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第64話 信じる心

 朝の公園で、二つの勢力が相対する。

 片方は六人で、もう片方は二人。戦力差は歴然だ。


 俺はその戦力の少ない方にいるわけで。

 ビクビクと足が震えているのが、自分でも判った。

 今すぐにでも、赤ちゃんのようにエルミアに抱きつきたい気分だ。

 そうでもしないと、精神も肉体も死ぬ。


 ヴィランは自分達の目的について色々と教えてくれたが、その情報が役に立つかどうか。わからないな。


 ヴィランは爽快そうな表情をしている。熱く語って良い気分になったか。


「……おっと、失礼。貴方達には不必要な事でしたね。興味があるというのなら、より詳細に語っても良いのですが」


「興味なんてありませんよ」


「そうですか」


 エルミアはきっぱりと言った。

 ヴィランは憐れむような言い方をしつつも、エルミアを睨んでいた。


「良いのです。貴女を仲間にするという計画は頓挫しましたから」


 何?

 エルミアを仲間にするとかいう計画は無くなったのか。

 じゃあ、エルミアも俺と同じ"殺す対象"ってわけか。

 まあ最初はそうだったし、べべスも直接戦う時はほぼ殺す気だった。

 今その事実が明かされたところで、ヒュっと意識が変わる事はない。


 でも何故?


「何でですか?」


 エルミアはすぐに疑問を口にした。ヴィランは意外にも質問には答えてくれる奴だと判ったからだろう。


「それは、貴方達の知るところではないでしょう。しかし、貴方達は確実に殺す必要があるのです。我々の存在を隠す事とは別の理由で」


 何か、向こうでも色々な事情とか、意見があるんだろうというのが解る。だからって同情なんてものはしないが。

 でも、そうか、別の理由で、か。

 神の教えなんて俺が知れるわけもないし、どうしたものか。


「……」


 エルミアは黙ってしまった。

 聞いて答えてくれそうな事もこれ以上見つからないし、仕方がない。


「では」


 ヴィランが手に持った剣を構えるモーションが見えた。

 この分だと、ヴィランの剣筋も見える。


 そして、剣を構えたということは……


「来るっ!」


 ヴィランが来た。


 エルミアは自分を動かすように、判断した事をそのままポンと吐き出した。

 しかし、そんな分かりやすいサインがあっても俺は対応できず。


 エルミアは俺の前に移動し、ヴィランの攻撃をガードした。


 ガードしたといっても、手で受け止めたわけではない。

 今日のエルミアは一味違う。


 彼女は、この公園にもあるような木くらいの大きさはある、石で出来た柱を作り出した。

 ヴィランのレイピアは灰色の石にぶつかり、切れないままその勢いが無くなった。


「土魔法『ストーンクラフト』。私が火魔法しか使えないと思っているなら、大間違いです」


「ほう、なるほど」


 エルミアがカッコよかった。

 ストーンクラフトという魔法なのか。俺はヴィランと違い、エルミアが土魔法を使えるのは知っている。俺の剣はエルミアの土魔法で作ってもらった物だ。


 エルミアは右手に小さな火球を作り出し、柱の横から飛び出してヴィランを攻撃しようとした。

 しかし、ヴィランはレイピアだけを使って戦う剣士ではない。

 後ろの方にある一本の木の根元から二本の根が伸びてきて、柱に巻き付いた。


 何をするかと思えば、根は柱を抜くように上へ動いた。すると地面に刺さっていた柱はズボッと抜け、クラーケンに操られた沈没船のようになってしまった。


 流石のエルミアも、その予測していなかった技の回避方法に驚愕し、手を止めてしまった。

 俺は一歩後ろで驚き、何もせず立ち尽くすままだった。


 ヴィランは一人で、二人が連携するような戦法を取った。

 石柱を斧のようにして俺を攻撃し、本体……ヴィランがエルミアの相手をするのだ。


 エルミアは、まあヴィランと真正面から戦っても、相手に殺す気が無いなら大丈夫だろう。

 しかし俺の方は大丈夫じゃない。

 古代の遺跡みたいな物が、振り下ろされようとしている。

 しかし、まだだ。まだ、振り上げるところ。

 考える時間は少しだけ与えられた。


 別に一発なら避けられる。サッと転がったりすれば。

 でもこの感じじゃあ、すぐに二発目が繰り出されるだろう。そうなると、俺は回避できなくて頭を潰される。もしくは、肋骨か背骨を砕かれるか。

 なら、避ける動作すら意味のないものになってしまう。全力で動いたとしても、結局死ぬのだから。


 どうする。考えろ。


 ……いや、そもそも。

 この柱はエルミアが魔法で作った物だ。

 なら、エルミアがこの柱を一瞬で消すこともできるんじゃないか。

 そう考えるべきだろう。だって、そうでもないと余りにも不便だ。

 出した火は消火しないと消せない。出した水は蒸発するまで消えない。それ以外にも、一度出したものをそれ以上操作できないなんて、有り得ない。


 でも。

 それを分かっているなら、ヴィランはこんな戦法を取らないだろう。

 すぐに消されてしまう物を宝能を使って無理矢理動かすなんてことをしたら、そのために消費したものが無駄になる。自分が動き回り、植物を操作するとなると、脳もその他の神経も酷使しなければならない筈だ。


 ……じゃあ、どういうことだ?

 俺はどうすれば?


 エルミアが根を焼いてくれたらと思ったが、あっちはヴィランの相手で忙しそうだ。

 ヴィラン以外の五人が木を守るように立っているため、そっちを焼くことも困難だ。


 柱が遂に俺の頭に迫ってきた時。

 一つ、不確かではあるが、結論が出た。


 エルミアは嘘をついたのだ。

 自分の使った魔法が「ストーンクラフト」であると。


 俺の予想では、「ストーンクラフト」で出した石は消えない。

 俺の剣は石ではなくて土だが、多分「ストーンクラフト」と同系統の魔法で作られた。

 これを仮に「ストーン系」と呼ぼう。


 対して、ストーン系ではない魔法で出した物体は、本人の意思か、時間経過で消える。


 だからエルミアはヴィランに嘘をつき、石柱は自由に動かして良い物と思わせた。

 そうするとヴィランはエルミアの思惑通りに行動した。

 エルミアはヴィランの意識を分散させ、彼の力を弱める事に成功したわけだ。


 そして、今。

 エルミアは、俺に石柱が当たるスレスレのところで石柱を消そうとしている。

 限界ギリギリまで、ヴィランの意識を少しでも逸らそうとしている。


 勿論これは全て、俺の憶測だ。

 根拠なんて無い。


 でも、エルミアが俺を全然気にしていないところを見ると、やっぱりそうなんじゃないかと思う。

 根拠としては薄いけど。


 エルミアは「信じろ」と言っている。

 だったら俺はエルミアを信じるしかない。


 怖いけど、きっといける。

 どうせこれを回避しても死ぬんだ。


 大丈夫、大丈夫だ。

 エルミアを信じろよ、俺。


 その時間は、唾を飲むのにも足りなかった。


 しかし、その時間が過ぎても、俺はすぐに唾を飲めなかった。



 石柱は消えた。俺の頭頂にぶつかる寸前で。


 エルミアはやってくれた。賢いなあ。


「っ!」


 ヴィランは石柱が消えた事を目尻で確認すると、根を一旦元の場所まで戻そうとした。

 俺は、恐怖からか勝手に伸ばしてしまっていた手で、その根を掴んだ。

 柱に巻き付いていたから、リースのようになっていて掴み易かった。


 すると、根は尋常じゃない速さで俺を向こうに連れて行った。

 まるで、ランニングマシンの雲梯バージョンだ。


 その先には、木。

 しかしその手前に、ヴィラン。

 エルミアが火球を放とうとしている。


 俺は右膝を曲げ、ヴィランにダメージを与えてやろうと思った。

 宙ぶらりんの状態だが、それくらいの動作は可能だ。


「ああっ!」


 変な声が出た。脳内では、「オラッ」とか、「くらえっ」とか、そんな勇ましい感じのことを言ったのに。


 しかし、俺の硬い膝は確かに当たった。

 ヴィランの右の頬に直撃した。

 俺の太ももの辺りで、ヴィランの緑髪が乱れる。


 エルミアはヴィランに火球をお見舞いする予定だったらしいが、俺のそんな姿を見て、火球を根の方に放った。


 根は焼き切れ、俺は落下する。


「っ!」


 ちょっと高さがあったが、背中を打つだけで済んだ。

 もう背中が死にそうだ。


 ヴィランはすぐに体勢を立て直し、剣を構える。


「『ストーンタワー』!」


 エルミアが石柱を作った。

 今度は嘘じゃない。

 さっきと同じ石柱が、また作られた。


「もうその手には」


 ヴィランは柱の後ろで、風魔法を使った。

 中々の高身長な男が、砂埃を上げながら飛んだ。

 そして、柱の上の狭いスペースに足を着けた。


 上を取られた。

 だが、エルミアはもっと凄い魔法を使う。


「『地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘル』」


 瞬間、マグマのような線が、蛇のように地を這い、柱を登った。

 ヴィランの足下に辿り着くと、爆発した。


 高温と波動が伝わる。


「エルミア……大丈夫か?」


「うん、大丈夫」


 エルミアはキリッとした顔をしていた。

 まだ気を抜いていない。俺もそうしなければ。

 ヴィランは死んでいなそうだから。


「神來魔術式、展開」


 エルミアはそう言って、深呼吸した。

 エルミアの足下に魔法陣が出現する。

 俺はこれを見た事がある。結構前に。

 これにどんな効果があるのかは知らないが、きっと強いんだろう。


「な、それ何なんだ?」


「後で詳しく教えるよ」


 エルミアは俺に軽く答え、すぐに柱へ向き直った。

 俺が大事に思われてないみたいだが、実際はそんなことはない。

 今は戦闘中だ。気の抜けた会話はできない。


 ヴィランの影が出てきた。

 火傷のような痕が数箇所見受けられる。


「なるほど、これが貴女の――


「フレイムクラスター!」


 エルミアはヴィランの言葉を遮り、魔法の名前を口にした。

 幾つもの火球が出現し、集まり、一つの大きな球になって行く。

 ヴィランはすぐに避けようとはしなかった。

 避ける程の体力が無いのかもしれない。


「させない!」


 エルミアが巨大な火球を放つ前、女の叫び声が上がった。


 後ろで俺達の戦いを傍観していた、ヴィランの仲間の一人だ。

 長い赤髪で、深緑色の鞭を持った女。


 次の瞬間。

 目にフラッシュが入り込んだ。

 何度も、何度も、止めどなく。


「痛っ!」


 目が痛い。

 すぐに目を閉じた。


 目を閉じたのに、まだチカチカする。

 やっぱり痛い。

 何をされた? 魔法か?


 頭を下げ、ゆっくりと片目を開く。

 フラッシュは来ない。


 もう片方の目も開けながら、頭をゆっくりと上げた。


 エルミアは隣にいる。

 しかし、ヴィランはさっきいた筈の所にいない。

 向こうで、仲間と横一列に並んでいる。


「退散です。……と、その前に」


 ヴィランは、目の前のものを薙ぎ払うように右腕を振った。

 すると、公園の緑のある所に、数え切れない程の赤い花が咲いた。


 まさか、自殺の花か?


 俺は鼻を押さえた。

 そんな俺を見て、ヴィランは言う。


「安心して下さい。これはあの男に仕込んだ種とは違います」


「じゃあ……?」


 エルミアは疑問に思った。当然、俺も。


「…………貴方達への、少し早い、手向けです」


 ヴィランは呟くように、そして低い声でそう言った。

 次に、魔法陣を出現させた。前と同じ、ピンク色のやつだ。


 俺もエルミアも、追う事はしなかった。

 奴等はその魔法陣に入っていく。


 しかし。


 二人の男女だけは、魔法陣に入らなかった。

 さっきのムチ女と、青髪の男だ。


「悪いなヴィラン、俺様はアンタの計画には賛同しない。ここでコイツら、全員ブチ殺す」


「……くっ!」


 ヴィランは悔しそうに唇を噛んだ。

 でも、男を引っ張って連行しようとはしていない。

 諦めているのか。


「シャーレも残りますか?」


「…………申し訳ありません」


 ムチ女はそれだけ言って、一歩前に出た。


「ギルカンを独りにはできません」


「……そうですか」


 ヴィラン達四人は魔法陣の中に消えていった。

ヴィランのフルネーム:ヴィラン・アドニス

シャーレのフルネーム:シャーレ・クレアレム

ギルカンのフルネーム:ギルカン・キロベータ


第64話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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