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第1部 最終話 外から見る自分

 ――― 涼太の家


 客間のソファーに腰かける涼太・ひろみ・影虎・ソルトの4名。

 ひろみが依頼内容を確認する。

「影虎さんにはジョコリッチを演じてもらい、涼太の練習相手になってもらいたいのです」

 しかし、その話を聞いていた涼太が、思わぬ修正案を提示してきた。

 内容はこうである。


 [演じるのはジョコリッチではなく自分をコピーしてほしい。そして自分の代わりに次の試合を戦って欲しい。顔や体形は特殊メイクで何とかなるだろう。そうすれば、自分は試合を一つ休めるからその分体力を温存して、その後の試合を有利に進められる]


 この案を聞いてひろみは眉をしかめた。

 今までも厳しい条件で戦うことはあったが、試合をサボると言ったのは今日が初めてである。

 ひろみは、決して変わることはないと思っていた涼太に対する信頼が揺らぎ始めているのを感じていた。

 しばらく沈黙が続いた後、影虎が涼太に口を開いた。

「いいだろう。その依頼、引き受けよう。いまさら下手に練習するより、勝つためにはその方が現実的だ」

 影虎のこの言葉を聞いたソルトが、声を荒げてそれに反発する。

「そんなのダメです! 試合に替え玉を使って臨むなんて卑怯よ! やり方が汚いと思います!」

「汚いも卑怯もないんだよ! アスリートに求められるのは結果だけ。このことは経験者にしか分からない」

 影虎が厳しく言葉を遮った。

「そんなの分かりたくもない! 見損なったわ! もしこんなやり方しかできないなら、私はあなたを軽蔑します!」

 ソルトは立ち上がって影虎をにらむと、話を途中にその場を去ってしまった。

 玄関のドアが閉まる。

「涼太さん、あなたの資料を用意してください。能力をコピーするために必要です」

 影虎の冷めた声が部屋に残った。


 ――― 数日後 練習用テニスコート


 コートサイド。

「涼太さん、来ていただいてありがとうございます。今日はあなたのテニスがどれだけコピーできているか、あなた自身に見てもらおうと思います」

 ラケットを手渡す影虎。

「早速ですが、試合形式で対戦しましょう」

 それぞれのコートに向かう2人。

 影虎はサービスラインに立ちボールを掲げた。

 ラケットが振り降ろされると、激しい破裂音と共にボールが打ち出される。

 足元でバウンドし、後ろに流れるボールを見て涼太は思った。

(スピードは出ているが、威圧感の無いサーブだ。これが俺のサーブなのか? それとも、影虎さんが素人だからこの程度の球威なのか?)

 続いて放たれたサーブを打ち返す涼太。

(サーブがこのレベルなら、サーバーが点を決めるためには前に出てプレッシャーをかけるかストロークで粘るしかない。僕の試合がいつも長丁場なのは、サーブに原因があったのか。いや、そんなことは分かっていた。分かっていても練習ではどうにもならないのがサーブだ)

 ラリーを続けながら自分を客観的に見つめる涼太。

 試合が中盤に差し掛かる頃、またあることに気が付いた。

(影虎さん、なぜ今のボールを追わなかった? 全力で追えば追いつけたはずだ。いや待て、全力でボールを追わなかったのは影虎さんという僕のコピーだ。つまり、僕は全力でボールを追わないことがあるってことだ。理由は……、そう、体力を温存するためだ。確かに戦術としてあえてボールを追わないという選択もあるが、それは試合の流れを変えてしまう可能性がある諸刃の剣だ)

 さらに試合を進めると、また別の自分に気が付いた。

(今のアタック、強引過ぎやしないか? 結果としてミスにつながっている。なぜだ、なぜそう攻め急ぐ。もう少しじっくり攻めれば、もっといいチャンスが巡ってくるだろうに。いや待てよ、やはりそうか)


 1セットの試合を終え、2人は再びコートサイドに座って意見交換をした。

「どうですか? 自分自身と戦った感想は」

「様々な発見がありました。自分のことは自分がよく分かっていると思っていましたが、それは思い違いですね。やはり中から見るのと外から見るのでは景色が全然違います」

「そうですか。どうやらコピーは成功のようですね。ところで涼太さん」

 影虎は涼太に向かって核心にせまる質問を投げかける。

「あなたが次の試合を休むのは、体力の温存以外の別の理由がありますね?」

「…………、やはり分かりますか」

「はい。どうしてあの時奥さんに言ってあげなかったんですか? 試合を休むのは、息子の出産予定日を奥さんの側で過ごすためだって。あなたの生活の重心じゅうしんは、すでにアスリートから家族へとシフトしているのでしょう?」

「言えませんよ。そんなことを言えば、逆にひろみに気を使わせてしまいます。「私に構わず試合に行って」と言うに決まってるじゃないですか。勝てるハズのない試合に」

「勝てるハズがないかどうかは、今日の練習で分かったはずです。あなたが最近低迷しているのは大会全体を通して戦うために、無意識にペース配分を考えているから。もし、ケガや次の試合のことを考えずに1試合だけに集中するのであれば、あなたはまだ世界ランカーとも互角に戦えます」

「1試合限定か……。もう大会で上位に入るのは難しいということですね。年齢的に仕方がないとはいえ、確かにそれが現実でしょう。分かってはいたのです。ただ、受け入れたくなかった」

「それと、もう一つ。替え玉試合はやめましょう。そんなことをして奥さんの側に居たとしても、彼女はきっと喜ばない。それに、もし汚いやり方で勝利を手に入れてしまったら、その後悔は一生あなたについて回ります。誰が許したとしても、あなた自身は自分を責め続けるでしょう。あなたにはそんな生き方をしてほしくない」

 少し考えた後、涼太は日が差して緑色に輝くコートを見渡してこう言った。

「最初から、替え玉として試合に出るつもりなんてなかったんでしょ?」

 影虎も同じ場所に目を向けた。

「はい。あなたのような人は、最後は「やっぱり自分で戦う」と言い出すに決まっていますから」

 それを聞くと、涼太は立ち上がってラケットを握りしめた。

「全て予定通りという訳ですね。ついでに、もう一つあなたの思い通りになって差し上げましょう。次の試合、それが私のテニスの集大成です。アスリートとして最高の死にざまを見せてあげますよ。妻にも、息子にも、世界中の誰に対しても恥ずかしくない死にざまをね」

「期待しています。引き際が美しいアスリートは、永遠にその名を残しますから。花束は二つ用意しておきましょう。引退用と再出発用に」

それを聞いた涼太が、人差し指を一本立てた。

「いいえ、二つでは足りません。もう一つ追加してください。新しい人生を共にする、ひろみと息子のために。




アスリートの影武者  第1部 終わり


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