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第1部 1話 プロになれない男

 リングの上で行われているのはボクシングのスパーリング。

 男が繰り出した切れの良いパンチが、影虎かげとらのヘッドギアをかすめて流れた。

 その様子に視線を注ぐ2人の人物。

「信じられん、あのジャブをかわすのか!」

「はい。でもかわすだけではありません。いつでも反撃できるように体制を整えています」

「とんでもない動体視力とバランス感覚だな」

「ありがとうございます。彼の持ち味はスピードとバランス。本人はいつもそう言っています」

「まったく恐れ入る。しかし、彼は本当にプロではないのかね?」

「はい。プロではありません。正確には、プロになることはできません」

「プロになれない? あれだけの実力を持っていながら?」

「はい。すでに一般にも知られていることなので言いますが、彼は薬物使用の経歴があります。それもかなり悪質な」

「ドーピング検査に引っかかったことがあるのかね? 制裁が解かれるのはいつだね?」

「制裁は解かれません。一生涯」

 ボクシングジムの会長が、引きつった顔で隣に立つソルトを見た。


 ソルトはショートパーマが似合う美人で、影虎かげとらの相棒である。

 彼女の話では彼、影虎は数年前にサッカーの試合で複数の危険な薬物を使用。それが試合後の密告により発覚。不正行為は巧みに隠蔽いんぺいされた痕跡があったとのこと。

 これにより、サッカー界でのプロ登録は抹消まっしょう

 その後は、その恵まれたアスリートとしての能力を生かして様々なスポーツに転向。頭角を現したが、その全ての競技でことごとくプロ登録を拒まれてきたという。

 これは、彼の能力が中途半端なものではなく、エントリーする全ての競技で世界トップレベルの素質を見せてきたことを証明している。


「では、そろそろ彼の本当の能力をお見せしますね」

 ソルトはインカムを使って影虎に指令を送った。

「井上のファイトスタイルに変更してください」

「了解」

 それまでアウトボクシングで様子を見ていた影虎が、ファイタースタイルに構えを変えてスパーリングパートナーとの距離を詰めた

「本当にできるのかね? 戦い方の模倣もほうが。井上は日本チャンピオンだぞ!」

 会長がリングの上の二人に視線を送った。

「彼が本当に優れているのは身体能力ではありません。コピー能力です」

 張り詰めた空気がただよい、時間の流れが遅く感じる。

 そんな中、影虎の左フックが、ガードを上げて構える相手の右ボディに突き刺さった。

 悶絶もんぜつして倒れるプロ選手。

 たった1発で立ち上がれなくなるそのパンチは、井上のパワーも再現していた。

「いかん、もうやめてくれ。これでは本物の井上と戦う前にウチの選手がケガをしてしまう」

 会長が慌ててスパーリングの中止を指示した。


 ボクシングに限らずスポーツ全般において、対戦相手を分析することは重要である。

 特に実力が拮抗しているトップアスリート同士の戦いでは、練習相手に対戦相手と似た特徴を持つ人を起用することが多い。より実戦に近い模擬戦を行うためだ。

 しかし、この実力のある練習相手というものはそうそう見つかるものではない。

 監督はもちろん、若いコーチであっても体を張って現役アスリートと競い合うのは難しい。

 影虎は、このトップアスリート達に対してライバルとして模擬練習を行える、稀有けうな能力を持つ存在なのである。


 ――― 数時間後 『株式会社アスリートの影武者』の事務所


「だから、なんであんなに思いっきりパンチするんですか! 練習が途中で中止になっちゃったじゃないですか!」

 細身で華奢きゃしゃなソルトが、影虎の前で仁王立ちになって腰に手を当てている。

 細マッチョで均整のとれた体格の影虎が小さく見えたのは、彼がソファーに座って背中を丸めているせいもあるだろう。

「そんなこと言ったってさ。やっぱつい本気になっちゃうじゃん。久しぶりの格闘技だもん」

 影虎は足元にいるハナ(猫)に視線を逃がしたが、ハナは視線に気づくと影虎の側を離れてソルトにすり寄ってしまった。

 猫にも見放される悲しい影虎である。

「『つい』じゃありませんよ。これは商売なんですからね。少しは相手に良い思いをさせてあげてください」

「良い思いって、なんだよ」

「だからー、少しはパンチを当てさせてあげるとか、当てられたパンチでよろけてあげるとか」

「子供の遊びかよ! ていうか、相手だってプロなんだから、パンチもらったら痛いんだぜ? そうなこと言うなら、次は痛くないスポーツの依頼を取って来いよ」

「痛くないスポーツって……、じゃあ何がいいんですか?」

「う~ん、そうだな~。例えばテニスとか? 俺、中学時代テニス部だったんだぜ。久しぶりにテニスしたいな」

「え!? そうでしたっけ? この前は中学時代バスケ部だったって言ってましたよ?」

「うん。バスケ部にも入ってた。ていうか、ほぼ全ての運動部を掛け持ちしてたからな。こういう部活を何て言えばいいんだ? 『全部』とか? ナッハッハ ウケるぜ!」

(…………だるっ)

 笑う影虎を冷ややかに見つめるソルトであった。


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