第9話 笑う者
探偵の男と別れて三十分が経過した。現場の調査はかなり時間のかかるものらしい。
俺達は決めた通りにカフェで彼を待っているのだが、事件現場が近いからか人が少ないように思える。
俺もエルミアも、既に注文したコーヒーを飲み終えてしまい、軽く談笑しながら彼を待っていた。因みに、コーヒーに近いものは異世界にもあったんだそう。
――カランカラン。
店の入口のドアが開いたことを鈴が知らせた。
ドアの向こうから、待ち合わせていた探偵の男が現れる。
俺とエルミアは片手を高く上げて振り、彼に居場所を示した。
彼は俺達に気付いたようで、片手を上げて合図をした後、俺達の方へ近付いて来た。
彼はやはり笑顔で、難事件に挑む者とは到底思えない雰囲気を醸し出している。
彼は俺達の前まで来ると、ゆっくり席に腰を下ろした。
「お待たせ。早速お話ししようか」
彼は両肘をテーブルに突き、両手を組んでその上に顎を置いた。
「まずは名前を聞いても良いかな?」
そういえばまだ名前言ってないし、聞いてもなかったな。
「俺の名前は朱海泰斗です」
続いてエルミアが、
「私はエルミア・エルーシャです」
と名乗る。でも、この名前そのままで良かったのか? 外国人だと思われそうだ。
「泰斗君とエルミアちゃんね、覚えたよ。次に僕が名乗ろうか」
彼はそう言うと両手を前髪まで持っていき、髪を少し整えた。俺には何も変わっていないようにも見えるんだが、彼は結構細かい所まで気にするらしい。
「僕の名前は霊戯羽馬。霊戯探偵事務所の所長さ」
霊戯探偵事務所……聞いた事の無い名前だ。引きこもりが認知しているのもおかしな話だが。
「早速で申し訳無いが、君達は何を求めているのかな?」
霊戯さんは早速話を切り出してきた。聞かれて当たり前の事だが、彼の状況に合わない笑顔を見ていると、そんな質問も意味深に感じてしまう。俺達を訝しんでいるのか、その逆で友好的に感じているのか。表情や仕草から感情が全く読み取れない。
しかし、どう答えれば良いんだ? 昨日の話を正直に言い、信用を得るべきなのだろうか。
エルミアの顔を窺う……と、彼女は「うん」と頷いた。有り難いことに、俺の言わんとする事を感じ取ってくれたらしい。
エルミアもそう考えているなら、俺は彼に全てを話す。怖いけど。
「俺達は昨日の夜、茶色い装束の三人組に襲われました。そして、とある理由があって彼等のことを知りたいと思っていた矢先、今朝のニュースを見て……」
「ほう、なるほど」
霊戯さんが食い気味で返してきた。興味ありげな様子だ。
「襲われて……それでどうしたの?」
ここまで話を聞いても、声色も表情も全く変化がない。だからこそ、話に迫ってくる姿勢が不気味に思う。
もう、今から俺が言う事も理解しているんじゃないかって……。
「殺しました」
その瞬間、場の空気が凍てつき、誰の侵入も許さない静寂が訪れる。
俺とエルミアは互いに見つめ合うこともせず、ゴクリと息を呑んでその静寂が消える時をじっと待つ。
――チーン。
甲高い音が静寂を破った。霊戯さんが呼び鈴を鳴らしたのだ。
「君達はさ――
「あの、私達は……!」
エルミアが霊戯さんの言葉に被せて言った。
すると彼は少し驚いた顔をして、エルミアを押さえるように両手を前に出し、
「別に君達を責めようってんじゃないよ。聞きたいんだ」
と言った。
俺達を責めないのか? これは予想外だ。
どころか、俺達が人を殺した事自体、驚いた様子が全く無かった。ただ平然と話を進めようとしている。
話が先に進むより前に、店員が俺達の席まで来た。
さっき霊戯さんが呼び鈴を鳴らしたからだ。
店員は俺達に顔を向け、
「ご注文は御座いますか?」
と聞いた。
「ニャンニャンいちごパフェを一つ、お願いします」
霊戯さんがすかさず答えた。メニューを見ないまま注文した辺り、霊戯さんはこの店の常連なんだろうか。
しかし、随分と可愛らしい物を頼むんだな、この人。
「畏まりました」
店員は注文を聞くと、すぐに店の奥へ去って行った。霊戯さんはそれを確認すると俺達に顔を向け、中断されていた会話を再開した。
「まあとにかく、聞きたいんだけどさ、良い?」
俺とエルミアは静かに「はい」と頷いた。
「君達が件の三人組を殺したなら、必然的に死体が残るよね? それはどうしたの?」
俺達が頭を悩ませた事だ。警察の信用は得られなかったが、霊戯さんなら信じてくれると、そう思える。
「殺した後に一旦家に帰ったんです。そして、暫くしてから現場に戻ったら……死体が無くなっていたんです」
「私達が見た限りでは、何の痕跡も無くて……」
俺が説明した後、エルミアが補足した。
「へえ、そりゃあ不思議な話だ」
霊戯さんは関心の意を見せながらも、やはり笑顔でいる。それに、あまり「不思議」と思っている感じはしない。
「分かったよ。ここでこれ以上話すのも少しばかり危険だ。僕の探偵事務所に君達を招待しよう」
カフェの店内で会話していれば、これ以上掘り下げた話は一般人や茶色い装束の奴等に聞かれる可能性があるということか。それには納得だが、探偵事務所って……子供が簡単に入って良い場所なのか?
「探偵事務所……今からですか?」
エルミアが彼に聞いた。探偵事務所への不安はエルミアも同じようだ。
「ああ、今からだよ。不都合があるかい?」
不都合は……無いな。不安とか俺達の気持ちの問題だし。
「ありませんよ」
俺は彼にそう伝えた。
「なら、決まりだね」
彼はそう言って笑った。
「お待たせしました、ニャンニャンいちごパフェです」
店員が霊戯さんの頼んだパフェを席まで運んで来た。赤いソースと白いクリームが交互に重ねられ、一番上には肉球形の苺が乗せられている。
「はい、どうも」
霊戯さんは出されたパフェを手に取り、テーブルに置いて食べ始めた。
彼の口元にクリームが付着し、なんともだらしない姿になっている。
「結構可愛い物食べるんですね」
霊戯さんはエルミアにそう言われても、「ああ」とだけ返して、食べる口を止める様子は無かった。
この人は本当に読めないな、何もかも。
*****
少し時間が経って霊戯さんがパフェを食べ終えると、口元を綺麗に拭いて両手を合わせた。
「ごちそうさま」
パフェの器はクリームの跡以外は空っぽになり、霊戯は先程までとは少し違う笑顔を見せている。お腹いっぱいだ、みたいな。
「それじゃあ行こうか。……ああ、そうそう探偵事務所には君達と同じぐらいの年齢の人達が居るから仲良くできると思うよ」
彼はそう言うと席から立ち上がり、ジャケットの少し乱れた部分を手で直した。
俺達と同じぐらいの年齢って言うと、十六とかか? それって探偵の仕事をしているのか?
「その人達も探偵なんですか?」
俺が聞こうと思った時にはエルミアが既に聞いていた。
「ああそうだよ。二人とも結構優秀なんだ」
霊戯さんが立ち上がるのに釣られて俺達も立ち上がり、会計を済ませて店を後にした。
店の外に出ると、さっきも見た霊戯さんの車が小さな駐車場に停めてあった。彼はその車を指差して、
「あれが僕の車だよ。うーん、じゃあ二人とも後部座席に乗ってくれ」
と、俺達に伝えた。さっきまで車を停めていた場所とそう離れていないのに、えらく親切なんだな霊戯さんは。
霊戯さんは俺達がしっかり乗り込んだ事を確認すると、エンジンをかけて車を出した。
「探偵事務所はここから車で二十分ぐらいで着く。二人とも、寝てても良いからね」
「はい」
霊戯さんの俺達への対応は凄く慣れたような感じだ。さっき言っていた二人の探偵仲間の影響なんだろうか。
全く信頼していないわけではないが、霊戯さんはまるで誘拐犯みたいだ。
車の走行音と微弱な振動が眠気を誘う。しかし、俺は何かの意地で眠るまいと耐えていた。
隣に座るエルミアは、いつの間にか眠っていた。そういえば、エルミアの寝顔はまだ見ていなかったな。
安らかな顔でスースーと呼吸を繰り返している。可愛い。
「好きなの?」
突然の声にハッとする。俺がエルミアをまじまじと見つめていた事はバックミラーの所為で霊戯さんにバレていた。
「べ、別に好きじゃないですよ……」
適当に誤魔化しながら、エルミアから目を逸らした。相手が探偵ならそれも無意味な気がするけど。
「あ、そう。てっきりカップルかと思ってたよ」
こんな美少女とカップル関係を築けたらどんなに嬉しいだろうな。だが、少なくとも険悪な仲には見られていないだけマシと思っておこうか。
*****
時折言葉を交わしながら、俺と霊戯さんと睡眠中のエルミアは二十分間を過ごした。
「さあ、着いたよ。ここが探偵事務所」
車の窓から外を見ると、目の前に綺麗でお洒落な二階建ての建物があった。どうやらここが探偵事務所みたいだ。
「エルミア、着いたぞ」
俺は隣で眠っているエルミアを揺らしながら話しかけ、彼女の目を覚まさせた。
「……うーん……?」
エルミアは目を擦りながら、声を漏らして起き上がった。まだ目が細く、眠たそうだ。
「……あれ、もう?」
「もう」
俺は眠気で鈍っている彼女の身体を動かさせて、二人で車外に出た。
霊戯さんに連れられて建物に入ると、外見同様に綺麗で整った部屋が俺達を迎えた。
「ようこそ、霊戯探偵事務所へ!」
霊戯さんは活気に満ちた声で、俺とエルミアを歓迎した。
第9話を読んで頂き、ありがとうございました!
今回名前が判明した霊戯羽馬さんですが、実は現時点で三十歳です。でも、滅茶苦茶若そうな見た目をしているんですよ。霊戯羽馬は高身長、綺麗な声、イケメンというモテ要素てんこ盛り系男子なのだ!
それでは次回もお楽しみに!