第84話 無限回復
エルミアの後方にはヴィランがいた。
周囲には警察の特殊部隊。厄介なのが、彼らからしてみればエルミアも取り押さえる対象であるということだ。面識がなければ、事情も知らない。ヴィランと同じ暴徒と誤認されてしまうだろう。
「こんな所に……」
「白髪の女がいないようですが?」
エルミアは怒りをあらわにした。
いなくなった原因が、元凶が、どうしてそんな疑問を持てる。
全て思惑通りだったんだろう、どうせ。卑怯だ。
歯をギリリと噛み締め、意思を表示する。
今まともに戦えるのはエルミアだけではない。
警察の特殊部隊は相応の装備を身につけている。協力を約束できれば、大きな戦力となる筈だ。魔法は使えないにしても、銃などは使える。
透弥と咲喜は魔石を持っている。援護は任せても良いだろう。
しかし、エルミアは次の行動に悩んでいた。
彼女の得意とする魔法は火属性。そして今立っているのは広い緑地。好き勝手に魔法を使用すると、場合によっては一帯が焼け焦げてしまう。ここが有名な観光地であることは知っている。そんな場所を、早朝に焼け野原へと変化させていいのか。答えは否だ。
ならば、土魔法で足場を作成、緑に当たらないよう火を放つしかない。
「あなたと私じゃ、相性が絶望的に悪いみたいで」
ストーンタワーで上へ移動、それがそのまま足場の役目を果たす。ヴィランの頭辺りで止めておこう。
一秒にも満たない時間で作られる柱。
その柱を、一本の針が突き刺した。
「なっ!」
ヴィランの能力によりエルミアを襲う木の根。
彼が戦闘場所にここを選んだのは、恐らくこれが理由だろう。操れるものは多ければ多い程いい。
ピシッとヒビが入る。より奥に刺さる。
全体が割れ、足場は崩壊。エルミアは約二メートルの高さから落下する。それ自体は問題ではない。その程度では大した怪我は負わない。ただし体勢が崩れ、刺され放題の状態になるのだ。こうなってしまったのなら、すぐに体勢を整えなければならない。
根とほぼ同時に、ヴィランも迫る。
エルミアはわざと上半身を下にし、伸びた根を掴んだ。そのたった一つの手で身体全体を支え、そこに両足を着ける。
「地獄を這い回る大蛇」
エルミアの足裏から、蛇のようで燃えるような線が現れる。
ビュンと根の表面を進み、一瞬で先端へ到達。大砲のように火炎が放たれる。
三発だ。全弾ヴィランに直撃。
致命傷にはならないにしても、ダメージは与えられただろう。これでどれだけ効果があるか。
煙が破れた。
その向こう、熱を突破して剣を伸ばしたのは、ヴィランだ。
「そんなっ!」
エルミアは対応に遅れた。
本来なら魔法で受けられた筈の刃を、手を握って押さえる。
押さえられはする。しかし、力を込められたり、剣を抜かれたりすれば、手はそのまま切れる。
何故対応に遅れたのか。
ヴィランが無傷だったからだ。
火球は確かに彼を直撃した。着弾時の音もあった。
なのに、再び現れた彼の体には、小さな火傷の一つもないのだ。
「おや……まさか、手で受けるとは」
ヴィランは無傷の身を不思議に思う様子もなく、ただ敵の行為に驚いている。
そして今、その剣が抜かれる。
次、一瞬でも行動が遅れれば、少なくとも四本の指を失う。
エルミアは急いで手を離した。
結果、指を失うことはなかった。ビッと赤色が一本入ったのみだ。
傷を確認する間も貰えず、エルミアは次の回避行動に駆られた。
小さめのストーンタワーを連ね、壁にする。
対するヴィラン、彼の体は複数あるようなもの。エルミアの背後から、三本の根が彼女に襲いかかる。
流れるように前転して回避。
回った後、エルミアの視界に特殊部隊が入った。
そうだ、この人達は誰が敵で誰が味方か判っていない。あなた達がここに来た原因はこのヴィランという男ですよ、と伝えなければ。
エルミアはそう思い、声を上げた。
「皆さん! 私は味方です! 協力を!」
戦いの最中、必死の訴え。
それに応えたのは一人の男だった。
「承知しております、くれちゃんの言葉ですから!」
男の応答と共に、数多の銃弾が飛ぶ。
右腕に二発、左脚に一発、そして右脚に二発。合計五発がヴィランの体に当たった。
なのにヴィランは全く動じない。それだけでなく、彼の体の穴はたちまちに塞がる。
回復魔法を使った様子はない。
どういう仕組みだろう。
回復魔法という概念さえ頭に無い警官達は、困惑の空気を漂わせている。
エルミアもやはり、困惑している。ヴィランに元から備わっている能力とは思えないが……。
エルミアは何か仕掛けがあると踏み、周囲を警戒した。
そんな彼女とは対照的に、特殊部隊員達は小機関銃を構える。これが効かぬのならあれで、の思考だ。
「撃――
「させないぞ、俺が!」
射撃の号令が掛かろうとした時、風の剣士ラインが部隊の陣形に入り込んだ。
「必殺、旋風刃舞ッ!」
鮮やかな動作で陣内を舞う。
ラインが一度舞う度に、一つ花火のような血飛沫が上がる。
「うわあああっ!」
「やめろ!」
「誰か――ぐッ……」
腕を切り落とされる者、刃が頬に擦る者、喉や胸を切り裂かれ息絶える者。
その誰もが、ラインの舞を見切れていなかった。普通の人間の全速力を優に超える速度なのだから、それも当然だ。
一人の警官が小機関銃でラインを銃撃した。
ラインの、剣を持っていない方の腕が、弾丸により破壊される。
左手が飛ぶ。ラインは顔を顰め、風魔法で自分を飛ばして場から離脱した。
離れた場所に落ち、すぐに立ち上がる。
見ると、つい先程まで断面が丸見えだった左腕の、その断面が、消えている。
左手が戻ったわけではないものの、肉が繋がり、血は止まっている。
「さっきから、何かが……」
何かが働いている。
じゃあ何が……と考察しようとすると、ヴィランがそれを阻止するように攻撃してきた。
エルミアは後ろに飛び退き、兎に角こちらの力を上げようと神來魔術式を展開する。
「神來魔術式、展開」
エルミアは考えた。どうやってヴィランとラインを倒そうか、と。
撃たれた程度の傷は回復する。部位を欠損しても瀕死にならない。これまでと同じように戦っても勝てないのだ。
すぐに思いつく方法は二つ。
一つ目は、不可解な回復の原因を絶つ方法。
エルミアの推測では、今いる場所かこの島全域に傷を癒す効果のある魔法陣が仕掛けられている。知識による推測だ。
熟練の冒険者パーティには、回復や魔法陣といったサポートを担うメンバーが一人はいる。アタッカーやタンクとは別に、一人いるのだ。
魔力の消費を減らすタイプの魔法陣を使うパーティは特にそう。魔法陣を展開する者は、そのために魔力を消費し続けるからだ。
ヴィラン達をそんな冒険者パーティに当て嵌めてみれば、どこかに魔法陣役の人が……という発想は容易に浮かぶ。
その人をどうにかして撃破すれば、有利不利の差を縮めることができる。
二つ目は、一発で殺してしまう方法。
いくら回復といっても、死んだ人間を蘇生することは不可能。だから一発で殺してしまおうという、何とも力任せな方法である。
だが、非現実的とはいえない。
神來魔術の内の一つ、火の精霊を従えた王家の者のみが会得できる魔法。その名も「サプレスブレイズ」。
サプレスブレイズとは、魔力で相手を束縛し、相手の中心を爆心とする爆発を起こす火属性魔法だ。威力、消費魔力共に高く、一度発動させてしまえば相手は確実に死ぬ。
しかしその強さ故、サプレスブレイズには発動条件が存在する。「相手の魔力や特別な能力による抵抗が一定以下である」。これが条件だ。
どうにかして抵抗できなくさせられれば、サプレスブレイズで仕留めることができる。
「考え事がお好きなようで」
「っ!」
右脚に木の根が絡み付く。
ブンと引っ張られ、エルミアの体は地面を離れた。
すかさず射撃が繰り出される。
ヴィランがそれらを回避する隙に、エルミアは脚に絡み付いた根を焼いて脱出した。
「今っだぁ! エアブレイク!」
着地した直後、不安定なエルミア目掛けて、ラインの剣が走る。
その剣士の姿がエルミアの瞳孔に入った時。エルミアはするっと何かが抜けるような感覚を味わった。
直後、エルミアの後方から尖った風が飛んだ。
「ぬあっ」
風はラインの体を傷付けつつ彼を吹き飛ばした。
彼が柵にぶつかると、風は消えた。
「な、なん、だ……」
ラインの目線の先、そこに目を向けると、二人の人影があった。透弥と咲喜だ。
エルミアは二人を置いてきぼりにしていたことに漸く気付き、申し訳なさげな表情を二人に見せた。
「危なかった……」
「間一髪だったな」
皆が二人に注目する。
特殊部隊員の数名が、二人を押さえた。
「離れて! 危険だから!」
「は? オイ何すんだ馬鹿! 離せよっ!」
「私達、あの人の仲間で……!」
「関係ない!」
透弥と咲喜は戦いに介入させてもらえない。というか本来なら、エルミアも同じ扱いを受ける筈なのだ。
エルミアはそんな二人を見て、良いことを思いついた。
二人に、いるかもしれない魔法陣を仕掛けた者を探させれば色々と上手くいくんじゃないか、と。
しかしそのためには、ヴィランに会話内容を聞かれないようにしてその旨を伝えなければならない。
――ドドッ!
太い根が三本、一斉に襲いかかってくる。
「もうっ!」
エルミアは「フレイムクラスター」を発動。四つで一つのグループである火の玉が、しゅるりと回って集まり、大きな火球へ。
三つの炎の塊はそれぞれが根に向かって飛び、それを燃やし滅ぼした。
「うあーっ! ヴィランっ!」
エルミアは洗練された身のこなしなど頭から消し、ズドンと地面を蹴ってヴィランの片手を掴んだ。
剣の自由を奪われたヴィランは、必然的に拳か脚でエルミアを攻撃する。
それこそがエルミアの狙いだった。
作戦は成功、エルミアは蹴りで突き飛ばされた。
だがその威力は予想以上に高い。彼女は倒れかけた。
そこで追い討ち。長く伸びた太い枝。
エルミアは貫かれることだけは避けようと少しだけ体を捻り、ソレに撥ね飛ばされた。
「がっ……うぅっ!」
全身が横向きになり、空中で回転、透弥のすぐ近くに転がった。
「お……おい大丈夫か!」
「エルミアさん!」
二人が駆け寄る。
エルミアは打撃を受けたお腹を手で押さえながら、言った。
「二人共……よく聞いて」
「は……?」
「このままだと、あいつは延々と回復し続ける。……この島のどこかに、その……原因の、魔法陣を敷いてる人が、きっといるの」
「その人を見つけ出し、倒してほしいと?」
エルミアは静かに頷いた。
透弥と咲喜は顔を見合わせ、了承の意を眼差しによって示した。
「でも見当がつかねえぞ」
それもそうだ。
そういえば、エルミアが聞いた話では、冒険者のパーティのサポート役は全体を見渡せる位置に立つらしい。
「この島全体を見渡せるような、場所とか……」
その場所は、存在した。
「江ノ島シーキャンドル。島の頂上に立つ灯台」
顎に手を当て、遠くの高い灯台を見つめる男がいた。
「紅宮さん!?」
「あなたは喋らない」
言われ、エルミアは開いた口を閉じた。
「私も共に行きましょう。人は多い方が良いですから」
紅宮は向こうにいる一人の警官に頷きで合図した。
透弥と咲喜も無言で頷く。
そして三人は、江ノ島シーキャンドルへと走り出した。
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