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第87話 神の

 即死攻撃以外は全て回復され、気絶させることもできない男。そんな男を打倒し、ボタンを奪う方法を、咲喜は一つだけ考え出した。


「透弥、私思い付いたわ。ウトゥトゥを打倒する方法を……」


「イヤ、あの腕を切っちまえばいいだろ」


 透弥は槍を持ち、そう言った。

 一度でも腕を切り落としてしまえば、もうウトゥトゥの意思でボタンが操作されることはないだろうと、彼は考えているのだ。


「食らえっ!」


「違う、それでは!」


 紅宮の制止は間に合わず、槍はウトゥトゥの左腕に振り下ろされた。

 しかし切れない。刃は肉の表面までしか到達していない。

 透弥の力が弱いわけではない。槍が鈍いわけでもない。

 ただ強靭なだけ。ウトゥトゥの肉体が、特別に強いだけなのだ。

 紅宮は彼の首を殴打した時、それを感じた。だから刃物での攻撃が無意味であると言えた。


「うっぐっ!」


 そしてその鋼のような腕が透弥を撥ね飛ばす。


「透弥っ……無事、よね。こんなに強いなんて……でも多分、"中"は頑丈じゃない筈」


 咲喜の考え出した作戦では、外が多少頑丈な分には何の問題も無い。

 だが一つだけやらなければいけないことがある。それは、ウトゥトゥのあの悪魔の仮面を、破壊することだ。


「透弥立てる? 魔石をこっちに!」


「え? あっ、ああ……」


 咲喜は風魔石と水魔石の二つを手の中に入れた。

 あとは透弥と紅宮が仮面を破壊すれば、きっと咲喜の思い通りになる。


「透弥、紅宮さん、あの仮面を割ってください!」


「どうやら何か、策がおありのようで……!」


 紅宮は早速、金品でも強奪するかのように仮面をがっしりと捉えた。

 紅宮とウトゥトゥの間、空間は無いに等しい。そんな至近距離で、ウトゥトゥの膝が上がった。

 腕が刃を通さない程硬いなら、脚も同様と思っていいだろう。つまりこの打撃は極めて重い。


「それを狙っていたっ!」


 紅宮は仮面を捉えたまま跳躍し、ウトゥトゥの膝を足場としてさらに跳んだ。空中で体をウトゥトゥより後ろへと動かす。

 手を離し、全身が落ちていくのと同時に両腕でウトゥトゥの身体を不自由にした。羽交い締めだ。


「屈強な身体に衝撃波。その二つを突破して背後に回るには、少々荒いですが、これしかないと思いましてね」


 ウトゥトゥが抜け出す力と紅宮が彼を締め付ける力は拮抗している。

 今が好機。衝撃波という手段はあるものの、仮面はほぼ無防備。破壊は可能だ。


「あの面ぶっ壊せばいいんだな! やってやる!」


 透弥は再び槍を構え、突撃する。


 ――バガッ!


 老朽化した建物が壊れるような、そんな音を、仮面は出した。

 ピシピシと亀裂が入り、悪魔は恐怖の顔を失った。


 トドメに紅宮の拳。

 そこで仮面は完全に砕かれた。

 中から現れたのは、仮面とそう変わらない、少なくとも人族でないことは確かな男の顔だ。

 怒りでも悲しみでもない、謎の表情。口は若干開いているのに、声を出すことはない。


「紅宮さん彼の口を開けて!」


「はい」


 言われ、紅宮はウトゥトゥの口を強引に開いた。

 ウトゥトゥも抵抗はしているのだが、透弥が加勢したこともあり中々抜け出せない。


 咲喜は風と水、二つの魔石をウトゥトゥの口の中に放り投げた。

 口に入ると、喉の奥まで流れるように進む。


 咲喜のやろうとしている狂気の行為。

 風と水を相手の体内で大量に放射し、従わざるを得ない苦痛を与える。

 彼女はそれが何よりも勝利の望める方法だと考えたのだ。


「ほら、今、あなたの体内で風と水が暴れてますよ。止めてほしくば、ボタンは離さずに魔法陣を解除してください。……そうだ、合図……魔法陣を解除したなら足を鳴らして合図を」


 咲喜は辛かった。

 魔石に意識を集中させ続けることもそうだが、自分がどれだけ惨いやり方で勝とうとしているのか考えると喉に何か詰められたような感覚に陥る。


 ウトゥトゥの口から、度々水が吹き出た。

 魔石が体内で分解される筈もないのだから、咲喜が屈するまでは水も風も収まらない。すると出てきてしまうのだ、勝手に。

 口から出るなどは外から見ても判ること。しかし中は、もっと酷い姿になっているだろう。風も水も、放たれる速度はかなり速い。食道や、もしかしたら気管も、蟻の巣のように穴だらけであろう。

 だが傷が付けばすぐに治る。痛みはあっても、立ち上がれなくなるような怪我を負ったままではない。

 それが逆に苦痛なのだ。魔法陣を解除しなければ、無限の痛みが永遠に身体を支配し続けることになる。


「……これじゃあ……駄目…………?」


 ウトゥトゥは合図を出さない。

 出そうか迷う様子もない。


 咲喜は魔石へ送る意識を強めた。つまり、魔石の攻撃はより強く、ウトゥトゥが覚える痛みはより大きくなるということだ。


 水と共に血が吹き出る。尋常ではない量だ。

 その血が階段に落ちたなら、灯台の一階まで流れていくのではと想像してしまう。


「血がっ! それに、変な光……」


 透弥は血が嫌いだ。視界に入れるのも、身や服に掛かるのも絶対に避けたいことである。

 透弥は苦い顔をし、血がその顔にかからないよう腕で守った。


 ウトゥトゥから緑色の光が漏れ出ている。

 ちょうど魔石によってボロボロにされているであろう部分からだ。


「回復魔法……でしょうか? しかし魔法陣が……。もしや、回復が追い付いていないのでは?」


「二重の回復でやっとってこと……。どうしてそこまで。……神の、ためなの?」


 ウトゥトゥは自己を再生することを止めなかった。


 再生の手が止まったのは二十秒後。

 足を着けられる場所に、赤くない所は無かった。


「……止まっ…………た、のか?」


 ウトゥトゥは意気消沈したように膝を折った。


「もしかして、魔力切れ?」


 そのようだ。

 ウトゥトゥは言葉は発さないが、頷いた。


「もう魔法陣は消えたということ?」


 また頷いた。


「……さっきまであんなに抵抗していたのに、魔力が無くなったら、もういいんですか?」


 ウトゥトゥは頷かず、顔を下げた。


 おかしい。

 この男は、確かに"神"のために戦い、抵抗し、勝機を探していた筈だ。

 一体どうしたのだろう。魔力が切れて、それで全て諦めてしまうのか。最後の足掻きというものは無いのか。


 咲喜だけではない。透弥も、紅宮も、訝しい状態にあった。


「信じて良いんでしょうか……」


「試しに親指の骨を折ってみましょうか。抗わないのはいいとして、回復しなければ、魔法陣は消えたことになります。ボタンはまだ押されたまま。上手く行くかもしれません」


 紅宮はウトゥトゥの親指の骨を折った。彼は警察官で、こういった悪人は許せない。しかしこの静かな空の下、他人の指を折るのは気分が悪かった。


 暫く観察した。だが、一向に治る様子はない。

 これでエルミアを有利に戦わせられる。三人は、内心で少しだけ喜んだ。



*****



 所々に戦った跡が見られる緑の広場。

 エルミア・エルーシャはそこに現れた。


「懲りずにまた来たのですか。まあ、そうでないと非常に困るので寧ろ有り難い」


 天まで届きそうな大樹の下、ヴィランはエルミアを見て言った。


「私は考えるの、そんなに得意ではないので。何回やられても戻ってきますよ」


「……面白い。"神"の意向を知らなかったなら、今よりかは仲良くできたかもしれませんね。……しかし今は絶つべき命。私が必ず」


 より先に足を出したのは、エルミアだった。

 火球を作り、それを近くで投げるため走る。


 ヴィランの行動パターンは読めている。

 エルミアがこうして走り出すと、ヴィランは木の根を伸ばして迎撃してくるのだ。

 そして、その通りの攻撃がエルミアを迎える。


 エルミアはそれを華麗に躱し、火球を投げた。

 当たらない。当たらなかったら、辺りが燃えないようすぐに消滅させる。

 今度は土魔法と火魔法、プラス無属性魔法で剣を作成。泰斗にあげた物とほぼ同じ物だ。

 剣の扱いは上手くないが、それでもエルミアは思い切り振った。


 ヴィランの右腕に斬撃。

 完全に切断することはできなかったが、手がぷらんとして物の操作が困難になったことだろう。


「この程度……すぐに回復しますよ」


 ヴィランは自信と余裕の色で染めた表情を見せた。

 彼は既に魔法陣が消えていることを知らないのだ。

 当然治らない。右手で剣術を繰り出すことはもう、できない。


「な、何故……傷が癒えない!?」


 ヴィランはその事実を受け、怒りを歯で噛んだ。


「隠れていたのが急に現れたと思えば、そういうことでしたか。ウトゥトゥは助かりませんね」


 ヴィランの背後から無数の枝が伸びる。

 一本以外はエルミアから身を守る盾となり、残りの一本はヴィランの右腕に巻き付き、手を何とか繋ぎ止めた。 


「ウインドスピア!」


 大樹の髄を、風の槍が通る。

 しかしただの槍ではない。他の風魔法を混ぜ、風でもう一つの大樹を形作っている。

 大樹は激しい音を立てて内側から壊れ、倒壊したビルのように破片を散らした。その下には、エルミア。


「木の破片が雨みたいに! ベールを張らないとっ」


 傘のようなファイアベールが張られると、降った破片はエルミアに到達せず、ベールの表面で留まりじわじわと燃えた。

 ベールに当たらなかった分は地面まで落下し、地震でも起きたのかと思わせる爆音を発した。


 ヴィランの剣とエルミアの剣が重なる。


「仲間でしょう? ウトゥトゥを破ったのは。是非こちらに来ていただきたいのですが」


「無理に……決まってます」


 実は広場の外、物陰に霊戯が隠れている。

 全ての会話は彼の耳に入るので、灯台の方にいる三人に情報を伝えられるのだ。


「特に白髪の女には来ていただきたいものです。この島には居ないようですが、もしや死んだのでは?」


 ヴィランの剣がエルミアを押した。

 彼の力が増したのだ。しかしエルミアは、彼の言葉を反発した。


「死んでなんかいない。今にきっと、泰斗君がラメちゃんを連れて、帰ってくる!」


 エルミアは声を張り、そして全力を出して剣を前に進めた。

 土と鉄。鉄の方が丈夫なのは明らか。

 エルミアの剣は折れ、二つになった。


 ヴィランの勝ち誇ったような目。

 その目は直後、火山の噴火口と化した。


 剣が折れるということが、エルミアの狙いだったのだ。

 重なり、押されるままでは、何もできない。

 だからわざと折れてしまうような行動をし、折れた所に火をつけ、松明のようになった剣をヴィランの目に突き刺したのだ。


 風魔法で飛ばされた。

 エルミアが飛ばされ倒れている内に、ヴィランは水魔法で消火し、細い枝を眼帯のように巻いた。


「私も大分、戦いの中で頭を回せるようになったんじゃないかな……」


 エルミアは戦士の笑みを浮かべ、そう言った。

 以前の自分は、ただ炎を飛ばすだけの兵器と変わらなかった。

 しかし今は違う。成長の実感がある。ついつい飛び出してしまうのは直っていないが、間違いなく馬鹿から遠のいただろう。



「『果実拾いし戦士、天の星を得る』というわけですか。"神"の最大なる敵が……」


 「果実拾いし戦士、天の星を得る」とは、異世界で有名なことわざだ。

 意味は「思いがけぬところで自分を成長させてくれる存在に出会うこともある」。

 「太古の昔、とある貧弱な戦士が黄金の果実を拾って食べたことで翼を生やし、星に手が届いてしまうような存在になった」という伝説に由来する。


「最大なる敵って……。私、神なんて全く知らないですよ。神を殺すとか、そんな大層な願望はありませんし」


「貴女がどう言おうと、預言者の言葉は絶対。エルミア・エルーシャは『十二人の戦士』なのです」


 エルミアは疑問符を浮かべた。

 預言者とは何だ。十二人の戦士とは何だ。

 聞いたこともないワードだらけで、とてもじゃないが内容を整理できない。


「預言者って? 十二人の戦士って?」


「預言者とは、この世で唯一"神"の声を聞くことのできる人間。そして『十二人の戦士』とは、"神"の復活を阻止すべく戦う悪なる者達。貴女はその一人です」


「私や他の皆んなも殺すことにしたって、もしかしてそれが理由?」


「その通り。預言者の声は"神"の声。我等の信じる神が仰いましたからね、殺さぬという選択肢は抹消されたのです」


 一点の淀みもない目が光っている。

 片目だけとなっても、その鋭い眼光は健在だ。


「どうして神に肩入れするんです?」


「この前も話した筈では? "神"は我等を選んでくださり、そして未来永劫救ってくださる」


「私も同じく召喚された人間。なら、私も選ばれたんじゃないんですか?」


「ええ、選ばれましたとも。復活の準備はこちら側で行う。"神"はより味方の多いこの世界に戦士を送られたのです」


 エルミアはやはり疑問を持った。

 復活の準備のため人を集めるので、敵もそこへ送ってしまえばいい。それは理解できる。

 だが異世界人をこっちに送れるなら、こっちの人を異世界に送ることもできるのではないか。最初から敵を異世界に送れば、仲間をこっちの世界に集める手間も省けるだろう。異世界ならもっと良い人材が多いだろうし。

 それが不可能だからそうしているのか?

 わからない。エルミアは自分が大きな矛盾を見逃している気がしてならなかった。


「さあ話はもうよいでしょう。貴女も、朱海泰斗も、目障りな白髪も、その他の戦士達も。私がその反逆と不敬を裁く!」


 エルミアの頭が、燃えた。

 神だの矛盾だのどうでもよくなった。

 エルミアはただ、友達を、仲間達を、蔑ろにされたくなかった。

 自分が生きるために、皆んなが生きるために、エルミアは戦う。


「私は……その神とかいうヤツに召喚されてこの世界に来た。私は神をどうこうしたいんじゃなく、ただ元の世界に帰りたいだけ。泰斗君は、皆んなは、ダメダメな私に協力して……あなた達みたいな恐ろしい集団と、命懸けで戦っている!」


 エルミアの後ろに四本のストーンタワーが生成された。

 そして地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルが枝分かれしながらタワーの表面を這う。

 その姿はまさに、地獄に立つ憤怒の柱だ。


「罪はあるのかもしれない。でも、あんな良い人達を悪者にする"神"なんて、神じゃない!!」


 島に生まれた小さな火山が火を噴いた。

第87話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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