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第73話 癖のある探偵

 僕の電話が鳴る。

 泰斗君が神妙に見ている。

 着信は「菊田陽介」。例の書き込みをした人だ。

 こっちと通話できるようにと紅宮さんに電話番号を伝えるよう言っておいて良かった。

 あの注意深い紅宮さんのことだから、伝えずともそうしてくれたと思うけど。


「はい」


『私の名前はわかりますね?』


 低く、感情の無い声が聞こえた。

 ヴィランだ。家名は知らない。


「ヴィランさんですよね?」


 まあ、これは予測していた事態だ。驚かない。


 さあどうする。頭を回そう。

 この計画は相手からしたらメリット大アリ。

 交渉が成立した可能性は極めて高いんだけど。

 菊田も信用ならないし、まだまだわからない。


 そう。僕は菊田を信用していない。

 自分の住所を簡単に晒すような人間だ。紅宮さんの指示を無視し、命乞いの一つもせずに死んでいてもおかしくない。

 仮にそうだったとすると、書き込みの削除は合図なんかじゃない、ただの削除。加えて菊田の電話から掛けてきているから、僕らの繋がりだけは発覚した。


 しかし!

 この計画の良いところは、後から伝えてしまえば結局同じだってところ。

 菊田は、言っちゃ悪いけど、餌というか橋渡しって感じで、この段階まで進めば用済み。立てこもりだって、それ以外の誰かを使えばいい。ちょっと可哀想だけど。

 ヴィランが知らないようなら、僕が今伝えればそれでいい。


 とはいえ、僕の方から出るのは悪手だ。

 変な誤解を生む可能性があるから、ここは相手の出方を窺う。


『……何故何も言わないのですか?』


 僕の考えは読まれているっぽい。

 無難に行こうか。ああでも、折角のチャンスだ。

 ここで見極めようじゃないか。


「いや、何で掛けてきたのかなって」


『……中々な計画を立てておいて、当事者間での連絡すらしないのですか? 貴方は』


 少々うんざりしたように、ヴィランが答えた。

 そうだ、その答えを待ってたんだ。


 これで計画はしっかり伝わっているとわかった。

 菊田も死んでいないだろう。

 よしよし。

 それなら簡単だ。


「それもそうですね。……現段階で僕から話すことは無かったんですが、何の用です?」


『この計画、確かに我等にとっては好都合ですが。そちら側にとって不都合過ぎるのでは?』


 探るように問い質してきた。

 しかし僕は当たり前のように返答する。


「僕は最善の策を考えたつもりですよ。菊田を放置しておけば事態の収拾がつかなくなるでしょうから、この際それとあなたを利用し、仲間を増やそうと。あなた達の計画が明確になっているわけではありませんけど、多分エルミアという存在を敢えて殺さずに取っておくことで、行方も、姿も知らぬ異世界人を探し出そうという魂胆なのでしょう? そうですよね?」


 徐々に語勢を強め、威圧する。

 泰斗君の方にちらりと目をやると、真剣な面持ちで話を聞いていた。


『……ええ、全くその通りです』


 ヴィランは平坦な声で淡々と言った。

 その声からは、押されている感じはしない。

 強いじゃないの。枯れたトマトみたいになってくれると思ったのに。


 まあいいや。これ以上反論してこなさそうだ。

 というのも、この計画は、何があったとしてもラメちゃん――教団の探し求める異世界人と僕達の繋がりに教団が辿り着けないようになっている。

 すぐに立てこもり事件を起こさないのも、単に自分達と戦うための準備をするため……と納得できてしまう。

 冬立さんが偶然書き込みを見つけ、偶然僕達を見つけるという奇跡が起こってしまったから、教団はもうその事実を憶測ですら語れない。


「用は済みました?」


『はい』


 よかったよかった。

 あ、そうだ。一応、投稿がちゃんと消えてるかどうか確認しよう。


「……投稿が削除されてるか確認します。一応。最初に投稿したのってどこでしょう?」


『りんりんご掲示板というところです』


 あれ? りんりんご掲示板?

 冬立さんが見つけたのはその掲示板じゃなかった筈だけど。

 幾つかのサイトに同じ文を書き込んでいたのか。

 てっきり冬立さんが見つけたやつが最初の書き込みだと思ってた。

 無名なサイトだから既に二つ以上投稿されてるのに気付けなかったみたいだ。


 メモしていたURLをパソコンの検索画面に入力。

 書き込みは無かった。


「次は?」


『……何故順番に? 記録しているならば適当で良い筈でしょう』


「何となく順番にやりたい気分なんですよ」


『……次はシックスエイトです』


 僕はまたもURLを入力する。

 ここまでは特に何も無かったんだけど。

 泰斗君に「ちょっと」と言葉で制止された。


「そのURL……間違ってません?」


「……?」


 間違ってるって?

 いやいや、そんなこと……ないでしょ。

 目で見て一瞬で判断できるくらいの間違いなんてしていないと思うんだけど。


『どうされました?』


「いや、何でも」


 泰斗君の声は向こうに聞こえていない。

 僕は異変を悟られぬよう平静を装い、泰斗君を手で招く。

 泰斗君は段々と慣れ始めたのか、僕が指示せずとも正しいと思われる文字列を紙に記入した。


 確かに違っている。

 なら、やっぱりコッチが間違いなのか。

 ……でも、こんな大きなミスするか?


 ちょっとよく考えよう。

 泰斗君が書いてくれたのは、冬立さんが見つけたのと全く同じスレッドのURL。

 僕のメモ帳にあるのは、菊田がネットの各地に書き込んだと報告されてから記録したもの。


 投稿の内容が一言一句同じなら、違うスレッドだとしても判別できない。

 けど、掲示板自体はどちらも同じなんだ。同じ掲示板に二つも書き込むわけない。

 なら……冬立さんの発見と僕のメモの間に、一度削除された……んじゃ?


 一度スレッドを削除し、再びスレッドを立てて同様のことを書いたなら。辻褄が合う。

 何で一回削除した? 菊田がそんなことする筈もないのに。


 誰かの指示で? 誰が? 紅宮さん?

 ううん、紅宮さんは削除しろなんて言ってない。

 紅宮さんが言ったのは、「貴方が異世界について書き込んだ本人なら、もっと広めてくれ(要約)」だ。


 推理ターイム!!


 "貴方が異世界について書き込んだ本人なら"


 "もっと広めてくれ"


 "最初に投稿したのはりんりんご掲示板"


 "冬立さんが見つけたスレッド"


 "スレッドは削除された"


 "僕のメモしたスレッド"


 "スレッドは削除された"


 "菊田陽介"


「…………なるほどね」


 菊田陽介は教団の一員だ。

 菊田陽介とヴィランは、最初から繋がっていた!

 思えば、おかしい。警視庁で問題を起こしたのは数人なのに、ネットに書き込んだのはたった一人。

 僕のやった「警察官厳選作戦」で釣れた教団員は二名だったけど、一人くらいは敢えて混ざらない奴がいるだろう。


 全部、全部ヴィランの指示だったんだ。

 まず、りんりんご掲示板に最初の投稿をする。その後、色々な場所に同じことを書き込んでいく。

 そうすることで、菊田を狂った奴に見せる。そして書き込みを消させるための計画を立てさせる。

 その計画の内容も予測。始末される前に、ということで特定してはいられないので、始末しようとする奴を利用し、菊田を橋渡しにすることで交渉。

 もう一人の異世界人を探しているのも匂わせておいた。

 そう、僕の計画は全て予測されて……というか、そうするように誘導されていた。


 しかし、誘導は失敗した。

 シックスエイトの書き込みを発見され、その他の書き込みを見る前に計画を実行されてしまったからだ。

 恐らく、その時点では著名なサイトには書き込んでいなかった。


 紅宮さんからの手紙が届いたことで、菊田とヴィランは状況を把握した。

 そこで問題が発生する。既に幾つか書き込みがあるので、投稿日時で動きがバレるんだ。紅宮さんの指示よりも前に投稿されたと知られれば、菊田の正体がバレ、スパイとして使えなくなる。

 それは避けたいので、一旦投稿を削除し、投稿し直した。


 うんうん、これは正解だろうね。


 でも僕の勝ちだ。何故かって?

 ヴィランは一つ、勘違いをしている。

 僕らが見つけた書き込みはりんりんご掲示板にしたものだと、ね。

 それで、その書き込みなら削除する必要はないと考えた。

 全部同じ文なのがアダになっちゃったんだ。

 

 結果、一つ目のスレッドと二つ目のスレッドの記録が残った。


 僕がニヤリと笑うと、泰斗君が不審の念を放った。


『……何を?』


「いーえ、ちゃんと消えてたので。それより、次をお願いします」


 僕はその後、何事も無かったかのように確認を続けた。

 今後のことはまた今度、ということで電話を切って終了。


 いやぁ、疲れた。

 板チョコでも食べようかな。



*****



 板チョコをマスの数を数えながら食べていると、泰斗君が話しかけてきた。


「霊戯さん、さっき何を推理してたんです?」


「お、よく推理してたってわかったね」


「そんな顔してたので」


 泰斗君は目をぱちぱちとさせている。

 僕はそんな彼を見て、食べかけのチョコレートを差し出した。


「食べる?」


「半分だけ」


 泰斗君は板チョコを丁度半分になるようにポキッと割り、自分の手に残った方を僕に渡した。

 板チョコを割るのが趣味なのかと思ったら、僕の持っていたやつが取られた。


「間接キスって言葉知りません?」


「知ってるので謝りますっ」


 僕と泰斗君のチョコを齧るタイミングが重なった。


「で、何を推理してたんです?」


「簡潔に言うと、菊田が教団員でした」


「えっ!?」


 泰斗君は衝撃を受けたみたいだ。無理もない。


「でも計画は変更しないよ。終わった後で、蹴る」


「は、はい……」


 チョコ美味しい。

 未来のチョコは銀紙から無限に生まれたりするのかな。


「あのー霊戯さん」


「ん?」


 泰斗君が真面目な顔で言った。


「どうして霊戯さんは、何でもかんでも勝手に進めちゃうんですか?」


 何でもかんでも、か。

 確かに、言われてみればそうだ。

 探偵やり始めた時はこんなでもなかったけど。

 どこで…………。


 …………あ。


「……ぷっ、ふふ」


「俺は結構真面目な話を……」


「ああ、わかってるよ。ごめんね」


 思わず吹き出しちゃったけど、抑える。

 真面目な話は真面目じゃないと、だよね。


「多分僕の癖だよ」


「変な癖」


「うん、そりゃあもう、変な癖」


 そうだ、あの時からだ。この変な癖がついたのは。

 勝手に進めないと失敗してしまう"あの事"があったから。

 その時、そうしなきゃと勝手に進めたから。


 泰斗君はそれ以上言及してこなかったので、僕も何も話さなかった。



*****



 俺は今日、霊戯さんと変な話をした。

 変な癖の話だ。


 何でもかんでも勝手に進める癖とは、そりゃあもう変な癖だ。

 ところで、霊戯さんは突然吹き出したりニヤニヤしたりすることがあるけど、それも癖なんだろうか。


 まあ探偵だし。

 探偵というのは一癖も二癖もある生き物。

 変な癖だってあるんだよ。


 俺は独り納得し、戯れているエルミアとラメのところに向かった。


 そういえば、霊戯さんの"戯"って戯れるって字だな。


 ……どうでもいいや。

第73話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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