僕の専属メイドは、一人でマフィアを壊滅させた伝説級のメイドさんらしい
こちらはひだまりのねこ様主宰「つれないメイド」企画参加作品です。
イジメ・暴力行為がありますので、苦手な方はご注意ください。
「龍之介さまああぁぁぁッ! ハンカチをお忘れですうううぅぅぅッッッ!」
学校に向かう途中、メイドの神林さんがものすごい形相で追いかけてきた。
それはもう、鬼のような。
殺気のこもった眼差しで。
「ひい!」
僕は思わず直立不動で神林さんを待った。
下手に逃げたらスライディングタックルで動きを止められてしまう。っていうか、普通に死ぬ。
神林さんは息を切らしながら僕の元へとやってきた。
「ゼハー、ゼハー……」
「だ、大丈夫ですか?」
「ゼハー、ゼハー……」
「だ、大丈夫?」
「ゼハー、ゼハー……」
「ほ、ほんとに大丈……」
ぶ? という言葉と同時に塀に身体を押し付けられた。
「ぐえっ!」
「龍之介さま!」
「は、はい?」
「ハンカチをお忘れでございます!」
スッと差し出されたのは花柄の可愛らしいハンカチーフ。
神林さんのっぽい気がしたけど黙っておいた。
「あ、ありがと」
神林さんの手からハンカチーフを受け取ろうとしたら、彼女はそのまま思いっきり腕をスライドさせて首を絞めてきた。
「というか!」
「ぐえっ」
「なんでこう!」
「ぐええ」
「何度も何度も何度も何度も!」
「ぐええええ」
「忘れ物をなさるのですか!?」
「ぐえええええええ」
「そんなに私を困らせたいのですか!?」
「ぐ、ぐるじいでず……神林ざん……」
怖え!
この女、超怖え!
「どうやら龍之介さまには忘れ物手帳をお作りしたほうがよろしいようですね!?」
「ご、ごめんなざい……二度と忘れ物はじまぜん……」
僕の命に関わる。
神林さんは「わかりました」と言ってスッと身体を離した。
「ゼハー、ゼハー」
今度は僕が息切れをする番だった。
危なかった。
普通に死ぬとこだった。
軽くお花畑が見えた。
「しかし!」
バン! と今度は壁ドンされた。
「ひっ!」
「今度忘れ物をしたら、どうなっても知りませんよ?」
「は、はひ……」
やべー。
目がヤベー。
超怖えー。
これが憧れの女の子とかだったらキュンとなるんだろうけど、神林さんだと恐怖しか感じない。
「それでは行ってらっしゃいませ」
スッと身体を離した神林さんは、両手をおへその辺りに当ててゆっくりと頭を下げた。
「い、逝ってきます……」
学校に行く前から疲労困憊だった。
※
私立・立花学園。
ここでは生徒一人一人に専属のメイドが付いている。
そこには知識・教養とともに品性も求められ、それはひいては学園における生徒のランクにも影響を与えられている。
ランクの高い生徒はメイドのレベルも高く、逆にランクの低い生徒はメイドの教養も低かった。
わかりやすすぎるくらいわかりやすいカースト制度で、これが学園公認というのだからおかしなものだ。
ちなみに専属メイドを付けない生徒も少なからず存在し、そういう生徒は必然的に最下層に位置づけされた。
僕もその一人だ。
……まあ、あんなメイドを連れて歩いたら四六時中命の危険にさらされてしまうからいいのだけど。
学園の最下層であっても、命を取られるよりはマシだ。
そんな僕は、今日も今日とてぼっち飯を食べていた。
裏庭の暗い場所で食べるご飯はあまり美味しくないけれども、自分たちのメイドに食べさせてもらうような連中とは一緒に食事をしたくはなかった。
信じられます?
お弁当を「あーん」で食べさせてもらってるんですよ?
高校生にもなって。
見てるこっちが恥ずかしい。
弁当くらい一人で食べろと言いたくなる。
……という言い訳をしながら食べるぼっち飯はまたなんとも言えない味わいだった。
そんな中、近くから騒がしい声が聞こえてきた。
「おらおら、もう終わりか?」
「まだ10発も殴ってねーぞ?」
「ひいい、許してくださいー!」
「坊ちゃん、お逃げください!」
見ると、カースト上位の生徒たちが下位の生徒をいたぶっていた。
専属のメイドたちに下位生徒を羽交い絞めにしてもらい、殴るわ蹴るわの大暴行。
下位生徒の専属メイドも押さえつけられ、抵抗できない状態だった。
嫌な現場に遭遇してしまった。
ここではこういうことは日常茶飯事だ。
カースト上位の生徒は必然的に金持ちが多く、入学時に多大な寄付をしている関係で学園側も見て見ぬふりを決め込んでいるのだ。
だからこういう現場を目撃しても誰も何も言わない。
……まあ僕もその一人なんだけど。
でも、さすがに数人で一人をいたぶるのは気分が悪かった。
この学園の教師たちのように見て見ぬふりをして行こうかとそそくさとその場を後にしようと思ったら行動より先に口が出てしまった。
「やめてあげたら?」
自分で言ってて「しまった」と思った。
何言ってるんだと思った。
案の定、下位生徒をいたぶっていた上位カーストの生徒たちが一斉にこちらを向いた。
それも「なんだ文句あっか?」の顔で。
あれれ?
よく見たら生徒会役員の上級生じゃないか。
まずい。
専属メイドも持たない僕なんかが声をかけていい相手ではなかった。
「んだテメエは。こら」
「ひっ」
思わず後ずさる。
下位カーストの生徒も、そのメイドも僕に救いを求めるかのような目を向けていた。
あれは確か……隣のクラスの佐々木くんだ。
話したことはないけど、あまり裕福ではない家庭だと聞いている。
って、そんなこと気にしてる場合ではなかった。
上位カーストの生徒とその専属メイドが僕の方ににじり寄ってきている。
「今、オレらに言ったのか? あ? オレらに言ったんだよなあ!?」
ひいい、怖い!
言葉づかいがもうヤンキーじゃん!
専属メイドもパキポキ拳を折ってるし。
誰だよ、上位カーストのメイドは品性が高いなんて言ったの。
……あ、誰も言ってないか。
「おい、押さえろ」
「はい」
上位カースト生徒の言葉に、メイドたちが一斉に僕の身体を押さえつけた。
「ひい!」
なにこの腕力。
このメイドたち、どう鍛えたらこんなに力強くなんの?
っていうか、この子たち本当にメイド?
「へへへ。残念だったなあ。見て見ぬふりしときゃよかったものをなあ。変に正義感ぶりやがって」
「お前が代わりにサンドバックになってくれるってわけか」
「どれだけ持つかな」
にじり寄る上級生たち。
ああ、ボコボコにされる。
こいつらの言う通り、見て見ぬふりしとけばよかった。っていうか、するつもりだったのに……。
「まずは一発くらいやがれ」
殴られる!
そう思った瞬間、一陣の風が吹いた。
気づけば僕の目の前に神林さんが立っていた。
「か、神林さん!?」
神林さんは僕の目の前に立つと、殴りかかる上級生の拳を手のひらで防いでいた。
「!?」
自分の攻撃を防がれた上級生は怪訝な顔を向けていた。
「んだテメエは! コラ!」
「あなた方。龍之介さまに何をなさろうとしていたのですか?」
こ、怖い。
後ろ姿しか見えないけど、神林さんの背中からどす黒いオーラのようなものが見える。
「あ? 何をなさろうとだと? テメエにゃ関係ねえんだよ、引っ込んでろ!」
「関係ございます。私は龍之介さまの専属メイドですので」
「ならテメエが先にくたばれ!」
「ぷちっ」
瞬間。
僕へパンチをお見舞いしようとしていた上級生が宙に浮いていた。
神林さんの強烈なアッパーが炸裂したらしい。
す、すご……。
っていうか、「ぷちっ」っていう音が聞こえたんですが……。
アッパーをくらった上級生はそのまま白目をむいて地面に落ちていった。
「ひい!」
悲鳴をあげる他の上級生たち。
そりゃそうだよね。
僕だって全然見えなかったもん。
「な、な、な、何しやがんだテメエ!」
ざわつく上級生たち。
彼らを無視して、神林さんは僕に顔を向けた。
「龍之介さま」
「は、はい?」
「今朝も申し上げましたが、なんでいつもいつも私を困らせるのですか」
「こ、困らせるって……」
「私が助けに入らなければ、怪我をなさるところでしたよ?」
そ、そりゃそうですが……。
「でも」と神林さんは続ける。
「イジメられてる生徒を助けようとなさるお姿は立派でした」
「み、見てたの?」
「はい。陰ながらずっと」
ずっと?
もしかして神林さん、僕のことずっと監視してたの?
怖っ。
自分のメイドながら怖っ。
そして神林さんの登場で、一気に周りにいるメイドたちがざわついた。
「あ、あなたは……!」
「あなたは、あの伝説の……!」
「伝説の……!」
「伝説の……!」
「………」
伝説の……なに?
「あなた方、いつまで龍之介さまを掴んでいるのです。早くその手をお離しください」
「は、はい!」
パッと僕を押さえつけていた手が離される。
な、なんなの?
この神林さんって人、メイドの世界では有名人なの?
「テメエ! よくもやりやがって!」
当然、神林さんのことなど知らない上位カーストの生徒たちが一斉に襲い掛かる。
「ああ! おやめください!」
専属のメイドたちの声も虚しく、神林さんは華麗なステップを踏んで生徒たちの攻撃をかわしていく。
そしてかわしながらも一発一発強烈なカウンターパンチを食らわせていた。
「げふ!」
「ぐえ!」
「ぎゃ!」
つ、強……。
なんなの、この神林さんって人。
めっちゃ強いんですけど。
やがてメイド以外の全員をぶちのめした神林さんは、傷ついた上級生を抱えるメイドたちに言った。
「傷の手当てが終わったら彼らにお伝えください。今後、龍之介さまに危害を加えようとなさったら容赦しないと」
「は、はい!」
もうすでに容赦してないのでは?
と思ったけど黙っておいた。
それよりも、さっき痛めつけられていた佐々木くんを介抱してあげないと。
佐々木くんのもとに駆け寄ると、すでに専属メイドが佐々木くんを助け起こしていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう……。助かったよ。君は、隣のクラスの……」
「龍之介です」
「ありがとう。本当にありがとう」
「い、いや、僕は何もしてないし……」
普通に見て見ぬフリしようとしてたし。
「それに助けてくれたのは僕の専属メイドの神林さんだし……」
「神林と申します。以後、お見知りおきを」
神林さんが名乗った瞬間。
「ぴぎゃあ!」と言う叫びとともに、佐々木くんを助け起こしていた専属メイドが佐々木くんを放り投げた。
……ってか、放り投げるなよ。
「ま、ま、ま、まさか! まさか!」
ここでもか。
そんなに有名なのか?
神林さん。
「あ、あ、あ、あの神林さんですか!?」
「どの神林かは存じませんが、神林です」
「あの国内のテロリストを一人で一掃したという!」
………。
……は?
「ああ、それでしたら私です」
は?
「海外のマフィアを一人で壊滅させたという!」
は?
「それも私ですね」
は?
「N国の軍事クーデターを一人で鎮圧したという!」
は?
「そういうこともありましたね」
「きゃーーー! 本物だーーー!」
ちょっと待て。
どれが本物だ?
全部ウソだよね?
スケールがでかすぎてよくわからないぞ?
「ああ、まさにメイド界の英雄・神林さん! お会いできて光栄です!」
光栄ですの前に、佐々木くんを助けてあげようよ。
僕がすでに抱え起こしてるけど。
「り、龍之介くん。あのメイド、有名な人?」
「さあ。僕もよく知らなくて」
メイド界のことは僕ら一般人にはあまり知らされていない。
でもメイドの中では本当に伝説級の人のようだ。
神林さんは僕に顔を向けて「そんなことより」と言った。
「龍之介さま。あなたは本当に困ったお人です。いつもいつもぼっち飯ですし、いつもいつも好きな女の子のお尻ばかり眺めてるし、いつもいつも図書館と保健室に引きこもってるし」
ち、ちょっと待って……。
どこまで知ってるの?
「挙句の果てには下駄箱にラブレターを入れて逃げ出すチキンぶり。告白するなら正々堂々とやっていただきたい。だからフラれるのです」
「ぐはあっ!」
やめて。
フラれたことまで言わないで。
「でも、ご立派でした」
「へ?」
「イジメられてる者を助けようとしたその心、私も鼻が高いです」
「そ、そうかな」
「これからもその心、大事になさってください」
普通に見て見ぬ振りしようとしたんだけど。
でも、そう言ってもらえると嬉しい。
フラれた傷は癒えないけど。
「そういうわけで、今日から私も龍之介さまを陰ながらではなく正々堂々と監視しようと思います」
「監視ってなに!? やっぱり僕のこと監視してたの!?」
「それが仕事ですから」
「はふん」
この日から、僕にも専属メイドが加わった。
その後、神林さんの活躍で僕がこの学園の生徒会長になり、佐々木くんは書記へと大躍進するのだけど、それは別のお話。