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第60話 接し方

 水沢さんや紅宮さんの働きにより、一度は仇のように俺達を責めた白河さんと浦田さんは、落ち着きを取り戻した。

 そうはいっても、二人は完全に納得したわけではないようで、渋い顔のままだった。


 電話が鳴った。

 木坂さんのものだ。


「定多良さんからです」


 木坂さんは電話先だけ伝え、定多良さん、そして恐らく近くに居るであろう緑山さんと話し始めた。


「はい、木坂です。はい…………」


 木坂さんの言葉では電話内容全体を推し量る事はできないが、このタイミングで彼等から伝える事柄があるなら、俺達はどこかに向かうことになるかもしれない。


「ぶっ壊れてないよな、これ」


 鞄には傷一つ無い。

 真上からの圧力で穴が空いたり金具が壊れたりしていても不思議じゃないのに。


 意外と強いみたいだ。


 剣も同様に無傷。

 勿論の事、血で汚れてもいない。


「美形な剣ですね」


 上から降ってきた声の主は紅宮さんだ。


「これですか? ……凄いですよね、エルミアが作ったんですよ」


 よくよく考えてみると、土を焼いて固め、魔力を込めただけで、人体を両断する程の強度と鋭さになるってどんな技術なんだ。

 土を固めたところで、鉄剣と同レベルにはならないだろ絶対。

 この強さの七割くらいはエルミアの魔力に由来しているんじゃないか?


「了解しました。すぐ向かいます」


 すぐ向かいます、だって。

 何が起きたんだ一体。


「どうしました? 何か問題が?」


 俺の剣に興味津々だった紅宮さんは一瞬で気をそっちに向け、襟を整えた。


 俺も剣を強引に仕舞い、背負ってここを出る準備を完了させた。


「二つ報告がありました」


「二つ?」


「一つ目は、運んだ筈の死骸がいつの間にか消滅していた事。そして二つ目は、警視庁内でちょっとした騒ぎが起こっている事です」


 口調こそは落ち着いている木坂さんだが、体の動きは忙しなく、今すぐにでも飛び出して行ってしまう雰囲気だ。


「騒ぎって……何故?」


 霊戯さんが問う。


「どうやら、一度捜査本部から抜けた数人が、異世界が、魔法がと騒ぎ立てているようで……」


 それってつまり、あんなにデカい警視庁という建物の中で、厨二病みたいに「異世界」とか「魔法」とか連呼しているってことか。

 それが真に厨二病だったなら、そっちの方が数百倍マシな案件だ。

 エルミアのことまで喋られて、エルミアが危険になったらどうする。


「じゃあ俺が――


「ここは我々に任せてくれ。警察の失敗は警察が拭う」


 水沢さんが俺に被せてきた。

 頼もしいセリフだ。ただ、頼もしいだけの。


「早く行きましょう!」


 古島さんも同様の対応らしい。

 俺を同行させる気は全くなさそうだ。


「霊戯さん……」


「ここは彼らに任せよう。僕たちが行ったって意味ないよ」


「そんな……」


 不満げに言葉を漏らしながらも、俺は立ち止まるだけだった。


 霊戯さんの言うことも分かる。

 俺が警視庁まで行って、それで状況が変わるのか。


 ……変わらない。

 寧ろ悪化してしまいそうだ。


 あの人達なら上手いこと騒いでる奴らを静められる。

 そう信じるしかない。


「状況が変わり次第、連絡します」


「はい。よろしくお願いします」


 その後大人同士が約束し、警察組と俺達組は別れた。



*****



 帰宅して、昼食。

 俺とエルミアでカレーを作った。

 男女二人で作ったなんていっても、冷凍のを温めただけの簡素でトキメキも何もない時間と品だ。


 流石小学校で高い地位を確立したカレーだ。

 こんな時でも、それなりに良い味している。


 ……これで俺達が仲良しだったらなぁ。



*****



 木坂さんから連絡が入ったらしい。


 警視庁で騒ぎを起こしたのは計四人。

 「異世界」の噂はそれなりに広まってしまったようではあるが、所詮は噂だ。


 ただ、これからも同じような事が起きる可能性があるとなると、俺の頭を埋める不安要素が増える。


 ホント、勘弁してくれよ。


「霊戯さん、こりゃ失敗だったんじゃないですか?」


「……だね。しっかしまさか、警視庁で暴れられるとは。……僕の頭も要改善だなぁ」


 この人は相変わらずお気楽だ。

 心の内は…………どうだろうか。

 俺のことも、少しは考えてほしいよ。


 そんなことを考えながら一日を過ごし、気付いた時には夜だった。


 頭の後ろで手を組み、布団に寝転がる。

 昼寝みたいなポーズだ。

 当然、寝る気は無い。


 というか、寝る気になれない。

 このまま眠ったら明日になる。


 明日になったら、ドミノ倒しのように次の何かが起こる。


 そうすると、エルミアとの溝も広がる。


 だから意識する事の少ないこの時間を、少しでも有効活用するんだ。


 隣には透弥。

 コイツ本当に勉強してるんだろうな。

 今はまだ十一時だぞ?

 もうちょっと机に向かってても良いんだぞ?


 ……無理か。


 寝てるか?

 いや、寝てないな。

 寝てないオーラが出ている。


「なあ、透弥」


 あれ、俺何で透弥に話し掛けたんだ?


「あ? 何だよ」


 いつにも増して機嫌が悪そうなのは俺の気のせいだろうか。


「あー、えっと……その……」


 俺は分かりやすく言葉に詰まった。

 当たり前だ、俺の予定表に「透弥と話す」は無かったのだから。


「用もねぇのに話し掛けてくんじゃねえよ。うぜぇな」


 やっぱり機嫌悪くないか?


 落ち着け俺。考えろ。


 ほら、透弥に相談とか……する意味あるのか?


 透弥……。


 そうだ、透弥だ!


 透弥は前に言っていた。

 エルミアが俺にぶちまけたのと同じ事。


 俺達がこんな残虐な事に巻き込まれたのは、泰斗とエルミアの所為だろ……って具合に。


「……あったよ用」


「何だよ」


「透弥さ、前に言ってたよな。自分達がこんな事に巻き込まれたのは泰斗とエルミアの所為だって」


「ああ、言ったな」


 即答だった。


「即答するんだな」


「今も思ってるからな」


 透弥は悪びれる様子も見せず、秒で言い放った。


 俺とは大違いだ。

 俺は悲しんでいるエルミアに気を遣って、言わないでいるんだぞ。

 巻き込まれたのも、半分はあの望労済教団の所為って感じだし。それなのに、責める必要はない。


「……俺やエルミアが傷つくとか思わないんだなお前。配慮が足りないぞ配慮が」


「配慮だって? ……まあいい。で、何で前の話をいきなり引っ張ってきたんだ?」


 やっと話せる。

 話して大丈夫……だよな?

 エルミアも咲喜さんもこの部屋に居ない。

 なら。


「俺さ、エルミアと……なんつーか、喧嘩したんだ」


「で?」


「あいつ言うんだよ。『私は役立たずで他人を巻き込む駄目な人間なんだ!』って」


 俺は天井を見たまま、変な相談を始めた。


「……どう思う?」


「知らねーよ。

 …………でも、実際そうなんじゃねぇの?」


 透弥らしいし、予想していた答えだった。


「役立たずとまでは思わねぇけど、巻き込んでるのは事実だろ」


「まぁ、そう言うと思ったよ」


 流石の透弥でも役立たずとは思わないらしいが、他人を巻き込んでいるという事についてはそう思ってしまうらしい。


 すると、俺と同じような体勢だった透弥が、突然起き上がった。

 まずは座った状態まで持っていき、膝に腕を乗せる。


「泰斗。お前どーせあれだろ。『エルミアは何も悪くない』とか言ったんだろ」


 ピンポイントで当ててきた。やるな。


 そして透弥は立ち上がり、俺を見下ろした。


「いいか? よく聞け。

 エルミアはお前に自分を打ち明けたんだ」


「……そう、だな」


 急に透弥らしくない事を言い出した。

 俺はちょっと戸惑い、変な返事をした。


 確かに、エルミアは自分を打ち明けた。

 俺がエルミアに聞かされたのは全て、間違いなく本心だった。


「人の思考は何でもありなんだよ。自画自賛も自己嫌悪も、いつだってできる」


「……うん?」


「じゃあアイツがわざわざお前に打ち明けたのは何でだ?」


「……自己嫌悪のしまくりで辛くなったから、俺に励ましてもらいたかったから……?」


 俺は自分の思うままに答えた。

 考える時間も、ほぼなしに。


 だってそうだろう。

 自己嫌悪していて、その上で責められたい人間なんているのか?

 エルミアだって、勇気を振り絞って相談した相手にも嫌悪されたら余計に悲しむ筈だ。


 だが何故だろう、透弥の足が意思を持って俺に攻撃してきたのは。


「ちげぇよ!!」


 左脚と両耳に刺激が走る。


「いっ……何すんだよ……」


「だから嫌われるんだ」


 透弥は俺に跨がった。


 何をしてくるかと思えば、その体勢のまま俺の胸ぐらを掴み、持ち上げた。


 だから嫌われるって……何だよ。

 俺の思考回路が狂っているのか?

 回路図を書いた方が良いのか?


 それともなんだ。

 エルミアを必死に責め立てろとでも言うつもりなのかコイツは。


「お前も分かってんだろ、エルミアのその『他人を巻き込んでる』ってのが、事実だって!」


 ……ああ。


 俺は心の中で返事をした。

 透弥の圧で口が開かなかったからだ。


「そんな事実を、キラキラした変な塗料で塗り潰されてよぉ。……それで良い気すんのか?

 お前は良い子だ、悪くないって……それで心の傷が癒えんのかよ!」


 そうだ。答えはイエス。

 だから俺はそうして来たんだ。


 キラキラした変な塗料だって?

 ふざけんな。


 ……ふざけんな。


 …………ふざけんな。


 ………………。


『それは……俺とエルミアだ』


 透弥がキレた時、俺は認めた。

 その一度だけだ。


 透弥が迫真で俺に叩き込もうとしている事が分かってきた気がする。


 例えばどうだろう。


 テストで0点取って持ち帰って、母さんに見せた時。


 極端な例だが、結構分かりやすい。


 勉強ちゃんとしたもんね。

 0点でも偉いよ。


 ……なんて言われたいか?


 努力していたとしても、0点なら。

 努力したからオッケー……とは、ならない。


 そこはしっかり、


「ちゃんと勉強しなさい!」


 と叱られたいものだ。


 俺はエルミアを想うばっかりに、エルミアを傷つけていた。

 傷を癒す筈が、広げていたんだ。


 悪いところは悪いところと本人の前で認める事。

 それが仲直りのために必要な精神だったわけだ。


「……だな。癒えないな」


「……で、どうすんだよお前は」


「明日だ。明日で決める」


「……ちゃんと理解したんだろな?」


「勿論だ」


 睨んでくる透弥を、逆に睨み返してやった。


 透弥は済むと、すぐに横になった。


「エルミアに聞かれてたりしないよな?」


「……さっき風呂入るっつって下行ったばっかりだぞ」


「咲喜さんは?」


「……姉ちゃん? ああ……時々、下でコーヒー飲みながら勉強したりしてるよ」


「見たことないけど」


「……たまたまだろ」


 その後の会話はスムーズだった。

 俺も透弥も、全部出し切ったって感じ。


 今夜は、最近ではかなり安心した方だ。


 俺が駄目だったのは、接し方。


 エルミアの「同じことしか言ってない」という言葉の意味がよーく解った。


 接し方を変えれば、きっと。

 第60話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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