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第69話 合わない調子

 まさか女性研究者(29)と家で二人きりの留守番をすることになるとは、引きこもり中には思ってもみなかった。

 いや、美少女と同じ屋根の下で暮らす妄想は何度もしたけど。

 その妄想が現実になってくれた今、大人な女性と二人、なんて妄想はしない。

 ていうか、その妄想はする前に現実になっちゃったんだけど。


 別に俺は冬立さんを嫌ってるわけじゃない。

 好き嫌いが決定する程の付き合いでもない。ついさっき知り合ったばかりだ。

 とはいえ、冬立さんと二人きりで過ごすのは、何というか、辛い。


 エルミアに霊戯さんに透弥に咲喜さんに。

 皆んなとも普通に会話していたから気にしなくなってたが、俺はコミュニケーションが苦手だ。


 エルミアはあっちから気楽に話してくれるから楽。

 霊戯さんは変に気を遣う方が馬鹿みたい。

 透弥は適当でも何とかなる。

 咲喜さんはするっと流れる雰囲気。


 周囲の人達に恵まれただけなのに、俺はいつしか自分のコミュニケーション能力が飛躍的に上昇したと勘違いしていた。

 現に俺は今、何とかして雰囲気を和らげたいのに、一言も発せないでいる。

 冬立さんは、俺が親睦を深めるにはちょっとクールビューティ過ぎる。


 けどやっぱり、何でもいいから話したいな。

 この際今日の天気でも、バラエティ番組の話でもいい。

 と思ったけど、冬立さんはバラエティ番組なんて観なさそうだ。

 この時間じゃニュースか、学校を休んだ日に何故か観てしまう教育番組くらいしかやっていない。

 突然バラエティ番組の話題を出すのも変だ。

 じゃあ天気か。


「……今日は良い天気ですね」


「…………そういうことは外で言うものだろう」


 冬立さんは小難しそうな本を読みながら、無関心な声音で答えた。

 一応答えてはくれるものの、その内容は俺が透弥を軽くあしらう時と同レベル。

 つまり彼女は俺という人間にあまり興味は無いということだ。


 酷いなあ。

 大体何読んでるんだよそれ。

 海外のサイエンスが論文で何とかみたいなやつか?

 気になるけど、表紙を覗くような姿勢になると不審がられちゃうし……。

 でも研究者だし、多分そういう系を読んでるんだろうな。


 そうだ、研究者だ。

 仕事の話なら彼女ももう少し興味を示してくれるんじゃないだろうか。


「冬立さんって研究者なんでしたよね?」


「ああ、そうだが?」


「仕事、楽しいですか?」


「……大学に在籍していた時よりはマシだな」


 へえ、そうなのか。

 大学も楽しそうなもんだけど。

 と、高校を中退した奴が考える。


 そういえば冬立さんは俺が学校に行かないことに言及してこないな。

 生き方の多様性に理解のある人なのか、それともやっぱり他人の勉強とか将来とかには興味が無いのか。


「何だ、研究職に興味があるのか?」


 俺のこと聞いてくれた!

 相変わらず読書しながらだけど!


「なろうとは思わないですけどね、そういうのロマンがあるっていうか……」


 俺の口調は軽くなった。

 すぐ調子に乗るのは俺の悪い癖だ。


「というかそもそも、今から勉強しても無理でしょうし」


「そんなことはない。異世界人が現れる世界だ。有り得るぞ」


 元気が出ること言ってくれるなー。

 やっぱ優しいとこあるー。


 ……ってなると思ったか。

 遠回しに俺のこと貶してるだろそれ。


「それ、有り得ないって言ってるようなもんじゃないですか」


「いいや?」


 冬立さんは目線を本に向けたまま、抑揚のない声で言った。

 とても応援のセリフが真逆の解釈をされた時の反応には思えない。


 まあ、いいか。

 彼女も俺を心の底から嫌ってはいないだろう。

 ちょっとした冗談だ。多分。

 そうとするなら、大分マシな雰囲気になった筈だ。

 目標は達成された。



*****



 適当にスマホを触って時間を潰していたら、冬立さんの様子がおかしくなっていることに気付いた。

 本は閉じられ、テーブルに置かれたまま。

 そして冬立さんは背もたれにもたれかかっている。


 俺はちょっと心配しつつ、張った胸をガン見した。

 性格はエルミアのが良いけど、体なら冬立さんだ。

 組み合わさったら最強だな。


 俺が熱い視線を送っていると、彼女はそれに気付いた。

 そして、細い目でギロっと俺を睨んだ。


「……これは偏見だが、お前くらいの年齢の男は女の体を見た瞬間に脳内で水着を着させる。違うか?」


 俺が胸をガン見していなければ、これも一つの冗談として捉えられただろう。

 しかし俺は彼女の胸をガン見してしまった。

 彼女の口から黒い吐息が出ている幻覚が見える。


 水着は着させていない。うん。

 でもエルミアの胸がこれくらいになったら、というのは考えた。

 あれ? こっちの方がキモい?


 とにかく謝ろう。

 どっちの方がキモかろうと、俺がエロいことを考えていたのは事実だ。


「本当に、申し訳、ございませんでした」


 誠心誠意頭を下げた。


「……言っておくが、私は不純なものを見るよりクモの脚をロウソク代わりにしたケーキを見る方がマシだと思っている人間だ」


 冬立さんは仰け反った体を元に戻し、再び俺を睨んだ。


「今もかなりイラついた」


「…………はい……」


 俺が悪いんだ。

 思春期を言い訳にしては駄目だ。

 素直に反省して、妄想と想像だけで我慢しよう。

 決して舐めるように見てはならない。


「はぁ…………お前といると疲れる」


 地味にキツい言葉を、マジで疲れた顔で言われた。

 俺は手を合わせ、もう一度謝った。


「本当にごめんなさい。エロい目で見てたからですよね……」


「それもあるが……。さっき無理に話そうとしていたからな」


 えー。

 仰け反ってたのはそれが理由か。


「嫌でした?」


「嫌というか、意図が解らない」


「仲良くしたかったので」


「私と仲良くしたところで何も生まれないぞ」


 何て返せば良いのかわからないことは言わないでほしいな。

 相手の気持ちも考慮してくれ。


 俺が頭を掻きながら困っていると、冬立さんは立ち上がった。


「あ、そうだ」


「ん?」


 冬立さんは何か思いついたようで、俺の方に歩み寄る。


「仲良くしたいのなら、私の質問に答えてくれ」


「そ、それくらいお安い御用です」


 俺は何を聞かれるのかと怯え、両足を揃えた。


 一体何を聞かれるんだ。

 一体何をされるんだ。

 俺はどうなってしまうんだ。


 俺のそんな不安は、完全な杞憂に変わった。


「この家にココアはあるか?」


「……え?」


 唐突で意味不明な質問だ。

 ココアって飲み物のことだよな。

 何故(なにゆえ)


「夏にココアですか?」


「ああそうだ。私はココアを飲まないと死ぬ」


 冬立さんは「ドンッ」という効果音の似合う顔面を俺に見せつけながら、文の構造だけはどこかのヒーローっぽいことを言った。


 ココアを飲まないと死ぬとは、奇妙な体だな。

 それが真実なら、この人は自分の体についての研究をすべきだ。

 あれ、もしかして、急に様子がおかしくなったのはココアを飲んでいない所為なのか?


「……ちょっと確認してきます」


「頼む」


 俺は困惑しながらも彼女に従った。



*****



 ココア発見。


「ありましたよ!」


「本当か!」


「はい。俺作りますね」


 俺は冷蔵庫から牛乳を取り出した。


「いや、私がやる」


「あ、はい」


 牛乳を取り上げられてしまった。

 分量とか譲れないところがあるのかもしれない。


「お前も飲むか?」


「俺は遠慮しときます」


「わかった。一杯だな」


 あれ。

 会話のキャッチボールがなってないぞ。


 まあ、いいか。

 ココア一杯くらいなら。



*****



 冬立さんはココアパウダーの袋を開けて言った。


「ココア=命だ」


「そーなんですね」


 俺は呆れていた。

 つまりなんだ、血管を通ってるのはココアだって言いたいのか。


「ほら見ろ泰斗。"生"と"死"が、絡み合ってゆく……」


 冬立さんは狂ったような目つきでココアを掻き混ぜている。

 生と死はミルクとパウダーのことなんだろうけど。

 怖いよこの人。


 俺はぐるぐると素早くココアを掻き混ぜ、一気に飲み干した。


「あっつ!!」


 口内と喉が暖炉の中のように熱くなって吹き出しかけた。

 飲み込んでから叫んでよかった。


「馬鹿だな。ゆっくりと味わえば良いものを」


 冬立さんはそんな俺を見て、ズズズと茶を飲むようにココアを味わっていた。

 なんかムカつく。

 俺だって冬の寒い日だったらもっと味わって飲んださ。

 でも夏にココアは飲まない。

 ホットミルクすら飲むことないぞ。


「あなたみたいな人はココアよりコーヒーのが似合いますよ」


「コーヒーは苦い」


「角砂糖突っ込めばいいのに」


「それでも私はココアを飲む」


 ココアにご執心だ。

 ココアかと思ったらコーヒードッキリとかしたら本気で殺しにかかってきそうだな。

 最早宗教なんじゃないか。

 その内「ココアを飲めば結婚確実、老後安泰、叡智獲得」とか言い出しそうだ。


「社会の教科書の『三大宗教』が『四大宗教』に変わる日も近いですね」


 俺はスプーンをゆらゆらと揺らし、何か持ちたい欲を解消している。


「望むなら一般常識だ」


 指に摘まれて揺れていたスプーンは、カランと音を立ててコップの内側に落下した。



*****



 エルミアとラメが散歩から帰ってきた。

 どこで買ったんだかラメは猫耳になっていた。

 エルミアの方はご機嫌だ。

 俺は何があったのかとエルミアに尋ねた。


「白龍様の飾りがあったんだよ!」


 エルミアはルンルンした表情で小さなキーホルダーを俺の前に突き出した。

 多分何のキャラでもないやつ。

 恐らく、異世界にはコイツによく似た白龍という生き物がいるんだろう。

 で、違うとは思いつつも折角だから買ってきたと。


「コンビニで買ったの?」


「うん」


 様を付けるくらいには伝説的な生き物の飾りがコンビニなんかに売ってるわけないのに。

 カッコイイを連呼しながらカードゲームのパックを買ってくるよりいいと考えとくか。


「まあ、よかったな」


「うん……でも、これってどこに飾るものなの?」


 札の記載も言葉もわからないのは仕方のないことだが、何で飾り方も知らない物を買っちゃうんだ。

 俺でもしないのに。


 けど、エルミアが嬉しそうだし許してやろう。

 そうだな、どこに付けたら良いか。

 エルミア的にはお守りっぽいし、外出時に持ち歩くバッグとかかな。


「色々あるけど、バッグが良いんじゃないかな」


「バッグね、わかった!」


 エルミアは早速二階に上がる。

 俺は引き止めた。


「おーい、付け方は?」


「多分わかる」


 エルミアは手紙セットをプレゼントされた少女のようだった。


 ラメは冬立さんの前でぴょんぴょん跳ねている。

 どっちも可愛い。



 その日は何事も無く終わった。

2021年最後の投稿です。


エルミアの国では、年末最後の夜に独特なマークを書いた紙を燃やす文化があるそうです。魔法で燃やすとより良いのだとか。


第69話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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