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外伝  親友と妹

 ――― 山梨県 中央高速道路 談合坂サービスエリア


「困ったな~、お土産何にしよう。悩む~」

 サービスエリアの売店で、兄へのお土産を物色するソルト。

 影虎は『ほうとうセット』をつまみ上げると、それをソルトの前にぶら下げた。

「ていうかさ、お土産買うの遅すぎじゃない? 山梨に行くのに山梨でお土産買ってどうすんのさ。東京で『深川めし炊き込みセット』でも買った方が良かったんじゃない?」

 影虎の意地悪な提案に眉をひそめてアゴをしゃくらせるソルト。

「それ、言うなら1時間前にしてもらえませんか? ボスは何かにつけ言うのが遅すぎなんです」

「そんなのムリムリ。だって、俺1時間前は車の中で寝てたじゃない」

「そんなこと、知りません!」

 横目で睨み付けるソルト。

「まあ、いいけどさ。じゃ、俺先に車で待ってるから。鍵ちょうだい」

 手を差し出す影虎。

「もう!」

 ソルトは鍵を握りしめた手を、影虎の手に押し付けた。


 ――― 数時間後、緑ヶ丘スポーツ公園


 車を停めてスマホを見つめるソルトが影虎に報告する。

「兄は今、ここで子供たちにサッカーを教えているとのことです」

 スポーツ公園に到着した2人は、車から降りてサッカーグラウンドに向かって歩きはじめた。

「本業でもないのに、随分とがんばるな。まあ、あいつは昔から子供と遊ぶのが好きだったから、少年サッカーチームの監督は性に合ってるんじゃないか?」

 やがてグラウンドサイドに到着する2人。

 フィールドの中にはサッカーの練習をする小さな子供たちと、彼らを指導する背の高い男性の姿が見えた。

 男性の名前は亮。

 亮はソルトの兄であると同時に、影虎がサッカーをしていた頃のチームメイトでもある。

 小学生の頃からサッカーの天才と呼ばれてきた亮と影虎。

 背が高く体幹が強い亮はセンターフォワードとして、細マッチョで足の速い影虎はウイングフォワードとして、得点やアシスト数を競い合う仲であった。


「判断が遅い! ボールを受ける前に次の行動を考えろ!」

 亮の声がグラウンドに響く。

 その様子を見ていたソルトが目を輝かせる。

(やっぱりお兄ちゃんは、カッコイイ)

 ソルトは小さく呟き、両腕を高く上げて左右に振りながら兄に自分の存在をアピールした。

「お兄ちゃーん!」

 振り向いた亮がソルトに手を上げて見せた。


 数刻が経ち、やがて休憩時間になると、亮がソルトと影虎の元にやって来た。

 子供たちと一緒に走り回って汗を流す亮にタオルを手渡すソルト。

「ありがとう。お待たせしてすまないね」

 亮は汗を拭きながら影虎に視線を送った。

「どうだい? うちのチームは。技術的にはプロクラブのジュニアには遠く及ばないけど、みんな一生懸命にプレイしているだろ?」

「ああ、さすがはお前の生徒たちだ。サボったりやる気のない選手は1人もいない。元気だけはワールドクラスか?」

「そうとも。手を抜いて練習をして、たとえそれで試合に勝てたとしても、そんなもの嬉しくも何ともないからな」

 言葉を聞いてニヤリと笑みを浮かべる影虎。

 その様子を見て亮が続ける。

「まあ、お前には分からん気持ちかもしれないがな。軽く練習してるだけなのに本番では結果を出せてしまうんだから。お前にはかなわんよ」

「そう見えるだけさ。俺だって人並みに努力はしてるんだぜ」

 悪びれずに『したり顔』をきめる影虎。

 隣に居るソルトは

(猫と追いかけっこをするのを練習と呼ぶのなら、確かに毎日してるわね)

 と思ったが、影虎の長いウンチクをまた聞かされるのは鬱陶うっとうしかったので、あえて口には出さず、「ふーん」とただ頭を縦に振ってうなずいていた。


 そんな時、グラウンドの外れで休憩していた少年たちからの方から口論の声が聞こえて来た。

「ワザとやっただろ!」

「いいや、ワザとじゃない! お前こそ下手くそなクセに調子に乗るな」

「調子に乗ってるのはお前の方だろ!」

 徐々にヒートアップして声が大きくなる少年たち。

 亮、ソルト、影虎の3人は事情を聞く為そこへ向かった。

「どうした? 何を揉めてるんだ?」

 仲裁に入った亮に対し、少年たちが答える。

「コイツ、最近俺とのデュエルに負けそうになると服を引っ張るんです。1vs1の競り合いに負けるのが怖いんだ!」

 その言葉に反論する相手の少年。

「たまたま手が引っかかっただけさ。それにもしワザとだったとしても、それはデュエルのテクニックの一つなんだから、別にいいじゃんか」

「汚い手を使ってまで勝ちたいのかよ!」

「悪いか! プロだってみんな審判の目をかいくぐってやってることだろ!」

 少年たちを見た亮の脳裏に、過去の記憶がよみがえる。


 ――― 4年前 


 亮と影虎は同じサッカーチームに所属しながらも、ライバルとしてしのぎを削り合う間柄であった。

 限界まで練習に打ち込んでもあと一歩影虎に及ばない亮。そんな彼に、ある日ある人物からコンタクトがあった。

 彼は言葉巧みに薬の効果を説明する。

今巷ちまたで話題になっている筋力増強剤です。〇〇選手や〇〇選手も使用している薬で、薬物試験もパスできる合法の薬です」

 どうしても結果を出したい亮はこの薬を使用。

 しかしその後、この薬は慢性的に使用することで筋力の限界値が低下することが判明、禁止薬物に名をつらねることとなった。

 しかし、問題だったのはこの薬物は使用判別をするのが困難であったこと。この時点では薬物使用の証拠は残りにくかった。また中毒性が強く常習性も高い。

 薬を使い始めたころの亮はその効果で成績を上げていたが、常用すれば未来がないことは本人も分かっていた。

 それでも中々使用をやめられない日々が続いていた。

 そんなある日、試合のハーフタイム中に影虎が亮を別室に呼び出した。

「な、何の用だ? 影虎」

 部屋に入って扉を閉める亮。

 薬物使用の後ろめたさがある彼は、影虎を直視できずに視線を伏せている。

 そんな亮に近づく影虎。

 彼は人でも殺すような形相ぎょうそうで亮に歩み寄ると、胸ぐらを握り上げてそのまま強く壁に押し付けた。

 衝撃で大きな音を立てる壁。

 部屋に響く音を気にも留めず、影虎が声を荒げた。

「くだらん薬物に頼ってんじゃねえ! やるなら正々堂々と来いよ。きょうめる!」

 突然のことに驚く亮、しかし返す言葉がない。

 影虎は長年一緒にプレイしてきた亮の最近のプレイ内容が変わったこと、その変化のしかたが薬物使用者の特徴と一致することを見抜いていた。

 影虎は力なく崩れ落ちる亮を一瞥いちべつすると、そのまま部屋を後にした。


 ――― 現在 


 亮はグラウンドで口論する少年達にこう言った。

「強くなろうと必死になるのはいい。そのために様々な手段を試すのもいいだろう。だが、もし自分が試す手段に後ろめたさを感じるなら、それはやめるべきだ。スポーツをする目的は勝つことにあるんじゃない。お前たちの未来を豊かにすることにある。それを忘れないでくれ」

 亮は足元のサッカーボールを拾い上げて少年に手渡した。

「さあ、続きをやろう!」

 グラウンドに戻っていく亮と少年達。


 目を輝かせてその様子を見守るソルト。

(やっぱりスポーツマンはこうでなくっちゃ)

 影虎はそんな彼女にそっと耳打ちした。

「俺は……、服を引っ張るの……、ありだと思うけどな……」

 嫌悪の表情で振り向くソルト。

 眉間と鼻筋のシワはいつもより多かった。


 ――― 数時間後 亮の家


 リビングのソファでくつろぐ亮と影虎に、エプロンを身につけたソルトが声をかける。

「お土産で買ってきた『ほうとう』を作るから、少し待っててね」

 眉を上げながら親指を立てるソルト。

「ここじゃあほうとうは一般的な家庭料理だからな、亮の昨日の夕食が『ほうとう』じゃなかったことを祈るぜ」

 へそ曲がりな発言をする影虎を、すかさず亮はフォローする。

「お前が作る『ほうとう』なら、毎日でも歓迎だ」

 ニコリと笑ったソルトが台所に姿を消すと、亮は振り返って影虎を見た。

「妹はどうだ? 上手く仕事は手伝えているか?」

「ああ。思ったよりも使えるよ。あいつは俺と違って几帳面で頭もいいからな。面倒な仕事は全部あいつ任せさ。まあ、たまに嫌な顔をされる時もあるけどな」

「そうか。それならよかった。妹は社会人経験をあまり積んでいないから役に立つか心配だったんだ。もっとも、前の会社を辞めてしまったのは私のせいだけれど……」


 亮の言う「私のせい」とは4年前の事件にさかのぼる。

 亮の薬物使用の事実が世間に広まると、やがて人々の誹謗の標的はその家族であるソルトにも及んだ。

 SNSから始まった陰口は、やがて現実世界にも影響を及ぼしはじめた。

 彼女は所属する会社の同僚達からいわれのない差別を受けることとなる。

(まだ新人のクセに役員達から高く評価されているのはおかしい。裏で何かズルい事をしているに違いない。兄が兄なら、妹も妹だ)と。

 元来ガマン強い性格のソルトは、会社を辞めることさえできず、しだいに気持ちに余裕を無くしていく。

 笑顔を見せなくなってしまったソルト。

 社交的だった性格は身をひそめ、週末も家から外にも出ない日々が続いた。

 そんな妹を見かねた亮は、彼女の笑顔を取り戻せるであろう唯一の人物に連絡をとることにした。

 訪れた先で深々と頭を下げる亮。

「頼れるのはお前しかいない。頼む、妹を助けてくれ!」

 彼の前に立っていたのは、『株式会社アスリートの影武者』を立ち上げたばかりの影虎であった。


 亮がそんな思い出に浸っていると、やがてソルトがほうとうをお盆に乗せてリビングに入って来た。

「ほうとうできたよ~」

 テーブルに置かれた3つの小さな鍋敷きに、熱っせられた鉄鍋がそれぞれ置かれた。

「当然カボチャは入っているだろうな? あれが無ければほうとうとは呼べん!」

 影虎が頭を乗り出して鍋の中を見る。

 表面には申し訳程度にかぼちゃの皮だけがその形跡を残していた。

「これは……、つまりその……、煮込み過ぎてカボチャが溶けちゃいました!」

 自信満々に決め顔でポーズをとるソルト。

「おい~」と不満げな表情を浮かべる影虎。

 プイッと顔を背けたソルトは

「でも、お兄ちゃんはカボチャ溶けてる派だよね!」

 と、亮の横に飛び込みながら座り、寄りかかって顔を見上げた。

 妹に対して肯定しかしたことがない兄。

「えと、ああ、まぁそうだな」

 腕を組まれて嬉しい反面、困惑しながら彼女を受け止めた。

(君が安心して肩を寄せられる相手がいるとしたら、それは私ではなく目の前に座っているこのしかめっ面の男だよ……)


影虎は、微笑みながらその様子を見守っていた。




 アスリートの影武者 外伝  終わり



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