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人魚と獣 (Merman and the Beast)  作者: 烏籠武文
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なんで俺は山道を走っているんだろう

1985年11月2日、三連休の初日。俺はジムニーの運転席で地図帳をめくっていた。


世の中景気が良くて、やれ居酒屋で一気のみだのディスコだのいつも週末は馬鹿騒ぎだってのに。どうしたもんか、珍しく誰からも誘いがない。三連休だからどこかのリゾートホテルにでもナンパしに行ったかな。


さすがにもう誰からも誘われなかったって、寂しいとかいじけたりする年でもない。たまには一人でゆっくり、何もしない時間を過ごすのも悪くない。そろそろ虫もいなくなるころだし、一人キャンプに出かけるにはいい時期だ。


と言ってもテントを張ったり焚き火をしたりする真面目なキャンプじゃない。コンビニで弁当とビール買って、あとは火を使える場所ならコーヒーをいれて星を見る。と言うと、ただの車中泊だ貧乏臭いと馬鹿にされるんだよな。わかってないな男のロマンだぞ。


後部のラゲージスペースには着替えや寝袋、あと必要な物は全部積み込んである。ただ行き先だけが決まらない。河口湖は…三連休だし人が多そう。丹沢あたりのキャンプ場…家族連れが来てそうだなぁ。九十九里浜でご来光を拝む、いや正月じゃないんだから。


どこでもいいとなると、かえってどこにしようか決まらなくて悩んでしまう。あんま遠くなくて、いい感じのところ…。ぱらぱらと地図をめくっていたら無料駐車場のマークが目に入った。神奈川の三崎口近くか。


神奈川ならだいたい行き方はわかる。たしか三崎口あたりは温泉があるから、翌日朝一で温泉に入って、昼飯はマグロ。いいじゃん。


よし、決めた!マグロ丼にしよう!


地図帳をマップボックスに差し込んでイグニッションキーを回す。待ってましたといわんばかりに愛車は軽快なエンジン音を鳴らし始めた。


      ***


さて。なんで俺はいま山道を走っているんだろうなぁ。


「神奈川ならだいたい道はわかる」なんてのは大間違いだった。いや衣笠ICまではちゃんとたどり着けたから嘘じゃない。腹減ったからIC降りてメシ食って、その後はちゃんと一般道を走っていたはずなんだ。コンビニでおにぎりもビールもおつまみも買ったし。


少なくともコンビニまでは道を間違えてない。なのになんでいま山道を走っているんだ?三浦半島ってこんなに道が複雑だったっけ。方向音痴じゃないんだけど。マップボックスの地図帳が「あたしのせいじゃないわよ」って顔してるのは気のせいだろうか。


まあいい、最初から目的があるドライブじゃない。むしろ道に迷って山道を走るなんて冒険っぽくてい。少々の悪路でもジムニーならなんとかなる。行き止まりになったら引き返せばいいだけだし。


最初はそんな呑気な気分でハンドルを握っていたが、どんどん山に入っていく道にさすがに不安になってきた。林の中を幅の狭い道がぐねぐね曲がっているし、木々が途切れて急に見晴らしが良くなったと思えば、ちょっとぞっとする高さのある崖があったり。さすがにアスファルトの舗装も終わってしまい、石ころが落ちている道になってきてタイヤがぼん!と跳ねて一瞬びくっとする。


これはいきなり道が終わって行き止まりになってるパターンかな。もしくは道が続いていても、さすがに突っ切るのはどうかと思うような笹ボーボーや雑木が生えているような道になったら引き返すか。


それにしてもなんだか狐や狸に化かされてるような気がする。もしかするとタバコを吸うといいかもしれない。狐狸妖怪はタバコが嫌い、なんておじいちゃんに聞かされた話を思い出したりする。


そんなことを考えている間に唐突に道は終わった。どうやら終点らしい場所にたどりついた。林の中の小さい広場だ。どう見ても自然にできたもんじゃない。なんでこんな山奥に広場があるんだ?


広場の隅にならないあたりで車を止め、ドアを開けるとふっと冷たい空気が入ってきた。足を地面につけてもぬかるむ感覚はない。山の中にしては良い場所だ。


まわりを見渡してみると、一部は岩壁になっていてツルハシで削ったような荒い削り跡がついていた。これはもしかすると…旧日本軍の陣地跡だろうか?広さを確保するために削ったようにも見えるが、といって岩壁意外に何もそれらしい物はない。


それに旧軍が作ったとしても、草ぼーぼーになってないということは誰かが管理している証拠だ。山の中だし、林野庁かな。だったら標識があったり、一般人立ち入り禁止になっててもおかしくないはずだけど。どっかで気がつかないで突破したのか、本来の道とは違うところから入ってきたのか。


まあ想像したって本当のところはわからないし、来たものは仕方ない。まさかこんな場所にたどり着くなんて予想外に冒険だった。かなりワクワクもんだ。よし、今晩はここでキャンプ決定!いやっほーい!予定外に面白いことになったぜ。

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