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第86話 シーキャンドルの仮面男

 警官とヴィランの仲間達の交戦中、三人の人間がどこからか躍り出た。


「ここかっ!」


 透弥が声を出したことで、まだ視認されていなかったその姿が、敵の目に映った。


 警察の特殊部隊は二班に分かれており、その内一班は既にシーキャンドルにいた。この島の頂上、テロにも利用されそうなこの場所に敵が潜んでいると踏んだのだ。

 しかしヴィランもそうなるであろうことは予測していた。今ここで二つの勢力が戦闘を行っている理由はそれだ。


 ヴィランサイド、弓矢を持った女が、透弥に向かって矢を放った。

 咲喜が咄嗟に飛び出し、持参した小さな盾で透弥を守る。


「さ、サンキュ……」


 透弥は簡単に礼を言う。驚きのあまり、感情の籠もった声を出せなかった。


「気を付けろ! その矢は毒付きだ!」


 一人の警官が朝露のような汗を流しながら言った。


「毒っ……」


 咲喜は一瞬でも迷いが生じていれば毒に侵されていたという事実に、目を震わせた。しかし嫌な気はしていない。その行動が無ければ、自分の弟が死ぬことになったのだから。


()()()………………もう五人も犠牲者が」


 紅宮の発言により、二人は気付いた。

 五人の武装した人間が力なく倒れていることに。

 状況や空気からして、死んでいる可能性が高い。まだ灯台の中にすら入っていないというのに、犠牲者が出ているのだ。


 どう戦うか。現在三人が解決すべき課題。

 透弥は槍を持っている。ラメスティが予め用意していた物だ。盾もそう。

 しかし槍の扱いなど誰も知らない。持ったことがなければ、実物を見たこともない。それに敵までは少し距離がある。重い槍を手にしたまま接近するのは可能と思えない。

 ならばやはり魔石か。多少離れていようと、それなりの攻撃ができる。これなら使える。


「私が風の魔石……あ、紅宮さんはご存知ないですよね。そういう物があるんです。私がそれを使って攻撃してみますので、二人は何とかサポートを」


 咲喜は二人に考えたことを説明した。

 二人もそれを了解し、早速実行しようとする。


 しかし警官達にその声は届いていない。

 残存する隊員は灯台前の二人の敵を狙い、一斉射撃を行った。


 鼓膜が音を立てて破れそうな、普段聞くことのない不快な銃撃音が鳴り響く。

 透弥は思わず耳を塞ぎ、その他二人も射撃が終了するまで足を動かさずにいた。


「やったのか……?」


 耳から手を離し、敵がどうなったかを確認した。

 相当な音だったから、多分死んだだろうと思いながら。


 そこで三人は、自分達がここに来た理由を、筋肉が砕けそうになりながら走った理由を、今一度思い出した。

 エルミアはヴィランが延々と回復し続けてしまうと言っていた。それについてはあまり深く考えていなかったが、目の前の光景を考慮するに、ヴィランだけに作用する効果ではない。


「生き……てんのか?」


「そうみたい…………です」


 本当なら駆除業者に除去された後の蜂の巣になっている筈の人間が、苦渋の表情を浮かべながらも無傷で立っていた。


 紫色の球と矢が同時に放たれた。反撃だ。

 透弥と咲喜の後ろにいた紅宮が、二人に覆い被さるように前へ出る。

 二人の体を強引に動かし、間一髪で矢の軌道から外れた。

 彼はその勢いのままぐるりと前転し、日々の鍛錬の結果とでも言うように走り出す。


「魔石を!」


 その言葉に応じ、彼により近かった透弥が水魔石で水弾を飛ばした。

 弓矢の女に直撃、ダメージは無いものの怯ませることに成功した。


 紅宮の強く速い拳が女の鳩尾(みぞおち)を襲う。


「ぐはっ!」


 たとえ骨が砕けても復活するのだが、殴られた衝撃は全身に響く。

 内蔵の一つでも吐き出しそうな顔をし、意識を残したまま崩れ落ちる。


「単純な攻撃が無意味なら、行動を封じてしまえば良い。これもまた、単純な攻略法です」


 紅宮は女を後ろ手に縛り上げた。道具は霊戯同様、どこからか取り出す。


「それともこの矢で喉を刺し、絶命させましょうか」


「ぐっ……早く、コイツをっ……」


 声を振り絞り、仲間に伝える。

 しかしその仲間も、もう動くことはできない。


 咲喜の風魔石によって柱に叩き付けられ、復帰を急ぐところを狙った銃弾を片脚に受けた。その後、五人の警官によって取り押さえられ、行動不能となった。



*****



 三人は警官らに話を聞いた。

 どうやら銃を手に反抗してくる人間を二人、既に拘束していたようだ。恐らく異世界人ではない。

 そして、今から灯台に入ろうと思うのだが、管理人に一応の許可は貰っているとのこと。


 合計四人の犯罪者(と見られている)は特殊部隊によって連行された。

 その寸前、紅宮が声を掛けた。


「絶対に誰にも見られないように連行して下さい。ヴィランに発見されれば…………いえ、無駄に思えてきました。が、まあ、守るようお願いします」


 紅宮は菊田陽介の先例を鑑みた。

 菊田陽介がこちらに捕らえられた時、ヴィランは前もって仕掛けていた種により彼を殺害した。それと同様に今回の四人も殺され、何の情報も得られずに終わるのではないかと考えたのだ。


 しかし灯台の方をチラッと見て、諦めた。

 本当に上に仲間が居て、一連の流れを監視されていたのだとしたら、ヴィランに連絡が行ってしまう。

 下に四人も配置されているなら、術師の居場所はここで間違いないだろう。

 つまり、もう手遅れということだ。


「さて、邪魔が入る事は無くなりましたので……進みましょうか」


 そこで電話が鳴った。霊戯からだ。

 透弥と咲喜はその文字を見て喜びを覚えた。子供を送り、その後は単独行動をしていたであろう彼。二人共心配していたのだ。


「もしもし……どうされました?」


『ちょっと気になる事がありまして。今どこに?』


「ちょうど、灯台の真下ですね」


『でしたらそこから、大きな樹木が見えると思うんです』


 紅宮は空をぐるりと一周見回した。

 そして、霊戯が言っているものと思われる、大きな樹木を目にした。


「何だありゃ」


 透弥は唖然とした。

 ここからでもはっきりと見え、灯台の頂上と同等の高さであることが窺える。


『見えましたか?』


「はい、確かに」


『僕今近くに居て、双眼鏡で観察してるんですが……先っぽがぐねぐねと規則的に、前後に曲がるのを繰り返しているんです』


「ほう」


 あの木を生成したのがヴィランだということは皆分かっていた。他に考えられる人物がいないからだ。

 しかし先が動いていると言われると、それは一体どういうことなんだと考えてしまう。


「規則的に、ですか。それはいつから?」


『木が作られた直後からです』


「あれを見るに、灯台の仲間と連絡を取り合っているのでしょうか。しかし、規則的に動く……」


『メッセージではないっぽいですね。もっと単純な事柄、生死とかを確認する目的で、かも……』


 霊戯が挙げた「生死」。思いつきのようだが、簡単に否定できるものではなかった。

 木の動作が特別な能力――宝能あるいは魔法によるものだった場合、動作の有無は生死を表す。生きている限りは、半永久的に動かし続けられるからだ。


『あとは…………え? ……あ、そうなんだ。なるほどね』


 向こうで何か会話があったらしい。エルミアだろうか。


「エルミアさん生きているの?」


『うん、負傷してるけどね。でも全然元気だよ』


 咲喜の声を聞き、霊戯はこちらに対する口調を切り替えた。

 そしてまた、戻す。


『今エルミアちゃんから意見がありまして。ヴィランは戦闘中、植物に"植物にはできない動き"をさせることは無かったらしいです。つまり、あの軟体動物のように動く大樹は……』


「ヴィランではない誰かが操作している」


 二人の頭脳により導き出された答えはそれだった。

 誰なのかも分かる。その人物は、きっとこの灯台にいる。

 回復の魔法陣を作動させ続けていた術師が死亡すれば、当然魔法陣は消える。気付かぬ内に魔法陣の効果が消えているかもしれないという恐れは、払っておきたかったのだろう。


「どうにかして利用したいものですが。流石にそれは困難か……」


 紅宮は、敵の策を利用してやりたいと考えた。

 しかしいつでも自分達が有利になる計画を立て、その通り実行できるわけではない。

 霊戯も同調して頭を回すが、やはり妙案は浮かばない。


「おいおい、早く行かねぇと! 別に利用しなくたって勝てるだろ!」


 先程から足で地面を蹴っていた透弥だったが、遂に我慢の限界に達してしまった。


「待って下さい。エルミアさんは負傷しています。なので、できるだけ彼女の負担を減らしたいのですよ。木の動作の有無が、『ダメージを気にせず戦ってよいか』の唯一の判断材料となっているのですから、これを利用しない手は無いと」


 つまり、と言い、紅宮は考えを伝える。


「魔法陣を消し、木の動作だけある状況を作る。この方法を考えているのです」


 灯台に居る術師。その者をどうにかして思い通りに行動させる。回復の魔法陣は消させる。しかし木は動かしてもらう。

 そうすることで、ヴィランはまだ魔法陣の効果が付与されたままだと誤認する。その状態でエルミアと戦えば、彼は損害を被るだろう。

 これが成功すればとても有利になるのだが。


 困難。その一言しか出てこない。

 木を魔法で動かしているのはほぼ確定。とすると、魔力の消費によって魔法陣だけ消させることなど不可能だ。工夫して戦い、魔力を枯渇させたら、魔法陣は消えても同時に木が動かなくなる。それでは意味が無い。


「これ以上悩んでも仕方ありません。透弥の言う通り早く行かないと、もっと何か仕掛けがあるのかもしれないですから!」


 咲喜も、透弥より思考はしたのだが、もう行こうという意見になった。


 紅宮は不満だったが、しかし一向に結論を出せそうにないなと感じていた。

 結局三人は特に何の策も無いまま、灯台の中へ入った。


「これエレベーター使えんのか?」


「どっちにしたって危険よ。階段で上がりましょう」


「うえっ、また階段かよ」


 露骨に嫌がる透弥。

 咲喜も紅宮も彼を叱責することはしなかった。

 ただでさえ全力で階段を駆け上がった後。しかも灯台の高さは外で把握している。それでいて眼前にエレベーターがあるという状況だ。階段を利用する気にはならない。誰だろうと同じだ。


「ほら、盾を。私が先頭になります。殿(しんがり)はあなたで」


 紅宮は咲喜に指示した。

 紅宮、透弥、咲喜の順で階段を上る。



*****



 階段をひたすら上った先、まず着くのは室内の展望台。かなり狭く、遠距離の魔法攻撃などできようもない場所だ。


「誰か、居るか……?」


 この施設に敵が潜んでいることは知っている。

 三人は恐る恐るその狭い空間に足を着けた。


「ここ、ガラス張りです。さらに上に居るんじゃないでしょうか」


 咲喜はそう言った。

 聞かれては困るからと口には出さなかったが、遠くの木を操作しているということから、室外に居ることは予想できる。


「わかんねぇぞ。俺達が来るからって待ち構えてたりす――


「下がって!」


 透弥が奥を覗いた瞬間、紅宮が声を上げる。

 その声と同時に、衝撃波が三人に向かって走ってきた。

 紅宮の持つ盾が衝撃波を緩和した。


 波の源であろう位置には、悪魔のような仮面を着用した男がいる。

 男の左手は、何故か後ろに隠されている。


「あっ! その特徴、確か……エルミアさんから聞いた……ウトゥトゥ!」


 男の名はウトゥトゥといった。


 紅宮が盾を胸の前に構えたまま突進する。

 ウトゥトゥの右拳と盾が衝突。ぐぐぐとぶつかり合う音がする。


「二人とも上へ! ここでは狭過ぎます!」


 透弥と咲喜が階段に差し掛かると、ウトゥトゥの意識がそちらに向く。


 拳に圧力を掛けたまま盾を振る。そして脚により大きな力を込め、ウトゥトゥの左肩を打った。

 今度は盾で首を打ち、彼の体勢が崩れたところで、紅宮も階段を上った。


 室外の展望台。灯台の、人の行ける一番上。

 そこには奇天烈な機械が置かれていた。


「何だっこれ」


 望遠鏡と光線銃を混ぜたような見た目。

 その機械は例の木の方を向いている。


「もしかしてこれが……!」


 咲喜は察した。きっとこれを使って木を操作しているのだ、と。

 それなら簡単だ。ウトゥトゥを倒しても木の動きは止まらない。


 だが、機械にボタンは無い。コードのような物が伸びていて、それはウトゥトゥの左手に繋がっているようだ。


「なるほど、ボタンはそこですか」


 紅宮はそう言った。

 ウトゥトゥがボタンを押下し続けているのだ。

 それならやはり簡単だ。彼に魔力を消費させ、気絶させれば、ボタンは自由となる。


 紅宮が飛び出した。

 衝撃波すら出させないスピードで、首を狙う。


 殴り、蹴り、そしてくるりと体を回し。

 そして気絶必至の一撃がウトゥトゥの首に。


「なっ!」


 ウトゥトゥは悪魔の目を紅宮に向けた。

 気絶どころか、前より殺意が強くなっているように見える。

 衝撃波が紅宮を襲った。


「どうなってんだ今の。死んでもおかしくなさそうだってのに……人間じゃねぇのか?」


 咲喜は思考を展開した。

 死なない、気を失わない、魔法を使って圧倒してくる敵を、どうやって沈めるか。


「そうだ」


 そして一つ、狂気の案を思い付いた。

第86話を読んでいただき、ありがとうございました!

めっちゃ期間空いてしまった!

次回もお楽しみに!

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