第7話 異文化交流
「泰斗君、信じてたのにぃ……」
そうじゃないんだけど……。
着替えを見てしまったのは決してそういう邪念は無く……と言いたいところだが、性的な挿絵入りのラノベを取り上げようという邪念はあった。
「本当にごめん! でも裸を見たいとかそういうわけじゃなかったんだよ」
俺としては事実を述べているのだが、エルミアはどうにも信じていなさそうだ。
なので俺は掛け布団を身体に巻き付け、クローゼットの反対方向を向いた体勢で腕ごとベルトを巻いた。
「ほら、これでもう見れないから」
一応顔だけ振り向くことはできるが、そこは彼女に信じてもらうしかない。
「次見たら本一冊燃やすからね! 魔力が元に戻ったら」
お前を燃やす、なんかよりもリアリティがあって怖いな、その脅迫。
でも魔力って時間経過で戻るんだな。異世界人と現世の人は身体の構造から違うようだ。
暫くしてエルミアが着替え終了の合図を出した。これでラノベ焼失は回避した。
俺とエルミアは布団に入り、「おやすみ」の挨拶をして目を閉じた。
……が、眠れない。
今日の内……もっと言えば一時間の内に色々なことが起き過ぎた。
まだ頭で情報を整理できていないし、これから先何があるのかと思うととても眠れる程に心が落ち着かない。
「眠れない?」
隣から囁かれた。耳を撫でるような可愛らしい声で。
「うん……」
ぎこちなく答えた。
会話の様子だけ切り取られたらカップルだと思われそうだが、きっと彼女の方は俺に対して恋愛的な感情は抱いていないだろう。
俺は眠れないなら子守唄を、みたいな甘い展開を望んでるけども。
「眠れないときは面白い話を聞くと良いんだよ。お母様もそうしてくれた」
面白い話、かあ。
異世界はここで聞けないような出来事もあるだろうし、聞いてみても良いかもな。
「じゃあ異世界の伝説とか聞かせてよ。俺そういうの好きなんだ」
「……じゃあ、モルモスの三予言の話しようか」
モルモス……異世界の予言者だろうか。ノストラダムス的な。
1999年に世界が滅びることはなかった。故に予言なんて下手に信じる人は少ない。
しかし異世界は、予言や迷信が大事にされていそうだ。
「まず一つ目ね。『大海に眠りし青き瞳のエンシェントドラゴン、惨憺たる姿に成りて天へ飛び立たん』」
それっぽいのが来た。
「エンシェントドラゴンっていうのは、海底に封印されている青い瞳と青い鱗が特徴の竜」
丁寧な解説ありがとうございます。
エンシェントドラゴンってRPGとかで登場するような奴だよな。
……しかしエルミアの言う通り、話を聞いていたら眠気が襲ってきた。
興味のある話をされると不安事を忘れて落ち着けるということなのだろうか。興味があるなら寧ろ目が覚めそうな気もするが。
瞼が開閉を繰り返し、エルミアの声が遠くなっていく。
「次に二つ目……」
彼女が続きを話し始めたところで、俺の記憶は完全に途切れた。
*****
次に目を覚ますと、俺は窓から差す光に身を焼かれていた。朝だ。
隣にエルミアが座っている。布団は早い内に片付けたようで、部屋の隅に折り畳んだ状態で置いてある。
「泰斗君おはよう」
目覚めた直後に美少女と挨拶を交わせるとか最高か?
俺も「おはよう」と返し、目を擦りながら布団の片付けをした。
それを終えると、エルミアが若干の躊躇いを見せつつ俺に聞いてきた。
「この家、お手洗いとお風呂ある?」
彼女の一言で思い出した。俺達は風呂どころかトイレにすら行かず寝てしまっていた。
意識すると身体が少し臭うような。臭わないような。
その後俺はエルミアにトイレと風呂の場所、加えて使用方法を説明した。
彼女はその説明に大層驚いていた。
きっと異世界には電気の概念が無いのだろうと思う。彼女からしてみれば、トイレの流水も風呂のシャワーも見るもの全てが画期的な技術ってことだ。
俺は人に何かを教えた経験が無いので、エルミアに色々と教えるのにも一苦労だ。
文化の違いって恐ろしい。
エルミアを異世界に帰すにはまだまだ時間が掛かりそうだから、俺はエルミアの件と関係があるだろう謎組織の調査と並行して現世の案内も進めることにした。
というか、そっちを優先して行わなければ今後の活動に支障が出かねない。
トイレと風呂は教えたので、次は食料品について教えなければ。
俺はエルミアが入浴している間に、リビングに用意された朝食を「部屋で食べる」とだけ母に伝え、自室へ運んだ。
流石にこれだけだと二人分は賄えないので、こっそり惣菜パンとジュースを盗んで持ってきた。
エルミアが風呂から上がって部屋に戻ってくると、顔が赤くなっていた。長く浸かっていたからだろう。
「この世界のお風呂って凄いんだね! 薪も魔法も無いのにお湯が熱くなってく……」
それ、浴槽に浸かったまま肩とかでボタンを押して温度が上がったんじゃないか?
彼女は感動していたが、いつかのぼせて倒れないかと心配になる。
「多分ボタン押しちゃってるぞ、それ」
「ええっ、そうなの!?」
慣れない風呂だし、仕方ない。
「まあ、俺も時々やるし気を付ければ大丈夫だよ。それより朝食を持ってきたから食べよう」
俺は軽く励まして話題転換した。
俺もエルミアも昨日の九時から何も食べていないので、俺は勿論エルミアだって空腹なんじゃないかと思う。
部屋に持ってきたのは白米と味噌汁、目玉焼きに惣菜パンとオレンジジュースだ。
エルミアは朝食を前にして目を輝かせ、口をポカリと開けている。
惣菜パンやオレンジジュースはまだしも、白米や味噌汁なんかは異世界にありそうな物じゃないもんな。
「た、食べていい?」
エルミアは恐縮そうに言う。
俺が「いいよ」と合図すると彼女はまず白米から手を付けた。
異世界人の口に白米が合うのかと思ったが、そんな不安は一瞬で消えた。
「美味しい! 私の世界にはこんな食べ物無かったよ!」
エルミアは一口、また一口と白米を口に運んでモグモグと噛み締めている。
俺も彼女に続いて惣菜パンを食べ始める。
すると彼女が、
「私の家は、食事は健康第一に考えられていて、好きな物は殆ど食べさせてもらえなかったの。でもこの世界なら色んな物を食べられそう」
やっぱり王族となると食事も厳しいんだな。
健康も大切なことだけど、こう話されると可哀想になる。
「じゃあ今度、もっと美味しい物を買ってくるよ」
「やった!」
エルミアは普通に会話しているとき、タメ口とはいえどこか気品のある喋り方をしている。
だけど、喜ぶときだけ気品は無くなって子供のようになる。
その姿がなんとも可愛らしいくて、俺の心に思いっ切り刺さる。
出会って一日にも満たない俺の考えが、彼女への評価に値するかは分からないけどね。
俺とエルミアが食事を終えたので、俺は食器とゴミを片付けに部屋を出た。エルミアに「自分で片付ける」と言われたが、母にバレるかもしれないと説得した。
「今日はどうしたの? 食べる量が多いけど」
まあ、普段は出された分しか食べないから疑問に思われるのは回避不可能か。
「今日は腹減ってたんだよ」
俺はまた適当に誤魔化して、そそくさと部屋に戻った。
すると、何があったかエルミアは剣を握っている。
剣と言っても全体が焦げた茶色で木刀に近い見た目をしている。結構長い。
「いや、どうしたんだよそれ!?」
俺が仰天するとエルミアが慌てて答える。
「驚かせちゃってごめんね。魔力が少し回復したから火属性魔法と土属性魔法を組み合わせて作ってみたんだよ」
土属性魔法と火属性魔法……ということは、土で造形し、火で固めたのだろうか。
「土を火で固めて、魔力で強度を高めたの。泰斗君がまたあいつらに遭遇したとき、これがあれば戦えるでしょ?」
とのことらしい。
昨日使ったような短剣ならまだしも、俺は剣道やってるわけじゃないし、これを上手く使いこなせないだろう。
だが、折角作ってくれたので有り難く受け取るべきだ。
「ありがとうエルミア、大事にするよ」
うお、意外と重いんだな剣って。
土製だから軽いものだと予想していたが、結構な重さだ。しかも硬い。
「良かった、喜んでもらえて」
エルミアも嬉しそうだ。
「というか、魔力って数時間でこんなに回復するんだな」
「うん、あと一日あれば元通りになるんじゃないかな」
それならまた奴等に遭遇してもなんとかなりそうだ。
俺もこの剣があるし……
「ん?」
手元の剣をよく見ると、雫の形に窪んでいる部分があった。
「この窪みって?」
「ああ、それはね……」
エルミアは話しながらポケットに手を入れ、赤い魔石を取り出した。
俺が剣を持っている方の手を取り、その魔石を窪みに嵌めた。
随分と収まりが良いようで、傾けたり窪みを下に向けても魔石は落ちない。
「この魔石が剣に火の力を与えてくれるの。魔法が使えない泰斗君でも、意識を集中させれば剣を媒体に魔法攻撃できる……筈」
おおお! つまりエルミアの魔力を予め魔石に入れておけば、俺も剣から炎を出して戦えるということだ。
とはいえ、今はエルミアに魔力が無く魔石にも魔力を込められないので、俺が異世界的なスキルを使うには少し時間がかかる。
早くやりたい。
「魔法攻撃って、具体的に何ができるんだ? 斬撃を飛ばすとかもできたりする?」
炎の斬撃を飛ばして遠くの敵をズバッと斬るアレ。俺にもできるならいつかやってみたい。
「それは……練習すればできるかも」
彼女の曖昧な反応を見るに、意外と異世界ではできる人が少ないのかもしれない。
ただ、習得できる可能性があるなら毎日の練習に励んでみたい。
エルミアと話しているとぐんぐん夢が広がっていく。「異世界」は俺に限度無き可能性を与えてくれる。
俺はその可能性をモノにできるのだろうか。
第7話を読んで頂き有難う御座いました!
今回のような日常……という程日常でもない回は時折挟もうと思います。
次回もお楽しみに!