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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第三章 エルーシャ姉妹編
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第97話 言葉遣い

 レジギア・グラキエースが仲間に加わり、十二日が経過した。

 七月二十一日。特に何も無い日。言い換えれば、「何も無い」がある日。


 ラメは三日前に冬立さんの家に帰ったが、今日また泊まりに来た。

 寝る場所は、前回と変わらず、一階の奥の部屋。俺とエルミアと一緒だ。


 女二人に男が一人。愛を育むには絶好の環境であり、きっとこれ以降訪れることのない夢のような空間だ。

 その夢を味わうのは、俺、朱海泰斗。エルミアとラメは味わえない。俺はそんな色男ではない。長所も短所もある完璧ではない男だ。そんな男では、恋愛的な感情を爆発させられないだろう。


「……おはよ……です。泰斗さん」


 目を擦りながら、ラメが挨拶してきた。

 俺とエルミアに挟まれた位置にいるラメ。母と父に挟まれて寝る赤ちゃんのようだ。

 そして、目を覚ますと女の子からの挨拶が降りてくるのは、やっぱり心地が良い。

 何度も言うが、俺はロリコンではない。ラメの保護者的存在である冬立さんにも、ロリコン認定はされていない。

 俺はゲームやアニメやラノベの沼に浸かっていた人間だ。ハーレムへの憧れは、人一倍である。


「おはようラメ」


 カッコつけの変態な男主人公なら、ここで「今日も可愛いな」と付け加えただろう。

 変態にはなりたくない。気持ち悪いセリフは、妄想の中で言うだけにする。実際に言うのは、両思いの果てに付き合い、同じベッドで寝たときだけだ。


「エルミアも、おはよう」


 エルミアにも挨拶。

 俺は、エルミアのことが好きだ。

 理由を聞かれたら、三つ答えられる。


 死にかけたところを救われた。

 可愛い。

 格好良い。

 この三つだ。


 年の離れた人より、同年代の方がどちらかというと好きだし。

 世間的にも、その方が嫌な目で見られないし。


「おはよう、二人とも」


 ちょっと寝癖のついているふわっさらっとした紺色の髪が、機織りをしている最中の糸みたいに美しい。

 戦闘の際はあんなにクールで強いのに、日常ではこんなに可愛い。ギャップ萌えは実在した。


 しかし、そのエルミアが、最近おかしい。

 急に表情を変えて、何か考え込むような動作をすることがあるんだ。

 暗号を解き、このメッセージを書いた人は味方なのかもね、となった時。

 弟がアレだと姉は困るよなって言った時。

 二つ目は俺の言い方に問題があったとは思うが。それにしても、様子が変だった。

 しかもエルミアは誤魔化すんだ。何でもないよって。

 俺はその言葉を信じて言及しないようにしているんだけど、このままでいいのかという不安もある。

 心理カウンセラーならどんな行動をとるのか、掲示板ででも質問したい。


 ウサギは孤独死するらしいじゃないか。

 この小動物のような美少女を孤独死させてしまったら俺は、二度と立ち直れないだろう。

 後悔を増やさないためにも、さりげなーく探ってみるべきだと、俺は考える。



*****



 敵の来ない間は平和だ。

 不安や悩みはその内に取り除いておく。


 まずはエルミア本人ではなく、彼女に近い人物に聞いてみる。

 といっても、多分俺の知り合いの中で一番エルミアに近いのは、俺自身だ。

 だから次に近い……ラメに聞いてみようと思う。

 隣で寝ているわけだし、真夜中に女子トークをしているかもしれない。学校の休み時間は、教室のあちこちに女子の集まりができている。それと同じことが、この家でも起きているかもしれない。

 異世界人という共通点もあり、二人は親密だ。俺や霊戯さんなんかには話せないような悩みも、ラメになら打ち明けられる。そんな関係だったりしないかな。


「……ああ、先起きててくれ」


 エルミアだけを部屋の外に出す。

 彼女はクッキーを半分に割って食べる園児を見守るような目で快く了承し、部屋から出ていった。

 まあラメは可愛いから。園児じゃあ年齢が低すぎるけど、見守りたくなるのはわかる。


「なあ……」


「うぁ、はっ、はい!?」


 過剰な動揺。動揺する原因なんて無いのに、動揺。

 妙だ。俺の読みが当たったか?

 やっぱりエルミアは、ラメと何か秘密の会話をしていて、もし誰かに勘付かれても教えないようにと言い付けられていたんじゃないだろうか。

 だとすれば、この反応もおかしくはない。俺になら話してくれたって良い気がするけどなー。

 信用されてないのかな。いやそんな筈はない!


「エルミアのことなんだけどさ、俺……」


 真面目な表情を作り、今はふざける空気じゃないよとラメに伝える。


 それが伝わったのか、それとも違う理由なのか……ラメの目が震え始めた。


「え、ちょ、ラメ? あの……俺特に何も言ってな……泣くなって! ただ、エルミアに悩みがあるんじゃないかなーって思ってラメにも聞きたかっただけで……」


 突然半泣きになられて焦る。

 透弥に覗かれていたら、今頃扉の向こうから大爆笑の声が漏れていただろう。

 子供の泣き止ませるやり方とか学習してないから余計に焦った。

 しかし意図を伝えると、ラメは落ち着いてくれた。


「な、なんだ……」


 ほっと息をつき、胸を撫で下ろす。

 一体どんな勘違いを起こしたんだろうか。

 俺の切り出し方、そんなに悪かったかな。

 ラメはまだ十歳だし……どう受け取るのか、は俺とは異なるのか。気を付けよう。


「で、どうだ? エルミアのこと」


「ラメは、全然そんな風には……」


「なんか相談されたりしてないか?」


 続けて聞くと、ラメは首を横に振った。

 隠している感じはしない。というかよく考えると、ラメは隠し事なんてできなさそうだ。

 悪い意味じゃない。この子はピュアだから。


「わかった。サンキュ」


「……えへへ」


 照れて笑う姿もまた、可愛らしい。


「もし何かあったら、俺にも教えてくれ」


「はいっ」


 ラメは関係なし。

 でもまだ心配だ。

 エルミアの悩み探り、続行!



*****



 もう夏休みに突入した。

 透弥と咲喜さんは家に居る。


 エルミアは、大勢の前で悩みを打ち明けるのは嫌なタイプの人だ。

 だから人が多く、簡単に盗み聞きできてしまうリビングでは、探ることは不可能。

 部屋に誘うか、公園にでも行こうと誘うか。その辺の店に行くでも良い。


「ちょっと俺とラーメンでも食べに行かない?」


 ナンパ始めたてです、みたいな誘い文句だ。

 怪しい物を売るわけでも、卑しい行為をするわけでもないから、下手でもOK。

 誘いに乗ってもらえれば、それで良い。断るような内容でもない。


「ネオン街での口説きの練習か? ちょっと平和になったかと思うとすぐに変態化するんだな、お前は」


 最大の障害物、透弥の登場だ。

 これがFPSやサバゲーであれば、コイツを遮蔽物として後ろに隠れてやったんだがな。

 ここは現実。サバゲーのフィールドでもない。透弥は確かに人間。ムカつくからって盾にはできない。


「俺は口説かないぞ。かといってマッチングアプリは死んでも利用しない。だからこれは、ただエルミアにラーメン食べさせたいから誘ってるだけだ」


「ふぅん。ま、あそこ今日やってないけどな」


「ええっ!? マジで!?」


 今明かされる衝撃の事実。

 俺が行こうとしているラーメン屋は、今日、閉まっている。

 いや、問題無い。別の所に変更だ。


「じゃあそば屋!」


「遠いだろ。どこにあんのか知らねぇし。コロコロと行く店変えるってことは、やっぱやましい目的があるんじゃねぇのか?」


「ねぇよ!」


 やましい目的は本当に無い。

 エルミアに悩みがありそうだから助けたいんだよ。

 そして好感度を……いや冗談。

 透弥の所為でエルミアを助け損なったら一生恨むぞ。


「け、喧嘩しないでくださいぃ……」


 ラメが俺の服を引っ張る。

 六歳上の男同士の喧嘩は怖かったらしい。

 本気じゃないけどな。本気なら、胸ぐら掴んで殴り合ってるだろう。

 俺も透弥を死ぬほど嫌いってわけじゃない。あんまり思いたくないけど、良いとこあるし。


 これでエルミアが駄目になったら、死ぬほど嫌いになって、殴ってやるけどな!


 さあこれで、エルミアをどこかに誘うのは不可能になった。



*****



 結局俺はエルミアの悩みを聞くことができなかった。


 でもなんか面白い話になったので、許す。


「何でラメは俺達に敬語使うんだ? 普通にタメ口でいいだろ」


 透弥は、言葉遣いを話題に挙げた。

 そういえば、気にしてなかったけど、ラメってずっと敬語だよな。

 人見知りだからかな。最初が敬語だったから、馴染んじゃったのかも。


「ええー。何で……うーん、尊敬してる……から?」


 敬語の「敬」は尊敬の「敬」だ。

 透弥はおかしい、と言うような顔をしているが、初対面でも平気で悪態つくお前の方がおかしいんだぞ。

 ラメは礼儀正しい良い子だ。良い子は見るなと警告されたら見ない、とっても良い子だ。


「その考えでいくなら、透弥は人を尊敬しなさすぎだなっ」


「はぁ? 尊敬してる。姉ちゃんと羽馬にいをな!」


「あっそう。知らない人に対する敬語は、丁寧語だ。もっと丁寧になれ」


 さっきラメに止められたばかりなのに、また言い合いになっている。


「姉ちゃん、俺って丁寧だろ?」


「ううん」


 否定されてる!

 俺は思わず吹き出してしまった。

 尊敬してる相手に丁寧じゃないって叱られてるよ、こいつ。


「笑うんじゃねぇっ」


「笑うだろ」


 透弥との会話は、あっちが劣勢になっている時この上なく楽しい。

 こっちが劣勢の時は、この上なく屈辱だが。


「まあ言葉遣いは色々あるよな」


 俺は笑い終えて、そう言った。

 そこで、ふと気になった。


「エルミアって俺には君付けるのに、透弥は呼び捨てにするよな」


 思えば、これも不思議だ。

 君付けされるの気持ち良いから、それが嫌で言ったわけではないけれど。

 透弥には君を付けないでいる。その違いを知りたい。


「何て言うんだろ、透弥に君付けるのは変」


 俺はまた吹き出した。

 エルミアの意見に同調するよ。透弥に君を付けるのは変だ、きっぱりとそう言える。

 透弥君……うん、変だ。性格や普段の行動を見て、知っているからこそ、変と言える。

 これだけで乾いたフランスパン一本食えそうだ。


「いやー、おもしろい」


「覚悟しとけよ、泰斗……」


 そんな怖い顔して、何もしないんだから。

 可愛いとか思わないよ。透弥は可愛くなんてない。


 テンション上がって笑う俺の横にいるエルミアは、テンションが下がっている。


 ――まただ。


 また、エルミアの様子がおかしい。

 やっぱり何か隠している。俺に、皆んなに。


「皆さん、私には敬語で喋ってくれますよね」


「え、ああ……はい」


 咲喜さんは嬉しそうに笑う。

 尊敬されているのを誇るタイプの人らしい。

 エルミアに意識が傾いていたので、俺はガタガタした言葉を返してしまった。


「咲喜さんは咲喜さんって感じだけど……タメ口でもいいかも?」


「ふふっ、それでいいですよ。敬語でなくても、思いは伝わりますからね」


 咲喜さん良い事言うー。

 どっかの誰かとは大違いだ。まったく、何でこうも違うんだろうな、この二人。


 ……おっと、この前エルミアは、これで態度を急変させた。

 口にはしないように、気を付けなければ。


 でも、やっぱり、様子がおかしい。

 前回よりは明るいけど……普段とは異なる雰囲気なのは、間違いない。


 地雷が、あるのか?

 俺は何度も地雷を踏んでいるのか?

 秘めた記憶を、気持ちを、呼び起こしているとでも言うのか?


 なら俺は、爆発物処理班にはなれないな。

 地雷原を走って、地雷の上にしか足を着けていないような状況だ。

 だったら地雷原に行かなければ解決なんじゃ。この場合、エルミアと話さなければ……。


 いけない。

 爆発物処理班になる人間が、他にいないのだから、俺がならなければ。

 細心の注意を払い、エルミアの地雷を処理する。

 助ける。


「ねえ」


 エルミアが口を開いた。


「この話、もうやめない?」


 地雷がまた一つ、爆発した。

第97話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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