第95話 神に染まらぬ男
パソコンの前に集まり、ビデオ通話を開始する。
両隣に女子がいると、気分が盛り上がる。ハーレム感があるからかな。
「はーい、聞こえてます見えてます?」
『ああ、問題ない』
画面に映ったのは、声の通り男。
ちょっと画質が悪いが、大体の容姿はわかる。
黒い髪と白い髪が混ざった頭に、赤い瞳。
よく見ると髪が背中の辺りから飛び出ている。ということは、長いんだな。
服装は教団員の着用する茶色の装束だが、今まで戦ってきた奴が着ていたのよりは質素だ。
『予定に無いことで不安だったが……しっかり映っているな』
ちょっと堅物そうな雰囲気に対して、本人は割と心が動くタイプなのかな?
若そうだし、仲良くなれるかもしれない。実際に会えたらなお良いんだけどな。すぐには叶わないだろう。
「えーっと、僕達の名前は把握してるのかな?」
『霊戯羽馬。朱海泰斗。エルミア・エルーシャ。……そこの女は……』
「ラメスティです」
自己紹介するラメ。
ラメスティという名前だけは、教団に知れていないらしい。顔だって何日か前にやっと明かしたんだし、当然か。
「じゃあ、あなたの名前を、お願いします」
『……私はレジギア・グラキエース。今年の一月に召喚された…………特に何の能力も無い、ただの人間だ』
レジギア・グラキエースさん。
名前で呼ぶべきか、苗字で呼ぶべきか。迷うな。
でも「グラキエースさん」だと長くて呼びづらい。もっと短い方が、色々楽だ。
「どう呼べばいいですか?」
『レジギアでいい。敬称は要らん』
と、いうことなので、彼のことは「レジギア」と呼ぶことに決定した。
スローでスタートしそうな名前だ。しかし、エルミアとラメには共有しないぞ。結果は目に見えている。
「一月……ということは、この世界にはもう六ヶ月も住んでいるんですね。こっちの二人よりも先輩だ」
先輩って。別に誇ることでもないだろうに。
寧ろ悲しむべきことなんじゃないか。
『そうだな』
「……では、そろそろ話を聞いても?』
『ああ。まず、暗号の件だが……もう一度言う、よく解読してくれた。諸々の懸念はあったが、エルミアは一国を担う者だと聞き、その博識に賭けさせてもらった』
両手を組み、組織を牛耳る悪役のようにしながら、レジギアは話した。
好きな子が期待されていると嬉しい。この男は、既にエルミアの良いところに気付いているようだ。
しかし、まるで今までエルミアの存在なんて知りませんでした、と言うような口ぶりだ。魔法王国エルリスはかなり著名な国という話だったのに、意外と知られていないのだろうか。
情報伝達の技術があまり発達していないのもあるのかもしれない。この世界を基準にして考えてしまいがちだが、それは間違っている。
『そして、お前達が最も気になっていること。それは、私が『敵のアジト内に居る』ことだろう』
「もちろん、謎すぎて困ってましたよ」
『……そもそも、我々は面識がない。紛らわしい書き方だったな、私は、召喚された時からずっとここに居る』
召喚された時から、だって?
教団のアジトに召喚されたのか。
でもエルミアとラメはそうではなかった筈だ。二人とも、町中に転移した。
俺と冬立さんが、その二人を助けたんだ。俺は助けられもしたけど。
「私はアジトになんて召喚されませんでした。ラメちゃんも同じです。その違いは……?」
やっぱりエルミアも疑問を抱いている。
その違いは一体何なのか。種族や環境ではないだろうとは思う。
『本来はアジトに召喚されるようになっているのだ。私や、他の者達のようにな。エルミアとラメスティは、例外。もっと言うと、召喚が失敗した』
一つ、小さな衝撃が走る。
エルミアとラメの召喚は、失敗していた。アジトに召喚されるのが普通。
つまり、もしも二人の召喚が成功していたら、二人は敵になっていたということだ。
いや、エルミアがあそこに現れなければ、俺はトラックに轢かれ、そのまま死んでいた。
失敗があったからこその今。この命。
その事実に、俺は背中を冷やした。
エルミアとラメもそうだろう。彼女らには、教団の仲間となって悪事を働いていた未来があった。
現在進行形で戦っている相手だ。どれほどの悪かはよく知っている。だから余計に怖く感じてしまう。
「これまでに戦ってきた異世界人も全員?」
霊戯さんが尋ねる。
『全員だ。故に、ラメスティとエルミアの召喚に失敗したと通達されると、アジトは途端に騒がしくなった。対人戦は、教団にとって初めてのことだったそうだ』
前代未聞の事件に焦るとは、情けない。
立派な武器携えてんだから、初陣に怯えるなっての。
……と、煽るようなことは言わない。腐っても人。感情はあるのだから、そうなるだろうな。
しかし、良かったよ。失敗してくれて。
「へぇぇ。なんか面白いですね、ソッチの話聞けるの」
『これが面白いとは、どんな神経をしているんだ?』
「探偵ですからね。謎が無くなっていく時はワクワクしますよ。謎がある時も、ですけど」
合わないなあ。霊戯さんとレジギアは、絶望的に合わない。
霊戯さんの人格を見抜けたのは、嫌いなものに反応するレーダーが機能したからかもしれない。
『……そういうことだ』
「なるほど。ところで疑問なんですが……」
『『何故あなたは僕達に味方するのか』……だな?』
レジギアは語調を変えずにそう言い、霊戯さんを一瞬だけ黙らせた。
「おお、正解。その通り、それが不思議でならないんです、さっきから」
霊戯さんは、次のセリフを言い当てられて嬉しそうに笑った。
これで満足なのか、あなたは。確かに凄いとは思うけれど、ニコニコでちょっと気味が悪い。
まあそんなことはどうでもいい。
大事なのは、霊戯さんの疑問。
これは俺も気にしていた。
俺達はレジギアを信用でき、味方だと思えるが、逆にレジギアは、俺達を味方とは思えない。
何故かって、彼はアジトに召喚され、教団のもとで暮らしているらしいじゃないか。なら、ヴィランが熱く語っていた"神"にご執心の筈。俺達は敵で、今すぐにでも殺すべきなのだ。
『それを説明するにあたり、まず教えなければならない事がある』
「ほう?」
次の瞬間、空気全体が岩のように固まった。
まるで有り得ないサイズの蟻に遭遇したような、世にも奇妙な光景を目撃したような、そんなショックが光のように飛んだ。
『教団員は皆、洗脳されている』
レジギアの赤い瞳が、反応を探るように動く。
彼の周囲が暗い所為で、廃校に現れる幽霊のような不気味さがある。
しかし俺達は、そんな少しの恐怖など忘れてしまうような事実に襲われている。
「せ、洗脳……? 洗脳って、ブレインウォッシュの洗脳?」
「皆、とわざわざ言うなんてね。僕達が殺してきたのは洗脳された哀れな人々とでも言うのかい?」
『ああ』
非情、肯定の言葉。
奪った命は、完全なる悪ではないんだ。
ヴィランの最期の様子は、どちらかというと善人に見えてしまうとエルミアは言ったが、その感覚は正しかったようだ。
洗脳により闇に堕ちた、可哀想な人達は、俺達の手によって殺されたんだ。
どんな時だって悪を成敗するために人を殺したわけではない。時には大切な人を助けるために、時には生きるために、そうして罪を重ねてきた。
だけど、だけど、奪った命にも、同じく大切なものがあるわけで。それは俺も分かっているけど、でも、きっと悪人なのだろうと、勝手な妄想を免罪符にしていたところがあった。
なのに。洗脳、か。神だの預言者だの熱弁したのは、全て操られていたからなのか。
良心があるのに、操られていたのか。
そして、操られるだけでなく、生涯が終わってしまった。俺達の手により、だ。
打倒教団が目標ではない。エルミアとラメを異世界に帰せたら、悪人が残ったままでも、問題はあるが目標は達成したことになる。
だから、できるなら人を殺めずにして行きたいんだ。
しかしそんな理想を壊すように、教団は襲ってくる。
襲われるから、こちらも戦ったのに。その人達は、教団に入ってさえいなければ、刃を向けてこなかったと言うのか。
そうか、そうなのか。
辛い。
「……ん」
ラメが抱きついてきた。
泣いているのかと顔を覗いたが、そうではなかった。
しかし彼女も良い心を持っている。当然この事実を快く感じてはいないし、皆んなの心情も理解している。
『そう嘆くな。元凶に目を向けろ。洗脳した輩を、いつか裁いてやると決心するのだ』
レジギアの励ましにより、俺は顔を上げた。
そうだな、洗脳された人々がいるなら、洗脳した人もいる。ソイツに鉄拳を食らわせてやるんだ。
落ち込んでも仕方がない。ここは、元気を取り戻して会話を再開するしかない。
『もう分かっただろう。私は、教団の中で唯一洗脳されていない人間だ。毎日のように話すから、彼らの思想はよく頭に入れている。だが、自分は信仰のフリをするのみ。実際は、いつか仲間が現れないかとその時を待っていた』
「それが今」
『そうだ』
霊戯さんの一言に、レジギアは頷いた。
待ち続けて六ヶ月か。相当の時間だ。孤独で大変だっただろう。もしかしたら来ないかもしれないのに、それでも待ち続けたのは素直に凄い。
「孤独……でしたよね」
『同情は必要無い。孤独には慣れている』
レジギアは溜め息の混じった声で喋り、椅子に座る体勢を整えた。
ひょっとして、「孤独」は使ってはいけないワードかな。気を付けよう。
『……洗脳の方法は未だ解明できていない。一つだけ、可能性として否定できるのは……言葉による洗脳だ』
レジギアは口を閉じなかった。
まだ完全に回復していないのに、無情。
だからこそなのか。「悩むな」と暗に示し、辛い現実より私の次の話に目を向けろと命令しているのか。
ならば彼の思いやりに乗ろう。
言葉による洗脳は絶対にない。そう言い切れる理由を知りたい。
「何でそう言い切れるんですか?」
『召喚された後、少しの間は衝撃で気を失うらしい。私もそうなったようなのだが……起きると、傍らに"預言者"がいて、洗脳の完了を確認するように話し出したのだ』
気を失っている間に、何らかの方法で召喚者に洗脳を施しているというわけか。
そうでなければ、起きた直後に教えを説くか、時間をかけて神に染まらせていくだろうからな。
言葉や相手の経験は、洗脳には必要無い。
特別な能力や術、もしくは薬。その辺が方法として考えられる。
「即座に調査のできるあなたに頼みたい、けど……」
『六ヶ月で解明できなかったものを、お前の望む期間でやるのは不可能だ』
「ですよねー」
ダメ元で頼む霊戯さんであった。
六ヶ月間で得た洗脳に関する情報は皆無。
教団員は自分が洗脳されているなんて知る由もないんだから、聞き込みは意味が無い。当たり前の結果だ。
『預言者との会話を終えると、能力を問われる。十分に戦う力があるなら機動隊へ、無いなら情報系や雑用などのグループに加わる。私は後者。前から魔法が使えないのだ。魔力が完全に消失していてな』
えっ。魔力が消失?
魔力は自然に溜まっていくんだろう。一度に大量に消費すれば無くなりはするが、時間の経過で元に戻る。
だから消失したままなんて有り得ない。エルミアもラメも、昨日魔力を枯らしたのに元気だ。
「魔力が……? どうして? そんな種族は……」
エルミアはあからさまに不思議がる。
彼女によると、異世界人は、魔力が0になったと思っても、実はほんの僅かだけ残っているらしい。
レジギアは完全に消失したと言った。この魔力の知識は彼にもあるものだとすると、「完全」という単語を使って説明するのはおかしい。
『無いものは無い。武器の所持もバツ印だ。そのため、外出は基本的には許されず、外のことはインターネットで知るようにしている。敵の排除などは機動隊の仕事だから、お前達のことは伝え聞いたまでだ』
なるほど。
多分、その他の重要な事は知らされず、殺しなどの積極的な活動は大抵、秘密裏に処理されるんだろう。
それと思ったのが、このレジギアという男、この世界に順応しすぎじゃないか?
六ヶ月という膨大な時間があったとはいえ、パソコンを普通に使用しているし、「インターネットで……」と言う時の調子から、インターネットに対する不満もあまり無いようだし。前世はコッチだったんじゃないかと疑ってしまう。
エルミアは未だ不思議そうにしているけど、本人が主張しているから、もう飲み込むしかない。
「この世界の人は戦う力を持たない筈ですけど……バッチリ前線に立っていましたよ?」
霊戯さんの言う通りだ。
戦う力がある者のみが機動隊に入ると定まっているのに。それとも、特別に強い人は入れるのか?
『私にもよく分からないが……信仰心の強い敬虔な教徒は、訓練を受けた上で機動隊に入ることがあるらしい。基準あっての評価なのか、裁量なのか』
厳密なようで曖昧な点もある組織のようだ。
大衆にバレたらどうなるか想像できる悪の組織に、適当な部分なんてあっちゃ駄目だろう。
預言者とやらは、完璧超人ではないんだな。
というかそもそも、預言者って誰なんだ。
……レジギアに聞けば済むことか。
第95話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




