第92話 山の麓の一輪の花
手足に異常なし。
火傷もなし。
その他変なところはなし。
俺は容態を冬立さんに報告し、階下に向かった。
ただちょっと熱っぽかったので、額に当てる氷を貰った。
「あ、泰斗君。具合はもう大丈夫なの?」
皆んなの集まっている部屋に入ると、早速エルミアに心配された。
それはこっちのセリフなんだよ。俺は全然平気だけど、エルミアは怪我が多いだろう。
「俺はこの通り……そっちこそ大丈夫なのか?」
「うん、まあ……。何日かは休んでないとかな」
脚には包帯、頭にも包帯。
その姿、戦地から帰還した兵士のよう。実際もそれと似たようなもんだけど。
ラメの力を借りれば完治も早まるが、その子も疲弊して睡眠中だからなあ。
*****
その後、俺は今回の戦いについて色々と教えてもらった。
最初は別の場所に居たし、最後はぶっ倒れたしで正直把握できてないことは多かったんだ。
エルミア、透弥、咲喜さん、霊戯さん、そして紅宮さんは協力し、ヴィラン達と戦った。
エルミアの負傷は、聞かずともわかるが、その際に受けたもの。
江ノ島の灯台にはウトゥトゥという奴が居て、中盤までソイツの魔法陣の所為でまともに戦うことすらできなかったらしいが、透弥、咲喜さん、紅宮さんの尽力により撃破したと。
その後エルミアは再びヴィランと戦い、死の間際まで追い込んだ。
そうしたらヴィランは急に語り出し、自暴自棄になったとか言い出し、そしてあの太陽みたいな木の塊に変貌を遂げた。
突然の第二形態、ピンチかと思いきや、ラメと冬立さんを連れた俺が颯爽と登場!
ヴィランを倒しましたとさ。
ヴィランの死亡は確定でいいらしい。
俺も目にしたあの大爆発、ヴィランはその中心に居たのだから、死んでいなかったらいよいよ化け物だ。
ヴィランの力がこっちに移ってしまった様子は見られない。
爆発の後、エルミアが周辺を綿密に調べたので安心していいらしい。
魔力が完全に尽きて意識が朦朧としていた彼女に何を探せたのかは不明だが。
しかし警察も頑張って調べてくれているらしいので大丈夫だろう。
結局エルミアもぶっ倒れ、正常な霊戯さんと冬立さん、そして紅宮さんとその友達が俺達を家まで運んでくれたそう。
いやあ、感謝だ感謝。紅宮さんにもいつかお礼を言わないと。
あとウトゥトゥと灯台の下に居た奴等は……菊田陽介と同じ最期を迎えたらしい。
具体的にいうと、心臓のところに予め種を植え付けられていて、ヴィランの判断で宝能が発動、心臓が破裂していた。
全く酷いやり方だけど、自決させるよりはマシ……なのかもしれない。
*****
話が終わると、霊戯さんに花の飾りを渡された。
何も言わずに渡してくるな。何だよこれ、ウチは式場にでもなるのか?
「勘が悪いなぁ。パーティーだよパーティー。名付けて、『ラメちゃんおかえりパーティー』」
もう一個飾りが追加された。
なるほど、パーティーか。いいなそれ。
ラメはまだ幼いし、皆んなでワーワーできる場、それも自分が主役のものなら、開かれただけでも嬉しい筈だ。
「ラメの帰りを祝ってあげるんですね!」
「それもあるけど、皆んな疲れてるでしょ? そういう時こそパーティーだよ」
言われてみれば、俺もこう、パーっと楽しみたい気がしてきた。
明日は平日で学校や仕事があるから夜遅くまでとはいかないだろうけど、短い時間でも快い空間は作りたい。
「ってことで、ラメちゃんが起きるまでに準備するよ! 僕の予想じゃタイムリミットは三十分!」
やっぱり陽気な霊戯さんであった。
*****
七月八日、十七時。
ラメちゃんおかえりパーティーが開催された。
冬立さんと手を繋いで下りてきたラメは、何だか騒がしい部屋を見て目を丸くした。
寝起きで混乱している中、装飾によって彩られたパーティー会場に連れて来られたら、そりゃあ驚く。
「ほらラメ! おかえりパーティーだ!」
俺は笑顔でそう言い、「本日の主役」と書かれたタスキをラメに掛けた。
直後、複数のクラッカーが鳴った。
「えっ? うぇっ?」
まだ戸惑ってるな。
それもしょうがない。何の告知もしてないし。
「ラメのために用意してくれたんだ。テーブルの上の物は腹に入るだけ食べていい」
優しい口調で言う冬立さん。
この人、子供の相手するの上手いよな。
堅物かと思いきや、ラメに寄り添うときは保育園の先生みたいな優しさと親切さがある。
「そ……そうなん、ですか!?」
「そうだよ、ラメちゃん! 帰ってきてくれたの、私達は嬉しく思ってるんだから! パーティーしなきゃね!」
エルミアは回復した体力をここで使い、噴水の中央の女神みたいな笑顔でラメを祝福した。
他の皆んなも同様に、全力で喜びを表現した。
するとラメは顔を綻ばせ、次に涙を流した。
その涙はクリスタルのようで、照明の光によって輝いている。
「うぅ…………みんなぁ…………っぐ……」
そこでなんと、冬立さんが彼女を抱いた。
ちゃんと身長をラメに合わせて、ぎゅっと。
俺はそんな二人をニヤニヤしながら眺めていた。決して邪な気持ちは無い。ただただ微笑ましくて、平和と安らぎを感じたからだ。
「流石ココアの申し子だな」
俺は脇にある飲み物を飲んだ。
おっとこれはココアじゃないぞ。ただのお茶。
*****
唐揚げにサラダ、エルミアが作った異世界のスープに、買ってきたケーキ。
食卓は美味しい料理達に占領されている。
因みに異世界のスープは、この前エルミアとの会話の流れで作ってくれとお願いしたものだ。
異世界と全く同じ食材は存在しないので完全再現は不可能だったが、それでも美味は美味。
だってエルミアの料理だぞ。上手くないわけがないんだよ。
肉も野菜も軟らかくて、スープは甘辛くてちょっとドロっとしている。シチューみたい。
エルミアの住む国は北にあるので、こういう料理は多いらしい。今は夏で、日本は温暖だけど。
霊戯さんはイチゴアレルギーだから、ショートケーキではなくチョコレートケーキを食べている。
冬立さんはやっぱりココアを飲み、ケーキはあまり食べず、その他の料理を食べている。
透弥はカロリー高い系をバクバクと口に入れ、咲喜さんは少ない量をゆっくりと味わっている。
そして俺、エルミア、ラメは仲良く色々な料理を頬張っている。
――ピンポーン。
幸せな空間に、インターホンの音が響いた。
霊戯さんが玄関に向かう。
嫌な予感がする。
これは、この状況は、二日前にも……!
開いた扉の先には、古島誠慈が。
水沢さん殺しの罪でラメを追い詰めた人物だ。
全員に動揺が走る。
しかし透弥と咲喜さんの反応からして、古島さんが化け物に見え、逆に彼に化け物だと認識される呪いは解けているようだ。
ヴィランの能力の影響だから、ヴィランが死んだことで解けたのだろう。
ちょうど扉に近い位置に座っていたラメは、彼を見てビクッと肩を震わせた。
しかしラメも成長している。乗り越えようとしている。
ラメは古島さんに近付いた。
「ラメスティ……」
ラメの名を呼び……そして、手を振り上げて……!
ダメだ、この人はラメを殴る気だ!
そう思って焦ったが、そんなことはなかった。
古島さんは手を振り上げ、少女を殴ろうとしたのだが、拳を握り締めて何かを我慢して、静かに手を下ろした。
苦しそうな顔だ。
何かに耐えている顔だ。
その何かとは、怒りか?
次の瞬間、彼は膝を折り、頭を床につけ、体を丸めて手を頭の前にやった。
土下座である。
「僕が悪かったっ! 許してくれ!」
ブラジルに届きそうな謝罪。
意外だ。あのまま殴ってしまうと思ったのに。
それは古島さんのことを侮りすぎか。ラメが責められるからそんなイメージをしてしまっただけで、本来は悪い人間ではない。
「僕は馬鹿な事をした! 本当に馬鹿な事だ。君にあんな酷い仕打ちをして、それで何が生まれるわけでもないのに! 冷静に考えたらわかったよ。いや冷静にならずともわかる、簡単な話だった。先輩が見たら、きっと退職願を渡してくるだろう」
古島さんの声は次第に弱々しくなっていった。
反省の色、とは一体何色なのか不明だが、彼はその色に染まっている。
反省や謝罪は必要だと思っていた。しかしだからといって人格まで否定するつもりはない。
こうやって謝ってくれるなら、俺は古島さんを責めない。じゃあ許すと、そう言ってやる。
まあそこは、俺より先にラメがやるところかな。
冬立さんはラメの背中を押した。
彼女も古島さんにとやかく言うことはしないよう。
好意的な目はしてないけど。
「……ふ……古島……さん! 顔を上げてください。ラメだって謝りたいんです……だからっ、自分だけ悪いみたいな態度は……」
ちょっと怯えが残っているが、ラメはきちんと自分の言葉で会話している。
誰かに言われてー、とか、こう言ったら喜ばれるからー、とか、そういう曲がった考えは一切無い。
「……しかし、君は……」
古島さんは顔を少しだけ上げた。
「私たちどっちも悪い事をしたんです。おんなじく悪い事をしたんです。……だから、古島さんが私に謝るのと同じで、私も古島さんと水沢さんに謝るんです」
ラメは丁寧に、誠意の篭った、「ごめんなさい」を言った。
それは目の前で跪く古島さんへの謝罪であり、同時に水沢さんへの謝罪でもある。
「…………えっと、その……ラメも悪い事をしたから……水沢さんを元には戻せないけど、その分頑張るから、どうか……許してください!」
それを聞いた古島さんは、静かに頷いた。
互いに許し合い、互いに努力し合う。二人が協力して事に当たる時が来るかはわからないけど、とにかく二人ともそれぞれ努力する。
そういう、一種の約束みたいなものだ。
ラメは乗り越えた。
待っている人達の想いに気付き、全力でダイブするのが一つ目の山。罪を認め、謝罪し、こうやって約束するのが二つ目の山。ラメはその二つの山を乗り越えたんだ。
富士山登頂を達成して終わりじゃない。頂上から反対側の麓まで下りてやっと終わる。
登山家も仰天する成長が、目に見える形で、今ここにある。
ラメの言う「頑張る」がどれだけのことかはわからない。
そもそも、俺達はこれからどのくらい頑張らないといけないのだろう。
ヴィランは倒したが、また同じようにヤバい奴が登場するかもしれない。
俺達の目標は、「エルミアとラメを異世界に帰す」ことただ一つ。別に打倒教団は目標ではない。
だが、あっちがその気ならこっちもその気になる必要がある。もっと教団について知る必要もある。
結局新たに得た情報は、教団の名前やそのホームページのみ。まだまだ謎は多い。
ヴィランやウトゥトゥが何故戦意喪失したのか、とか、神や預言者、十二人の戦士とは何なのか、とか。
俺にはわかる。きっと俺達は、謎を全て解くまで、目標を達成できない。
さあどうなるのかな、俺達は。
*****
――翌朝。
「……あれ? 俺……いつの間に寝たんだ?」
最後の記憶……バラエティ番組を観てたっけ。
これがオンラインゲームの途中なら、寝落ち野郎だと叩かれてたな。
下には布団、上にも布団。誰かが運んでくれたようだ。誰だろうな、エルミアかな?
冬立さんは流石に帰宅しただろう。ラメも一緒に帰ったかもしれない。そこら辺は決めてなかったから、分からないな。
「折角だから泊まってくれてたらなー……って……」
横を向いたら、だ。
横を向いたら信じられない人が居た。
ラメだ。
ラメが隣で寝ている。
おかしい。そんなわけがない。
昨日ぶっ倒れて運ばれた時は例外として、ラメは俺の隣には寝ない。
いつも布団の配置は、ドアを下にしたときの右からの順で、俺、透弥、咲喜さん、エルミアとラメ。
ドアは足の先にある。つまり、俺から見た俺の右横には透弥が居る筈なんだよ。なのにラメが居る。
体を起こすと、さらに驚いた。
ラメの横にはエルミア。この部屋には三人しか居ない。
夢みたいな状況だけど、冷静になれ。
どうせならこの二人の間が良かったーとか、そういうことは一旦忘れろ。
「ん? 紙が……」
枕の側に変な紙。
そこには霊戯さんの文字でこう書いてあった。
「『言い忘れてたけど、物の整理をしたら一部屋空いたから、寝室はそこになったよ(笑)』」
この人……!
この人は……!
「なんて、なんてご褒美をくれるんだよ……っ!」
(笑)がムカつくけど、けど、霊戯羽馬に感謝だ。
*****
部屋を飛び出す。
どうやら新たな寝室は一階にあるようだ。
段ボールとか置いてあったから、元々物置だった部屋だな。
リビング兼探偵事務所に行くと、霊戯さんが座って待っていた。
思ったんだけど、探偵事務所に依頼来なくね。もう事務所であることを忘却しつつあったし。
「おはよう泰斗君。サプライズはどうでした?」
「…………窮屈じゃなくなったんで有り難いですよ」
俺は真の理由を隠してそう言った。
*****
泰斗が部屋を出た後、エルミアとラメは部屋の中で会話していた。
「私は知ってたけど、霊戯さんて結構勝手だよね」
「……でも、その……ラメは嬉しいです」
ラメスティは顔を赤らめて言う。
「ゾッコンだね、その様子じゃ」
「……だ、だって…………」
ラメスティは胸の前で両手を丸めた。
「泰斗さんは、ただ水を流すだけのラメに……陽の光を当ててくれたんです。…………好きに、なっちゃいますよ……」
「花が育つには、光も必要だもんね」
ラメスティはこくりと可愛らしく頷いた。
*****
霊戯さんは、俺に正面に座るよう催促した。
個人面談でもするような雰囲気だ。俺は息子も娘もいないぞ。
「君達が寝た後、紅宮さんが来たんだ」
そう言うと、霊戯さんは一つの紙切れを出した。
「これは?」
「彼から受け取った物だ。昨日の戦いで、灯台の下にいた敵が……死ぬ直前に渡してきたらしくてね」
その敵は、ヴィランによって殺された。
だが即死攻撃ではなかったので、死ぬ直前にこの紙を出した。
そういうことか。
紙を見てみる。
異世界語と思われる文字が何行も書かれている。表も裏も。
何かのメッセージのようだ。
後でエルミアとラメに見せた。
これは異世界語ではあるが、古代で使われていた言語らしい。
戦いの次のステージは、謎の言語の解読であった。
これにて第二章、完。
次の投稿は三月二十日を予定してます。
その間、これまでのセリフや描写を若干修正追加しようと思います。ストーリーは全く変わりません。なのでほんとにほんのちょっと。文章が読みにくかったというのもあるので。
ということで、第三章開始まで待っていてください!




