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第54話 極まった仲違い

 毎日のんびりと暮らしていた俺にとっては、いつからか訪れるようになったこの朝が不快で仕方がない。

 目覚めの日光は心地好いものであるのが普通だ。


「暑くなってきたな」


 今日なんかは特に日差しが強い。

 太陽がもう一歩地球から離れてくれれば、きっと快適な気温になるのに。でも、地球人の要望に応えてくれる程太陽の仕事は楽じゃないだろう。


「窓開けんなよ……蚊が入ってくるだろ」


 透弥が目を擦りながら俺に文句を言った。


「お前は血の気が多いもんな」


 俺は透弥を軽く煽って、蚊を払うようにグンと勢い良く窓を閉めた。


「また馬鹿にしやがったな……」


 疲れた透弥は、俺に飛び掛かり、怒りに任せて齧り付く……ってことはしないらしい。尤も、もし透弥がこれを本当に実行したのなら、それは正しく蚊だ。


 朝が繰り返されても変わらない透弥は置いておいて、俺はエルミアと言葉を交わさなければならない。

 一番遅くとも、次に緑髪の男と出会すまでには。できるなら今日だ。

 イヤ、今日やる。


 まずは二人きりになれる時間を作るところから始めよう。

 無理矢理連れ出して公園のベンチに座らせるか。それとも、スーパーかコンビニにでも向かう路上か。

 初デート並に構想を練らなければ、こういうセンシティブな問題は解決できない。

 霊戯さんに相談とか……は、やめよう。



*****



「私ちょっと……コンビニ行ってきます」


 おお、これは好都合。

 エルミアはコンビニ目指して家を出た。


 追い掛けるべき、でも他の三人に俺とエルミアが裏で謎のやり取りをしていると気付かれたら色々面倒だ。

 如何にして自然にエルミアを追って家を出るか。そこが肝要だ。


 買い物をするために外出した人の後を追うのに一番適った理由。

 忘れていった財布を届けるとか?


 ただそれだと、俺の財布をエルミアの財布のように見せる必要がある。

 しかし、洞察力を持ち合わせた人達のことだから財布の色や模様を少しでも視認されたなら彼女の物じゃないと結論付けられてしまう。


 全員の視線がこっちに向いていない瞬間に俺の財布を横に置き、ポケットに仕舞う。同時に外出の理由をサッと述べる。よしこれだ。


 俺は機会を狙って、財布を持つ手を腰にやった。


 今だ!


 俺は野生の熊に遭遇したかのような鈍い動作で、背後の棚の上に財布を置いた。


「あっ! エルミアのやつ、財布忘れてってるじゃねーか!」


 大根役者にも文句を言えない演技をした俺は財布が彼等に見えないよう素早くポケットに突っ込み、足早に家を出た。


 多分、作戦成功。

 演技はボロボロでも頭の回転はまあまあ良いみたいだ。


「いた」


 最寄りのコンビニへの道を進んでいると、数十メートル先にエルミアが見えた。


 俺の気が体を引っ張るように早まり、俺は走り出した。


「エルミア!」


 俺が声を掛けるとエルミアは振り返り、会話すら拒否してきそうな目で俺を直視した。


「……私は話したくないって伝えた筈」


「昨日の話だろ。お前は確かに『今日は』って言った」


 俺が優勢になった今がチャンスだ。


「エルミアだってずっと辛いままじゃ苦しくて堪らない筈だ。だから、俺がお前のその悩みを払拭してやる」


 エルミアは俺の言葉を耳に入れた後、顔を背けようとした。

 そうしては駄目だと、俺はエルミアの肩を掴んでこっちに回した。手荒な事をしたと、少し反省。


「どうせ何を言われても同じことしか感じないって決め付けてるんだろ、お前は。そんなことないから、俺の話を聞け」


 あんまり強く言い過ぎるなよ、俺。怖がらせて、押し黙らせたら逆効果だ。


 エルミアは少し態度を変えたが、何も言わない。言おうともしない。

 尚も俺は話を続けた。


「役立たずとか他人を巻き込むとか言ってたけどな。お前は役立たずでもなければ、他人を巻き込んでもいない。寧ろ役に立ってばっかりだよ」


 俺達が出会った時は、間抜けにもトラックに撥ねられそうだった俺を助けてくれた。


 俺が突然の敵の登場で戸惑い、何もできなかった時も、エルミアが前に出て戦ってくれた。


 ウィンダの雷が俺達を襲った時も、俺達を助けてくれた。


 過去を振り返って悩む俺の腕を引っ張って、母さんの気持ちに気付かせてくれた。


 俺の母さんを殺したべべスに憤怒し、悲愴に苦しむ俺を守りながら戦ってくれた。


 一秒も掛からない間に、これだけ思い付く。

 エルミアはいつも、俺や他の皆んなを助けている。

 確かに関係のない他人を巻き込んだのかもしれないが、これだけ頑張っていれば、そんな事実はなかったも同然だ。


 お互いの熱が伝わるこの距離でも、俺は半端な恋愛感情で怯んだりはしない。

 ……が、エルミアは俺の胸を押して俺を遠ざけた。


「何を言われても同じことしか感じないって決め付けてるとか……威勢良く言ったくせに、結局昨日と言ってることは変わらないじゃない」


「……それは……」


 黙ったまま時を過ごすな、俺。

 ここで別の言葉を掛けられないなら、エルミアの言う通り威勢が良いだけ。プログラムされたお世話ロボットみたいなものだ。


「かっ、考えてみろよ! 思い出せよ! 俺も皆んなも、エルミアに助けられてる! お前がいなかったらきっと今頃、俺達は肉塊か……下手したら繊維の一つも残ってねえ!」


 熱い。熱い。熱い。

 体脂肪率が下がりそうだ。

 でもここで引き下がれない。頑張れ俺。

 後少しでエルミアに分かってもらえる。


「エルミアは役にしか立ってないんだよ! 俺は巻き込まれたとも思ってねえし!」


「ほら」


「え?」


 エルミアは口を滑らかに動かした。

 俺は「ほら」という一言に気勢を削がれる。


「具体性や表現が変わっただけで、言いたいことは同じでしょ?」


 ……な。


 ……俺は。


 ……同じ文句を繰り返してるだけ?


 思わず靴底を地面に擦って一歩下がろうとしてしまった。


「泰斗君じゃ……やっぱり駄目。……私の中の私が、そこに居たらいいのに」


 何を言ってるんだお前は。


「……ごめん。多分あなたと何度話しても、何も変わらない」


 エルミアは呆然と立ち尽くす俺の横を過ぎていった。

 コンビニで買い物するんじゃなかったのか。

 だってお前の財布、家に無かったぞ。


「……エルミア!」


 エルミアはピタッと止まった。しかしさっきのように振り向いてはくれない。


「俺はお前と約束したんだ! きっと元の世界に帰してやるって……。お前はあの時、俺を信じてくれたんだろ! 俺は今も、その思いを持ち続けてる! ……でもその相手が今みたいな調子じゃ、やって行こうにもやって行けない。だから俺に教えてほしい。何をすれば仲直りできるかってことを!」


 走ったのと熱いのと声を出し続けたのが積もって、段々と息が苦しくなってきた。戦った後のように呼吸が速くなる。


「じゃあその約束……」


 エルミアは振り向いた。


 そして今、衝撃の言葉が放たれた。


「取り消し」


「な……」


 非情に告げられたそれは、俺の心を強く締め付けた。

 北風が吹いたように、冷たいものがこめかみを切った。


 小指を見る。爪が短い。

 前後に動かす。柔らかい。


 嫌だ。止めてくれよ、取り消しなんて。


 その言葉の方を取り消せよ、エルミア。


「何でだよ……。話が飛躍し過ぎだ」


「……私もそう思う。……でも……ごめん」


 去り際のエルミアの口元は酷く歪んでいた。



*****



 通夜の何倍も気分が落ち込んでいる。

 その原因は無論、エルミアとの仲違いだ。


 俺はエルミアとの約束を胸に、ずっと戦い続けていた。

 エルミアを必ず元の世界に帰すって約束は善意以外の何物でもない。

 しかしそれは取り消しになった。

 約束の解除は即ちその内容を拒む事であり、俺を突き放す事だ。


 エルミアは俺の痛い所を的確に突いた。だから俺は彼女の反発に悶えた。


 ……じゃあ何て言えば良かったんだ? 何て言ってやればエルミアを苦しみから解放してやれたんだ?


 俺はエルミアに笑顔でいてほしい。

 笑顔を取り戻すために、エルミアは自分達の助けになっていると主張した。


 ……なのに。


「どうすりゃ良いんだよ……」


 俺はそう言って嘆息した。


「やー、やー、泰斗君起きてる?」


 霊戯さんは俺と百八十度違うテンションで俺を呼んだ。

 もう出発する時刻になったらしい。


「起きてますよ、ばっちりと」


 俺は目元を隠しながら立ち上がり、彼に着いて進んだ。


 車内の空気は最悪だ。後部座席に喧嘩中の二人が座っていて、運転席にはそんな二人の心情など全く予想していないであろう陽気な探偵が座っている。

 その温度差は赤道と北極の差に相当してしまうだろう。


 ただ窓に額を貼り付けて、高速で移り変わる車外の景色を眺めるエルミア。

 俺はそんな彼女の姿を見るとシンメトリーの画像に感化されたように、同じく窓に額を貼り付けた。


 そんな状況を見兼ねたのか、霊戯さんは脈絡のないことを言った。


「あんまり刺激するのは良くないよ」


「……何の話です?」


 シートとシートの間から垣間見える霊戯さんの目線は、俺達に向いているようで向いていない。

 運転中の余所見は禁じる人なんだろうか。


 俺はそんな彼に尋ねた。


「菅原さんと林さんの話。注意してよね、余所見してたら急に前からグサー! とか……ありそうじゃん?」


 あるだろうか、そんな間抜けなことは。

 でもまあ、気を付けないとな。



*****



 吉香さんの自宅前、容姿が様々な十二人の人が集まっている。

 エルミアは紅一点なわけだが、俺から見た今の彼女は真紅ではなく、ちょっと褪せた赤だ。


 しかも俺は、紅宮さんの顔を直視できない。

 彼は激情型じゃないと思うが、それでもどう会話すれば良いか判らない。


「皆さん集まってますね」


 霊戯さんが辺りを見回した後に言った。

 落ち着いた彼の様子を見るに、スナイパーやボマーはどこにも居ないようだ。


「二人には一時間半遅れた集合時間を伝えてあります。どれだけ早くとも、後三十分は我々のみの時間となるでしょう」


 元副部長の木坂さんはザ・大人な仕草で腕時計の示す時刻を確認し、全員に向かってそう言った。

 本部長亡き今、順当に事が運んでいれば彼が本部長だ。

 そもそもこの集団が警察の捜査本部として機能しているのか、というのは疑問だけど、何にせよ彼はこの中で一番偉い。

 つまり、俺達の活動を指揮するのは木坂さんで、諸々の事を判断するのが霊戯さんだ。


「……そちらの女性が、例の『異世界人』ですか?」


「……ええ、その通りですよ白河さん」


 白河さんの発言を皮切りに、キョロキョロしていた全員がエルミアに注目した。

 そんなに凝視しなくても。エルミアは容姿でいえば美しくて可愛くて、でもそれ以外は特段珍しい要素がない。

 エルミアが「異世界人」である、と判断するのは不可能だ。


「僕には普通の人間に見えますが」


 この人は確か……そう、浦田さんだ。


「私も同意見です。強いて言うなら、瞳が金色であることですかね」


 この人が緑山さんだ。浦田さんと違って背が高い。俺の記憶が正しければこの人、四十二歳だ。


「当然ですよお二人共。彼女はただの人間……生まれたのがこの世界でなかったというだけのことです」


 霊戯さんの説明ではエルミアがこの世界の人間と何の差異も無い者みたいだけど、実際は少し違う。

 どうやら体の作りが少し違うらしいし、もっと分かり易いのは魔法を出せてしまうところ。


 とはいえ、エルミアが悪魔みたいな扱いをされたら俺は憤慨するだろうし、これで正解だ。


「……あっ」


 古島さんが発したのは、まるで脊髄反射で出たような薄い声。

 目を丸くした古島さんは俺の後方をずっと見ている。


 俺が後ろを向くと、平凡な住宅街を切ってこちらに向かってくる二人の影があった。

 第54話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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