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第55話 鳥と植物

 木坂さんの予想ではどれだけ早くとも後三十分は来ない、ということだった。

 にも関わらず、菅原さんと林さんの二人はまるでそれが普通であるかのように登場した。

 自分達がスパイであることが既に知られているというのなら、予定より一時間半も早く到着するように行動するのも無理はない……のか?


 まあ何であれ、俺達がゆっくりと話し合う時間が無くなったのに違いはない。

 嘘の集合時間を伝える作戦は、こんな風に呆気なく散った。


「おお、皆さんお早いですね」


 菅原さんは清々しくも太い声で言った。

 霊戯さんの頭脳が無ければ、俺はこの人に簡単に騙されていただろう。


「全員が集まっているのなら、始めてしまいましょう」


 林さんがそう言ったので、吉香さんは少し焦った様子で「どうぞ」と俺達を中に通した。

 下手したら自宅が血塗れになるかもしれないのに、この人はよくこうやって二人を中に入れさせられるな。

 拒否したって文句は言われなさそうだ。

 でも、彼は覚悟しているんだろう。


 豪邸、とまでは行かないけど、俺が元々住んでいたあの家よりはずっと大きい。

 一人暮らしの筈なのに、綺麗に整理整頓された空間がある。実に快適だ。


 そしてそんな綺麗で白い部屋は、幾つもの鳥の装飾が施されている。

 特に気になるのは壁に取り付けられた鳩時計だ。本当に存在していたとは。


「鳥、好きなんですか?」


「はい。毛のしなやかさが好みでしてね」


 吉香さんは俺達を中央のテーブルに案内しながら、霊戯さんの気さくな問い掛けに応じた。


 俺も鳥やその他の小動物が好きだけど、家をそれ一色にする程じゃない。


「バードウォッチングは経験がありますが、今は鳥に現を抜かしている場合ではないですよ」


 紅宮さんはその端整な顔から叱りの言葉を出し、如何にもな紙の束を自分の前に置いた。


「それもそうですね。申し訳ない」


「失礼」


 二人は謝り、テーブルに向かった。


「木坂さん、宜しくお願いします」


 リーダーを受け持つ木坂さんは頷き、全員の注目が集まるようテーブルの横に立った。


「では話し合いを始めます。……皆さん、笹塚捜査本部長の訃報は存知しているかと思います。鑑識の結果等が出ていますので、それを本に件の解明に臨みます」


 木坂さんは俺達の様子を順々に見ながら説明した。

 その後に取り出したのは、複数の書類と写真だ。


 重なった写真の中で一際目立っているのが、白い花。

 そういえばあの日、電話の向こう側で花が何とかって声が上がっていたような。


「その花は……」


 俺が余りの不思議さに声を出すと、俺の前に居る菅原さんと林さんが露骨に反応した。

 といっても、目が動いただけだが。


 その後に他の何人かもそちらに目をやった。


「ああ……今、これを話題に出そうとしていたところです」


 木坂さんはそう言って、白い花の写った写真のみを山の中から引き抜いた。


 それですぐに判ったのが、道端に生えた花とは別物だという事。

 そこら辺の花や雑草は茎が緑色か黄緑色で何となく弱々しいが、この花の茎の部分はRPGに出てくる大樹のようだ。

 何本かの根のようなものが絡み合い、一つの茎を成している。

 なのに花の部分は至って普通。花びらは全て真っ白で、雄蕊や雌蕊は黄色だ。


 花をじっくりと見た後に写真の下の方を見ると、肌色をした何かがあった。

 少し皺があって指のよう。手だろうか。

 俺にはこの花が手から生えてきているように見える。


 そこで、古島さんが何かに気付いたように写真の上の方を指差した。


「窓の外に……僕の住んでいるマンションが写っています。色的に、多分。ということは……」


「本部長さんの家、ですね」


 霊戯さんが言った。

 家の中を見たのは始めてだが、向かいにあるマンションが写っているなら間違いない。


「そうです。この写真は警備員として本部長と建物の中に居た、五木元吾(いつきげんご)という方が撮影した物です」


 じゃあ、その五木さんは既に亡くなっているのか。


「小指が奥にあり、爪が右を向いている……左手のようですね」


 紅宮さんは冷静に分析し、俺に目配せした。

 俺は謝罪するように小さく頷いて返した。


「手から花が生えている……?」


 菅原さんは疑問符を表に出した。

 本当は分かっているんじゃないのか、それ。


「撮り方の問題でそのように見えているだけかもしれませんが……ね」


 霊戯さんは最後の方で意味深な間の置き方をした。相手を探る気なんだろうか。

 しかし菅原さんも林さんも特にリアクションはしなかった。


「いいえ、撮り方の問題ではありません。この花は確かに手から生えており、笹塚捜査本部長の体とは独立した植物である事が判明しています」


 何だそれ……つまり、手の中に種でも埋まっていたって事か?

 ひょっとしたら、あの緑髪の男が体に触れた時に埋め込んだとか……。


「ひっ……手の中から生えてきたんですか!?」


 古島さんは面を青くし、自分の手を握ってそう言った。


 でも、確かに……考えてみれば恐ろしい。

 自分の手から植物がニョキニョキ出てくるなんて。

 痛いのかキモいのか、感触はどうなのか。想像したくない。


「そんなことが……」


「これは……人為的なのですか?」


「魔法……」


 定多良さん、白河さん、紅宮さんが順に言った。


 俺の隣で顔を合わせずに黙っていたエルミアは、この中の「魔法」という言葉に反応を示した。


「魔法……だと思います」


 エルミアは意見を言った。

 だろうなって感じだ。他の人は判らないが、霊戯さんも俺と同じ感想なんじゃないか。


「だよね。一瞬で育つ花なんて、僕も聞いたことないから」


 霊戯さんはやっぱりそんなことを考えていたようだ。


「一瞬で? そんなことが有り得るのか!?」


 恐らくこの中で一番大きな声を出した人だろう。水沢さんは驚いた様子だ。


「そうなんですよ、先輩。犯人らしき人が指パッチンした直後に、いきなり『花が』と……」


「そうなのか……」


 古島さんは隣で慌てる水沢さんにその時の事を話した。

 俺も思い出してきたぞ。花が生えたってだけじゃなく、異様な匂いがあるという情報もあった。


「俺……ああいや、僕……」


「『俺』でいい。無理に一人称を変える必要はないさ」


 俺がミスしたところを、水沢さんがその元気な声でフォローしてくれた。

 反対もされないし、ここは素直に「俺」でいいのか。


「じゃあ、俺……は聞きました。警備員の中の一人が、異様な匂いがすると言ったのを」


「僕もです。花のことを最初に口にしたのと同じ方ですね」


「ぼ……僕も聞きました!」


 霊戯さんと古島さんも俺と同様の事柄を口にした。

 エルミアもあの声を聞いていた筈だが、便乗したりはしなかった。


「異様な匂い……ですか」


 木坂さんは顎に手を当て、花を見詰めながら小さく唸った。

 多分この人がどれだけ思考を巡らせようと答えに行き着かないというのは、エルミアも思っていることだろう。


「……亡くなったのは四人ですよね? 死因は判明していますか?」


「はい。こちらをご覧下さい」


 浦田さんは遠回しに資料を見せることを木坂さんに促したようだ。

 木坂さんは手元の資料をそっと移動させた。


 相変わらずこういう物は見づらい。

 白と黒という単調な資料は、ラノベの何倍も読みづらいんだ。


 全員の手元に資料が渡り、俺もしょうがなしに目を通した。



―――――



笹塚幸三―男・四十六歳・警視庁刑事部

             捜査第一課所属


窓ガラスを自身の胸に押し付け、失血死。

搬送先の病院で死亡が確認された。


君下隼人―男・二十五歳



額を何度も壁に打ち付けたことに起因する脳

挫傷により死亡。


五木元吾―男・二十九歳



室内の様子をカメラで撮影した後、同カメラ

を自身の喉に詰めた。

死因は窒息死である。


加賀光―男・三十二歳



携帯していた拳銃を自身の足に向けて二度発

砲。一発は左足に、もう一発は右足に当たっ

ていた。

その後は階段を五段上り、自ら手足を離して

落下したと思われる。

直接的な死因は、落下した際に発生した脊髄

損傷による呼吸不全である。



―――――



 死者についての話だったから、俺は死者の名前と死因の書かれた部分を最初に読んだ。


 本部長の笹塚さんについては俺もその光景を目の当たりにしたから死因に驚愕はしなかったが、他の三人も自殺していたとは。


 四人全員が、理由や行動は違えど揃いも揃って自殺という最期に行き着いている。

 こんなにも不可解な事件は探偵モノのドラマでも起こらないぞ。


「全員、自殺……という事か?」


「……のようですね」


 古島さんと水沢さんが言った。


 この場に居る全員が息を呑んだ瞬間だった。

 エルミアも字は読めないが、二人の言葉で理解したらしい。

 真相を最初から知っていそうなスパイの二人も同じ表情だった。

 果たしてこれは演技なのか、それとも素の感情なのか。判らない。


「実はこの白い花から発された匂いに、嗅いだ人を自殺させる効果があったり……とか? そんなことを考えてしまいます」


 霊戯さんは少し冗談っぽい言い回しで、一つの説を口に出した。

 俺にはこれが本当の事のように感じて仕方がない。

 人の心を左右する植物とか、異世界にはありそうだ。


 もしそうなら、駆け付けた人達にガスマスクを着用させたのはかなりの英断だったな。


「……十分に有り得るのではないですか?」


 紅宮さんは少し考えるような仕草をした後、霊戯さんに向かって言った。


「……なあ……エルミア」


 エルミアに聞けば何か解るかもしれないと、俺はエルミアに話し掛けた。

 だが、俺の体はエルミアを恐れている。

 きっとまた拒絶されるのが怖いんだ。


 頑張れ俺。


「異世界にはないのか? ……ほら、人の精神をグチャグチャにする植物とかさ」


「……人の精神をグチャグチャに………………マンドラゴラとか?」


 エルミアは静かに長考し、「マンドラゴラ」という単語を引っ張り出してきた。


 マンドラゴラって、ファンタジーによくあるあの(・・)マンドラゴラか?

 引っこ抜くと悲鳴を上げて、それを聞いた人は死ぬとかいう……。


 俺が頭に浮かべたマンドラゴラは、確かに人の精神をグチャグチャにしている。


「マンドラゴラ……それは――


「そうです! マンドラゴラですよ!」


 エルミアは吉香さんの言葉を遮った。


「どうしたの? 『マンドラゴラ』って結構大事?」


 霊戯さんは「これは面白い」と言わんばかりの笑みでエルミアに尋ねた。


「はい……あ、済みません、つい」


 エルミアは突然大きな声を上げたことを謝って顔を下げた。


「……それで、この事件とマンドラゴラに何の関係が?」


 紅宮さんはエルミアに問うた。


「本部長さんを襲ったのは……『マンドラゴラの魔術師』です」


 エルミアは実に厨二病な単語を放った。

 俺はその響きに若干の高揚を覚えつつも、奥に隠れた恐ろしさにハッと目を開いた。

 第55話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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