第56話 魔術師の伝説
マンドラゴラの魔術師。
今までにエルミアから聞いたことのない、新たな言葉だ。
でも、少なくともその魔術師が良い奴じゃないことは俺にも判る。
マンドラゴラって時点で聖というよりは悪寄りという印象を受けるし、その名前を持つ魔術師なんて言ったらもう悪魔だ。
これがRPGの世界なら剣技を一、二発当てれば倒せるだろうに、現実は辛い。
きっと、恐らく、絶対に、俺達はこの前のべべスと同等かそれ以上の苦戦を強いられることになるだろう。
にしても、異世界人は能力が暗黒過ぎやしないか?
エルミアはまだしも、べべスもその魔術師も魔法でドガーンとやる奴じゃない。
俺が想像していた異世界人と全然違う。
もっとシンプルでストレートな奴は出てきてくれないのか?
……何も出てこないのが一番良いんだけど。
「マンドラゴラの魔術師……?」
俺は口に出して考えた。
一体どんな奴なのかと。
「マンドラゴラって、引っこ抜くと悲鳴を上げて、それを聞いた人は死ぬっていう……アレですか?」
「えっ……知ってるんですか?」
まるで常識のように話す古島さんに驚いたエルミアは、首をビクンとさせた。
「ある種の伝説的な扱いですが、この世界にもありますよ」
「そうなんですか……」
浦田さんの説明を聞き、エルミアはこの世界でのマンドラゴラについて理解したようだ。
「今古島さんが言ったように、マンドラゴラは引き抜くと魔力を放出して悲鳴のような音を出す植物です。そして、その音を認識した人は三日以内に死んでしまうんです」
魔力を発する植物か。
ほんと、異世界は異世界なんだな。
「魔力?」
水沢さんは「魔力」という単語に引っ掛かったようだ。着眼点、よし。
「ゲームでよくあるやつじゃないですか? 消費して魔法を出す」
「そんなものが現実に存在するのか?」
「しますよ。俺、何回も見ましたから」
俺は低く手を挙げて疑念を抱く水沢さんをバッサリと切った。
そりゃ俺だってゲームや漫画やラノベやアニメの設定が本当にあるとは思ってなかった。
でもあったんだ。見たし、なんならその魔力を使って死闘を繰り広げた。
信じられなくても仕方のない事だとは俺も思うけど、あるものはある。
「そう……なのか……」
水沢さんは腑に落ちない様子だった。
「それで? そのマンドラゴラは何で魔術師の名前に?」
霊戯さんが話を戻させた。
「……はい。マンドラゴラは言った通り、悲鳴を認識してはいけないんですが……ある日マンドラゴラに近付いたとある好奇な魔術師は、重度の聴覚障害だったんです」
聴覚障害。じゃあ悲鳴が危険とか問題にすらならないのか。だってその悲鳴、聞こえないんだもんな。
マンドラゴラの力で死ぬには「悲鳴を認識する」という条件があるから、悲鳴が聞こえないなら死なない。
耳が悪い代わりに頭が超良いらしいな。
「魔術師は森の中でマンドラゴラを見つけ、引き抜きました。そしてこの奇怪な植物を何かに利用できないかと考える過程で、一部を切って食べたんだとか……。そうした結果、植物を操る力……『宝能:樹王』が発現したんだそうです」
情報量が多い!
何だ植物を操る力って。何だホウノウって。
スキル的な?
植物を操る力があるなら、人の手に花を植える事もできるってわけか。
随分と便利でチートな能力だな。その樹王ってやつは。
「何だよホウノウって」
「魔法でも魔術でもない、特別な力の総称」
魔法でも魔術でもない。
じゃあ魔力を消費せずに植物を操るとか、そんな人間離れした技が使えるのか。
増々チートだ。チート中のチート。
チートをデメリット無しで発動できるなんていつか見かけたチーターに言ったらどんな反応をするだろうな。
「つまりあなたは、先の事件の犯人は植物を操る力を持つ魔術師であると?」
「そうです……ああいや、でも……私の話に登場した魔術師本人ではないと思います。この言い伝えは二百五十年前から存在するものなので」
紅宮さんの問いに対し、エルミアは、犯人はマンドラゴラの魔術師本人ではないと言った。
しかしマンドラゴラの魔術師じゃないならこの話をした意味がない。何か関係があるんだ。
「じゃあ犯人は何なんです?」
古島さんが尋ねた。
「……言い伝えには続きがあります。……魔術師は余ったマンドラゴラを何個にも切り分け、自分が子に、子が孫に……という風に、何代にも渡って食べさせた。これが本の最後のページに記されていた事です」
一度は盛り上がったエルミアだったが、この話を終える頃にはまた、低めのテンションに戻っていた。
ホラー感のある話が余計に怖い。
マンドラゴラの魔術師……の子孫の、マンドラゴラの魔術師。
もし本当にマンドラゴラの魔術師が犯人で、俺達の敵なら……これはかなり有益な情報を得たんじゃないか。
敵の能力が判明した状態で臨む戦いは、相当やり易い。それでも強いは強いだろうけど。
その時、鳥が時間の箱から飛び出した。
スッキリしたようで変な感じの雰囲気が、突然の鳴き声でキュッとなった。
鳩時計を真っ先に見たのは菅原さんと林さんの二人である事に、俺は気付いてしまった。
「十時……ですね」
林さんが、気が逸れた様子でポツリとそう言った。
「……笹塚捜査本部長及び警察官三名を殺した人物は、マンドラゴラの魔術師と断定して良いのでしょうか……?」
「僕は良いと思いますよ。それ以外に考え付きませんし」
「この手口は……正しく魔術師です」
飛び交う情報に、判断を迷う木坂さんだったが、霊戯さんと紅宮さんがすぐに彼へ意見を伝えたお陰で持ち直したようだ。
「エルミアさんの話、信じてみましょう」
木坂さんはそう言った。
謎に信頼されてるよな……俺達。
「植物を操る……か。今回は変な花を生やしたらしいですけど……例えば、自分の仲間に種を植え付けておいて、遠隔で人を殺すとかもできたりするのかもしれませんね」
霊戯さんは木坂さんに向かって話しているのに、横目で俺の前の席の二人を見ていた。
この二人が爆弾的な存在で、ここから花や木が飛び出してくるとでも言うのか。
……そうだ、この二人からあの花が生えてきたらどうするんだ?
今は俺達の情報を聞くために生かされているのかもしれないが、この時間が終わったら……。
大丈夫なのか? 俺達、死なないよな?
あんな最期を遂げるのは死んでも嫌だ。最期を遂げるなら死んでるけど!
霊戯さん、考えてるんだろうな……?
俺、あなたを信じるしかないんだぞ。
「……ま、実際のところは判りませんね」
「脅かさないでくださいよ、霊戯さん。僕怖……く、ないですけど」
古島さんは左に座る二人をチラ見した後に無理矢理言葉を足した。
もうばれてるからそういう態度でいる必要もない気がするけど……そうしておきたいのか。
「……話がどんどんとおかしな所に進んでいますが……私は気になることがあります」
「……どうぞ抑えずに」
菅原さんが突然言い出した。
木坂さんが一瞬迷った隙に、霊戯さんが司会のように言った。
「今後の捜査についてです。我々だけでは一つの捜査本部として成り立っていません。故に、新たな捜査本部が編成、設置されてしまいました」
「そうなんですか!?」
俺は思わず声を出してしまった。
再編成された捜査本部にここの人達が入っていないなんて事はないよな。
「霊戯さん方三人にはお伝えしそびれていましたが……菅原さんの言うように、捜査本部は再編成されました。その中には、我々も組み込まれています」
「やっぱりそうなりますよねぇ。数ある重要な役割の中、残っているの副部長だけですもん」
木坂さんの遅れた報告に、霊戯さんは驚かなかった。分かっていたんだな。
「じゃあこれからどうするんですか? その再編成されたメンバー全員に協力してもらうのは無理がありますよね?」
「前回だって十二人しか残りませんでしたし、無理でしょう」
俺の意見に、古島さんも眉を八の字にして同調した。
そして隣のエルミアは、ハッとした様子だ。
もう捜査本部の内の九人としてしか活動できないんだ。完全なる捜査本部としての活動は、再編成された以上不可能だから。
「僕達だけでやるしかないです。捜査本部の他の人達には、適当にやっててもらうしか……」
「それ以外に、方法は無いようですね」
霊戯さんも吉香さんも、ここに居る十二人で進むしかないと思っているらしい。
「…………良かった」
両隣の人しか聞き取れなさそうな声で、エルミアが目を瞑って呟いた。俺はそれを偶然か必然か、聞いてしまった。
もしかしてまた他人を巻き込むってやつか。
巻き込む人が増えたりしないで良かったー、みたいな。
時間が経っても考え方は変化しないんだな。
当たり前かもしれないが。口に出さないでほしいよ。気分が悪くなる。
……ああ駄目だ、一度考えたら止まらない。
どうやったら仲直りできるのか。その問題が蟻みたいに脳を埋め尽くす。
エルミアを助けたい。救いたい。
仲直りしたい。今より仲良くなりたい。
エルミアともう一度約束して、その約束を果たしたい。
俺がエルミアを好きになったのはいつだろうな。一目惚れだったっけ?
……何でもいい。とにかく好きなんだ。
だからエルミアと……。
なのに、俺の気持ちは伝わらない。
エルミアを助けたい救いたいっていう俺の気持ちが。
言葉も、行動も、全てが二人の間の壁を高くしたり低くしたりする。
今のところ、その壁は限界ギリギリまで高くなっている。上の面は見えない。
……ああ、どうすれば。
「今後、どうするんですか?」
俺はスリーミーニングな言い方をした。
一つは、俺がエルミアに対してどう接すれば良いのか判らないという、どうしようもない思いを吐き出したいというサイン。これは伝わるわけがない。
もう一つは、今後の方針だ。敵のことが容姿と能力しか判明していない状況は、良いようで悪い。霊戯さんや木坂さんに考えてもらうしかないんだ。
そして最後の一つは、今から仕掛けるという合図だ。これから話し合う事柄なんて、それこそ今後の方針くらいしか無い。しかし、それをスパイの目の前で漏らすのは流石に不味い。だからここで仕掛けようと、遠回しに霊戯さんに伝えた。
「どうする……うーん、敵の居場所も判らないからね……」
霊戯さんは分かってくれただろうか。
「……うーん、時間も経ちましたし、コンビニでお菓子でも買いませんか?」
よし来た。これは霊戯さんからの「やるぞ」というメッセージ、返信だ。
心臓がドキドキし始めた。
まだ心が整理できていないからだ。ほんと苦行ばっかだな、俺の人生。
俺は眼前の二人を見詰め、覚悟を決めた。
第56話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




