魔力を失して魔道士じゃなくなったのに、愛弟子が追いかけてくる
よくある古代遺跡。
私はひとりでワクワクとお宝探し、否、謎に包まれた古代の魔道具探しに精を出していた。
「師匠、その先は発掘許可が出てないのでは?」
……ひとりで探しに来たのに、腰巾着のようにぴったりと寄り添い、私の行動を逐一監視する男は私の愛弟子、ルクソスだ。
「確かに出ていませんね。流石次の筆頭候補です、しっかりしていて私も鼻が高いですよ」
「思ってもないことを言わないでください。俺の魔力なんて、師匠に比べれば……」
「いくら魔力が多くても、魔道具への回路が十分でなければ意味がないと教えたはずですが」
いつも私と自分を比較し肩を落とす愛弟子に、間違いなく能力は高いのだから、気にするなと伝えようとしたのだが。
「その回路だって、師匠の緻密さや正確さを完璧に模倣できません」
愛弟子の向上心はとどまるところを知らない。
「貴方は私より五歳も若いのですから、当然です。それより、これから貴方は偉くなるのだから、『俺』はやめなさい」
「別に、俺は偉くなりたいわけではなくて、師匠の傍にいたいだけなんですけど」
可愛いことを言い出す愛弟子の頭をよしよしと撫でた。
随分と前から、その頭は私よりずっと上のほうにあるが、撫でられるとわかっている愛弟子はひょいと頭を下げて、私が撫でやすいように合わせてくれる。
「なぜ師匠は筆頭魔道士にならないのですか?」
「現場に行くことが難儀になりますからね」
執務室の椅子に座って面白くもない書類とにらめっこしたり会議室で小難しい話を何時間も延々と話すくらいなら、魔道士をやめて実家の魔道具店を継いだほうがマシだと何年も言い続けているかいがあり、老齢の筆頭魔道士が後継者選びをする際には、私を飛び越えて愛弟子がその候補に挙がった。
ルクソスは承認欲求を拗らせているため、てっきりその報告を喜ぶものだと思っていたのだが。
しかし実際のところ、「なぜ師匠ではなく能力の劣る俺なんですか」だの、「俺はまだまだ師匠について学びたいので、後継者候補から外して貰います」だの言って、喜ぶどころか不機嫌になってしまったのだ。
首を傾げる私に、「師匠より強い」と「師匠より偉い」は別なのだと言い、自分は師匠より強くなりたいんです、と言い張った。
「師匠が筆頭魔道士になるなら、俺は喜んで補佐するのに」
「ルクソスは、貧しい人達の希望の光なのです。ですから師匠としては是非、頂点にまでのぼりつめて欲しいものですね」
「師匠がそう言うから、結局候補になったままなんですよ……」
恨みがましそうな目でこちらを見るルクソス。
私はそんな彼に片手をあげ、「待て」の意味のジェスチャーをした。
気になる物を見つけたからだ。
「……これも、魔道具ですね」
「これがですか?」
長いチェーンのついた、古びた懐中時計のようなものを瓦礫の下から救い出す。
ふぅ、と息を吹きかけて埃を払えば、時計の裏側には確かに魔法陣が刻まれていた。
「……見たことのない魔法陣です」
「師匠が知らないなんて、新しい発見ですね」
「ひとまず持って帰りましょう」
私はネックレスのように懐中時計を首に引っ掛ける。
だからお宝発掘はやめられない。
この魔法陣がどんな効果をもたらすのか、早く試したくて堪らない。
しかし、一応魔道士協会に所属する身としては、魔法陣の解読が先である。
古代遺跡の中には危険な魔道具も多いため、解読前の魔道具の使用は固く禁じられていた。
この世界の人間はある程度の魔力を持って生まれ、どんなに努力をしても、持って生まれた魔力量は変化することがない。
魔力は魔道具を介して初めて効果が出るが、どんな効果であるか決めるのが魔法陣である。
そして魔法陣の難易度によって流れる魔力を適合させたり調節するのだが、その能力を我々は回路と呼んでいる。
我が国では所持する魔力量が多ければ多いほど優遇される傾向にあり、王族貴族は大抵魔力を多く持つが、平民であれば魔道士になれる程の魔力を持つ者はごく僅かである。
そのごく僅かに該当する者たちの筆頭が、私とルクソスだ。
私は魔道具店を営む普通の家の娘であり、ルクソスは街で行き倒れていたところを私が拾って名前を付けた孤児である。
因みに百年前の偉大なる魔道士……ではなく、その魔道士と犬猿の仲だったらしい、少し癖のある性格の魔道士から名前を拝借した。
私にとって、その癖のある魔道士こそ、憧れの魔道士でもある。
ルクソスを拾った時、私は魔導士三年目の十九歳だった。警戒心を剝き出しにしていたルクソスだったが、力業でひれ伏させて無理矢理私の弟子にした。
私が魔道士にならなくては勿体ないと感じるくらい、栄養不足でガリガリだったルクソスから感じ取れる魔力量は膨大だったのである。
この魔力量を持ちながら道端で行き倒れていたのは、孤児であっても引き取り育てようという良心的な魔道士が彼の周りには皆無だったということだ。
私は平民であるのに史上最年少で一級魔導士となったため、それなりに国民から人気があった。そしてルクソスはそんな私の初弟子で元孤児ということもあり、更に有名になった。
「俺を弟子にしたことで、孤児をひとり助けたと自己満足しているのか」
ルクソスは私にそう言いはじめは私に師事することを嫌がった。
文字も読めない状態だったのだから、当然の拒否反応と言えよう。
「ひとり助けたところで満足なんて出来るものでしょうか?孤児だから助けたのではなく、貴方が膨大な魔力を所持していたから助けただけですよ。私は魔道士をひとり育てたいだけです。孤児を助けたいなら、ご自分でどうぞ。恐らく貴方が魔道士になるだけで、直接助けなくても勇気付けられる子供たちはたくさんいると思いますよ」
私はそんなに高尚な人間ではないので、と魔法陣の研究をしながら正直にそう言えば、ルクソスは眉間に皺を寄せたまま押し黙った。
以来、ぶつくさ文句を言いながら、なんだかんだで私の周りをウロチョロし、懐くようになった。
私の給金はその殆どが魔道具や魔法陣の収集に費やされる。
ルクソスは給金の殆どを孤児院や貧しい人々に分け与えていた。
偉大で慈悲深く、多くの人間を救う未来の一流魔道士を私が育てているのだと、目に見えて日々感じるその成長が嬉しかった。
ルクソスは間違いなく、私の愛弟子だったのである。
しかし、魔道士といえど、魔道具がなければただの人だ。
だから、魔道具の手入れや経年劣化、破損には十分注意しなければならない。
魔道具に付与された魔法陣についてもしっかり理解して、適切な回路を組まなければならない。
それでも万が一魔道具が壊れたならば、戦況がどうであれ必ず逃げるように。
そう私はルクソスに教え込んでいたし、ルクソスも理解していた。
私が自分の持つ全ての知識や経験をルクソスに伝授、または一緒に学んで早五年。
ルクソスは私がルクソスと出会い拾った年になり、あの頃の私と同じく一級魔道士まで昇格していた。
とっくに私から離れ、自らも弟子を取って良い実力を持っているのに、なぜか愛弟子は未だ私の腰巾着を継続しているのだ。
「ーールクソス!!」
「師匠、これは……!」
持って来ていたほぼ全ての魔道具が、古代遺跡のシステムに引っ掛かって粉々に砕け散る。
攻撃系は勿論、防御系や移動系も全て全滅だ。
どうやら「よくある古代遺跡」ではなかったらしい。まさか魔道具にだけ作用するシステムが存在するなんて、聞いたことがないし見るのも当然初めてだから、調査隊だけを責めることは出来ないだろう。
けれども、嫌な予感しかしない。
「ルクソス、今すぐ来た道を戻って逃げなさい。一日経っても私が遺跡から戻らなければ、ハルラン様に報告を頼みますね」
「師匠!」
鮮血が、私の視界を埋めた。
「……ルクソス?」
私の目の前で、ルクソスが血まみれになっている。
「ルクソス……ルクソス!」
そう、私達魔道士は、魔道具がなければ只の人。
剣士のように気配を察知することもなければ、闘士のような素早さもない。そして、戦士のように鋼のような固さもなかった。
だから魔法具を使って、探知も俊敏も防御もカバーするのだから。
ぐらり、と私の視界の中でルクソスの身体が崩れ落ちる。
それはとてもゆっくりとして見えた。
「ルクソス!」
「し、しょ……」
ゴフッと、ルクソスが血を吐く。
単純な仕掛けだった。
壁から放たれた何十本もの矢から、ルクソスは私を守って倒れたのだ。
「うそ……嫌……」
私の目の前で、ルクソスの命の灯火が消えようとしていることだけはわかる。
普段の憎まれ口を叩く余裕もなく、私に心配かけまいと微笑むルクソスの瞳から、光が消えていく。
回復系の魔道具も砕かれたあとで、只の人である私は、愛弟子が死ぬのを見ているしか出来ない。
私のせいで。
ルクソスがついてくるのを、黙認したから。
自分の能力におごって、ひとりで調査になんか来たから。
可愛い愛弟子が、私の判断ミスで、死ぬのだ。
時間が止まればいい。
どんなに強く抱き締めても、大量に流れる血は止まらない。
いや、時間が戻れば。
一分前でもいい、時間さえ戻れば……!!
その瞬間、愛弟子の死を前に慟哭した私を、眩い光が包んだ。
***
よく晴れた日。
朝十時になり、私は店の看板を外に出した。
人口二万人程度の少しだけ栄えた都市にある魔道具取り扱い店。
汎用品を売るのではなく魔道具をオーダーメイド出来るところは珍しく、少しずつ人気が出ている。
この店は父から継いだが、オーダーメイドの魔道具は私の代からの取り扱いだ。
上手く軌道にのれたので、畳む寸前だった店もなんとかこのままやっていけそうである。
「エルシャさん、この間頼んだ品は出来てるかな?」
「おはようございます。出来ていますよ、少々お待ち下さい」
常連さんが訪ねてきて、私は仕上がっていた商品を棚からそっと取り出した。
「お試しになりますか?」
「うん、いいかな?」
「勿論です」
今回オーダー頂いた品は、お子さんへのプレゼントのオルゴールだ。
子供でも可能なごく微量の魔力を流して貰えば、一時間ほど綺麗な音色が流れるように魔法陣を描いている。
お客様が魔道具を手に取り、少し魔力を流したところで、美しい音楽が店内に響いた。
「ああ、とても良いね」
「音量は、横のネジを捻れば調節出来ますので」
「本当だ。音楽を止めたい時はどうするのかな」
「後ろのボタンを押して頂ければ止まります」
「成る程、止まった」
お客様はそのオルゴールの魔道具とほかの汎用品を購入して、店をあとにした。
その満足げな様子から、「またよろしくお願い致します」と心を込めて頭を下げ、お客様の姿が見えなくなるまで見送る。
店の周りを綺麗にしながら、先日購入した新しい魔法陣の書物を思い浮かべる。
私は手先が器用なのが売りだ。
手元を拡大する魔道具さえあれば米粒にも魔法陣を書き込むことが出来るので、より小型化した魔道具や同じ大きさなのに機能性をアップさせた魔道具を作り出すことが出来た。
「しかし、エルシャさんが店を継いでから、この辺でやたら魔道士を見るようになったなぁ」
「ふふ、皆さん手持ちの魔道具に、魔法陣の追加付与を求めていらっしゃってくださいます」
半分は本当で、もう半分は落ちぶれた元一級魔道士の見物に来るのだ。
私の魔力が本当に一般人並みに喪失したところを見て、満足げに帰っていく。
一級魔道士だった頃の私より魔力量の少ない貴族なのだろうが、そもそも魔道士は魔道具がなければ何も出来ないのだから、緻密な魔法陣を描ける職人は大事にしなければならない。
しかし、そのことを忘れて蔑んでいる輩が一定数いるのだと、この立場になって初めて知った。
成る程、私が馴染みの魔道具職人を丁重にもてなした時に、恐縮しながらも嬉しそうにしてくれたわけだと納得した。
午前中は汎用品を販売し、午後は魔道具の作成や新しい魔法陣の研究をするのが最近の私の生活だ。
午前中の仕事が一段落したところで、魔道新聞を読みながら昼食を摂るのも日課である。
新聞の一面には筆頭魔道士候補の平民出身魔道士ルクソスが最高難易度の古代遺跡の調査を終えて無事に帰還した、という記事が掲載されていて、ホッと胸を撫で下ろした。
良かった、今度は死なずにすんだらしい。
拾った頃はとても十四才には見えなかったルクソスだが、必要な栄養を与えれば見る間に背は伸びて、本人が暇さえあれば鍛えるので逞しい身体になり、さらに元々造作は整っていたので一級魔道士に昇格した時からやたらとモテだした。
以前は平民女性からのアプローチが多かったが、これだけ有名になれば貴族からもお声が掛かるだろうと、私は愛弟子の華麗なる転身にひとり笑みが漏れる。
その時、閉めた店のドアをドンドン、と叩かれた。
「休憩中」の札が出ている筈だが、急ぎのお客様なのか店を開けて欲しいようだ。
「エルシャちゃん、ちょっとごめん、いるかい?」
人の良さそうな声が外から聞こえて、慌てて席を立つ。
五人のお子さんを育てる、とても親切な恰幅の良いおしゃべりな馴染みの女性のお客様だ。
「はい、お急ぎの御用でしょうか?」
「いいや、なんか怪しい人物がさ、エルシャちゃんの店を探し回っているらしいんだよね。普段訪ねてくる魔道士達ともちょっと違うし、注意しといたほうがいいかなって……あ!!」
「え?」
「あいつだよ、エルシャちゃん!」
お客様が指差したほうを見れば、上質なローブを羽織っているのに埃まみれで、髪も髭も伸び放題な男が今にも倒れそうな様子でこちらに向かってきていた。
もう私には魔力を察知する力はないけれど、どこから見ても魔力の枯渇状態だ。
行き倒れ寸前な様子に、何やらデジャヴを覚えたその時、その男は私を見て一度首を傾げ、そしてハッとした様子で私のほうへヨロヨロと寄ってきた。
「……師匠、ですか?」
首を傾げながら尋ねる人物。
恐らく、私の魔力量が激減したので、確信がもてないのだろう。
そして私を師匠と呼ぶ人物は、ひとりしかいない。
「もしかして、ルクソス?」
私もつい、首を傾げて尋ねた。
彼のこんな身なりを目にしたのは、出会った時以来だ。
平民の間で人気の雑誌に「旦那にしたい男一番人気」という内容の特集が組まれていたこともあるのに、同一人物だとは誰にも気づかれなかったらしい。
「師匠!師匠!師匠!!」
「ちょっと、待ってください、離れて……っっ」
私に抱き着き、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる愛弟子を必死で離そうとする。
今の私は魔道士ではなく、接客業を営んでいるのだ。
再会したのは嬉しいけれども、何日も風呂に入ってないような状態で抱き着いて欲しくはない。
常連のお客様は私達の様子を見て「なんだい、知り合いだったんだね!」と笑って言いながら手を降って去って行った。
「師匠……、師匠……」
「ひとまず、中へどうぞ」
今日の休憩時間はなくなりそうだと思いながら、私は滂沱の涙を流すルクソスを風呂場へ案内し、愛弟子の好物を即席で調理した。
***
「落ち着きましたか?」
「……はい」
全身の埃を落し、髭を剃り、髪を結わせて父の服を着せ、身綺麗になったルクソスを椅子に座らせた。
そして、簡単な昼食をテーブルの上に置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
ローブの洗濯は私の店の向かいにある専門店にお願いして、身に着けていた服はさっと洗って乾燥までする魔道具の中に放り込んである。
「ルクソス、貴方はこれから筆頭魔道士の後継者選定に出席するのではないですか?なぜこんなところに?」
私が疑問を口にすると、ルクソスはガツガツと好物の昼食を貪るようにして食べながらなんでもないことのようにサラリと爆弾発言を口にした。
「ああ、あれ。俺、三日前に魔道士協会抜けてきたので今は無職です」
「……は、はい?」
驚愕に目を見開く。
私のように魔力を失ったわけではないのに、魔道士を辞めたと?
変な話、私が抜けただけでも協会としては痛手であるのにルクソスが抜ければ大打撃だろう。
「よく、ハルラン様が承認なさいましたね」
ハルラン様は、私を育ててくれた現筆頭魔道士である。
人格者で崇高な人物で人望もあるが、もうご高齢であるため、後継者の選定を余儀なくされていた。
そんなハルラン様が、魔力を失った私ならまだしも、ルクソスが抜けるのをあっさりと認めるとは思えない。
「師匠とハルラン様は魔道士協会が実力主義だと思っているかもしれませんが、俺なんかを支持する奴らがいるわけないじゃないですか」
「いや、そんな――」
「ハルラン様のご機嫌取りのために俺を支持する振りをしているだけですよ。現に、俺が抜けると言えばハルラン様にご報告もせず、喜々としてハンコを押しましたよ、奴等は」
「……」
そんなわけがない、と言いたかったが、私がルクソスに手紙しか残せずに魔道士協会を後にすることになったのは、ほかの魔道士達から部屋を追い出されたことが原因である。
そしてハルラン様がトップにいたから、私やルクソスがここまで昇り詰めることが出来たことも事実だろう。
「そんなことより、師匠。……なぜ貴方が、魔力を失っているのですか?」
じっと見つめられて、視線を逸らす。
持って生まれた魔力量は普通、増えることがない。そして、減ることも。
こうして問い詰められることが嫌で、不義理だと思いつつもルクソスには会わずに手紙を残し、地元へ戻ってきたというのに。
すり、と右耳の耳たぶを触る。
「師匠、今、俺を誤魔化そうとしましたよね?都合が悪くなった時の師匠の癖が出てますよ」
「……えっ!」
二ヶ月の間に考えておいた、こうなった時の言い訳を口にしようとしたら秒で見抜かれた。
仕方なく、私は真実を話すことにした。
***
あの日、確かにルクソスは死ぬ寸前だった。
けれども光に包まれた私は、遺跡調査に行く前日へと時間を遡ったのだ。
ベッドの上で目覚めた私の手の中には、遺跡調査で発見した懐中時計の形をした魔道具が握られており、それに刻まれていた魔法陣は跡形もなく消えていた。
慌ててハルラン様の元を訪ね、ルクソスの無事を確認すると、自身の経験を話した。
ハルラン様は俄に信じ難いとはおっしゃるものの、膨大だった魔力を私が失っていることには当然気付いていたため、最終的には信用して下さった。
翌日からの遺跡調査には、ルクソスをリーダーとするチームを編成してもらい、一週間ではなく二ヶ月以上の調査期間を設けるなど、色々と変更させて貰った。
一般人並みの魔力となった私に、魔道士協会の中で居場所はない。
私は退職を願い出ると荷物を纏め、置き土産として遺跡の地図や出現する魔物や注意点を書いたメモとルクソスへの手紙を置いて、日が昇る前に地元へと帰還したのだ。
「そんな……俺のせいで、師匠が……」
ハルラン様ですら直ぐには信じてくれなかった話を、ルクソスは疑う様子を一切見せずにぐっと唇を噛み締めた。
俯くルクソスの頭をぎゅっと抱き締める。
「違います、私のせいです。それに、魔力を失っただけで愛弟子が戻ってくるなら、こんなに幸運なことはありません」
古代遺跡のシステムで全ての魔道具が壊れたのに、あの古代の魔道具だけは壊れなかった。
そして、私の魔力を核として、時間を遡ることができたのだ。
あの魔道具を拾っていなければ。
私の魔力量が魔道具を起動させるほど膨大でなければ。
魔道具の発動を自然と感知し、咄嗟に回路を組まなければ。
どれかひとつ違えば、こんな奇跡は起こることなく、私は一生後悔し、自責の念に駆られる毎日を過ごしていただろう。
「……だからか。俺、古代遺跡を調査中、初めて来た場所なのに、なぜか知っているような気がしたんですよ。遺跡の仕掛けも、どこに何があるかも」
「そうでしたか。今日の新聞で見ましたよ、最高難易度の古代遺跡の攻略に成功したと。二ヶ月お疲れ様でしたね」
落ち着いたらしいルクソスの頭を撫で、私は温かい飲み物を出すために一度台所へ立った。
昔のように、ルクソスは私の真後ろに立ち、ぎゅうと抱き締める。
昔腰に回っていた腕は今や肩に回され、身体的な成長も感じた。
遺跡調査を終えたその足で、私の元へ休むことなくまっすぐ飛行し続けたのだろう。
いくらルクソスには私の魔力量に気付かれたくなく、また追い出されたとはいえ、愛弟子の顔も見ずに去ったことはやはり薄情な行為だったと反省せざるを得ない。
「師匠の残して下さった手紙のお陰です。師匠はそのせいで魔力を失ったというのに、俺は能天気にも遺跡調査をしていたなんて、情けない話ですが……」
「魔力がないことは多少不便なだけで、なんの問題もありません」
「しかし……」
「私はこうして力を失いましたが、貴方は違います。私からもハルラン様には手紙を送っておきますので、今からでも遅くないですから魔道士協会に戻りましょう?」
「あ、それは嫌です」
「え?」
私は熱いミルクをコップに注ぎ、それを後ろにいるルクソスに渡しながら尋ねる。
「なぜですか?」
「師匠がいないからです」
「私が教えるべきことはもうありません。私がいなくても、ルクソスなら立派に――」
「違います。俺は、師しょ……エルシャさんの傍にいたいんです。できたら、一生」
そう言われて初めて、私に寄せるルクソスの好意に気付いた。
しかし、私の中で彼はまだ小さな少年のままであり、可愛い弟のような存在である。
申し訳ないが、戸惑いしかなかった。
「私、ルクソスのことは正直愛弟子だとしか思っていませんでした」
「旦那にしたい男一番人気を秒で振りますか」
ルクソスが苦笑しながら、前髪をかきあげる。
「しかし、そんなことは承知の上です。エルシャさんももう結婚適齢期ですから、今を逃せばほかの奴に掻っ攫われますので」
「……まぁ、そう、かもしれませんね」
三人ほどの常連さんから、息子と一度会ってくれと言われていることを思い出しながら、ポロリとこぼす。
「しかし、ルクソスはまだ十九歳です。これからたくさん良い出会いが」
「ありません。俺にとって、エルシャさんとの出会い以上のものはありません」
私の言葉に被せるように、ルクソスは熱弁をふるう。昔からせっかちだ。
「自分で言うのもなんですが、俺以上の優良物件はなかなかありませんよ」
ぐっと迫られ、私は後ずさる。
ルクソスの造作が整っていることは知っている筈なのに、五歳も年下の弟子に人を惑わすような色気を感じたのは初めてだ。
「確かにルクソスはよくよく考えれば色んな意味で魅力的です。ただ私は、真剣に告白をしてくれたルクソスと、こんな打算的な考えでお付き合いをしてはいけないと思います」
私が作り上げた魔道具を正確に起動させる腕前を持つ、つまり試運転してくれる魔道士はこの街にはおらず、いくつか眠ったままの作品がある。
馬鹿正直に話せば、魔道具専門店を営む私にとって、ルクソス以上の適任はいないのだ。
魔道士協会に頼めばそれなりの出費になるし、なにより魔道具店の職人を下に見るような人間たちには頼みたくなかった。
魔道具職人にだって、大切な商品を売る先くらいは自分で選ぶくらいのプライドはある。
魔道士は、魔道具がなければただの人。
そして魔道具も、魔道士がいなければただの飾り物。
持ちつ持たれつの関係なのだから。
「ははは、最初はそれで、十分です。予定とは異なりましたが、今の俺のほうが師匠より強いのは間違いないので……今度は俺に、貴女を守らせてください」
ルクソスはそう言って私の手をとると、恭しく口付けた。
トクン、と小さな胸の鼓動を聞いた気がしたが、私がその意味を知るのはもう少し先のことになる。
――やがて親から受け継いだエルシャの店は、生涯に一個は手に入れたい魔道具の専門店として有名となり、世界中の魔道士が注文しに訪れる名店となった。
そしてその隣にはいつも魔道士協会の魔道士でも太刀打ち出来ない凄腕の魔道士が侍り、街の専属魔道士として活躍し、貧困層の保護やその発展に貢献したという。
いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。
また、誤字脱字も助かっております。
数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。