第66話 もう一人の異世界人
ヴィランとその他三人は早々に退散。
そして、ギルカンは死亡し、シャーレは去った。
残ったのは俺とエルミアとよく分からない赤い花だ。
シャーレが魔法陣の中に消えて、もう二分は経った。
なのに、俺もエルミアも黙ったまま、お互いの無事を確認することすらしない。
罪悪感があるからだ。
ギルカンを殺し、嘆くシャーレの姿を見た。
そのことは、俺達の精神を傷つけた。
俺よりもエルミアの方が、その傷は深いだろう。
俺は直立しているだけだった。
しかしエルミアは、ギルカンを殺した張本人。シャーレには堂々と殺す宣言をされた。
彼女の中にある罪悪感は、俺のそれよりも何倍か濃いものの筈だ。
「エルミア……えっと……」
言葉が出てこない。何か言ってあげるべきなのに。
いや、出てきてはいる。でも、それは言ってはいけない。
「エルミアは悪くない」、これは絶対に言ってはならない事だ。
悪いものは悪い。悪くないと、そんな責任から逃れるような考えは捨てる必要がある。
透弥の言ったことの意味が、実感となって俺を襲っている。
どんな理由があろうと、人を殺した者は罪人となる。
教団を打ち倒すのは、俺達からしたら正義だし、ギルカンを殺す行為だって、生きるために戦うという考えに基づいている。
でも、そんなものは関係ない。人を殺すことは、等しく罪なのだ。
エルミアに掛ける言葉が出てこない。
俺が口をパクパクさせていると、エルミアの方が言葉を発した。
「大丈夫だよ泰斗君。私も、ちゃんと分かってるから」
エルミアは安心とも不安ともとれる表情を俺に向けた。
「……あ、ああ」
俺はエルミアの顔を直視できず、やや目を逸らして頷いた。
さあどうしようか、となったところで、公園の外に三つの人影が見えた。
何者かと疑う余地もなく、人影はこちらにやって来て俺に自分達の名前を確信させた。
霊戯さんに、咲喜さんに、透弥。
見慣れた三人が、足早に俺達を迎えに来た。
「大丈夫かい、二人とも!」
「……はい。もう、エルミアのお陰で楽勝ですよ」
俺はそう言って、エルミアの背中をポンポンと叩いた。
ちゃんと仲直りしたよってのを示しておかないと、透弥がキレかねないからな。
ボディタッチして、元気な姿を見せれば、透弥でも俺達の関係の変化を理解できるだろう。
透弥は口を噤んだまま腕を組んだ。
さてはこいつ、まだ疑ってるな。それなら俺は……。
と、その時、エルミアは咲喜さんに視線を向けて笑いかけた。
咲喜さんの方は、まるでリレーのように霊戯さんを見て笑いかけた。
霊戯さんは……最初から口元を綻ばせていたが、その口を透弥に向けた。
透弥はただ目を逸らすだけだった。
俺はこのリレーにどんな意味があるのか理解できなかった。
俺以外の全員が意思疎通しているのに、俺だけ入れてもらえないとか……嫌がらせか?
まあでも、多分、悪意によるものではないだろう。
もういっか、考えるの面倒だし。
「で、誰が出た。例の花野郎か?」
目を逸らしていた透弥だったが、俺に向き直って尋ねてきた。
花野郎っていうのは、ヴィランのことなんだろう。呼び方に癖があるな。
「花野郎と、その他五名。その内一人は死にました」
俺は全体に向けてそう答えた。
死んだ奴の名前は、伝えなくていいかな。
「それにしては無事そうですね」
「ヴィランによると、ただの威力偵察だったみたいです。私も実際に彼と戦いましたが、本当に殺す気は無いみたいでした」
「うーん、僕なら団総出で仕掛ける作戦もアリだと思うけどなー」
霊戯さんは冗談混じりな口調でそんなことを言った。
味方のくせにソッチ側みたいな言い方するなよ。
「ま、よかったじゃないですか。お陰で俺もエルミアもピンピンしてますよ」
「だね」
俺が笑ってそう言うと、霊戯さんも同じように笑った。
お互いの安否を確認できたところで、俺はあることを思い出した。
ヴィランが咲かせた赤い花のことだ。
「……あ、そうだエルミア。あの花だけど……」
俺は無数の花を見た。
そうするとエルミアも、気付いたように焦り出した。
「そうだよ、あれどうする? 燃やす?」
「燃やそうとしたら公園が焼け野原になるぞ」
「じゃあ一本一本摘んでくしかないかぁ」
俺とエルミアがそんな会話をしていると。
「ちょ、オイ、何の話してんだ」
透弥に突っ込まれた。
一瞬「何だよ」と思ったが、三人はここで起こった事なんて知らないんだから突っ込まれるのは寧ろ当然だ。
それだけじゃなく、会話の内容は「花について」。花を含む植物を操る奴と敵対している状況なら、何よりも敏感になる話題だ。
その証拠として、三人は不思議、というか不安な顔をしている。
「あ、えっとですね……」
俺は赤い花について説明した。
ヴィランの能力で咲いたこと。
自殺の花とは違うものだということ。
説明することは大して多くはないが、取り敢えず全て教えた。
「じゃあ、吸っても死にはしないわけだ」
「恐らくは……」
「でも取り除くべきだろ」
「それはそう」
と、いうことで、俺達は赤い花を全部摘むことにした。
素手で触れたら何かありそうなので、ビニール手袋を着けて。
ビニール手袋は霊戯さんが常備していた。何でだ。
「何でビニール手袋なんて持ってるんです?」
「一流の探偵だからね」
「どっちかというと犯人側でしょ」
「あはは、言えてる」
霊戯さんは取り出したビニール手袋をヒラヒラと揺らしながら爆笑していた。
探偵だろうと犯罪者だろうと、ビニール手袋ってそんなすぐに出てくる物じゃないだろ。
ほんと何なんだこの人は。
「流石羽馬にいだな」
「流石……か?」
「流石だろ」
「流石ですね~」
「……流石か」
やや納得がいってないけど、流石なんだな。
透弥のこの感じ、ちょっと鬱陶しいようにも思えるけど、それくらいが丁度いい気がしてきた。
……いや、やっぱりないな。
透弥はどう転んでも結局うざい。
ああ、いや、いいんだ。忘れろ忘れろ。
俺は直ちに花を引っこ抜く。
今はそれだけを考えていればいい。
*****
俺は今、しゃがんでポツポツと花を引っこ抜いている。
根っこも残さず抜いた方が良いからと慎重にやってるが、それは結構大変な作業だ。
ネギを栽培している人の気持ちが痛い程よく分かる。
ところで、隣にエルミアがいるんだが。
何か話したいな……。
「ん? どうしたの?」
エルミアはきょとんとした顔で聞いてきた。
「いや、さ。やっぱ……な?」
俺は「わかるだろ?」という風に目と眉を動かした。
「ああいうことは、覚悟しないとね?」
「……その通りだ」
そうだ、覚悟。覚悟だ。
俺もエルミアも覚悟が足りてなかった。
俺達は馬鹿だな。そんな覚悟すらしてなかったか。
殺す殺されるの戦いをしている以上、していて当然の覚悟だ。
そもそも、今までに俺やエルミアが殺した相手の中にだって、誰かを愛していたか、もしくは愛されていた人がいないとも言い切れない。
寧ろいると考えるべきだろう。
なのに、それを間近で見せつけられて漸くそのことに気が付く。
見えていても、見えていなくても、他人の愛や想いを踏み躙っているという自覚は常に持たなければならない。
俺は爪先の面前に生えた花をブチッと引き抜いた。
*****
回収した花は一点に集め、エルミアが魔法で燃やした。
これで公園に被害は生じない。ベンチは数日前に半壊したけど。
公園の周囲にはいつの間にか人が集まっていた。
早朝に何かの爆発する音が聞こえたら、気になるのも仕方がない。
テロとか暴動とか囁かれてたから、俺達は何も無かったと伝えて速やかにその場を後にした。
そして、帰り道。
「にしても、まさかこんな近所に奴らが来るとはねー」
「そうですね」
霊戯さんは何か自分達を殺せない理由があるから、そうすぐに攻めては来ないだろうという考察をしていた。
殺しに来るとしても、もうしばらく経った後だろうと。
それが、威力偵察とはいえ前触れも無くやって来たもんだから、霊戯さんも少々驚いているんだ。
そういえば、ヴィランはエルミアも殺す対象になったって言ってたな。
それでもすぐに殺せないという部分は変わらないみたいだけど。
だとしても、そのことは伝えておくべきか。
「ヴィランによると、私を仲間にする、みたいな計画は頓挫したらしいです。なんでも、教団の存在を隠すこととは別の理由で、私達を確実に殺さないといけないらしくて」
俺が伝えようと口を開きかけた時、エルミアが全く同じことを三人に説明してしまった。
何か特別な理由があるってのは忘れてたな。
「ふぅん、そりゃあまた複雑そうな話で」
「嘘かもしんねーだろ」
「嘘ついてる感じじゃなかったけどな」
そうは言ったものの、確かに嘘という可能性はある。
ただ、わざわざ嘘をつく理由も無いような気がする。
本当のところは分からないけどなあ。
「総攻撃しないのかなー」
「霊戯さん、されたいんですか?」
「まさか。僕マゾヒストでも好戦的でもないし」
前者は違いそうだ。しかし、後者に関していうなら俺は頷く。
霊戯さんは、火の粉が自分の半径1メートル圏内に入ったらガスバーナーを振り回すタイプだと俺は思っているから。
……霊戯さんの性格は置いておいて。
総攻撃という脳筋ながらも割と成功しそうな事をして来ないのは、やっぱり理由があるんだろう。
ヴィランの言葉を思い出してみよう。
俺は顎に手を添えた。特に意味は無い。
『貴方は、自分と同じ境遇に置かれた人物をご存知ですか?』
俺も答えさせられたが、どちらかというとエルミアに向けられた問い。
とすると、「同じ境遇」というのは、現世に召喚された異世界人、か?
どこかにそんな人がいる可能性はゼロではない。
もしかしたら、教団はその人を探しているのかも。
よくよく考えれば、エルミアも最初はただの住宅街にワープしたんだ。教団のやっている召喚術は、場所を選べないのかもしれない。
そんな非効率で不安の残るやり方を選択するとは思えないが、それしかなかったという事もある。
で、エルミアとその人だけ教団員が捕えられなかった、と。
うん、有り得る。
「ん?」
突然、霊戯さんが立ち止まった。
「どうしました?」
「いやぁ、何か気配がしたような?」
霊戯さんは困惑する咲喜さんに対し回答しながら、サラッと振り返った。
後ろに何かいるのか?
まさか、電話という一番のホラー要素を捨てて確実性に全振りしたメリーさんか?
「んー?」
霊戯さんは喉を震わせながら目を細める。
そんなに力を込めて見なくても、ここは身を隠せる障害物なんて無いただの住宅街だ。
どうせ何もいない。気の所為、気の所為。
「何もいないぞ」
「電柱の裏」
霊戯さんはあっさりと正解を口にした。
そうだ、どんな住宅街でも電柱はある。絶好の尾行スポットとして知られる電柱の裏を確認しないとは、俺もまだまだだな。
その点霊戯さんは、流石探偵といったところだな。いや、尾行してる人を見つける能力ってどっちかというと事件の犯人か。
まあいい。
重要なのは、現れた二人の女性だ。
片方は小さい女の子。
アホ毛つきの白い髪が可愛らしい。
水をそのまま服にしたような、そんな不思議でオシャレな服を着ている。
もう片方は大人だ。
金髪で、胸が大きい。大きいとしか言い表せない。
服装は、真っ黒でスポーティなドライパーカー。胸の形がくっきりと浮かび上がっている。
バイクに乗って仕事場に向かいそうな感じだ。てか、バイクが後ろの方に停めてある。
特に見覚えのない二人に、俺は酷く困惑した。
こんな人達に喧嘩を売ったことなんてないし、ネットに何か書き込んだこともない。
けど、俺は直感的に"あること"がわかった。
その直感はエルミアの脳にも現れたようで。
彼女はその少女に近づき、話しやすいように少し腰を下げて尋ねた。
「フォゼ キゥタユ、ウト イゥクル テンペーシー シェルム?」
初めて聞いたエルミアの異世界語。
単語の一つも知らない俺にはリスニングなんてできっこないけど、疑問文だということだけは判った。語尾が上がっていたからだ。
少女は体をびくつかせたが、唾を飲み込んで口を開いた。
「あ……レ、レン。ウト ロレイドゥア、セク エット イゥクル テンペース」
何を言ってるんだこの女の子達は。
そう思いながら呆然としていると、エルミアはこちらを向いて告げた。
「この子、私と同じ……異世界人です」
俺の直観は正しかった。
第66話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




