第94話 暗号の解読②
数字の暗号。
古代語を知る者でも解けない暗号。
文だと思っていた文字列は、文ではなかった。
「泰斗君のお陰だよ」
そう言って、エルミアは笑った。
照れる。
てか俺は、あの提案じゃ大して変わらないと思っていたんだよ。
前に進めたのは、エルミアの知識と記憶力のお陰と言うべきだ。
「エルミアこそ、流石の知識と記憶力」
「こ、このくらいは」
褒めると、エルミアもちょっと照れた様子。
平和な時はこんなちょっとした言葉でも笑い合えるからいいな。
さ、顔を赤くするのはここまでにして。
「都合良く0~10までしか使われてないな。そういう配慮なのか?」
イレブン、トゥエルブ、ハンドレッド……。
数字は0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10以外にも存在している。異世界の古代の言語でも、それは同じである筈だ。
なら、たった十一文字しか使われていないのは、それなりの配慮なのかもしれない。
「さぁ、レッツ解読!」
霊戯さん、楽しんでるな。
気持ちはわかる。俺も、実はちょっとワクワクしていたりしないでもない。
この段階まで来ると、解ける気がしてきて楽しめるんだ。
では、数字に直した文字列をよく確認してみよう。
―――――
表
1 6 8
15 28 14 01 07 28 42 35
28 17 16
13 16 42 03 41 14 16 16
42 15 24 33 03 21 01
24 16 14 34
28 13 42 01 33 07 03 28
08 35 19 16 34 16 01
14 31 02
〇〇〇 △△△△ □□□□
―――――
表はこんな感じ。
そこで霊戯さんはこう言った。
「この中でも、表し方が三つに分かれてるね。一番上に、真ん中、一番下。表し方が違うということは、この三つはそれぞれ別の解き方をしなきゃいけないってことだ」
彼の言うことは尤もだ。
一番上は、一文字ずつ小さな空白。「01」のように一桁の数字に「0」を付けていない。
真ん中はその逆で、一桁の数字には「0」を付けている。空白があるのは同じだが、文と文の間にも細い行があるようだ。
一番下は、どちらとも異なっている。三桁、四桁、四桁。電話番号のようにも見える。
表し方が違うということは、同じように解いてはいけないということ。
三つの部分は、それぞれ別の事柄を表している。
「じゃあまずは、一番上から行きましょう。1、6、8」
エルミアはその三文字を指でさした。
「ここは、一文字で一つのことを表していると考えるべきだよな。だとすると……」
「ヒントが無いよね。数字一文字で理解しろと言われても厳しい……」
霊戯さんも悩んでいる。
これは攻略の難易度が高そうだ。
一文字。一文字なあ。アルファベットに当て嵌めるとか? A、F、H。的外れか。
「逆に何にも当て嵌めず、音で読むとか? 『2525』で『ニコニコ』と読むような感じでこれも……『168』だから、『いろは』…………とか……」
数秒間、沈黙の空気が流れた。
霊戯さんは固まり、俺は彼を見つめて。
そして沈黙が終わる。
「絶対にそれだ」
「だね」
いや、まさか、こんな簡単にクリアするとは。
これクリアでいいよな? これが正解でなければ、俺は自分の知能を疑うぞ。
いろは、なんて、絶対そうだろ。ひらがなを使った歌。暗号にはピッタリだ。その目的で創作されたのではと思うくらいに。
「ほんの思いつきのつもりだったんだけど」
自分で言っておいて呆然としている霊戯さん。
これは頭脳というより、発想での勝利だろう。
異世界の古代語を使い、その上で数字でいろは歌を表すとは、中々の策士。このメッセージの主も賢い人物だ。
「じゃ、じゃあ……えっと……」
「これはヒントだ。よくあるでしょ、変な文字列の横にたぬきの絵が描いてあって……『たぬき』だから『た』を抜くと読めるってやつ。アレと同じで、いろは歌を下の数字に適用することで、読めるようになるんだよ! 多分下の数字は、いろは歌を頭から数えたときの番号だ!」
そうとなれば、すぐさま実践しよう。
これで本当に読むことができたなら、もう悩みは解消される。
しかしそこで、ラメが口を挟んだ。
「あの……いろは……って……?」
見ると、エルミアとラメが二人して首を傾げている。
そういえば、二人はいろは歌なんて知らないんだ。
それもまた、メッセージの主の工夫。異世界人とこの世界の人間が協力しなければ、解読できないようになっているんだ。
つまり、万が一これが一般人の手に渡ってしまったとしても、大事に至ることはない。そうできている。
置いてきぼりは可哀想なので、俺が軽く説明してあげた。
「よし、今度こそ」
読もう。
まずは一文目から。改行がされているから、そこまでで一文と解釈できる。
いろは歌の画像を横に置いて、確認しながら。
「よ、く、か、い、と、く、し、て、く、れ、た。んん、かいとく?」
「濁点が付けられないから変になってるんだ。それっぽいところにセルフで濁点を付けてみれば……。よ、く、か、い、ど、く、し、て、く、れ、た」
「『よく解読してくれた』!!」
読めた! 読めたぞっ!
これだ、間違いない。正解だ、正攻法で解読できたんだ!
一文読めたら、他も同様に読むだけ。
手順は三つ。
数字をひらがなに直す。
濁音・半濁音・拗音・促音・撥音っぽいところをそれに直す。
最後に漢字やカタカナに直す。
手順を終え、メモ用紙に書いた。
―――――
よく解読してくれた
私は味方だ
証拠は無い
疑え
詳しい事は口で伝えたい
掛けろ
〇〇〇 △△△△ □□□□
―――――
直感で電話番号と思ったものは、やっぱり電話番号だったようだ。直前に「掛けろ」と言っていることから、間違いないだろう。
証拠が無いとはっきり言うところ、嫌いじゃない。
少なくとも悪人ではない。そんな気がする。
まあ味方かどうかは分からないけど。味方を装って何かを探ろうとしているという可能性もある。
「……どうしますか? 霊戯さん」
「いや、決断するにはまだ早い。裏の暗号も解読してからだ」
彼は冷静に、紙を裏返した。
興奮で裏があることをすっかり忘れていた。
まずは暗号を確認。
―――――
14 31 11 21 22 08 39 24
01 12 03 22 34
13 16 42 45 27 21 42 16
35 38 26 36 42 07 21 01
04 01 11
―――――
文に直す。
―――――
掛けるなら注意を払え
私も同じだ
敵のアジト内に居る
―――――
「敵のアジト内に居るって……。誰もそんな指示してないのに。コイツは何のつもりで?」
とても信じられない。
かといって疑われるような言葉で騙そうとするとは思えないから、信じられてしまう。
「召喚者ではあるんだろうけどね。ひょっとしたら、この人みたいな人は他にも何人かいたりするんじゃない?」
それなら心強い。俺達と知り合う前からアジトに潜入してくれているなら、内と外のグループがそれぞれ行動できるから、計画の幅が広がる。
……って、霊戯さん、もうこの人が味方だと断定しているのか?
いくらなんでもそれは……。
「嘘かもしれないんですよ」
「分かってるよ。でも、あんまりそんな風には思えないんだ」
そうかなあ。
「いい人そう」
「でしょ?」
ラメの呟きに、霊戯さんが反応した。
いい人そう……確かに、文面から良心が感じられたりしないでもない。
けど信用しすぎは失敗を生む。命がかかってるんだから、慎重にならないと。
「エルミアちゃんはどう思う? 教団の団員は皆んな僕らを敵視している、って考えはあるけど。この人に限ってはそうじゃない気がしない?」
霊戯さんはエルミアにも意見を聞いた。
聞かれたエルミアは、考え込んでいるのか、メッセージをじっと見つめている。
メッセージを見つめているんだけど、でも、何だか別のものを見つめているような。人を見つめているようだ。
「…………この世界で会っていないのに、私に……味方してくれる人…………」
あ、よかった。
フリーズしてはいないみたいだ。ちゃんと考えている。
ただ、やっぱり様子がおかしい。
「……エルミア?」
はっと気が付き、ぶんぶんと首を横に振る。
「エルミアさん、大丈夫ですか……?」
「うん、大丈夫。ごめんね」
凄く固まった顔をしていたのが、またいつもの可愛い顔に戻った。
俺はエルミアのことが心配になった。もしかしたら隠し事をしているんじゃないかって。
「ホントに大丈夫なんだろうな……? 何か悩みがあるなら、隠すなよ?」
「うん……ありがとう」
まだちょっと心配だが、俺は嫌われてはいないと思う。
前例もあるし、悩みがあればきっと打ち明けてくれるだろう。
考えすぎだな。隠し事なんて無いのに執拗に尋問しても、ストレッサーになってしまう。
エルミアのためにも、考えないようにしよう。
*****
結局、通話してみることになった。
罠だったら、その時に考えるしかない、ということで。
「もしもし……聞こえてますか? お手紙の通り掛けてみたんですが……」
霊戯さんは、テレビショッピングが終了した直後に商品を注文するようなノリで、通話を開始した。
「……あれ? もしもし? …………」
何かを察したのか、霊戯さんは急に黙り込んだ。
『注意を払え 私も同じだ』
俺はメッセージを思い出した。
そうだ、相手は、注意を払っている。
もしかしたら人が近くにいて、電話を盗み聞きされてしまう恐れがあるから、すぐに出られないのかもしれない。
霊戯さんの行為は、それを察してのものだ。
二十秒後。
『…………すまない、遅れてしまった』
声。
男の声だ。低くて、どこか若い感じのする声。
性別の予想はしていなかったけど、意外ではない。
「おお、どうも。初めまして、霊戯羽馬です」
この人、マジで信用し切っているのか。
躊躇いもなく名前を言ってしまうとは……。
『写真を見て気軽な男だとは感じていたが……私を疑ってはいないのか?』
「いませんよ。そして、その人格を見抜く力、すごいです」
『他者を疑わぬ者は、あまり好きではないんだ。信じるなとは言わないが、お前は疑心を携えるべきなのではないか?』
ことごとく他人に嫌われる男、霊戯羽馬。哀れだ。
冬立さんにも嫌がられていた。俺がそうならなかったのは、俺自身もコミュ障で嫌がられていたからだろう。
「そこまで言われると…………提示したくなっちゃうなぁ、『証拠』!」
『……なに?』
証拠だって。証拠って、例のメッセージの文にもあった言葉……。つまり、証拠というのは、この通話相手が味方である証拠、か?
「今、あなたが味方である証拠を手に入れました」
『どういうことだ?』
「ふっふっふっ。あなたは、教団員にあの紙を渡しましたよね? しかし、もし昨日の戦いで教団側が勝利したら……僕達は全滅し、メッセージを伝える意味は無くなります。かといって、あなたも教団の一員なら、敗北を祈るわけがない」
『ふむ』
「だから信用できるんです。しかも! この考えすら読んでの計画だった場合は、僕が今言ったことを指摘してくる筈。あなたはそれをしなかった。これが、『あなたが味方である証拠』です!」
霊戯さんは、相手に顔は見えないのにドヤ顔をしてみせた。
しかし、なるほど。
暗号を解読してから現在に至るまで、ずっと疑っていなかったのはこれが理由か。
最初から教えてくれれば良かったのに。俺達はそんなに賢くないんだぞー。
『なるほど……理解した。疑うことに執着し、考えるべきことが頭から抜け落ちていたようだ』
「理解してくれたなら良かった。ところでなんですけど……」
霊戯さんスゴイムードが収まる。
「ビデオ通話にしません?」
その提案により、俺達はビデオ通話をすることになった。
第94話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




