夏が始まった。
耳障りのいいその声が、好きだと思った
「見つけた」
茹だるような暑さの中、1人で涼んでいた時だった。
あまり話したことのないあの人に話しかけられたのは。
「広間に戻らないの?みんないるよ」
「酔いが回ったんで、少し風に当たっていたんですよ」
嘘だ、仲良くもないのに義務感だけで参加して、居場所がなくて逃げ出したにすぎない。
「ふーん、そうなんだ。」
「少し休んだら戻るんで、先戻っといてください」
もちろん、そんなつもりはさらさらない。
広間ではゼミの仲間が大騒ぎしている。
楽しそうなところにいると、頭がおかしくなりそうだった。
1人でいるよりも、深く孤独を感じるから。
そんなことを言って雰囲気を悪くするほどガキではないから、言わないけれども。
我ながら信じられないほどの無愛想に興味を無くしたのかわかったと言って、足音が遠ざかっていく。
少し、救われた。どうにも昔から人と一緒にいることが苦手なところがある。
治さなくてはこの先生きづらいとわかっていても、根強く蔓延った疎ましさは、簡単に離れてくれなかった。
如何ともし難いこの気持ちが、短い大学生活でこれほど横たわって邪魔をしてくるのだ。
この先の長い生涯、どうすれば良いのかと頭を悩ましてしまう。
どうしようもないほどの自己愛と隔絶を抱え、憂鬱になりながら、タバコに火をつけたとき
「私も少し休みたいの」
そんなことを言ってあの人が帰ってきた。
「君、タバコ吸うんだね」
そんなことを言いながら隣にかけてくる。
端的に言って困った以外の何者でない状況に言葉を返せないでいると、
「ね、せっかくだから一本ちょうだいよ。」
「先輩、タバコ吸う人なんですか?」
「元カレが結構吸う人でさ、その時に付き合いで何回か。ね、お願い。」
なんだか、少し図々しいくらいの態度に諦めがつき、箱から一本取り出す。
「なにこれ、見たことない。こんなの吸ってるんだ。」
「あんまり有名なやつじゃないんで。個人的には安くて好きなんですけど。
あ、火入りますか?」
そう言ってライターを貸そうとすると、
「いいや、君のからもらうから。」
そう言って徐に顔を近づけて、シガーキスをしてきた。
タバコが煙をガンガンと噴き出しているのに、そんなものをもろともせずにシャンプーの匂いが突きつけられた。
「けほっけほっ。なにこれ強くない?」
咳き込みながら文句を言ってくる。
しかし、そんなことに傾ける耳などないくらいに、見通せない夜のような闇を湛えた瞳に、目を奪われてしまった。
あのときに、あの人に五感全てを奪われてから、僕の夏は始まった。