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第72話 勝手に進む計画

 プルルルー。


 ゼリーの鳴き声が響く。

 俺のスマホが震えている。


「何だよこんな朝に……」


 俺は兎に負けてしまう世界線の亀くらい遅い動作でスマホを手に取る。

 最近……といってもほんの数日だけだが、敵にも会わず、平和な生活をしていた。

 蓄えられた疲労が解放され、現在午前九時半、そんな時間まで布団を満喫していたのだ。

 だから俺はのっそり動く。

 もう皆んな起きて下に居るし、誰かに何かを言われることもない。


「はい、もしもし」


『私だ』


 声の主は冬立さん。

 俺、この人に連絡先教えてないんだけど。

 さては霊戯さん、アンタの仕業だな。


 俺は体を横に倒し、スマホを耳に当てる。

 手は離す。

 これが俺の編み出した「ノーハンドコール」だ。


「どうしてわざわざ俺に掛けてくるんです? もしかして俺に惚れちゃいました?」


「他のヤツよりマシなだけだ。そんな事より、確認してほしいことがある」


 ちょっとした冗談を挟んだつもりだったのに、あっさりと流された。

 それどころか、冬立さんの声からは焦った気持ちが読み取れる。


「……何を? てか、何があったんです?」


 俺は恐る恐る尋ねる。


「例の書き込みが……削除されていた」


 俺の目は一瞬で覚めた。

 胴を捻り、スマホを布団の上に落とす。


「本当ですか? 間違いなく?」


「それを確かめるために掛けたんだ」


 俺はそれを聞くなりパソコンへ走る。

 URLは冬立さんがメモしていたので、片耳で把握して打ち込む。


「……無い」


 ページを隈無く探しても、話に聞いた書き込みは見つからない。

 警察が動いて削除したなんて報告は受けていない。


 なら、答えはただ一つだ。


「やられたのか……」


 きっと、絶対、教団の仕業だ。そうに違いない。

 行動が大きくなく、力もなく、事を広めるつもりもない隠し捜査本部の人達は殺されずに済んでいる。

 だが、積極的に事を広めようと動く人を野放しにする理由は、奴等にはない。

 しかも、調べずとも住所が載っている。そこまで辿り着くのは困難だったように思えるけど。あんな空き教室の掃除ロッカーの裏のコバエの死骸みたいな書き込みをよく見つけられたもんだ。

 しかし見つけてしまえば、さぞ始末しやすかったことだろう。


『そうなるな』


 冬立さんは電話の向こうで落ち着いた。


「霊戯さんにも伝えます!」


『ああ。……ああそれと、私はもうすぐ出る』


「はい」


 俺は電話を切った。

 冬立さんは元々、今日こっちに来る予定だった。

 色々と話し合うのに丁度良い。



*****



 俺が霊戯さんに例の事を伝えると、非常に澄ました顔で対応された。


「じゃあ交渉成立だ」


「へっ?」


 俺は直角を作る勢いで首を傾げた。

 意味がわからなかった。

 俺は書き込んだ奴が恐らく殺されたという話をした筈なのに、霊戯さんは何者かとした交渉が上手くいったと喜んでいる。

 本当にどういうことなんだ。


「変な顔だね」


「……変な顔せずにいられませんよ」


 俺を変な顔にした張本人が笑う。

 一秒でも早く説明してくれないと、もっと変な顔になるぞ。

 大体交渉って何だよ。

 いつ、誰と、何を材料に?

 この人はまた俺達に知らせず作戦を実行したのか?

 報連相をしてくれ、報連相を。


「まあまあ。冬立さんが来るだろうから、その時にちゃんと説明するよ」


 霊戯さんに宥められ、ひとまず朝食を摂れと言われた。

 そういえば俺、さっき起きたんだった。



*****



 冬立さんが来た。

 全員が集められる。


 ラメは冬立さんに会えて嬉しそうだった。

 冬立さんの方も、愛想を尽かされたわけではないと判って安心していた。

 心を落ち着かせた冬立さんに愛撫されるラメは子猫みたいで可愛らしかった。


 ……はい、切り替える。

 今注意すべきは可愛いものより怖いもの。

 霊戯さんの笑顔はこういう時に怖くなる。

 たとえそれが自分の身の危険に直結しないと理解していても。


「さっき泰斗君から伝えられたから皆んな知ってると思うけど。冬立さんが発見したというネットの書き込みが削除された」


 ゴクリと唾を飲む。

 手を手で揉んで緊張を和らげる。


「これは一大事だ。先を越されたとしか言いようが無い…………」


 あれ、さっきと言ってることが違う。

 と思ったら、霊戯さんはバッと両手を上げて立ち上がった。


「ってね! いやぁ、普通に上手くいったよ! 良かった良かった」


 妙にテンションが高い。

 その笑顔だけでいえば、賞金アリのビンゴが揃った時と同じだ。


 それとは対照的に、他の皆んなは不思議なものを見る目をしている。

 俺もその一人だ。


「羽馬にい、どういうことだ……?」


「うん。順を追って説明するね」


 霊戯さんはいきなり静かになって座り直した。


「警察の木坂さんと紅宮さんに協力してもらって書き込んだ犯人を調査していると話したね」


「ああ、言ってましたね」


 俺は冷静に頷く。

 自分も調べてみようと思ったけど動画に夢中になって中止したことは隠す。


「一応前の会議に参加していた人、という風に限定はできるものの、特定となるとすぐには難しい」


 それもちらっと言っていたような言っていなかったような。


「そこで思いついたのが、『餌を使って交渉作戦』」


 霊戯さんはピンと人差し指を立てた。

 餌を使う、なんて事もするのか。人か?

 人なら、霊戯さんはそういうのはしない人だと思っていた。


「餌だと?」


 冬立さんの眉がピクリと動いた。

 まさか彼女が想像しているであろう外道な行為には及んでいないだろう。

 そう信じたい。


「そうそう。木坂さんと紅宮さんに頼んで、『貴方が異世界についてネットに書き込みをしたのなら中をお読み下さい』という文言を添えた手紙を会議に参加した全員に送ったんだよ」


 そう言うと霊戯さんは立ち上がり、棚から一通の手紙を出して見せた。


「これ試作品」


 その手紙には確かに、先程霊戯さんが言った通りの言葉が記されている。


「中には何が書かれているのですか?」


 咲喜さんがそう尋ねると、霊戯さんは「開けていいよ」を手で表した。

 開けてみると、一枚の紙が入っていた。


『私は貴方と同様に、異世界という未知の存在を危険視しています。

 そこで提案なのですが、大規模な投稿サイト等SNSの様々な場所に書き込みをしてみてはどうでしょうか。

 貴方がそれをするのならば、私も協力します。二人で協力すれば、異世界人など怖くありません。

 こちらは私の電話番号です』


 その後に電話番号が書いてあった。

 知らない番号だ。少なくとも霊戯さんのものではない。


 電話番号は一旦置いておいて。

 俺達はこの文章を読むと、すぐに驚きの感情を外面に出した。

 調査は中々難しいと言っておきながら、その裏では別の計画を進めていたのだ。


 そして、その事も勿論だが、計画の内容にも驚きを隠せない。

 この内容の手紙を送れば、事態は寧ろ悪化する。

 この人の書き込みは瞬く間に教団に見つかり、速攻で始末される。

 いや、始末された。

 始末される可能性の高くなる行為を促したのだ。

 この霊戯という男は。


「な、何考えてんだよ! これじゃコイツが死んで終わりじゃねぇか!」


 透弥が焦りつつ霊戯さんを責める。

 しかし、霊戯さんに悪者のような扱いをすることはなかった。

 これまでに築いた絆からだろうか。


「待って待って。計画にはまだまだ続きがある。それを聞けば納得してもらえる筈だ」


 霊戯さんはそう言って、計画の続きを語り出した。


「こんな感じで広めさせれば、当然教団の人が向かうわけだけど。その前に、ちゃんと書き込みましたよという話をするでしょ?」


「そうですね」


 俺はまだ冷静だ。まだ冷静に頷ける。

 多分霊戯さんは、今回もまたとんでもない計画を実行しているんだろう。

 すぐに突っかからず、ゆっくりと話を聞くべきだ。

 霊戯さんだってそれを理解しているからこそ、「順を追って」と言ったんだ。


「この電話番号は紅宮さんのものなんだ。そして、そこから動き出す」


 霊戯さんは紙を仕舞った。


「その時、紅宮さんは彼にこう言う。『私は貴方を嵌めた。すぐに殺し屋が貴方の下にやって来るだろう。死にたくなければ、今から私の言うことをその殺し屋に伝えろ』」


 体が震えた気がする。

 完璧に嵌めているからだ。

 そこからどうするんだ、その計画。


「殺し屋がやって来ました。そこで彼は、紅宮さんに従って、ヴィランかその仲間にこう伝える。『エルミア達が、あなた達がもう一人の異世界人を捜索しているのはわかっているから、一旦協力して探そうと言っている』」


 一旦協力し、異世界人を探す。

 それはつまり、ラメに出会ったことを隠し、仲間にできる異世界人を探そうとしている体で話を進めるということだ。

 そうやってヴィラン達を騙すということだ。


「『エルミア達は仲間になれそうな異世界人を見つけられる。あなた達は怪しい計画を先に進められる。自分はその橋渡しとなるので、殺さないでくれ。どちらにも利益があるので、了承してほしい。了承してくれるなら、自分の全ての書き込みを削除することで向こうに合図する』とね」


 計画の内容を理解し、一同は落ち着いた。

 その様子を見た霊戯さんは、「まだある」と言って話し続ける。


「数日間、僕らの方で探してみる。……あ、これ勿論嘘ね。で、それでも見つからなければ、立てこもり事件を発生させる。その事件の報道で異世界語の指示を出すんだ。そうすることで異世界人を自由に操れるので、適当な場所に行くよう指示し、ヴィランにはエルミアと異世界人が集まるところを眺めてもらう」


 霊戯さんはテーブルに手を置いた。


「これが計画の全容だ。この計画で、『教団は異世界人とエルミアを会わそうとしてるけど、ずっと監視するわけにもいかないから定期的にやって来ちゃう問題』と『ネットの書き込みをなんとかしたい問題』を解決できる。僕達は前進できるんだ」


 霊戯さんはキメ顔をした。



*****



 話が長かったので、ちょっと考えながら纏めてみよう。

 俺も頭がおかしくなりそうだったから。


 まず、大きな問題は二つあった。


 一つ目。

 ヴィランは俺とエルミアに意味深な質問をするなどして異世界人と出会わせようとしている。

 そして、偶然にもその異世界人――ラメと出会った。

 しかしヴィランはその事を知る術を持たない。

 そのため定期的にここに来るので、俺達はその都度戦うことになってしまう。

 どうにかして知らせ、俺達と教団との戦いを次の段階に進ませたい。

 でもラメと出会ったことをすぐに知らせると、ヴィランはその日の内にでも殺しにくる。

 それは困る。準備したり罠的なものを仕掛けたりする期間と場所が必要だからだ。


 二つ目。

 ネットに書き込みをしたどっかの誰かを特定し、書き込みを削除させる。

 できれば犠牲を出したくない。

 警察の、前の会議に出席した者、まで絞れても、すぐに特定はできない。

 特定は教団が始末するより後になってしまう。


 この二つの問題を解決するのが、この計画。

 「餌を使って交渉作戦」だ。

 内容を順番に理解しよう。


①木坂さんと紅宮さんが疑わしい人物全員に、犯人しか読むことのない手紙を送る。


②教団の目に付くくらいに書き込みをするよう、手紙で催促する。


③書き込みが完了した後で、利用した事をバラして、従わなければ敵に殺されてしまうと通達する。


④餌を介し、「異世界人を探してみる。見つからなければその餌を人質として立てこもれ」、加えて以後の事を伝える。餌の書き込みを削除することで交渉の了承の合図をしてもらう。ラメはもういるので当然全て嘘。これで時間を稼ぐ。


⑤立てこもり事件の報道で、異世界語を使って場所などを指定し、異世界人を誘う。これで場所を決められる。決めるのは相手だが、不都合な場所になりはしない。


⑥異世界人とエルミアが指定された場所で出会う。ヴィランはその様子を遠くから見ている。


⑦二つの問題が解決する。


 こういうことだ。

 相変わらず、霊戯さんは末恐ろしい。

 俺は頭から煙を出しかけながらも、この作戦を考えた彼に感心した。

第72話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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