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第2部 最終話 牙を剥く少女

 ――― 3番ホール ティーショット


 影虎から打ち出されたボールが今までとは比較にならないほど遠くまで飛んだ。

「美有さん、もしアルベルトが順当に成長を重ねていたとしたら、このくらいの飛距離は出していたと思いませんか?」

 触れられたくない思いに踏み込まれた気がして、美有は少し警戒心を抱いた。

「そうかもしれませんね」

 影虎はティーアップの場所を美有に場所を譲りながら真顔でささやいた。

「越えてくださいね、私のショットを。あなたは飛距離ではアルベルトに勝っていた」

 美有が動きを止めて影虎を振り返る。

(プレッシャーをかけているの? だとしたら意味はない。あのボール、今の私には越えられない……)

 その後フルスイングから打ち出されたボールは影虎の手前に落ちた。

「私の方が遠くに飛びましたね。では、次はスピンを見せてください」

 影虎がショットを促す。

(スピンだって同じ。きっとあなたの方が優れているに決まっている)

 美有が放ったショットはバックスピンが掛かりきらずに奥のバンカーに落ちてしまった。


 ――― 5番ホール ティーショット


 美有のティーショットが、またしても影虎のボールに届かなかった。

「なぜ越えられないんですか! パワーには自信があるんでしょ!?」

 アルベルトに似ていると思っていた影虎が、思い出の中の彼とかけ離れていく。

厳しくしかり始めた影虎を、美有は思わず睨んで返した。

(少しでもあなたに気を許した私がバカだった!)

 そんな視線を気にも留めない影虎。

「越えてもらいますよ! あなたはプロだ! 素人のアルベルトを越えられないようでは話になりません! 嫌なら練習はここまでです!」

 冷たく見下す影虎に、美有が瞳に涙を溜めながら反論する。

「越えられるわけがない! あなたは男性でしょ! 体のつくりが違う! それに、あなたにアルベルトの何が分かるの! 何も知らないくせに、形だけ真似て本人気どり?」

 持っていたクラブを放り投げる美有。

 涙を溜めたままの目で睨んでくる。

「そもそも、私はプロになりたかった訳じゃない! アルベルトと一緒にラウンドできればそれで幸せだったのよ! もう楽しくないゴルフなんてしたくない!」

 崩れるようにしゃがみ込み、声を漏らしながらむせび泣いてしまった。

 引きつった呼吸をしながら、止まらない涙をぬぐう美有。

 影虎は、その様子をしばらく見守っていた。

(まだ弱さを受け入れること、それを隠さない未熟さを失わずにいたか。ならば美有、君はもっと強くなれる……)

 影虎は携帯を取り出してソルトに連絡をとった。

「もういいぞ」

 合図を送った後、影虎はしゃがんで美有の目線に高さを合わせた。

「すまなかったな美有。別に意地悪で責めてたわけじゃない。ただ、普通に再会しても君が覚醒するとは限らないと思ったから。だから、隠された思いに気が付くよう仕向けさせてもらった。本当は何が必要で、何をしたいのか」

 影虎は美有の両肩を持って彼女の体を起こした。

「ほら、あそこ。見えるだろ?」

 示された場所に美有が目を向けると、遠くにショートパーマの女性と色黒で精悍な顔つきの青年が並んで立っていた。

「彼女は俺の相棒で名前はソルト。隣にいるのは……」

 美有が立ち上がって青年を見た。

「アルベルト。アルベルトなのね!」

 青年と少女は、お互いに走り合いながら距離を縮めた。


 ――― 6ヶ月後 『アスリートの影武者』ミーティングルーム


 TVから聞こえているのは解説者の音声。

「またしても素晴らしいショット! 山本美有選手、ここの所好調ですね」

「はい。一時は成長を不安視する声もありましたが、見事に復活を遂げましたね」

 大型モニターにはゴルフの試合が映し出されていた。

「ボス! 早く来てください! このパットを決めれば美有が優勝ですよ! あぁもうドキドキする! 決めて! 絶対に決めてよ!」

 ソルトが食い入るようにモニターを見つめている。

『コッ、カコンッ。ざわざわ、パチパチ、ヒューヒュー! やりました。山本選手優勝です!』

 モニターからひときわ大きな歓声が流れる。

「やったー! 美有の優勝よ!」

 影虎を探すが、まだ椅子に座っていない。

 入口に目を向けると、手を拭きながら戻ってくる影虎の姿。

「なに! もう終わっちゃったのか? で、結果は?」

「もう、こんな肝心なシーンを見落とすなんて、ボスって本当にタイミング悪いですね」

 ソルトが呆れた顔で影虎を見る。

「そんなこと言ったって、しょうがないだろ? トイレが我慢できなかったんだから」


 椅子に座った影虎がモニターに目を向けた。

「それにしても、ずいぶん楽しそうにプレイするようになったな」

「ホント。それにすごいギャラリーの声援。インタビューへの受け答えも元気で可愛いって、ファンも増えてるみたいですね」

「まあ、そうだろうな」

「ボスもやっぱり大勢の観客に囲まれてプレイを……」

 言いかけた言葉を途中で飲み込むソルト。

「…………ごめんなさい」

 目を伏せるソルトを、穏やかに見守る影虎。

「謝ることないだろ? だってさ、俺はたった一人お前だけの応援でも、まあまあ満足してるんだぜ」

「え!?」

 顔を上げて見つめ返すソルト。

「それに困るだろ? ギャラリーが増え過ぎたら。俺はこう見えて、結構あがり症なんだから。…………なんちゃって」

 いつもと変わらない微笑みが、まるで彼女を包み込んでいるように見えた。




 アスリートの影武者  終わり


 外伝に続く……



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