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人魚と獣 (Merman and the Beast)  作者: 烏籠武文
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性格の悪い天使

もうすこしで目が覚めそうなくらい意識が浮かんだり、また沈んだりを何度か繰り返している。途切れ途切れに声が聞こえるが、何を言っているかわからない。ただその声は必死に何かを呼びかけているようで、起きなければいけない気がする。


(起きろ!起きろ俺!気合いだ!)


薄く目を開くと見覚えのある天井だった。勇さんちのベッドに寝てるらしい。死ななかったか。


「珍しいな。お前の読みが外れたぞ。」


そう言って勇さんがのぞき込んできた。ベッドのすぐそばに座ってたらしい。


「あり得ないな」


誰かが少し不満げな声で答えた。目だけで声の主を追う。ベッドの横に並べられた椅子の1つには勇さん、そしてもう1つには天使が足を組んで座っていた。冗談だろ。


もちろん背中に羽はないし、白いローブの代わりに白いシャツ、薄い茶色のズボンをはいている。だが天使と言ったら信じるくらいの美青年だ。金色の髪に愁いを帯びた北欧系の顔立ちが人間とは思えない。


天使は座ったまま両手の指先をとんとんと軽く叩くように合わせ、何かを考えているようだった。しばらくして思いついたように口を開いた。


「ユーゴ、こいつの血を飲んだ?」


勇さんは何も言わなかった。返事を待たず天使は質問を続ける。


「どれくらい?」


観念したように勇さんは答えた。


「…そんなに多くない。10ccくらいだと思う。」

「いつ?」

「昨日の昼前。11時半ごろ。」

「飲ませたのは?」

「だいたい…1時くらい」


天使は両手の指先を合わせたまましばらく考えていた。結論が出たようでとんでもないことを言い出した。


「人魚になれば助かる。かもしれない。」

「…人魚になる?どういう意味だ?」

「君の血で意識が戻る怪我じゃない。まだ生きているのは人魚化したんだろう。ほんの少しだけど。」

「人魚化?何の話だ?」

「僕の研究上の理論だからね。実験にちょうどいいかな。」

「お前…人間で実験するって言ってるのか?!」

「このまま何もしなければどっちみち死ぬよ。」


喧嘩するなら後でゆっくりやってください。そんな心の声が聞こえたわけではないだろうが、勇さんは慌ててのぞき込んできた。


「聞こえたか?」


まだ口を開くのもだるい。声を出す代わりにゆっくりと一回瞬きする。


「すまない、俺の血は弱くてこれ以上治らない。本当かどうかもわからない実験だが…嫌なら1回、それとも生きる方に賭けるなら2回、ゆっくりまばたきしてくれ。」


俺の心は決まっていた。人魚って綺麗なこと言ってるけど、本当は吸血鬼でしょ?俺は人の血を吸うような物になってまで生きたいと思いません。それに…もういいです。もう全部終わらせたいです。だから一回ゆっくりまばたきをした。


目を開くと真剣な勇さんの顔が目に入った。なんとかして患者を助けようと見つめるお医者さんの目だ。俺がもう一回まばたきするのを必死になって待っている。


もし俺が死ぬことを選んだら、勇さんは無理矢理にでも助けておけば良かったと後悔し続ける。俺は知っている。人の生死に関する後悔は何年経とうが絶対に終わらない。それを勇さんに負わせて、俺だけ楽になる?


だから俺はもう一度、ゆっくりとまばたきをした。はじかれたように勇さんが天使の名前を呼ぶ。


「ヴィンス!」


何も言わず天使…ヴィンス?は座ったまま頭を下げた。見えないけど足下に何か置いているらしい。ほっとしたように勇さんが饒舌になる。


「従兄弟だ。ヴィンセント・D・ノイマン。こいつも医者だ。世界で一番人魚に詳し…」

「ユーゴ、小猿の腕を出して。あと椅子を使うから立って。」


天使ことドクターヴィンセントは手に空の採血バッグを持っていた。勇さんは羽毛布団をめくって俺の左腕を出す。今気づいたけど、俺すっぽんぽんだ。着ていた服は…そりゃ中身がめちゃくちゃになってるんだから服もボロボロか。気に入ってたのに。


ドクターは手際よく消毒した腕に針を刺してチューブを固定した。バッグは椅子の上に置いた、らしい。低くて見えないけど血がたまっているんだろう。いまどきの吸血鬼は採血バッグを持ち歩いているのか。


てか小猿ってなんだよ。意味はわからないけど、あの顔に猿と呼ばれたら「はいそうです」としか言い返せない。くやしい。


しばらくして立ったまま見守っている勇さんに天使が声をかけた。


「君を実験に使って悪いね。でも危険はないよ。」


そう言うとドクターは針を抜いた。素早く勇さんが絆創膏を貼る。血がたまった採血バッグを差し出された勇さんは嫌そうな顔をした。


「どうした?」

「いや…さすがに…」


そう言いながら勇さんは採血バッグを受け取った。


「席外していいか?」

「どうぞ」


血を飲んでいるところを見られたくないのか。意外とシャイな吸血鬼だ。弱った体から血を抜かれたせいか、また眠くなってきた。ふっと意識が途切れる。


「寝るな」


天使に無茶なことを言われた。見るとクリップボードに何かを書き付けている。考え事をしているようで、伏し目がちのまなざしも綺麗だ。神様、いくらなんでも不公平にもほどがある。こんなに綺麗で医者になるほど頭が良いって大当たりすぎだろ。


寝るなと言われたので自分でも無遠慮だと思うくらい目の保養をさせてもらう。不躾な視線には慣れているのか目もくれない。くそ。

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