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第79話 破壊は内側から

 カフェの窓の外、もうすっかり暗くなった町は、街灯や住宅からの光で何とか人の歩ける明るさを保っている。

 冬立さんもまた、俺と同じように外の景色を眺めている。


「私とラメが出会ったのは、あそこだ」


 そう言って指で示された場所は、このカフェよりコンビニ一件分進んだ辺りだ。


「冬立さんは、どうするつもりで?」


「何のことだ?」


「とぼけないでくださいよ。……ラメちゃんにこの事を伝えるのか、否か」


 霊戯さんは、冬立さんの腑抜けた言葉に苦笑して言った。


「伝えようと、伝えまいと、いずれは皆気付く」


「……それは、そうですね」


 俺はそのやり取りを、唖然として聞いていた。

 ラメがどう殺人をしたのか、何故殺せたのか。それを知っているのはただ一人。俺だけだ。

 俺は、今二人より遥かにショックを受けていると断言できる。


「二人共、水沢さんの殺害方法なんて……きっと分かっていませんよね?」


「分かるの?」


 俺はこくりと頷いた。

 そして、きっとラメは水魔法で水を発射した後にそれをクリスタルに変えたのだろうと説明した。


「なるほどな。……だが、殺害方法などどうだっていい。殺したという事実は変わらない」


 冬立さんは顔色一つ変えずに俺の説明を聴き、そして不必要だったと言った。

 しかし俺を嫌っているわけじゃない。

 彼女も辛いんだ。俺とエルミアよりも長い時間を、ラメと共に過ごしてきた。そんな、生活を共にした子が人を殺したと知ったら、辛いのは当然だ。


「……今日は解散しましょう。さっきの事の決定権とそれを実行する権利は冬立さんに渡します。僕らの中で誰よりもあの子を知っているのは、あなたなんですから」


 霊戯さんはそう言って立ち上がり、俺にもそうさせようとした。


「ココアが飲みたいな」


 冬立さんは独り言のように言い放った。

 この人のココア発言に悪感情を抱かなかったのは、今回が初めてだ。


「ココアなら、メニューにあると思いますよ」


 まあ、もう営業時間終了するんだけど。


 俺も帰ろうと、席を立つ。

 そして出口の方を向くと、タッタッタッと何者かの足音が聞こえた。

 少し不審に思いながらも、俺は特に何かをしようとはしなかった。

 従業員かもしれないしな。


 カフェから出ると、冬立さんにここで待っていてくれと言われた。

 暫くすると、彼女は水の入った小瓶を持って戻ってきた。


「どこに行ってたんですか?」


「自宅だ。これを、ラメに持たせておいてほしい」


 俺の手に小瓶が乗った。


「これは?」


「ラメに真実を明かした時。あの子なら、様々な思いが重なって逃げ出してしまうかもしれない。これはその時に役立つ」


 彼女は俺の質問に丁寧に答えてくれた。

 でもよく分からない。どう役に立つんだ。

 ラメが安全なように、ってことか? 

 こんな少量の水じゃ、精々三時間くらいしか渇きは抑えられないだろうに。


「この水が役に立つんですか?」


「ああ、ラメの魔法を使えばな」


 そういえば、ラメは水の記憶を見ることができるんだった。

 じゃあ、この水には冬立さんのメッセージが入っているのか?


「私は明日も仕事があるから、お前らのところに行くのは夜になる」


「ええ、わかってますよ。それでは」


 こうして俺達は別れた。



*****



 家に帰るまで、俺は車の助手席に座っていた。


 外は真っ暗。特別美しい夜景が見えるわけでもないので、眠ろうと思った。


 目を瞑ると、頭の中に色々な場面が映し出された。

 ラメが笑っている場面だ。


 能力を見せてもらって。

 女子同士でイチャイチャしているところを見せてもらって。

 一緒に勉強して。一緒にゲームして。


 どの記憶でも、ラメは笑っていた。

 少し怯えている時もあったけど、その少し後には、彼女は子供らしい笑顔になっていた。


 あんな可愛くて、純粋で、幼い子が。

 殺人をした。犯した。罪人になってしまった。

 それはとても、とても……なにか、胸にくるものがある。


 あの子は、その事実を知った時、どんな反応をするだろうか。

 動じない? 頭を下げる?

 それとも冬立さんが言ったように逃げる?

 わからない。わからないけど、その瞬間が来てほしくないと心のどこかで思っているということだけは、わかった。


 でも駄目だ。知らないと。

 罪は自覚すべきだ。故意かどうかは関係ない。罪があるなら、自覚しなければならない。

 たとえ幼い女の子だとしても、だ。

 それが彼女にとってどれだけ苦しく、痛いことか。

 俺には理解できない。俺はラメスティではないのだから。

 けど、自覚しなければならない。

 お前が殺したんだ、と責めるつもりはないが、兎に角自覚しなければならない。

 俺はわかる。何故なら…………。


「自覚がなければ反省できない。反省できなければ、同じ過ちを繰り返してしまう。後悔を増やさぬためには、罪を自覚しなければならない。そうですよね、霊戯さん?」


 気付けば、俺は考えを口に出していた。

 それだけじゃない。いつの間にか霊戯さんに同意を求めている。

 霊戯さんは笑った。まるで暗い部屋に一つだけある電球のように。


「そうだね。全くその通りだよ」


 また変な癖が出ている。

 まあ、いいか。


 ふと椅子の脇に目をやると、何かが挟まっていた。

 取り出してみた。誰かのスマホだ。

 観察していると、霊戯さんに声を掛けられた。


「それ、古島さんのじゃない?」


「あー、かもですね」


 かも、というか確実にそうだろう。昼間、助手席に座っていたし。


 と、その時、霊戯さんの電話が鳴った。

 霊戯さんは一旦車を停め、電話に応じた。


「はい、もしもし。古島さんですか?」


『はい。今、弟の電話から掛けてるんですが……どうやら霊戯さんの車に、携帯を忘れてきてしまったみたいで』


 やっぱりか。

 でも、何か引っ掛かるな。何だろう。


「じゃあ明日、僕が届けに——


『い、いや! 僕の方から取りに行きます。昼は仕事があるので、夜に』


 霊戯さんの声を掻き消し、古島さんはそう約束を取り付けた。

 やけに必死だな。昼間の態度が嘘みたいだ。


「あ、はい。了解です」


 電話は切れた。


 やっぱり何か引っ掛かる。

 古島さんは携帯を忘れて……ん?

 携帯は椅子の脇に挟まってたんだぞ? 普通、そんな所に忘れるか?

 車の揺れで移動したとも考えられるけど、そもそも携帯だけ椅子に置いておくのも変だ。


 もしかして、意図的に?

 でも、何故?


 わからない。

 そうやって思考を巡らせていると、俺は眠りに落ちてしまった。



*****



 帰宅後。

 ラメ以外の人には、全てを説明した。

 決めるのは冬立さんだから、勝手な行動をするなとも言った。

 特に透弥が危険だけど、厳重に注意したから流石に大丈夫だろう。

 それと、ヴィランの能力の予想が正しい場合、古島さんが化け物に見えてしまうと、透弥と咲喜さんに伝えた。

 正しいのかどうかは、じきに分かる。古島さんが来てくれるからだ。

 また、ラメには小瓶を渡しておいた。



*****



 七月六日、二十一時。

 インターホンが鳴った。古島さんだ。


「はーい」


 霊戯さんが玄関を開ける。


 じゃあ玄関で忘れ物を……と思ったら、古島さんは予想外の行動に出た。


 霊戯さんの横をスっと通過し、当然のようにズカズカと中に入ってくる。


「え、ちょ、古島さん?」


 あの霊戯さんですら困惑している。

 俺も同じ。彼の意図が見えない。

 普通に玄関で携帯を渡してもらえば良いだけ。それだけの用事の筈だろ。

 なのに何で、何の迷いもなく、家の中を歩くんだ?


 夜なので、透弥と咲喜さんは家に居る。

 二人は古島さんの姿が見えた時から、曲者を発見した番犬のように警戒している。


「透弥。咲喜さん。大丈夫、昨日説明した通り、ヴィランの能力で誤認させられているだけなんだ!」


 二人が古島さんを殺したりしないよう、俺は手を突き出して待ったのポーズをした。

 そして、気付いた。背後、やや上から注がれる鋭い視線に。


「……あ」


 古島さんは、勘が良ければ、俺の今の発言で真実に辿り着いてしまうんじゃないか。

 もし真実に辿り着いたなら、ラメを……。

 イヤ、もしかして、この行動は……!

 家の奥の部屋に閉じ込めておいた子供を連れ出すような、この行動は……!


「ああ……この時間にして良かった。お陰で確信が持てたよ」


 古島さんは、未だ警戒している二人を見てそう言った。


 次の瞬間だ。

 ラメの華奢な腕が、一人の男に掴まれたのは。


「古島さん! あなた、まさか!」


 霊戯さんがやや遠い位置で声を上げる。

 俺も漸く確信が持てた。

 古島さんは、真実を知っている!


 彼は、気の狂ったように薄く笑った。

 自らの願いが叶ったこの状況を喜んでいるんだ。


「や、やめて……離して……!」


 ラメは控えめに抵抗した。

 彼女なら魔法を使って返り討ちにできそうだが、躊躇しているか、そもそもやる気すら無いのだろう。

 そう、ラメは仲間を殺せない。仲間と認識した者は殺せない。どころか、殺人も本当ならできないのかもしれない。


 エルミアが火炎を放とうとした。

 しかし古島さんは、掴んでいるのと逆の手をラメの首に添えている。


「ふ……はは、霊戯さん! 見くびらないでくださいよ! 僕にだって、あの状況で先輩を殺せたのはコイツだけだという事くらい分かる! 曲がりなりにも警察官なんです、先輩には届きませんが、それなりに経験は……そうだ、先輩だ! 僕は水沢先輩のお陰で成長したんですよ!」


 そうか、確かにそうだ。

 俺が犯人について考察した時、その方法はただの消去法だった。

 特別な知識なんて必要ない。並の知能さえあれば、誰だって導き出せる結論だ。ラメが水沢さんを殺したという事は。


「霊戯さん、その、僕の携帯。どうやら何か話し合う様子だったんで、車に隠しておきました。家に送られた後GPSで追跡したら、予想的中。コイツが何故殺したか、どう殺したかについて話し合っていた! ふふ、凄いでしょう。早合点ではなく、きちんと確証を得たんですよ!」


 最初は間抜けで弱々しいと感じた古島さんが、今は何よりも恐ろしかった。

 身近な人の死で悲しみに暮れていると思ったら、敵を討たんとする鬼に変貌してしまった。


 そして、不審に思っていた事が無くなった。

 カフェで聞いた足音は、恐らく古島さんのもので、不思議なところに携帯を忘れていたのは、俺達を追跡し、話し合いを盗み聞きするためだった。

 何で察せなかったんだよ、俺!


「どうして仲間殺しを生かしておいてるんです? 大事だから、まだ子供だから、とか? ……いやいや、関係ない。コイツは生きてちゃダメな奴だ!」


 ラメの腕が吊り上げられる。

 その痛みに、ラメは「うっ」と声を漏らした。


「落ち着いてくださいよ! 確かにそうだけど、でも故意じゃない! 古島さんも知ってるんでしょ!? これはヴィランの能力の影響だって!」


 俺は不当に暴力を振るわれるラメを見兼ね、古島さんの圧に負けない大声で言った。


「故意かどうかも、関係ない! 水沢さんの(かたき)なのには、間違いないんだあああ!!」


 俺の大声の更に上を行く大声だった。

 内容もあり、耳を塞ぎたくなった。


「人を殺したなら、その報いは受けなきゃいけないんですよ」


 俺はただの大声ではない、心の底からの憤慨がわかる声を出した。

 だって、だってそれは……。


「仲間を殺した報いとして殺されろと!? それは本当に、仲間殺しの報いと言えるんですか!!」


 はあ、はあ。

 人生の中で数える程しかない真の憤慨。その後には疲れが生じてしまう。

 俺は荒々しく呼吸した。


 気付けば、皆んな古島さんを否定するような目を、彼に向けていた。


 古島さんは歯をギシリと噛み合わせると、遂にラメの顔を真っ直ぐ見た。


 ——マズイ、言う。


 待て、マズイのか?

 俺は、ラメには真実を伝えるべきだという考えだったじゃないか。

 なのに何故……ああそうか。

 償いは必ずしも死んでするものじゃない。でもこの男がしようとしているのはソレだ。

 きっとラメを絶望させたら、すぐにでも殺そうとするだろう。それが堪らなく辛いのだ。

 100%悪いわけではないのに、怒り狂った男に殺されてしまうのが、可哀想で仕方がないのだ。

 この男にだけは言わせてはいけないと、誰もがそう思っただろう。


「もういい、真実を告げる!」


 古島さんがそう言っても、ラメはまだ何が何だかわからない様子だった。

 幼い彼女には、自分がある男の敵であるなんて想像もつかないのだ。

 理不尽に暴力を振るわれた幼い彼女には、単語を拾って真実を悟る余裕はなかったのだ。


「水沢吉を殺したのは、お前だっ!」


 止められなかった。


「ヴィランの能力で敵と誤認し、殺した! 死体を見ただろっ!」


 時計の針のカチカチと動く音が、暫くの間聞こえていた。

 カチ、カチ、と一秒進む毎に、ラメの顔は青くなっていった。


 ラメはメーターを超過するであろう焦りを全面に出している。

 そのまま、周囲を見回す。

 俺達は古島さんに対する怒りと、ラメが絶望してしまうことに対する焦燥を見せていた。

 しかしそれは、彼女にとっては、違った。

 崖に追い詰められた彼女の足元は割れた。


 ラメは思いっ切り腕を振り、古島さんの手から逃れた。


「……やだ……やだ……やだ……!」


 肉食動物に追われる草食動物のように、そして迫り来る壁から逃げるように、ラメは走った。


「ラメちゃん!」


「オイ!」


「ラメさん……!」


「ラメ!」


「ラメちゃん!」


 全員の声を弾き、外に出た。


 そこに、偶然冬立さんが来た。

 ラメは彼女の大きな体にぶつかった。


「おい、どうし——


 冬立さんは押し倒された。


「ラメ……?」


 彼女は愕然とし、絶望に染まった幼女を見上げ、見つめた。


 俺達が外に出た頃には、ラメは遠くの影となっていた。

第79話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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