第2部 2話 成長できない理由
――― 『アスリートの影武者』 ミーティングルーム
大型モニターに映った女性に差し棒の先端を向けるソルト。
「彼女は山本美有、20歳。プロ2年目のゴルファーです。今回は彼女の両親からの依頼です」
PCを操作して次の映像に切り替え、話を続ける。
「彼女の経歴は………………」
長い時間を掛けて一通りの説明が終わると、ソルトが紙の資料を影虎に手渡した。
「現在彼女のライバルとされているのがアリサ。美有と同じタイプのパワーヒッターで、ラウンドが同じ組になることも多いようです」
「プレイスタイルが似ているライバルがいると、否応なく存在が気になるものだからな。一緒にラウンドするとなれば尚更だろう」
「そかもしれませんね。ちなみに依頼人である両親は、練習相手としてアリサの影武者を希望しています」
影虎が腕を組んで思案する。
(美有の練習相手としてふさわしいのは、果たしてアリサなのだろうか? 彼女の成長が止まっているとしたら、原因は他にあるのではないだろうか)
「彼女の幼少期の資料をもう一度見せてくれ」
モニターに美有とアルベルトのデータが映し出された。
(子供時代の美有と練習をしていたというこのアルベルトという少年、もしかしたら彼が美有の潜在意識になんらかの影響を与えているのかもしれない)
「アルベルトのデータはあるか? もし俺のカンが正しければ、美有にとってアルベルトは特別な存在。そして、彼を『超えられない壁』『越えてはいけない壁』として認識している可能性がある」
PCを操作しながらソルトが言う。
「幼少期のデータならありました。しかし彼は数年前に内戦中の母国に帰国しており、その後の消息は不明です。当然のことですけど、行方不明になってからのデータはありません」
「S国は政府軍と反政府軍の争いが絶えない国だ。帰国して行方不明となると、戦死の可能性もあるな」
「はい、残念ですが……。さきほどの壁の話、どういうことですか?」
影虎はソルトとの間にメモ用紙を広げ、そこに相関図を書いていく。
「もしかしたらだが、美有の心の中にはアルベルトが尊敬できる越えられない壁として存在しており、その壁を自分が越えてしまうことは、アルベルトが成長していないことの証明、つまり彼が消息不明であることを認めることになってしまう、と感じているいるのではないだろうか」
「なるほど、美有本人はそう思っていなくても、潜在意識がそう感じている可能性はありますね」
「ああ。そう考えれば納得がいく」
「で、ボスは今回アルベルトをコピーするワケですね? 美有に越えさせるために…………」
モニターには、美有とアルベルトが楽しそうにゴルフコースを回っている映像が流れていた。
――― 古河ゴルフリンクス 1番ホール ティーグラウンド。
シューっと音を立て、白いボールが力強く空に伸び上がっていく。
「さすがに飛ばしますね!」
影虎の言葉に対して、明るい笑顔を返す美有。
「ありがとうございます! 昔から飛距離には自信があるんです!」
続けて影虎がティーグラウンドに入って準備を始めた。
脇にそれた美有がそれを見守る。
(アルベルトを模して一緒にラウンドを回るって言ってたけど、構え方だけじゃなくて間の取り方やクセまで似せているのね)
やがて放たれたショットが、美有と同じような軌道を描いて空に消えていった。
落ちたボールへと歩きながら、影虎が話しかけた。
「今日は子供の頃のように、楽しみながらラウンドしましょう」
「そうしましょう!」
やがて見えてきたボールを影虎が指差す。
「あなたの方が飛んでますね! さすがです」
(影虎さん、飛距離を私と合わせてくれてるのかしら。それにしても、この競い合う感じ……なんだか懐かしい……)
同じような場所に飛んだボール。わずかに手前に落ちた球に影虎がクラブを合わせた。
「ここはスライスをかけるのがベターですね。行きますよ」
打ち出されたボールは右に曲がりながらピンに向かった。
(アルベルトが得意だったカーブ、本当に良く模倣できている)
美有の脳裏にアルベルトのプレイがよぎった。