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第85話 島巡る心

 エルミアは立った。

 彼女がすべきことはただ一つ。透弥達が術師を見つけ鎮圧するまで、死なないように動くことだ。

 無理に本気を出してかかる必要はない。ないのだが、ヴィランとラインは決死の猛攻をしてくる。手を抜いていては、命が危なくなってしまう。

 絶妙な塩梅で。できるなら死人を出さぬように。そうやって戦う。それがエルミアの仕事である。


「燃やさず殺さず倒されず…………ファイアリング!」


 火で出来た輪が空中に出現し、ブーメランのようにヴィランへ向かう。

 比較的消費魔力が少なく、敵を自分に近付けさせない火魔法。再開した戦闘での先制攻撃にはピッタリだ。


 ヴィランは踊るようにリングを回避していく。

 しかしエルミアも熟れた魔法使い。他と比べて長い時間操作していられるファイアリングなどでは、その腕が顕著に表れる。

 避けられたらその先へ、それで駄目なら先の先を読んで操る。

 当たってもすぐに回復されるのだが、それは相手側だけの話。エルミアは攻撃を受けても回復できない。だから、弱い魔法を操作し続けて敵の動きを封じるのだ。


「永遠の飛行。ファイアリングでこのような立ち回りができるのは魔法使いの中でも……一部の者のみ」


 ヴィランはリングに翻弄されながら、そんなことを冷静に言った。

 そう、エルミアの強いのは、使える魔法の数ではない。一つ一つの魔法の練度である。数だけを求めるそこいらの魔法使いとの差は、それなのだ。


「ライン! すぐに立ち、武装した隊の相手を!」


 背面を柵で強打したラインは、声高にされた指示を受けて立ち上がった。

 強打した痛みも、もう消えている。突撃型の彼は、指示さえあればいくらでも戦える。


「必殺、旋風刃舞(せんぷうはぶ)ッ!」


 エメラルドグリーンの目の閃光が迸る。

 その姿、まさに旋風。鋭く、鮮やかな舞が隊を襲う。


「怯むな!」


 ラインから遠い位置にいる隊員が叫ぶ。

 何としてでもこの男を打倒するぞ。そんな声が聞こえるように、盾と銃で立ち向かう。


 ラインが旋風なら、銃撃は嵐。

 何人か戦闘不能になってはいるが、数なら警察側が圧倒的に有利。訓練された者達の弾は強い。


 ラインは舞を止めない。

 だが銃弾の対策はする。自分の体で。


「左腕のセルフシールド! 欠けたのなら消費するのみ!」


 あろうことかラインは手を失った左腕を盾とし、前に出しながら進んだ。

 彼は全ての銃弾を盾で防いだ。多少の欠けはあるものの、その盾は傷付かない。傷が付いても消えるからだ。


 また一人、警官がラインによって殺害された。

 エルミアはその光景を見ていたが、それでもヴィランの相手をしなければならず、助けられなかった。


 一人の警官が、ヴィランに向かって発砲した。「ラインに意識が集中しているから、まさかあっちから撃たれることはないだろう」とヴィランが考えていると予想したのだろう。

 しかしヴィランは遠くの木の根をうねうねと伸ばし、その発砲を意味の無いものにした。


(もうこのリングは消える。次のを出さないと。いや、このままじゃ警察の人達もどんどん死ぬ。どちらか片方を気絶でもさせないと!)


 エルミアはリングを消し、違う魔法を発動させた。


火炎広がる六の床(フレイムヘキサゴン)


 (あか)い七つの六角形が、ヴィランの足元に敷かれる。ヴィランが踏んだ一つの六角形から、盛んな炎がドウと飛び出す。

 慌てて移動すると、その先には別の六角形。炎の攻撃は繰り返される。七つ全てが無くなるまで。

 神來魔術の内の一つ、火炎広がる六の床(フレイムヘキサゴン)。攻撃は最大の防御とはこのことだ。消費魔力が多いからと使うのに躊躇していたが、そうしてはいられなかった。


「ライン!」


 エルミアが叫ぶ。

 特殊部隊の陣内にいるラインは、その声に反応した。


 エルミアは火球を放った。

 火球はラインの顔面に命中し、彼を熱さで仰け反らせた。


「あああっついッ! ぐぅっ、ああっ!」


 普通なら死んでもおかしくない燃え方だ。

 しかし回復の速度は凄まじく、ラインは苦しみながらも生きていた。


 エルミアは疑問に思った。

 大勢の警察官の前で、敵とはいえ、こんな仕打ちをしていいのかと。殆ど殺したようなものだし、自分の今後も危ういのではないのかと。

 彼女は紅宮の知り合いが何とかしてくれるのを祈るしかなかった。


「撃てっ!」


 ラインは一斉射撃を食らった。

 これでもまだ生きているのか、どうなのか、と確認しようとすると、陣の中央から全方位に突風が走った。

 大きな盾を構えた隊員も押し倒される程の強さ。

 十秒程度で風は止み、風の中心だった所から何かが飛び出した。


 ラインだ。

 彼は風魔法で飛び、血塗れになりながら着地した。

 傷口は塞がるが、その数は尋常ではない。一度流れた血は消えず、彼の身や服を赤色に染め上げている。


 エルミアは六角形が全て消えたことを確認し、ヴィランの下へ走った。右の手の平に火球を浮かべながら。


 煙がバッと散る。

 エルミアは大きく跳躍して火球を投げようとした。が、それは叶わなかった。


「っ!?」


 水色の目が光り、先の尖った木の根がエルミアを襲った。


 エルミアは行動を誤った。

 ヴィランはラインと同様、多大なダメージによりダウンしていると思っていた。いくら痛みが消え失せるといっても、「痛かった」という記憶は残るのだから、力は弱まっているだろうと思っていた。

 しかし実際は違った。ヴィランはその程度で萎むほど弱い心の持ち主ではなかった。


 エルミアの右脚がやられた。

 少し抉れ、鮮血が火花のように舞う。

 彼女は声も出せず、地面に落ちた。


「私の神への忠誠心は、この身が滅びぬ限りは、決して消えないのですよ」


 エルミアは絶えぬ刺激に苦しみながら、降り注ぐ恐怖の声を聞いていた。


(駄目だ……。一旦逃げないと…………)


 聞いていたが、内容を噛み締める余裕はなかった。

 頭にあるのは「どう逃げるか」のみ。自分が逃げてはいけないとも思ったが、耐え難い痛みはそんな心を砕いた。


 ストーンタワーを連続使用。

 何とか近くの建物に、と彼女はゆっくりと歩いた。


(ここまで来れば、取り敢えずは……)


 建物の陰、見つからなそうな場所に隠れ、そして倒れた。

 血はそんなに垂れてはいない。垂れないよう工夫した甲斐があった。

 しかしいつかは発見されるだろう。それまでに立ち直らなければと、エルミアは自分の胸を押さえた。

 こんな重傷を負ったのは初めてだった。捻挫くらいなら経験があるが、それよりも強い痛みを感じる。ラメの魔法でギリギリ治せるくらいだろうか。

 倒れてしまう程の傷が体にあると、心の方も倒れそうになってしまう。このまま戦って、勝てるのかと。もしもこれ以上の負傷をしたらどうしようと。


 空は段々と明るくなってきたが、エルミアにとっては未だ暗かった。


「エルミアちゃん!? 大丈夫っ!?」


「霊戯…………さん……」


 窮地の中、やって来たのは霊戯だった。


「あの子は……」


「無事親の下に送り届けたよ。それより、この怪我だ」


 霊戯は血相を変えていた。

 どこからかタオルを取り出し、傷口を縛ってくれる。


「ヴィランにやられたの?」


 エルミアは見えない程小さく頷いた。それも横になりながらだ。認識されたかどうか判らない。


「そうか……」


 霊戯は目を閉じてそう言い、巻いたタオルをギュッと結んだ。


 ――ドオオッ!


「何だ!?」


 轟音が鳴り響いた。

 音の方を見ると、目を見張る光景がそこに。


 巨大な樹木が立っていた。

 恐らく、というか確実に、ヴィランの能力によるものだ。

 下手したらこの島の頂上よりも高いのではないかと疑う高さ。

 霊戯とエルミアは二人で息を飲んだ。


「た、退避っ! 退避しろおっ!」


 男の声。確か、紅宮を「くれちゃん」と呼んでいた人がこんな声だった。


 バタバタと大量の足音が聞こえる。

 警察の特殊部隊は、流石に危険と見て退避したらしい。

 ということは、今ヴィランやラインと戦う者は一人もいないということだ。

 二人が警察を追うかもしれない。


「ま、ずい……!」


 エルミアは焦って飛び出そうとするも、脚にズキンと電撃が走り、動けず沈黙した。

 霊戯には、「まずい」とだけ言って何もしないように見えただろう。正直言ってあまり戦いたくないから、その姿が誠とも言えるのだが。


「エルミアちゃん落ち着いて。多分、あんまり追うこともしないだろうから。今の内に休養するのが得策だ」


「……」


 霊戯に宥められ、エルミアは壁に寄り掛かった。

 はぁはぁと呼吸し、息を整えていく。脚は、まだ全然痛い。


「ヴィラン達に、攻撃が効かないんです」


「えっ?」


「だから、それを何とかするために…………透弥と、咲喜さんと……あと紅宮さんが、あの灯台に向かってます」


 エルミアは遠くに見える灯台を指差して説明した。

 その説明を受け、霊戯は全てを理解したように頷いた。


「うん、なら、待とう」


 霊戯は要領が良い人物だ。エルミアもそれは知っている。

 だから今も、こうして彼女の側で、沈着に会話できる。


 そんな霊戯だからこそ、遠回しにエルミアを鼓舞した。

 彼女はそのことに気が付いたのだ。自分が「戦え」と言われていることに、気が付いたのだ。


 「待とう」。それはつまり、"透弥達が術師を倒してくれるまで"ここで戦わずに待機しようということ。

 後はお前の仕事だ。一番戦えるのはお前なのだから。だから挫けず、戦え。

 霊戯はそう言っているのだ。そうやって奮い立たせようとしてくれているのだ。


 咲喜が戦う理由は、「自分だけ何もしないのが嫌だから」だったか。

 エルミアはその姿勢に肯定的で、自分もそういう思いを持ちたいとも考えたが、それは無理らしい。

 エルミアは戦うべくして戦う。「仕方ないから」とも言えるが、何だか格好悪い。


 ――生きるため。


「いい目。強い人」


 霊戯は二つ、呟いた。


 エルミアは灯台から大樹に視線を移し、手を握った。

 彼女の身と心に活気が戻った。

 大丈夫、痛みなんて、ちょっとすれば少しは良くなる。それに、私ならきっと勝利する。回復の魔法さえ無くなれば、絶対倒せる。

 エルミアはそうやって自分を勇気づけた。



*****



 一方その頃。

 透弥、咲喜、紅宮は、全速力で走っていた。


「はぁ……はぁ……ああ、なぁこれ、ホントに最短ルートなんだろうな!?」


「この時間は最短ルート使えないのよ!」


 透弥が零した愚痴に、咲喜が間を置かずに答える。

 咲喜が言うように、この時間では最短ルートが利用できない。本当ならもっと短時間で灯台まで行けるのだが、朝早い所為で階段だらけの道を通らなければならなくなっている。


「足が辛いのは分かりますが、これ以外ありません」


 紅宮もやはり冷静に言う。

 透弥はしょうがないとは思っているのだが、性格上辛さを口に出さずにはいられない。


 ――ドオオッ!


 かなり遠くで音がした。工事現場から聞こえてきそうな音だ。


「もしかして今頃、向こうで……!」


 咲喜は最悪の情景を思い浮かべた。少しでも想像したことを後悔し、頭を振る。


「うおおおぉぉぉっ! 急げえええぇぇぇっ!!」


 島中に響き渡るような大音声で、足に元気を与える。

 透弥は叫び、足を壊して階段から転げ落ちそうな勢いを出した。


 江ノ島シーキャンドルまでの道のりは、あと少ししか残っていない。

第85話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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