることもなかったろう。
聖女国家ステラにおいて、近親交配の呪いは神罰だと認識されており、最大級の禁忌として扱われている。
これは聖女でも解呪できない呪いであることが根拠とされ、世界的にも似たり寄ったりの認識であることから近親婚を禁じている国は多い。
しかし、実はこれを疑問視している者もまた一定数存在する。
基本的に人は、原因不明の事象を神や悪魔、そして呪いや祟り、運などのせいにしがちだ。
理由は単純で、その方が楽だし都合が良いから――つまり、思考を放棄しているからである。
もちろん平民の中には単純に知識がなく調べることすらままならない者も多いが、実際には前提となる知識を持っている貴族ですらも最初から調べようとはしない。
これは人が無意識に「楽な方」を選ぶ性質を持っているからであり、決して怠惰だからだとは言えないだろう。
……ただ、少数ながら「楽な方」を選ばない者がいるからからこそ、見えてくることもある。
時には、それが今まで常識とされてきたことを覆すことも……
かつて呪いだとされていた中には、原因が解明され現在は呪いとし扱われなくなったものがいくつか存在する。
最近では近親交配による呪いも、聖女が解呪できないのはそもそも呪いじゃないからではないか? という説も唱えられているようだ。
実は私もそちら寄りの考えなのだけど、だからと言って解決策が見つかっているワケではないので、もし私がフランジェリコ兄様の子を成せばその子はきっと高確率で近親交配の呪い(仮)により苦しむことになる……
それを想像してしまうと、やはり近親婚を禁じるルールはあって然るべきものだと思ってしまうのだ。
「うーん、それは少し問題ですねぇ……」
「少しって……、大問題でしょ?」
他の貴族との繋がりを放棄するというだけでも問題なのに、そこに子孫問題まで加わるのだから大問題としか言いようがない。
そんなことをすれば、文字通り滅びの道を歩むことになってしまう。
アマルディア家は歴史から何も学ばない愚かな一族として、望まぬカタチで歴史に汚名を刻むことになるだろう。
「……いや、でも最悪子どもを作らなければ――って貴族的にはそれもダメか。っていうか、私としてもリーシャ様の可愛いお子様を見れなくなるのは嫌だし……。むぅ、これはもしかして、失敗した?」
ヘレンはギリギリ聞こえるくらいの声量で何やら独り言を呟いている。
どうやら何か企んでいたようだけど――
「リーシャ! ここにいたか!」
そのとき、部屋の扉が盛大に開け放たれる。
確認せずともわかる。フランジェリコ兄様だ。
わざわざ誰も使っていない客室に隠れていたというのに……
「フランジェリコ兄様――」
「リーシャ、この屋敷にいる限りどこに逃げようとも無駄だよ。……さあ、今度こそ答えを聞かせてもらおうか」
嗚呼、私はどうしたらいいのでしょう……