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第75話 新たな戦力

 三日経って、七月四日になった。

 七夕まで後三日なんだけど、スケジュール的に七夕を楽しめるとは思えない。

 というのも、明日、七月五日が、例の事を起こす日なのだ。

 そのため、今の内に各方面で準備を進める必要がある。武器になりそうな物を集めたり、魔力を温めておいたり、警察の動きを確認したり。

 気を遣うべきところは山ほどある。


 霊戯さんは再びヴィランと通話する。


「菊田は縄で縛るように。あ、口にも着けてくださいね。舌を噛んで自殺とかされると困るので」


『懸念は死念花でしょう? あれは精神が不安定な者のみに効果をもたらす為条件には当て嵌りますが、しませんよ』


 あのヤバい花は死念花というらしい。

 霊戯さんがスッとこちらを向いてニヤッと笑みを浮かべた。

 菊田は実はアッチ側で覚悟はできてるから条件には当て嵌らないんだけどねー、と言いたげな顔だ。

 しかし実際に口にすることはない。そんなことをしてしまえば、菊田は生きて帰ってこないであろう事は容易に想像できる。

 恐らく、菊田には聞きたいことが山ほどあるんだろう。

 計画が破綻するのは霊戯さんにとって最も回避すべき事態だ。


「菊田はしっかりと解放してください。仲間が減るのは嫌でしょうから、犯人役には転移魔法なんかで逃げてもらって」


『逃げる? 馬鹿なことを。私達の戦場に転移させますよ』


「おおっと、それは困りますね」


 霊戯さんは犯人役を転移魔法が使える異世界人にさせることで、戦いでの脅威を減らそうと考えたんだろう。

 ヴィランも馬鹿じゃない。流石にそう上手くは行かない。


『ではこれで』


 霊戯さんは残念そうだった。

 俺も残念だ。



*****



 ヴィラン達に対抗するためには、戦力が必要だ。

 エルミアは戦力になるが、敵の数が多ければあっさりと敗北してしまう。

 しかしラメには争いに参加してほしくない。

 と、思った矢先に、エルミアはラメに戦ってほしいとお願いしてしまった。


「ラメちゃんも一緒に戦えないかな?」


「ら、ラメもですか?」


 ラメはちょっと動揺したが、小さい覚悟が、その表情にはあった。

 俺は三日前、エルミアとアイコンタクトで「ラメには戦わせないようにしよう」と意思を通わせた筈なのに。

 もしかして、エルミアは「こんな子を戦わせるのはちょっと気が引けるね」くらいの思いだったのか?


「無理にとは言わないよ。でも、そうしてくれると凄く心強いんだ」


 エルミアは真剣に、相手の感情を湧き上がらせるように語った。

 そして最後に、何度も聞いた言葉を教える。


「生きるためには戦わないといけない。これ、私の信条なの」


 聞きようによっては野蛮。しかし、俺にはこの上なく格好良い言葉に聞こえている。

 信念や信条も、貫き通せば誰だってそれなりに格好良くなる。

 一ヶ月も共に生活したエルミアなら尚更だ。

 それに、俺もこの意見には同調する。争いや殺しは褒められたことじゃないが、あっちが迫ってくるならこっちも対応しなければ、死ぬ。

 死ぬくらいなら、生きるために命をも奪おうじゃないか。それが異世界では普通のことなんだ。

 文化は違えど、人心は同じ。全員が全員というわけではないが、この世界にもそういう考えの人はいるだろう。

 こんな状況だ。俺も戦おう。そう決めたんだ。


 ラメはどうなんだろう。

 異世界人なら、やっぱり同意見なのかな?


「……やります!」


 少し躊躇い、エルミアと俺を見上げて言った。

 強い子だ。

 でも、本当に良いんだろうか。


「ありがとう、ラメちゃん」


 エルミアは片膝をつき、ラメの頭にポンと優しく手を置いた。



*****



 ラメの能力と持っている道具をチェックしてみることになった。


 まず、ラメの能力から。

 ラメは水属性魔法が得意分野らしい。

 水や水弾を作り出し操作する魔法、ウォーター。

 水の流れを操作する魔法、ウォーターストリーム。

 地面から大量の水を壁状に噴射する魔法、ウォーターウォール。

 シャボン玉のような物を飛ばす、マジックバブル。

 水だから威力は低そうだが、役には立ちそうだ。


 また、ラメは回復魔法も習得している。

 ヒールに、そのワンランク上のグレートヒール。

 捻挫や軽い骨折なら治療できるらしい。

 ということで、俺は右手の骨を治療してもらった。

 グレートヒールをかけてもらった。完治とまではいかなかったけど、体感ではかなり回復した。

 時の流れとは遅いもので、骨折一つが治るには十分な時間が経過したと思い込んでいた。しかし実際には約三週間しか経っていなかった。

 どうりで怪我が完治しないわけだ。

 有り難い。これで大分楽だ。


 魔法で気になったのはもう一つある。

 ドロップメモリーという術だ。

 なんでも、水の記憶を覗き見る術らしい。

 正直よくわからない。雨として降り、川に流され、海に出て、蒸発して、雲になって……のループを見れるってことか?

 消費する魔力量もラメの持つ魔法の中で最も多いらしいし、役に立つとは思えないな。


 クリスタル化の能力は、戦闘に活用できるかどうか微妙だ。

 水をクリスタルに変えることはできても、それを操作することはできない。

 どうにか活用するなら、投擲か殴打かの二択だ。

 しかしラメにプロ野球選手クラスの投擲能力が備わっているようには見えない。

 殴打するにしても、ラメは魔法で中距離又は遠距離から攻撃するので、相性が極めて悪い。

 まあ、川をクリスタルにして逃げ道を作るとかならできるかな。


 次に、"親"を漁る。

 ラメやその仲間は海中で暮らしている。陸でも呼吸は可能なため小島に居住する者もいるらしいが、基本的には海中だ。

 海中には、時折物が落ちてくるらしい。

 金属を好む鳥が誤って手放したり、人間が船から捨てたりしたやつだ。その他にも、沈没船には武器や宝が眠っている。

 ラメ含む海のクリスタル族は、フィルス洋の一角でそういった物品を集めながら生活しているらしい。

 それが"親"に仕舞われているというわけだ。

 ラメが取り出せるのはラメが収納した物だけだが、それだけでも結構な量がある。


 剣、槍、弓、盾。

 武器防具だけでも色々出てくる。

 鉄剣があったので持ってみたら、これが重いのなんのって。突き刺すくらいなら可能かもだけど、振り回したりぶった斬ったりは無理だ。不可能だ。

 一応、鞘に納めた状態で持って行こうと思う。防御には利用できるだろうし。

 槍や弓は、俺では扱えなさそうだ。盾はサイズの小さい物を一つ、頂戴した。

 エルミアとラメは武器も防具も要らないみたいだ。

 二人共魔法タイプだし、防具に関しても魔法で代用できるっぽい。

 そういえば杖って要らないのかな。エルミアが一本持ってたよな?


「杖は?」


「私はあんまり使わないな。持たされてたけど。ラメちゃんは……」


「ラメも杖は使わないです」


 杖を使うか使わないかは、各々のスタイルによって違うらしい。


 ラメの"親"には、他にめぼしい物は無かった。


 次にエルミアの持っている物を確認してみる。

 火魔石1、水魔石1、風魔石1、純魔石(べべスの魔力入り)5。

 魔石は特に条件も無く誰でも使えるので、当然持って行く。

 純魔石は……必要か? だってべべスの魔力だぞ?

 幻術だぞ? いや、使い方次第では敵を騙せるかもしれないな。


「純魔石はどうする?」


「私が持つよ。泰斗君では危険だろうから」


 エルミアは丁重に純魔石を小箱に入れ、脇にそっと置いた。


「変に使おうとすると、却って混乱すると思うんだ。だから、逃亡するってなった時だけ」


 エルミアは純魔石に気を遣っているからか、声が小さくなっている。

 集中していないと誤作動するのかもしれない。


 逃亡のためのアイテムか。それなら安全だな。

 そこら辺の判断はエルミアに任せよう。恐らく今いる仲間達の中で、エルミアが一番戦闘に慣れている。

 俺なんて戦闘センスが皆無な素人だ。エルミアのことを馬鹿とか言ったけど、口出しすべきではない。


 火魔石はお馴染みの土剣に取り付けておく。

 多分、鉄剣より土剣の方が上手に扱える。

 剣+魔石の斬撃も、燃えやすい物を斬るくらいしかできないが、まあ攻撃力はある。

 鉄剣は本当にヤバいときに持とう。


 さて、こんな感じかな。

 ラメがいるだけでかなり変わってくるな。

 エルミアが前で戦い、ラメが後方から援護する。そういう戦法も成り立つんだ。

 俺は……狙えるときに狙って攻撃しよう。


「皆んな、準備はオッケー?」


 霊戯さんが部屋全体を見渡して言う。

 皆んなといっても、指定された場所に行くメンバーは、この中には四人しかいない。

 俺、霊戯さん、エルミア、ラメ。

 透弥、咲喜さん、冬立さんは学校や仕事の都合で行けない。

 冬立さんはラメと一緒に、と何度も訴えていたけれど、霊戯さんにあなたは必要無い、と言われてしまっていた。

 ちょっと可哀想だけど、不必要なのは確かだ。


 今回の作戦を確認すれば判る。

 ヴィランに場所を指定され、そこに向かう人は最低六人必要なのだ。

 霊戯さん、エルミア、エルミアに一番近い俺、遠くで隠れているラメ、偽異世界人の水沢さん、水沢さんを連れてくる古島さん。

 何故水沢さんがその役なのかというと、彼が立候補したからだ。熱血な感じで、とても格好良かった。

 そして、古島さんはリアリティを出す役だ。エルミアと俺、ラメと冬立さんのように、一人行動を共にする人が存在した方が、水沢さんが異世界人だと信じてもらえやすいだろう。

 水沢さんと古島さんは顔が割れている可能性があるので、ちょいちょいと変装する。それっぽく。


 つまり、冬立さんには何の役も無い。

 冬立さんにも想いがあるんだろうけど、許してほしい。

 生還したら上質なココアをプレゼントするから。



*****



 夜。

 暑い昼間とは異なり、寒さを感じる。

 俺は今日も、二階の窓から外の景色を眺める。

 星の数を数えてみようと思ったが、十まで到達したところでどれが既に数えたやつか分からなくなった。

 夏の大三角形ってどれだっけ。デネブとアルタイルとベガだよな。雲も少ないし見える位置にありそうだけど、時期が合ってないのか。


 ……雑念だな。星見てどうすんだ。

 そんなことしてたって、不安は消えないだろ。

 まあ、その不安も、明日には杞憂に変化しているかもしれないけど。

 そうそう、そうやって別に心配しなくてもー、とか考えるから雑念が生じるんだ。


 俺の不安はずばり、明日ヴィラン達と戦うということだ。

 エルミアを信頼していないわけじゃない。寧ろ、誰よりも、何よりも頼もしい。

 ラメだって、エルミア程じゃないにしても、力はある。

 頭脳派で的確な判断ができる霊戯さんもいる。

 水沢さんと古島さんは拳銃を持っている。

 こちらには相当な戦力がある。きっと、ヴィランと同等かそれ以上だ。

 なのに俺は不安で眠ることもままならない。


 何故か。初めてだからだ。

 今まで、こう、戦うぞって心持ちで挑むことが一度も無かった。

 殺し合いが目前に控えている。それを知っている。

 だから怖いんだ。怖くて怖くてしょうがないんだ。


 手元の缶を口に運ぶ。

 中身はココアではない。ただのりんごジュースだ。

 酸っぱい。


「ふー……」


 飲んでは溜め息、飲んでは溜め息。その繰り返し。

 五分くらいそうしていた。中々覚悟が決まらない。


 肩に柔らかい感触があった。エルミアだ。

 俺が振り向くと、彼女は自信に満ちた様子で口元を綻ばせた。


 俺ははっとした。

 俺より辛い立場である彼女が、それでも俺に気を遣ってくれている。

 なのに、どうして俺が立ち止まっていられる。

 俺が頑張らないでどうする。

 約束しただろ。そのためにやるんだろ。

 俺はただひたすらに、エルミアをサポートする。それでオールオッケーなんだ。

 覚悟を決めろ。決めればそれで終わりだ。後は未来の俺が何とかしてくれる。


 …………よし。


 口の中が甘くなった気がした。

 缶を窓の縁に力強く置くと、カンと空き缶の音がした。


 翌日の早朝、ゴミを放置するなと透弥に突かれた。

第75話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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