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第63話 信仰心

 再び二人で小指を交わし、取り消しになってしまった約束をもう一度結んだ。


 その後、エルミアから色々と話を聞いた。あのベンチで。

 涙なんて火属性魔法で乾かせばいいものを、エルミアは指をハンカチ代わりにして拭い取っていた。


 どうやらエルミアは、自分の性格、行動、存在を酷く嫌っていたらしい。俺の思っていた以上に。

 そしてそんな彼女に対し何度も自分の思いに反した訴えをする俺は、異常なまでに酷い奴に感じられていたらしい。

 どれもこれも自分を都合よく動かすための言であると信じて疑わず、それによって余計に俺を嫌うようになったとか。


 正直、好きな人に一時でも嫌われていたと考えると、気分が悪くなる。失恋などともまた違う悲しみを感じた。


 だがしかし、さっきの俺の激しい主張。それまでとは真逆な事を言われ、そればかりか、行動理念とするものを増やされた。

 完全に心を許してくれたみたいだ。


 そして、俺が対話する中で証明した、「エルミアは実は泰斗を嫌っちゃいない」というのも落ち着いて考えてみると事実だったらしい。

 エルミアが俺や他の皆んなを嫌に思いながらも一緒に行動していたのは、潜在意識的なところで「好き」、「縋りたい」と感じていたからだと。


 一通り話し終え、俺は非常にスッキリした。

 だって好きな子と仲直りできたんだぞ?

 舞でも舞いたい程清々しい朝だよ。


 俺がこれからすべき事は、エルミアが感じている仲間としての「好き」を異性としての「好き」に変える事だな。


 腕を最大限上に伸ばし、溜まっていた精神的な疲労を指の先の毛細血管からぶっ飛ばす。

 うん、気持ちいい。


「じゃあ……そろそろ帰るか」


「そうだね。早く帰って朝食の手伝いしないとなー」


 エルミアはそう言うと、跳ねるように立ち上がった。

 この頃ずっと暗くて、暇があれば俯いていたエルミアが、こんなにも輝いている。

 俺としても嬉しかった。彼女の蟠りが無くなったと思うと。そして、自分が彼女を救えたと思うと。


「そういえばエルミアって異世界の方で料理の経験あるのか?」


「あるよ、ほんの何回かだけだけど」


 あるんだな。

 王族ともなれば料理なんて全て五つ星の料理人が作ってくれるものだと思ってたけど。

 でも、ほんの何回かだけとわざわざ補うということは、少し教わった程度で後は料理人に任せっきりなのだろう。


「うーん、あんまり覚えてないな。でもスープを作ったのは記憶にあるよ」


 スープか。うまそうだ。


「食べてみたかったなー、それ」


「何なら今度作ろうか? その時と同じ食材が揃うかは判らないけど、再現できると思うよ」


 異世界にある食材というと変な形をしている人参とか金属レベルで硬い肉とかだろうか。

 そのままの見た目、味、食感が作れないにしても、再現度60%くらいはいけそうだな。

 その辺のスーパーで揃えられるなら、明日には作れるか。いや、よく分からない奴等に命を狙われていたりするからどうか……。

 とにかくお願いはしておこう。


「じゃあお願いしようかな」


 俺とエルミアはそんな仲の良い会話を繰り広げながら、公園の中を入り口まで一直線に歩いていた。


 もう少しで入り口といったところで。

 突然、エルミアが立ち止まった。

 途切れた足音に嫌なものを覚え、俺は振り返って一歩後ろのエルミアを見た。


 エルミアは電波を受信するアンテナのように棒立ちしている。


「……どうした、エルミア?」


 エルミアが突然立ち止まって返答もしない事に、俺は恐怖していた。

 きっと良くない事が起こるんだと、そう悟った。


 楽しかった時間は一瞬にして失われた。


「なあ……エルミア」


「何か、おかしい」


 てっきり「魔力の流れがー」と言うと思っていたので、違う方向で驚いた。

 とはいえ、不安は残ったままだ。


「どういうことだ?」


「見える景色に違和感というか……。泰斗君も感じない?」


 俺はそう言われて、周囲を見回す。

 三百六十度、見える範囲を全て見た。


 すると、確かに何かが違う気がした。

 だが、分かりそうで分からない。


「んー……」


 唸りながら考える。

 先日の記憶にある公園と照らし合わせる。

 ベンチは相変わらず壊れているが、変化はない。遊具の位置も同じだし、誰かのボールが砂場の横に放置されているのも同じだ。

 公園の広さも変わらないし、入り口が増えたわけでもない。

 後は、公園をぐるっと一周している草木の生えた所か。ここも別に、変わっては…………。

 いや、変わっている。


「分かったぞ。木だ」


 違和感の正体は、異常な木の多さだった。

 俺の記憶と感じ取ったものが正しければ、公園の柵の近くに並ぶ木が六本程多い。


 最近何度も名前が上げられている敵といえば誰だ?

 そう、ヴィランだ。

 ヴィランはどうやら、植物を操ることができるらしい。

 そのヴィランと敵対している俺達の住居の近所の公園。そこの木が何故か増えている。


 身震いした。怖くなった。

 命の危険を感じた。


 次の瞬間。


 一際目立つ大きな木から、大きな根が槍のように放たれた。


 俺を突き刺そうと、迫ってくる。


「っ!」


 声も出ず、最早死ぬしかない状況だった。

 だが、エルミアは咄嗟の判断で俺を抱き、一回転して根を回避した。


 見事な身のこなしだ。

 俺にもエルミア自身にも擦り傷すら付いていない。

 俺は温かいエルミアの体と接触したまま、ほっと一息。


 しかしまだ落ち着けない。

 俺は体を起こし、エルミアの腕の中から顔を出した。


 俺を殺そうとした"木"へ、尖った根が巻き尺のように戻っていく。

 俺を殺し損ねた"木"は、僅かに揺れた。

 その次に、太い幹が内側からビリビリと破かれる。


 中は暗く、空洞だった。木の中身が空洞なんて有り得ない。これはやはりヴィランの仕業なのだと確信した。


 中から手が出てきた。

 そして、冬眠を終えた熊のように、緑髪の男が姿を現した。

 以前のような灰色のスーツではなく、何度も見た茶色の装束に身を包んでいる。


「あいつ!」


 間違いない。

 魔法陣で逃げたあいつだ。


「泰斗君……」


 エルミアは不安そうな表情を作り、警戒したまま俺を見つめた。


 そこで初めて、俺は今、自分が何の武器も持ち合わせていないと気付いた。

 魔石があれば、または剣があれば、あるいは生きる道があったかもしれない。

 しかし、無い。

 どころか、右手の骨折も完治していない。

 エルミアという頼もしい存在があっても、全然安心はできない。


「お……お前、一人なのか!?」


 俺は声を張り、鋭い目でこちらを睨むヴィランに問うた。


 あいつ一人だけなら、まだ勝てると思ったからだ。

 べべスと同格かそれ以上の強者を感じさせるオーラと風貌に圧倒されているが、それなら、エルミアが頑張ってくれれば勝てるかもしれない。

 そう思ったんだが……


 その希望は打ち砕かれた。


「いえ」


 ヴィランはぽつりと否定し、指をパチンと鳴らした。

 すると、六本の木が動き出し、うねうねと気味悪く揺れながら地中に消えていった。

 元々木が立っていた所には、それぞれ一人ずつ人が立っている。


 右から順に、


 逆立った青髪で、目の辺りに黄色い痣がある男。


 長い赤髪で、深緑色の鞭を持った女。


 悪魔のような仮面を着けた、性別の判らない奴。


 そして残り二人は、銃を持った女。恐らくこの世界の人間。


 相手はヴィランと合わせて六人だ。


 勝てない、そう悟った。絶望だ。詰みだ。


 エルミアはビクビクと怯える俺の肩をポンと叩き、立ち上がった。

 さっきはあんなに弱かったエルミアが、とても強く、凛々しく立っていた。


「あなた達は、まだ私達を殺せないのでは?」


「当然ながら、勘づいているようですね」


 威圧するような声音で言うエルミア。

 黒く暗く、平静な声音で言うヴィラン。

 両者共冷静だった。


「故にこれはただの威力偵察。貴方の力を実際に見るだけです」


 ヴィランはそう言って、レイピアのような剣の先端をこちらに向けた。


 どう見たって威力偵察じゃない。

 明らかに殺す気だ。仲間を連れてきたのだって、確実に殺すためじゃないのか。

 万が一エルミアに返り討ちにされないよう、仲間を連れてきたのかもしれないが。

 何にせよ、少なくとも俺は殺される気しかしない。


「…………まずは少し話してみようではありませんか。べべスは杜撰な男でしたからね」


 彼はレイピアを下げた。


 少し話してみようという提案をされ、頷く奴がいるのか。

 この状況で、ゆっくり会話できる筈もないのに。


 しかしエルミアは頷いた。

 敵を探るという意図もあるようで、いつにも増して冷静な対応だ。


 俺は何とか立ち上がり、息を飲んだ。


「話が早くて助かります。流石、一国を任された者だけはある」


 エルミアが次代の女王である事は知っているらしい。

 国の名前も規模も分からないが、多分有名なのだろう。

 エルミアはそれを聞いて少しむっとした顔をしていた。


「……こちらから質問ですが……貴方は、自分と同じ境遇に置かれた人物をご存知ですか?」


 奇妙な質問だ。

 その存在を仄めかすような。

 俺は、お前の仲間以外には知らないが。


「……いいえ、誰も」


 エルミアは静かにそう答えた。


「貴方は?」


 ヴィランの顔が俺に向いた。

 一瞬ビビったが、俺は即座に答えた。


「俺も知らない」


「……そうですか」


 答えてやったのに、興味のない返事だ。


「では……」


「私からは質問させてくれないんですか?」


「……」


「あなた達は何が目的でこんな事を?」


 エルミアはストレートに尋ねた。

 教団の目的は何なのか、と。


「……いいでしょう、教えて差し上げます」


 意外にもあっさりと了承された。


 そして、ヴィランはすうっと息を吸い、長く長く語り出した。


「我々は"神"に選ばれたのです。数え切れぬ程ある命の中から、能力と素質と性と生を、選ばれたのです。故に我々はこの世界へと召喚された。"神"はこれまでもこれからも、我々を哀れな運命から救い出し、そして多大なる恩恵を与えてくださる。我々の未来を覗き、お導きくださるのです。ならばこそ、我々は"神"を信じ、崇め、敬い、奉り、尊び、ひれ伏し。"神"に報い、復活させ、彼がこの世界に君臨するという目的を成し遂げなければならないのです」


 カミ、カミ、とうるさく、長ったらしい語りだったが、要するに神様を復活させるための努力は惜しまないという事だろう。

 たとえばエルミアという戦力を手に入れる。

 たとえば俺を殺す。

 そんな事の積み重ねで、神の復活というのが早まるのだろうか。


 俺にはわからないが、彼等はきっと信じているのだろう。

 神の存在、そして自分達の行い。


 それが信仰心というものなのだろう。


「神とは誰なんですか?」


「それは我々にも分からない…………いえ、分かってはいけない。"神"からお言葉を授かり、我々を導いてくださる"預言者"だけが知っているのです。我々はそれを、自分だけの意思で知ってはいけない。その掟も皆の"神"に対する思いが強いからこそ、成り立っているのです」


 神とか預言者とか、もう理解しようとしても追い付かないレベルで色々な言葉が走り回っている。


 もうこいつらの考える領域には辿り着く事はないと、俺はそれだけを理解した。

第63話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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