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第88話 樹王

 エルミアの放つ怒りは地獄の炎と同等の熱を持っていた。


「ストーンタワーと地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルの混合。私が即興で作った新たな魔法技。その名も……」


 エルミアの黄金の瞳に炎が宿る。


地獄に立つ憤怒の柱ヘルファイア・ピラーズ


 溶岩のような線が柱の表面を走り、そこだけ見れば誰もが「ここは地獄だ」と恐怖してしまう姿になっている。

 だがヴィランは恐怖していない。地獄の柱がどうした、立っただけで何の脅威にもならないではないか、と言うようだ。

 一応警戒はしているだろうが、地獄の番人のようなエルミアへの恐れは抱いていないらしい。


「ハッ、奇妙な技を使いやがる! が、どうともならないじゃないか! 食らえエアブレイクーッ!」


 どこに潜伏していたのか、風の剣士ラインが背後から襲ってきた。

 どうともならない。本当にそうなのか。

 いいやそうではない。エルミアが無意味に火を噴くことはないのだ。

 炎が何も燃やさなくてどうする。それで許されるのはロウソクや松明のみ。近付いてきた敵は全員焼き尽くす。


「砕けろ柱。飛ばせ岩石。燃やし尽くせ、私の炎!」


 地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルは炎を蛇のような線にして動かす魔法。それが石の表面を進む際、小さな溝ができる。

 だから、少しでも炎に魔力を込めれば、ストーンタワーは一瞬で砕ける。そしてその一つ一つもまた、エルミアの操作対象だ。


 地獄に立つ憤怒の柱ヘルファイア・ピラーズは幾つもの燃える岩石となり、エルミアの武器となった。

 燃える岩石は風のように動くラインを阻む。海という名の地獄へと堕とす。


「うああぁぁッ!」


 ドボンという派手な音と水飛沫。

 その中心から出てきたラインは、風を宿した剣技で水から脱出しようとした。

 だがその頭上、一つの岩石が、まるで意思でも芽生えたかのように飛んできた。


「うっ」


 男らしくもない声。

 ラインのいた場所には赤が。それは盛る炎の色ではなく、彼の血の色だ。


 風の剣士ラインが上がってくることはなかった。


(これで一対一!)


 ラインは、ヴィラン程の強さでないにしても邪魔な存在だった。

 この男の手によって何人もの警官が命を落としたことも、憎むべきである。

 だから彼が死んだ今、エルミアは周囲に気を取られることなくヴィランと対決できるのだ。


「ライン……まあ、よいでしょう。あとは私が貴女達を一人残らず抹殺するだけ。この"神"への忠誠を保っておいて、惨敗することなど有り得ないのですから!」


 仲間を二人も失ったとは思えない冷静さ。それはヴィランという男の冷酷さを表している。

 彼がその冷酷さを捨て、慈愛と忠誠に満ちた人間となるのは神の前のみ。

 そんなようなことが言われずとも伝わってくる。


 だがエルミアとて、命を脅かす敵に対しては冷酷。

 二人の違いは、その「冷酷」の矛先なのだ。


「いいや、有り得る!」


 エルミアは宙に浮かぶ岩石をボールのように蹴って飛ばした。


 しかしジャンプで躱される。

 今度は岩石へ乗り、そこから次の岩石へ、そしてまた……という風に進み、ヴィランとの距離を縮めた。

 再び岩石をキック。比較的小さな物だが、ヴィランの壊れかけた右腕に激突した。


 おかしい。

 ギリギリ取れていないだけの右手、枝が巻いてあるとはいえ衝撃が加われば取れる右手。

 そんな右手が、取れない。相当な衝撃だった筈だ、今のは。


「ふっ……」


 ヴィランは不敵に笑った。

 よく見ると、彼の右手首から細い枝が伸び、資材を纏めるように岩石を包んでいた。

 どうりで何のダメージも負っていないわけだ。


「でも、私の方が一枚上手でしたね」


 エルミアのその一言で、不敵な笑みが不審な顔に変化した。

 次の瞬間、岩石の爆発によってヴィランの右腕が微塵となって消えた。


「なっ……なん、ですっこの爆発はぁっ!」


 もう取り戻すことは不可能。

 地面の緑を赤く塗り替える鮮血が、その事実を強く叩き付けた。

 悪魔が取り憑いた樹木のように、口を大きく開けた絶叫。基本的に落ち着いているヴィランには似合わない声だ。


 エルミアはどうやってこんな所業をしたのか。

 その秘密は、岩石のルーツにある。

 岩石は、土魔法ストーンタワーで生成された石柱が火魔法地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルによって分解されたもの。

 エルミアは石柱を分解した際、枝分かれした大蛇を一つ一つの岩石に残しておいた。

 だから岩石の動きを封じられても、地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルの応用で爆破攻撃ができたのだ。


「小癪な真似を! ならばこちらも、混合の技にて殺してやりましょう! 巨人の手(タイタンハンド)!」


 地面から湧き水のように出現した泥が、ドロドロと上がってきて二つの巨大な手の形に。

 そしてヴィランの宝能、樹王で操った枝がシュルシュルと巻き付く。

 少々不安定な泥は枝によって形を保ち、不気味な様相を呈している。その姿は、まるで古代遺跡の守護者だ。


(これ以上魔力は消費できない。ここにある岩石だけで蹴散らさないと!)


 熟練度の高い魔法使いであるエルミアにも弱点はある。全ての魔法使いに共通する弱点だ。

 それはずばり魔力。魔力量には限りがある。

 特に今回の戦闘は長引いている。詳しい数値は分からないものの、かなり減少していることは確か。エルミアはできるなら、先程の魔法で作った岩石だけでヴィランを倒したかった。


 岩石を二つ、それぞれ別の手へ。


「わざわざ二つも巨人の手(タイタンハンド)を作った訳を考えてほしいものですね」


 一つの巨人の手が岩石を一身に受けた。岩石による爆発もそうだ。爆発によって破壊された。

 もう一つは、岩石を蹴った直後で動けないでいるエルミアに向かった。


(避けられない!)


 エルミアは体を掴まれ、そのまま地面に押し付けられた。


 非常にまずい状況だ。

 身動きが取れない。ヴィランの更なる攻撃を何もできないまま受けることになる。

 岩石に火をつけ、その火に魔力を送れば、岩石を巨人の手(タイタンハンド)に落下させて破壊することは可能だ。

 だが、ただ落下させるだけでは駄目だ。やはり爆破が必要になる。しかしそうすると、少なからずエルミア自身にもダメージが行く。

 よって、エルミアはピンチに陥ったことになる。


「まさかこの私の腕を消失させる程に出来た戦士とは思っていませんでしたよ。……しかし、貴女の命は遂に終わる」


 勝利を確信した者の顔だ。

 エルミアは考えた。危機を脱する方法を。


(…………そうだ、この手は泥! 泥は熱で乾いて、固まる。固まれば、地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルを流して、溝を作って、破壊できる筈……だと思う)


 そう、地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルは物の内部にも流せるのだ。尤も、それは並の魔法使いにはできない技なのだが。


 まずは火魔法で泥を熱する。


「おや? 泥を固めているようですが、それでは圧力が大きくなるだけ。虚しい努力ですよエルミア・エルーシャ」


「あなたは知らないんですよね、多分。自慢じゃないですけど、私は魔法王国エルリスの王族。火属性魔法に関していうならめっぽう強い」


「何が言いたいのです?」


地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルは、物の内部にも流せる」


 巨人の手(タイタンハンド)の表面に幾つもの穴が空き、火が噴き出した。

 それと合わせて、粉々に壊れる。


 誇りの表情はエルミアに移った。


 までは良かった。ヴィランには策が残っていた。


 巨人の手に巻き付いていた枝が、今度はエルミアの首に巻き付いた。


「私が手から抜け出される可能性を考慮していないとでもお思いでしたか? それとも、最初からこうすべきだったのかもしれませんね」


 エルミアは枝を引きちぎろうと、必死に手を動かした。おまけに足も動かした。だが敵わない。

 呼吸ができない。絞首の状態だからだ。

 しかもその所為で、上手く魔法が使えない。意識を集中できない。


 絶体絶命。

 そんな言葉が浮かんだ時、どこからか石が飛んできた。


 ――ドスッ。


 首の枝に刺さったソレは、赤く光る角張った石。

 火魔石だ。

 向こうで隠れて勝負を傍観していた霊戯が、火魔石を投げて寄越したのだ。


 エルミアがせずとも、魔石は枝を燃やした。


「後でちゃんとお礼言うよ、霊戯さん!」


 少し燃えてしまえば、それは脆い紐も同然。

 エルミアは首輪を外し、立ち上がった。


「そこに仲間が!」


 根を伸ばすヴィラン。

 岩石をぶち当てるエルミア。


 相手の動揺もあり、エルミアは今、圧倒的有利。


 エルミアの背後で岩石が砕け、小さな石に。

 小さな石に火がつき、燃える弾丸に。

 燃える弾丸はヴィランを何度も傷付けた。


「馬鹿なっ! "神"は私の味方! 天の空から運命を変えて下さる筈! 私に最後の力を、どうかっ!」


 強力な風が吹く。エルミアにとっての向かい風だ。

 利き手を失い剣が使えないヴィランは、もうそうするしかなかった。


「ほら言ったでしょ、神なんかじゃないのよ、そいつは! 命が終わるのは、ヴィラン! お前だぁっ!」


 岩石を手にし、持ちやすいサイズに削る。

 その石を投げるのだが、向かい風があっては届かない。

 そこで小さなファイアリングを作り、リングの中央にベールを張った。


 石にそのリングを装備させ、投げる!


「ぐっあああッ!」


 石はヴィランの腹に到達。

 肉に突き刺さり、光線のような爆発がヴィランの体を貫いた。



*****



「やっ……た……?」


 風に吹かれ、一度倒れたエルミアは起き上がって爆発のあった所を見た。


 樹王ヴィランは、膝を折った。

 絶命してはいない。頭部や腕、腹部から血を流しているも、まだ生きている。


「生きてる……っ、トドメを――


「エルミアさん」


 名前を呼ばれた。

 やけに他人行儀だ。駆逐せんとする先程ともまた異なっている。


「……マンドラゴラの……魔術師を、ご存知……でしょうか……?」


 ヴィランはしゃがれた声で尋ねた。

 まるで枯れかけた植物が「養分をくれ」と訴えるようだ。


 ところで、何の気で「マンドラゴラの魔術師」の話を出したのだろうか。


「……は、はい。知っていますけど……」


「貴女の知る『マンドラゴラの魔術師』を…………教えてください」


「えっ?」


「本にでも書いてあったのでしょう。その内容を言いなさい」


 エルミアは仕方なく、自分の知る「マンドラゴラの魔術師」について語った。


 昔、難聴の魔術師がマンドラゴラを引き抜いた。

 マンドラゴラの悲鳴を認識した者は普通死んでしまうのだが、その魔術師は難聴だったために死ななかった。

 研究を進める中、魔術師はマンドラゴラの一部を食し、「宝能:樹王」を手に入れた。

 そしてその子孫がマンドラゴラの一部を食べることで、その情報と力を絶えず継いでいった。


 全て書庫にあった本に書かれていた話だ。


 ヴィランはそれを聞くと、目を閉じて一つ、呼吸をした。

 目を開けると、エルミアも驚く事実を告げる。


「その話は偽りです」


 エルミアは困惑した。

 だがヴィランは間違いなく魔術師の一族。

 彼が言うなら本当なのだろうと受け入れた。


「話して……やりましょう。真実を」


 彼は真実を語り出した。

 全身の痛みで長く言葉を発するのは困難だろうに。



*****



 私の十代前、ヴィルス・アドニスという男は、好奇心の強い魔術師でした。

 そんな彼はある日、「引き抜かれた際に発する悲鳴を認識した者は三日以内に死んでしまう」というマンドラゴラの研究をしようと思い立ったのです。


 ヴィルスは自分が重度の聴覚障害であることを好い事に、マンドラゴラを引き抜き、そして笑いました。

 これで死なぬ、ゆっくりと研究ができる、と。


 しかし、それは間違いだったのです。


 マンドラゴラが人を死に至らしめる秘密。

 それは悲鳴ではなく、悲鳴と共に体外へ放出する魔力だった。


 ヴィルスは焦った。

 が、暫くして心配は消え去った。

 何故か。それは、彼が引き抜いたマンドラゴラが、偶然「宝能:樹王」を持つ個体だったから。

 植物だろうと、宝能を持つものはいる。他のマンドラゴラには無い能力が、その個体にはあったのです。


 樹王は植物を操れる宝能。

 しかしマンドラゴラは無知性の植物。折角の宝能を使いこなせてはいなかったのです。

 その力の片鱗に気付いたヴィルスは、何とか力を得られないかと、マンドラゴラを口にした。すると彼の思い通り、食べることで宝能を継承できたのです。


 植物を操れるなら、植物が発した微量な魔力も操れる。

 ヴィルスはこうして、代償無しに樹王となったのです。


 そこまでは良かった。


 何故食べることで宝能を継承できたのか。

 その訳はマンドラゴラの特性にありました。

 マンドラゴラにはどの個体であろうと、魔力を浴びたものを同じマンドラゴラに変えるという、これまで誰も知らなかった特性があるのです。因みに誰も知らなかったのは、その者が文字通り植物人間になってしまうからだと。

 だからヴィルスは宝能を継承できた。

 代償は自分がマンドラゴラになってしまうことだったのです。


 しかし彼は喜んだ。

 自分はもうマンドラゴラ。

 つまり、引き抜く……人間でいえば殺すことで、宝能を永遠に継承し続けることができる。


 そこからが残酷。

 ヴィルスは一族がマンドラゴラの魔術師――樹王であり続けられるよう、死してなお子孫を洗脳し続け、自身の親を手に掛けることを強要したのです。


 だから私、ヴィラン・アドニスも同じ。

 父親であるヴィレック・アドニスを殺し、宝能を継承した。

 マンドラゴラであり、樹王であり、親殺しの悪魔なのです。



*****



 エルミアは唖然とし、目の前にいる男がいつ殺しにかかってくるかわからないということすら、忘れていた。


 ヴィランは語り終えると、ゴフッと血を吐いた。


「どうです? これが血に(まみ)れた樹王の真の歴史ですよ」


 ヴィランは感情の無い微笑を見せた。


「……なっ、何で本に書いてある事と違って……」


「それは恐らく、初代が知識や力を自分だけのものとしていたい人間だったから……でしょう」


 ヴィランは再び血を吐き、地面に伏した。

第88話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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