第65話 青の狂戦士と薔薇の戦士
俺は今、2対2の戦いの最中にいる。
相対する二人は、ヴィラン程の強者には見えない。べべスにも及ばなそうだ。見た目は。
だが、二人で協力すれば俺とエルミアを殺害することもできるだろう、という自信があるに違いない。
撤退せず、二人だけこの場に残るということは、そういうことだ。
左に立つムチ女はシャーレと呼ばれていた。
長く、束ねられていない赤髪。それが腰の辺りまで伸びている。
服装は、やっぱり茶色い装束。だが、戦士のようで動きやすそうなデザインだ。ヴィランは紳士の着るようなデザインだったし、頼めば作ってもらえるのかもしれない。
そして、一際目立つのが右手の鞭。深緑色で長い。柄は銀か何かの装飾がされている。
髪と相俟って、彼女全体が薔薇のようだ。
右に立つ男は、シャーレにギルカンと呼ばれていた。
その逆立った青髪は、ゲーセンを占領するギャングのように見える。実際にはそんな奴はいないと思うが。
そして、左目のところに黄色い痣がある。何があってそんなところに痣が出来たのか、そして何故黄色なのか。全く予想がつかない。
武器は……どこだろう。エルミア相手に素手で殺り合おうって事はないだろうし、魔法使いや魔術師の類いにも思えない。どこかに隠し持っているのかもしれない。
敵方はそんな感じだ。
強者には見えないといったが、パジャマ姿の俺達がいえる事じゃない。
そんな俺達があのヴィランとまあまあ戦えたんだから、シャーレとギルカンも実はかなりの実力者という可能性はある。
「エルミア、どうするんだ?」
「やるしかない」
エルミアはやる気だった。聞くまでもない程に、決まり切った事だ。
「さっきは……変なことしてごめんね」
エルミアは小声で俺に謝罪した。
石柱の話かな。だったら、エルミアに謝る必要なんてない。
「謝る必要ないって。寧ろ褒めたいくらいだ」
俺がそう言うと、エルミアは口端を少し上げて前を向いた。
エルミアは、俺を守る姿勢だ。腕を俺の前に伸ばし、一歩退かせる。
と、ここで遂に、ギルカンが前に出た。
「テメェら、覚悟はできてんな? 神の邪魔しやがってよォ。俺様はヴィランみてェなメンドーなやり方はしねェ。ここでキッチリ殺してやるんだ」
ギルカンはまるでゾンビのように、体を前に、後ろに、横に、何度もうねらせながら俺達を睨みつけた。
その目と、声と、体が、ただならぬ殺気を放っていた。
俺はゴクリと息を飲んだ。
戦いを楽しんでいるようなべべスに、殺すつもりのないヴィラン。どちらも、肌で感じられるような殺気は放っていなかった。
しかしコイツは違う。皮膚に染みるような黒い殺気が、俺を包む。
それは俺に手を握る事を強制させた。
「この『青の狂戦士』、ギルカン・キロベータ様が今、神に代わってテメェらに鉄槌を下すッ!」
ギルカンは腰から短剣を二本取り出した。
先の鋭い短剣だ。
彼はそれを軽々と、準備体操のように振り回し、体の前で構えた。
二刀流の狂戦士。
それがギルカン・キロベータ……らしい。
ギルカンは間髪を容れずに、飛んできた。
鋭い目は光を置いて行くようにして、こちらを狙う。
目で追えない。追おうとした時には、もう目の前だった。
「狂獣殺牙!」
ギルカンはダンと地面を潰すようにして飛び上がる。
俺の頭部を八つ裂きにせんとする二つの斬撃。
回避する猶予など与えられない。
今度こそ、俺は死ぬらしい。
だって、こんな猛スピードで迫ってくる奴の対処法なんて、俺の頭にインプットされていない。
きっと、一秒も無かった。
一瞬で、俺は窮地に立たされたのだ。
脳みそが先か、それとも目が先か。
そのどちらかが切り刻まれた後で、全身がサイコロになる。
肉塊になって、地面に転がる。
そんな考えるだけでも身震いすることを考えていると。
視界が赤く染まった。
ああ、これが俺の血か。
赤いな。こんなに出たのは初めてだ。
返り血がギルカンに掛かって。
ギルカンも赤く染まって。
それで、吹っ飛ばされて、そのまま倒れて……
………………え?
「……あれ?」
俺の目が覚めた時、ギルカンは全身を焼かれてのたうち回っていた。
先制攻撃をしたのは、ギルカンだった。
しかし、先に攻撃を食らわせたのは、エルミアだった。
俺はそれを理解した。
俺がギルカンに切り刻まれる寸前、エルミアが火魔法を放った。
だから俺が生きていて、ギルカンが死にかけているんだ。
エルミアの方が、速かったのだ。
「ぐッ、ああ……あ、オイ! シャーレ! 何してる俺を助けろ!!」
もがきながら、ギルカンは叫んだ。叫んで、シャーレを糾弾した。
惨めだ。見るに堪えない。
シャーレの方も困るだろう。
ロクに話しもせずに俺に襲いかかったギルカンが悪い。
エルミアがどれだけの脅威か、というのは、ヴィランとの戦闘を傍観していた者なら判る筈だ。
飛んで火に入る青の狂戦士。
それとももしかして、攻撃の対象が俺の方なら大丈夫、とかそんな思考をしてたりして。
それか、シャーレがエルミアの方を何とかしてくれると思ったとか。彼女を信頼して。
どちらにせよ、馬鹿だ。
そんなスピードで、しかも合図も無く飛び出したら、シャーレも対応できない。
その事は、一目瞭然だ。
可哀想とか、全く思わないわけじゃないが、何というか……コイツの敗因を声に出してやりたい気分だ。
まあギルカンはいい。すぐに復活する事はなさそうだ。
問題はシャーレだ。一体何をしてくるのか。
攻撃か、ギルカンの回復か。はたまた逃亡か。
答えは攻撃と回復の両方だった。
シャーレは困惑から抜け出し、その手の鞭で俺達より少し手前の地面を何度も叩いた。
すると、そこから放射状に白いものが噴出した。
光だ。
鞭で叩いたところから、大量の光が発されているんだ。
さっきのフラッシュと同じ技だろう。
俺は目を腕で覆い、少しだけ屈んだ。
刺激が強すぎて、耐えられたものじゃない。
そして、流石のエルミアでも視覚を奪われてはシャーレをどうこうできなかったようだ。
俺達の前からギルカンの姿が消え、焦げた土だけが残った。
奥を見ると、ギルカンは仰向けに倒れ、シャーレが彼に覆い被さるような体勢でそこにいた。
ギルカンの生死は判別できない。
生きてると言われれば生きてると思うし、死んでると言われれば死んでると思う。
だが、ここはまだ生きていると考えた方が良いだろう。
折角俺達を動けなくさせたんだから、骨の一つでも折ればいいものを、シャーレは何をしているのか。
答えはすぐに出た。
「ヒール! ヒール! ……ヒール!」
彼女は何度も唱えた。
回復魔法を、何度も唱えた。
手から緑色の光が出て、ギルカンの傷口や焼け焦げた痕を包んだ。
泣きながら唱えた。
涙を零しながら唱えた。
叫んで唱えた。
喉を痛めつけて唱えた。
声を震わせて唱えた。
やがて、緑色の光は出なくなった。
魔力が尽きたんだ。回復魔法を使いすぎて。
異世界の回復魔法がどんなものなのか、俺は知らない。
病気は治せるのか、骨折は治せるのか、回復が困難な障害は治せるのか、体の一部が切り落とされても再生できるのか。
俺にはわからない。
ただ、一つだけわかる事がある。
ギルカンは回復しなかった。
これは俺の憶測だけど、多分、回復魔法というのは、対象が死んでいたら効果が出ない。
火傷の一つも無かったことにできないような魔法が、このピンチで使用される程重宝されているものとは思えないし。
だからきっと、そうなんだ。
ギルカンは死んだ。あの炎で。
肺や心臓が焼けて機能しなくなったのかもしれない。
シャーレがあそこまで必死になってギルカンを回復させようとしているのを見ると、敵なのに情が移ってしまいそうだ。
ギルカンはあんまり良い男には感じなかったが、しかし、シャーレにとってはそうではなかったんだろう。
少なくとも、彼女にとっては、ギルカンは大切な存在だった。
元々恋愛関係にあったのか、それとも片思いか。それは判らない。
関係がどうであれ、シャーレはギルカンのことが好きだった。イヤ、好きだ。
俺がエルミアを好いているように。
このまま殺すのか、迷った。今の俺にはシャーレを殺す力は無いかもしれないが、それでも迷った。
エルミアもそうだった。
俺の隣で、彼女を見守った。
生きるために戦うと、そう言うエルミアにも感情はあるから。
「泰斗君、私の後ろにいるんだよ」
エルミアはそう言った。
エルミアの顔は険しかった。
でも、率先して殺しにかかる感じじゃない。
反撃しなければ死ぬ、となったら殺す。
今のエルミアは、ただ俺を守る盾だ。
シャーレは立ち上がった。
そして、ギルカンの殺気は彼女に移った。
魔力が枯渇してしまったのに、やる気だ。
神だ神だと言って襲ってくるギルカンの何倍も恐ろしかった。
それはきっと、今の彼女の感情が、俺にも理解できるものだったからだろう。
俺も母さんが殺された時、泣き崩れて、もう何もできないと自暴自棄になった。そして、見ているだけだった。
しかしそこで、立ち上がり、仇と対峙した。
エルミアが殺されたりでもしたら、やはり俺は仇を取るために立ち上がるだろう。
霊戯さんの言う「強い人」は、皆そうする。
戦うために、立ち上がる。
彼女も……シャーレも同じだ。
彼女は強い人だ。
好きな人が死んでも、それを乗り越えて。
これ以上後悔は増やさぬようにと戦う。
シャーレは言った。
「……もう、いいや。神とか、信仰とか。どうでもよくなったよ、ああ……」
天を仰ぎ、全てを失ったように。言った。
「多分、最初からそうだったんだと思う。
そうだよね、神がいたら、こんな不幸は訪れないよね」
シャーレは鞭で地面をペシリと叩いた。
乾いた音が鳴るだけで、特殊な何かは発動しない。
魔力が無いからだ。さっきのフラッシュ攻撃は、魔力を使って工夫しているんだろう。
来るか。
そんな空気が走った時。
シャーレは踵を返した。
次に、持っている鞭を、俺達の方へポイと投げた。
「いつか結ばれた時、戦士を辞めようと思っていたの。だからソレは捨てる。『薔薇の戦士』の名も、捨てる」
そして彼女は左腕を空に伸ばし、ガリッと引っ掻いて大きい痕をつけた。
「その代わり、アンタを殺すハンターとして、いつか戻ってくる」
言葉では言い表せない憤怒の篭った声だ。
シャーレはその声で一つ言い残すと、ギルカンの死体を抱えて自らが作った魔法陣に入って消えた。
俺とエルミアは、ただそれを見ていることしかできなかった。
全然投稿できてなくて申し訳ないです!
ペース取り戻せるよう頑張ります!




