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第58話 被せる

 痛む体を無理矢理動かし、エルミアに近づく俺。

 だが、この状況でゆっくりと仲直りする事はできなさそうだ。


「大丈夫!?」


 風が通るようになってしまった窓から霊戯さんが出てきた。

 怪我しそうだから玄関から……って発想はないんだろうか。


 他の人も次々とこっちに来る。

 さあ、どこから説明すれば良いかな。といっても俺でさえ不明な部分は沢山ある。菅原さんと林さんの体がどこに消えてしまったのか、なんて説明のしようがない。


「何とか無事ですよ……。そっちは?」


「僕らも特に。損害はあったけどね」


 損害。それは吉香さんの家が壊れたことだ。

 一部分に大きな穴が空いている家なんて、屋根の無い家とそう変わらない。加害者でないにしても、何というか……謝りたい気分だ。


 俺が吉香さんと話しに行こうとした時、足に大きなものが引っ掛かった。


「なん……あ」


 ついさっきまで俺の命を奪おうとしていた化け物の死骸が、足元にあった。


 軽く蹴ってみる。……反応なし。


 もう死んだらしい。

 コイツが弱いのか、エルミアが強いのか。


「ちょっと見てもいい?」


 霊戯さんはそう言って、道に膝を着けた。


 前もこんなことしてたよな。

 死体を調べるの好きなのか……?


 突っついたり撫でたりするのに夢中な霊戯さんは一旦置いておいて、俺は一歩退いた所にいる警察さん方の下に行った。

 エルミアも丁度こっちに来た。


「朱海さん、無事でしたか?」


「はい」


 俺は石やら砂やらを払い、重傷が無いことを証明した。

 ちょっとした擦り傷はできたけど、骨折に比べれば安いものだ。


「万一のことがある。病院に掛かるべきだ」


 水沢さんは過剰な心配をしてくれている。本当にどこもおかしくないのに。

 それに俺、病院行きたくない。


「はい、まあ……検討しますよ。……エルミアは大丈夫か?」


「うん」


 外傷は見当たらないけど、心の傷はありそうだ。

 まだ駄目か。


「君は……」


「見ていましたよ、あなたが文字通り火を噴いたところを。あれが『魔法』なのですね」


 紅宮さんはそう言って、そのミステリアスな瞳で焼け焦げた痕を見つめた。

 二体目が火だるまとなって転がった事で出来た痕だ。


 本部長と古島さん以外で魔法を見せたのはこれが最初になる。

 もっと驚かれると思っていたのに、皆んなえらく冷静だ。それよりスパイだった二人が変異した時の方が、幾らか焦りが大きかった。


「ごめんなさい。私には……こうやって殺すことしかできなくて……」


 エルミアは嘆息を録音して編集したような声で謝罪した。

 何故そうやって謝る必要があるのか、俺には理解できない。

 俺達を死から解放しただけで十分な功績である筈だ。

 もっとこうしていれば、この場合なら安全に捕獲する方法を模索しながら戦えば良かったとか、そんなのは結果論に過ぎない。

 エルミアが責められる理由はどこにも無い。


「謝んなよエルミア。このままじゃ俺達……どころか、町の人まで死んでたかもしれないんだ」


「ああ、そうだ。正直、我々でどうこうできる事態ではなかった」


「不幸中の幸いと呼ぶべきか、命の被害はありませんからね」


 水沢さんや木坂さんも、俺と一緒になってエルミアを宥めてくれた。ありがたい。


「……はい」


 エルミアは静かに頷いた。


「皆さん、こちらへ」


 霊戯さんが呼んでいる。

 俺達はすぐに呼ばれた場所に向かった。


「これを見てください」


 霊戯さんはそう言うと、俺が力技で斬った化け物の腕を持ち上げ、俺達に断面が見えるよう角度を変えた。


 やっぱりあった筈の体が無い。

 菅原さんの肉も、骨も、皮も、服も、どこかに消えてしまった。

 断面を見て判るのは、外側も内側も同じ根で構成されているという事だけだ。


「……これは不思議ですね」


 白河さんが言った。


「そもそも。一体何が起こったんだ?」


 水沢さんは両手を出して言った。

 俺だって詳しい事は分からないけど、唯一分かるのはこれが「ヴィラン様の呪い」だって事だ。


「……分かり兼ねますね、当然ですが」


「これもエルミアさんの言っていた『マンドラゴラの魔術師』の仕業なのでしょうか……」


「確かに、植物という点では頷けます」


 浦田さんや定多良さん、緑山さんが意見を交わす。

 皆んな本当に分からない様子だった。


「霊戯さんはどう思います?」


 俺は霊戯さんに意見を求めた。


「指パッチンで人を植物に変異させる呪い……とか?」


 霊戯さんは呪いについての考察を俺達に話した。

 指パッチンが発動条件なのかは定かじゃないけど、小型のマイクでも仕込んでいたなら遠隔でそういう呪いを発動させるのは可能だ。

 でもだとしたら、本部長を襲った時のように自殺させる花を咲かせなかったのかという疑問が生まれる。遠隔で呪いを発動できるなら、あの花だって使える筈。それで用済みのスパイも俺達も始末できたんだ。なのに何故?


「仮にそんな呪いがあったとして、今ここでそれを使った理由は何でしょうね? 例の花じゃ駄目な理由なんて、思いつきませんよ」


「思いつかなくても、条件か効果のどっちかが不十分だったのに違いないよ。わざわざこの呪いをここで発動させた時点で、僕達を殺そうとしたのは確定だし」


「……私達のことはまだ殺せないんじゃ?」


「どうだろね」


 俺達は目の前に変な生物の死骸がある事を忘れ、ピンと来る考えが生まれない会話を続けてしまった。


「……もう、死んでしまっているんですか?」


「見たところでは、そうだろうな」


 古島さんと水沢さんはそんな会話をした。

 そうだ。変貌を遂げたものの、人が死んだ。

 しかも、目の前で。


 俺達の感覚はとっくにバグっているらしく、人が死んでも平然と会話を続ける。

 後ろの人達は、警察とはいえ、命が燃えたり消えたりする戦いを何度も目撃しているわけじゃない。


 古島さんや吉香さんなんかは特に動揺しているのが声で伝わってくる。


「死んでますよ。完全に」


 霊戯さんは死骸に手を添え、静かに言った。


 霊戯さんや俺がこうも簡単に人の生死を判別できるのも、これまでの経験あってこそなんだな。


 暗い空気感の中で、俺は目を細めた。


「何でこんな事に……」


 実に疎ましい今日の出来事と、これまでの全ての出来事を「こんな事」に詰め込み、吐き出した。


 本当に、何でこんな事に。


 どうして………………………………あ。


 眼球が震えた。


 俺だって心の底では分かっていたさ。

 理解していたさ。


 あの日あの時、エルミアが俺の前に現れた事がレバーになっていたと。

 レバーの裏にある歯車が動き出したのはあの時で、それ以降も、レバーを用意したのはエルミアだったと。

 菅原さんと林さんが俺達の前で変貌し、ここで死んだ事も、辿りに辿れば原因はエルミアだと。


 でも、俺はその事実をエルミアの前で認めたことがなかった。


 俺達を巻き込んだ。

 戦う中で、「こうしてくれれば……」と、理想を浮かべる瞬間もあった。


 それでも俺は、エルミアがそうであっても、それ以上の恩恵や活躍があるなら全て消えて無くなると考えて来た。


 なのにそれを、遂に、遂に、エルミアを非難していると捉えられてもおかしくない言い草で喋ってしまった。


 後悔している。

 後悔は増やさないんだろ……。

 この頃後悔してばっかだ。


 エルミアに目線を移すと、悲しくも落ち着いた美少女の顔が、そこにあった。


「ちっ、違うんだよエルミア。俺はそんな風に思ってない。全くだ」


 俺は唾が飛びそうな焦った口で、取り敢えずと言わんばかりに発言を訂正した。


「そうだ……お前は何も悪くない」


 それを言う頃には、俺は普通に口を動かしていた。


 それを聞いたエルミアはまた、負のオーラを纏った。

 何でどっちの対応をしてもそうなるんだよ。


「どうしました?」


「ああいえ、こっちの話なので気にしないでください」


 木坂さんに問われてしまい、俺は慌てて話を逸らした。


「それより……今はこれをどう処理するかを考えるべきです」


 うん、そうだ。

 我ながら話を逸らす技術はあると思う。


「そうですね。死んでしまったものは……もう、取り返しがつきませんから」


 白河さんは淡々と言った。

 死んでしまったものは取り返せない、それは当然の、自然の摂理と呼ぶべき事なのに、何故か胸にグッと来た。


「パトを呼びましょう。救急車では無理がありますから」


 浦田さんが提案をし、その場に居る全員が賛成の意を示した。


 パトカーで運ぶってのも何だか違和感の残る方法だけど、近所の軽トラに乗っけるわけにもいかないし。こうする他ない。


 騒ぎになっては色々と不都合な問題が発生すると考えた俺達は、吉香さんの家から持ってきた適当な布などを死骸に被せた。

 平凡な町の、平凡な道のど真ん中に、布で隠された怪しい物体があり、複数人の大人がそれを囲っている。この光景を見て素通りする人がいたら俺が驚いてしまいそうだ。


 結果的に、特に何の騒ぎも起きず、パトカーが到着した。

 ニュースなどでよく見るブルーシートが使用され、死骸は回収された。

 呼ばれてやって来た関係のない警官に丸投げはできず、定多良さんと緑山さんが一緒に乗車してこの場を去った。


 車の走行音も聞こえなくなり、シーンとなったその時。


「……ここまで、あなたの計画通りですか?」


 紅宮さんは、怪しげながらも鋭い目つきで霊戯さんを睨んだ。


「……霊戯さん?」


 紅宮さんは彼の名前を口に出して強調した。


「だと思いますか? 流石の僕でも、これは予想外ですし、想定外でもありましたよ」


 おいおい霊戯さん、紅宮さんは結構本気なんだぞ。

 良いのか、そんな余裕そうな表情と口調をして。

 多分この人は、いざとなったら霊戯さんだって平気で敵に回す。


 唐突な二人の対立に、皆んな戸惑っている。

 俺的には、いつかこうなりそうだなーという軽い予想が現実になった瞬間だ。


 でも……何故かこう、霊戯さんにはこの状況を乗り切ってほしいと願ってしまう。紅宮さんの考えなんか眼中に入れず。


「何なんだ何なんだ……」


 古島さんが小声で感情を表に出している。

 恐らく、他のメンバーも感情は同じだろう。


「……そもそもあなたは、私のことを覚えていますか?」


「……?」


 ここで一つ、新たな事実が知れ渡った。

 霊戯さんと紅宮さんは、過去に会ったことがある。

 霊戯さんの方は、全く記憶になくポカンとしているけど。


「鏡奈夫婦殺害事件及び、姉弟誘拐事件。あの時警察が二ヶ月の間探し回っても見つからなかった鏡奈咲喜さんと鏡奈透弥さんを、あなたは一週間で発見してしまいました」


「……紅宮さん、あなたもその捜査に携わっていましたね」


「ええ……当時は私も新米と呼ばれるような立場でしたが……あなたは普通の探偵とは何かが違うと感じていたのですよ」


 温い風が吹き、頬に当たった。

 絶妙に気持ち悪い。


「普通の探偵とは違う……。それは、褒めていると捉えていいんでしょうか?」


「……そういう所ですよ」


 十秒くらいか、沈黙が続いた。


 透弥と咲喜さんを助けた話は何度聞いても尊敬するというか、凄いなーと感心するけど。

 紅宮さんは当時から、霊戯さんに対して良い印象ばかりではなかったらしい。


 複雑だ。


「……今争うのはやめにしましょう」


「私もそう言おうとしたところでした」


 霊戯さんから言い出し、紅宮さんはその提案に同意した。


 俺は何を言えば暗く、悪い空気が緩和されるか悩んでいたが、その全てを払って捨てるように、霊戯さんは笑った。

 第58話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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