第81話 少女の下へ
七月七日。七夕。
空に星が並んでいる。しかし、そんなに綺麗だとは思わない。どちらかというと星空の黒い部分の方が、俺の頭を強く動かした。
菊田陽介だが、死んだらしい。
死体を調べてみると、心臓が破裂していて、そこに木の根の塊みたいな物があったそう。
菊田陽介の正体に俺らが気付いていたことを、ヴィランがわかってやったのかは不明だ。
だが、殺したのは確実。正体がバレているかどうかに関わらず、何らかの理由で情報が漏れるのを防いだのだろう。やられた。
また、水沢さんの遺体は回収できなかったらしい。
一応車は回収できたけど、遺体は近くをどれだけ探しても見つからなかったんだそう。
古島さんはどんな反応をしただろうか。彼は彼で、辛い筈だ。
そして、俺も辛い。
今日は朝から夕方までラメを探し続けた。なのに手掛かりの一つさえ出てこなかったんだ。
足で探し回るだけでなく、近所の住民に聞き込みをしたり、隣町を車で一周したりもした。
土曜だからラメのことをよく知る冬立さんと共同して探せたのに、目撃情報すら無かった。
あっという間に夜になった。
帰宅すると、一気に体が怠くなった。
朝起きたら熱が下がってたから、いけると思ったのに。
まあ、昨日と比べれば体温が上がっていないから、良くなってはいるんだろう。
「どうすんだよ……」
丸一日経過してしまうと、いよいよ希望が見えなくなる。
走って体力が低下した上に十分な食料が得られなくて、体調不良で倒れたかもしれない。
犯罪者集団に捕まって、情欲の捌け口にされたかもしれない。
交通についてよく理解していなくて、車に轢かれたかもしれない。
体を休められる場所を求め、危険な区画に入り込んだかもしれない。
教団の奴等に殺害されたという可能性だってある。
いくらでも考え付く。
無事でいる希望はその分だけ薄れていく。
そしてその分だけ、俺の顔は下がった。
「冬立さん。ラメは生きていると思いますか……?」
無神経で無粋な質問だ。
出会って十日の俺と二ヶ月の彼女では、どう考えたって後者の方が大きい苦痛を感じているだろうに。
「生きている」
彼女はきっぱりと答えた。
「どうして……」
「そう思っていないと、やっていけないからだ」
一理ある。
死んでいると思いながら捜索していては、やる気も起きない。
俺はもっと希望を直視すべきなのだろうか。
「……あの子だけは守ると誓ったんだ」
「誰に?」
聞くと、冬立さんは後ろを向いて答えた。
「私の、誰よりも好きな人に」
「好きな人? 冬立さんって好きな人とかいるんですね」
「ああ、いた」
いた。過去形だ。
もしかして、もうこの世にはいないのか?
だったら、嫌なことを思い出させちゃったな。
「……ごめんなさい」
「別に構わない。アレは、忘れてはならないからな」
冬立さんは力の篭った声でそう言った。
アレって何だ、アレって。
彼女の人生に多大な影響を及ぼす出来事があったんだろうか。
気になるけど、深掘りはしない方がいい。
構わないと言ってはいるものの、プラスの内容ではない筈だし。
そんな感じで休憩がてら会話していたら、霊戯さんが走ってきた。
「大変だ! 江ノ島にヴィランが出たって!」
えっ、江ノ島?
江ノ島って神奈川だよな。東京じゃないよな。
何でいきなりそんな遠くに現れたんだ?
何が目的で……。考えてる暇なんて無いか。
人も住んでる場所だ。すぐに向かって何とかしなければ。
俺達はものの十分で支度し、家を出た。
でも、六人も車に乗れないな。冬立さんのバイクがあるから、そっちに二人乗らないと。
そこで、冬立さんは一つの案を出した。
「私と誰か……そうだな、泰斗かエルミア。二人でラメを探し、その後で江ノ島まで行くのはどうだろう」
それは、良い案な気もする。
いくらエルミアが強くても、警察機動隊敵が来てくれても、敵の数が多ければ勝てない。
ヴィランは勿論、ウトゥトゥとかいう奴もいる。その他にも異世界人はいるかもしれない。
なら、それに対抗できる仲間が必要になる。それがラメというわけだ。
ラメを探し出し、助けることも同時に叶う。
上手くいけば、これ以上ない最高の展開になるだろう。上手くいけば、だが。
「そうは言っても、ラメの居場所は検討つかねぇんだろ?」
「いや、あと十分だけ待ってほしい。全くの勘だが、そろそろ来るんだ」
「来るって何が」
透弥はイライラして腕を組んだ。
冬立さんは「来るもの」を語らず、俺達を待機させた。
八分後。
冬立さんの電話が鳴った。
彼女は俺と霊戯さんに微笑を見せ、電話に応じた。
「はい、こちら警察ですが。どうされました?」
は? 警察? 何言ってんだこの人。
大体、誰と通話してるんだ?
襟を口元に当てて変な声を出してるし。
『あの! あのっ、えっと……どうしたらいいのかわからなくて、助けてほしくて……!』
ラメの声だ。酷く震えているけど、確かにラメの声だ。間違いない。この感じ、確定だ。
でも冬立さんと会話するときの言い草ではない。警察と偽っているからか。
ちゃんと生きていた。死んでなんていなかった!
それが知れただけで、俺は言い表せない喜びを感じた。
「助けてほしい? 何故でしょう?」
『もう一日何も食べてないんです! 家も無くて、何もできなくて……』
「分かりました。ではあなたの居場所を教えてください。わからないのであれば、近くにある建物の名前など教えてくだされば探せます」
近くにある建物って。
ラメは文字が読めないだろ。
探せるわけ…………ん、そうか。ラメは文字を読む魔術を使えるんだった。
消費魔力も多いし乱雑な字は読めないしで役に立たないと思っていたが、そうか、こういう時なら。
冬立さんは俺を見た。
「……?」
「しろ」と言われているっぽい。何を?
彼女はちょっと面倒くさそうに俺のリュックに手を突っ込み、スマホを出して俺の手の上に置いた。
俺が慌ててロックを解除すると、彼女はマップアプリを開いた。
『『藤山ケーキ 杉並支店』とか……後は……』
ちょっと鈍かった俺も流石にやることを察し、ラメが言った店を検索した。
杉並支店だ。名前からして近い。実際の距離もやっぱり近かった。
「それだけで十分です。今から向かいますので、その場から移動せずに待っていてください」
『はい……よろしくお願いします!』
その言葉を最後に、電話は切れた。
俺達は、ここで初めて知らされた。
あの小瓶の水の記憶が何なのか。
冬立さんは公衆電話の使い方と警察に通報する方法を教えた。
もし周りに頼れる人がいなくなって、且つ極めて危険な状況に陥ったら、公衆電話で通報しなさい。そう言ったのだ。
しかし、教えた番号は110ではない。冬立さんの携帯の電話番号だ。この世界についてよく知らないラメ相手だからこそこれができた。
警察という無条件に信用できる存在が相手なら、ラメはそれ以外に何も考えず、居場所を吐く。冬立さんはそのことを理解し、利用したのだ。
「さぁ、どっちが行く?」
冬立さんは俺とエルミアに問うた。
二人で顔を見合わせる。
エルミアが行くべきだ。
だって、エルミアは同じ異世界人なんだぞ。
俺なんかよりずっと、ラメの気持ちを理解できる筈だ。気持ちを理解できる人が行くべきなんだから、エルミアが最も適している。
ラメと共に過ごした期間が最も長い冬立さんと、同じ世界の出身で共通認識を持つエルミア。
うんうん、最高の二人だ。決定だ。
しかしそんな俺の考えは、エルミアに届かないようだ。
「私は泰斗君が適任だと思うな」
エルミアは、まるであなたもそう思ってるでしょと言わんばかりに俺を見つめた。
そんなに見つめないでくれ。俺は真反対のことを考えていたんだ。
「いやいや、エルミアが行くべきだって」
「ええー……」
エルミアは非常に困った表情になった。
一体エルミアには、俺という人間がどう見えているんだ?
恋愛的な好き、とかはなさそうだし。普通の友達の距離感だし。
特別に信頼されてるのか? 何で?
それはそれで嬉しいけどさ。
「そんな顔することないだろ」
「だって、泰斗君なら絶対できるんだもん」
絶対、ラメを連れ戻せるって?
「それは……どうして?」
俺は率直に尋ねた。
すると、エルミアは一層真面目な、しかし信頼の篭った笑みで答えてくれた。
「泰斗君は、折れそうだった私を救ってくれたじゃない。だからきっと、今度も追い込まれた人を救えるって……そう信じてるんだ」
エルミアはふふっと笑った。
こんな状況だというのに、俺はついドキッとしてしまった。
そして同時に、俺が行ってやろうと思い立った。
エルミアがこんな風に言ってくれてるんだ、俺に拒むという選択肢は無い。
きっとラメを連れ戻し、にっくきヴィランをぶちのめしてやる。
「わかったよエルミア。俺に任せとけ!」
ドンと胸を叩いた。痛い。これ結構加減が難しいんだよな。
お陰で格好がつかなかった。もうこれするの止めようかな。
ちょっと痛がっている俺を見て、エルミアはくすくすと笑った。
「任せたよ!」
彼女にそう言ってもらい、俺達は別れた。
*****
突っ立っていると、冬立さんに無理矢理ヘルメットを被せられた。
「行くぞ、泰斗」
「はい!」
俺は冬立さんの後ろに乗った。
何気に、バイクに乗るのは初めてだな。
引きこもりには必要性も機会も無いし、当然か。
「落ちそうで怖いですね、これ」
「なら私につかまってろ」
つかまる、か。
脇腹にでも手を伸ばせば良いんだろうか。
俺は密かに緊張した。女性の体だし。
しかし口には出さない。出したらバイクで轢き殺されそうだ。
さあ、そういうことは忘れる!
今はラメのことだけ考えていればいい。
目指すはラメ。あの少女の下へ。
ブンと勇ましい音を立てて、バイクは走り出した。
第81話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




