第51話 全てが企みの内
あの後、四人の遺体は速やかに回収された。
速やかといっても、簡単には行かず。
駆け付けた警察の部隊の人がガスマスクを着用して、細心の注意を払った上で行われた。
俺とエルミアは灰色の男と戦った直後、久々に激しく動いた故の疲労も気にせず家の中へ入り込もうとしたが、まだ通話状態だった霊戯さんの指示で、マンション前に待機した。
すぐに霊戯さんと古島さんがやって来て、警察に通報。
透弥と咲喜さんは少し遅れて俺達の居る所に到着した。
窓ガラスが思いっ切り割れたりエルミアが炎を放ったりしたから、周辺の住民が数十人と集まってきた。野次馬というやつだ。
俺はエルミア、透弥、咲喜さんと協力してその野次馬を押さえ付け、霊戯さんと古島さんは到着した警察の人達の対応に追われた。
火事か、テロが起きたのか……と、俺達の事情を微塵も知らない住民は勝手に憶測を立てて騒いだが、パトカーや救急車が用を済ませて去るとその人達も徐々に家へ帰っていった。
その程度の興味なら最初から来ないでくれと思う俺だったが、確かにテロリストの仕掛けた爆弾が爆発したりでもしたら気になって少し近付いてしまうな……と冷静になってから自虐的に考えた。
病院での検査を邪魔するわけにも行かないので、俺達は仕方なく帰宅した。
俺達は何度も似たような体験をしたから良いものの、古島さんはさぞかし眠れなかったことだろう。
昨日から見た明日に捜査本部での会議が予定されていたが、中止になった。
代わりに開かれることとなった会議は、今日から見た明日。昨日で言い換えると、明後日。
続報はそこで出ると思われる。
俺は寝付けないと文句を言いながら夜を過ごしたが、同室の三人も同じ状態だった。
結局たっぷり時間のあったその夜は、二時間のレム睡眠だけのために費やされた。
今は朝。目の下が胡麻豆腐のようになっていそうな、実に不快な朝だ。
「お前眠れた?」
「これが眠れた奴の顔だと思うなら、お前も眠れてねーな」
悪夢のような出来事プラス眠気でダメージを受けてる俺にしては、良く出来た返しをしたと思う。
「はぁ……これまでも何度も眠れない日はありましたけど……慣れないですね」
慣れてないという割には、目覚めから数分で敬語が使えてるんだな。
両手で布団から背中を引き剥がすと、ジンジンという変な感覚が俺の全体を襲う。
エルミアはまだ目を閉じだままだった。
エルミアも疲れるよな、毎回あんなに魔力と肉体を酷使して。
そんな彼女を労るためと称して頭を撫でるくらいはしたかったが、何かと文句を付けて来そうなヤツが隣に居る内は行動を起こすわけにいかない。残念。
*****
霊戯さんは朝っ腹から方方と通信していた。
どんな内容を飛ばしていたかというと、それはどれも同じ。似ているではなく、全く同じ。
そう、昨日、霊戯さんが白河さんと話していたものだ。
昨日の俺は途中からのことしか聞けていなかったけど、今日は違う。霊戯さんは警戒心が高まったのか自室で通話しているようだけど、部屋のドアに耳を近付ければ簡単に内容を盗み聞きできてしまう。
俺は今も見付かると首を引っ張って来そうな透弥の目を気にしながら、ドアの奥から聞こえる霊戯さんの声を頭の中で繋ぎ合わせている。
「この話は他の誰にも言わないよう……あ、そうです。本部の人にも」
そろそろ耳も足も疲れてきた。
「十一人分の経歴と、所属団体を調べてください。……そうですね、データファイルを送る形で」
手渡しや郵送にしないのは、それが叶う頃だと遅いからなんだろうか。
「できれば今日中にお願いします。……はい、はい。では」
終わったらしい。
もしこれがラストで、部屋の前で盗み聞きしているのがばれるといけない。
もう下に戻ろう。
俺が階段の方へ足を回した時。
「……もしもし、水沢さんですか?」
通話は再び始まった。一体何回目なんだ。
「どうせ同じことだよな」
俺は呆れたような声で呟き、回した足を戻さずに進んだ。
呆れつつも、俺はやっぱり霊戯さんのこの行動の目的を知りたくて仕方がなかった。
「泰斗くーん? どうしたのー?」
理由を明かさないまま二階へ行き、暫くの間帰ってこない俺を心配したんだろうか。
エルミアがまるで夕食の時間の親のように俺を呼んでいる。
「今行くー!」
俺はエルミアの声量を上回る返事をした。
こんなに大きな声を出したら、俺がここに居た事が霊戯さんにばれそうだ。……あの人のことだ、きっとばれた。
まあちょっとくらい、怒られないだろう。
俺は特に気にしなかった。
*****
午後、四時。
俺が本棚の横でウトウトと眠りかけていた時のことだ。
霊戯さんがプレゼントを貰った子供のような声を上げて、椅子から飛び上がった。
「うおっ!」
サンタの仮装をした人が来たわけでも、大晦日の宝くじが当たったわけでもないのに、何をそんなに嬉しがることがあるだろうかと、俺は閉じかけていた瞼をぱっちりと開いて霊戯さんの様子を見た。
パソコンを前に、座る彼。一度飛び上がった筈が、一瞬にして元の場所に戻っている。
霊戯さんが一時間程前からパソコンを開いて何かしていたのは、俺を含むこの場の誰もが知っていた。
因みに透弥はまだ家に帰ってきていない。帰路には着いているだろうけど。
霊戯さんはわざと舌を口から食み出させ、唇をペロッと舐めた。
「急にどうしたんですか?」
俺は言いながら彼のパソコンの画面を覗き見る。エルミアと咲喜さんは好奇心旺盛な幼稚園児のように横から覗く俺とは違い、霊戯さんの背中より後ろに立った。
「これ見てごらん」
十一個のファイルが並んでいる。
数時間前の記憶と今を照らし合わせた俺は、ファイルの中身が何であるかが判った。
「ええと、これは……」
「捜査本部の皆さんの経歴。昨日お願いしていたものですね」
言葉を詰まらせたエルミアを支えるように、咲喜さんがそれを読み上げた。
そういえばエルミアはこの世界の文字を殆ど学習していなかった。エルミアのサポーターとして、俺が近い内に教えないとだな。
「経歴の方はそんなに大事じゃないな。見てほしいのは所属団体の方。纏めて表示するよ」
霊戯さんは嬉々とした表情で、カチカチとパソコンを操作している。
遂に、昨日の問いの答えを聞けそうだ。
「はい、ポチッ」
霊戯さんの発した擬声語はカチッという音を掻き消した。
「菅原将吾さんと林直人さん。この二人の所属団体の調査結果を、全員分表示した」
「ん? ……ああそっか、十一人だから自分についての物もあるんですね」
俺はそのことに今気付いた。
「そ。……この二人、自分については無所属って記してるのに、他の九人はこの二人が『望労済教団』に所属してるって言ってる。ホームページをさっき見たんだよ。内容的に、間違いなくXだった」
望労済教団。宗教法人か何かか。
菅原将吾、林直人。この二人が自分の所属を偽っているって? そんな驚愕の事実は、ここまでフニャフニャした中で明かされて良いものなのか?
『この話は他の誰にも言わないよう』
霊戯さんの警告じみたこの発言が脳裏に過った。
「泰斗君、これってつまり……」
「……ああ」
霊戯さんによって炙り出されたスパイ。そう捉えるべきだろう。
「スパイ……もっと言えば、裏切り者。羽馬兄さんはそう言いたいんですね?」
「そう」
「その二人の情報こそが真実で、他の九人がそっち側である可能性も、古島さんとの協力によって排除できますね」
そうか、そこまで。
「霊戯さんは昨日の時点でそこまで考えてたんです?」
「勿論! ……まあそれで古島さんが敵側だったら戦闘に発展しただろうけど……あの人、そんな感じしなかったし」
それは同感だ。
あの人が悪い人とは思えない。
「泰斗君から警視庁での話は聞きましたけど、何で霊戯さんはその本部の人達の中にスパイがいるって判ったんですか?」
確かに、数十人といた中の十二人に、よくスパイがいると判ったもんだ。それとも、そういう前提でやってみたんだろうか。
「僕は『異世界』について、捜査本部で演説したんだ。公然と『異世界』を口にして、残りたい人だけ残れ、って言ったわけ。そこにXの構成員で且つ異世界人以外の、つまりこの世界の人間が……入り込んでいたら?」
霊戯さんは動かない椅子の代わりに自分の首を回し、自画自賛するような顔で、俺達に答えるよう語尾で促した。
俺は霊戯さんの演説を、ただ人を少なくして情報を一般人から隠し通そうとするだけの目的のものだと解釈していたのに。
昨日の会議の始まりの時点で、霊戯さんはここまでのシナリオを全部頭の中で組み立てていたのか? きっといる敵を見つけ出すために!
霊戯さんの視線がX線のように俺を貫いた。
それはまるで、俺の思考すら見透かしているようだった。
実際はそうではないだろう。それでも、それが判っていても、俺は大きな信頼と小さな畏怖の手を繋がせてしまった。
「ね、分かったでしょ?」
「わ、分かりましたよ。……でも、スパイが二人ってことは霊戯さんが仕掛けた事はばれてるんじゃ……?」
「そうですよ! ……私、ここにも魔法陣敷きます!」
エルミアは酷く焦った表情で、冷や汗を垂らしながら両手を広げた。そして、昨日と同じ呪文の詠唱を始めた。
「捜査本部の皆さんをどう守るか、そして私達自身をどう守るか……この二つが課題ですね」
咲喜さんは難しそうに、椅子の背もたれに手を乗せて考える。
俺は彼女の姿を見ていて一つ引っ掛かった。
捜査本部の九人は奴等にとって殺すべき人間なのか。
本部長は殺された。それは、殺す必要があったからだ。じゃなきゃ、わざわざ手の内を明かすように家を襲わない。
いや、俺達が本部長の近辺を見張っていた事や罠を仕掛けていた事が『想定外』なら、そうとも言えないか。
もし本部長殺害が計画の中で必ずしも必要じゃないのなら、昨日のあれは単に警察の捜査の進行を遅らせるためだったのかもしれない。
「霊戯さん。奴等は捜査本部の人達を狙うと思いますか? ……回答がどうであれ、護衛はするべきだと思いますけど」
「僕は狙わないと思うね」
「私も同感です」
その回答が来ることは霊戯さんの態度で薄々気付いていた。
「本部のメンバーを狙う意味は何もない。本部長が殺された事件は、警察と僕たちの捜査を少しでも妨害しようっていう目的と望労済教団の名前を消そうっていう目的が混在してるかな」
ああ……そうか。
ホームページをチラ見しただけで「望労済教団=X」と断定できるようなものなら、俺達がそこに辿り着かないためにやれるだけ書類を消そうとした、とも考えられる。
「終わりました」
どうやら詠唱は完了したらしい。
エルミアは実に真面目な表情で、喜びを表情に出している霊戯さんにそのことを報告した。
「ご苦労さま」
霊戯さんが労いの言葉を掛ける前に、俺が掛けた。
「さぁて、どう来るのかなー"望労済"は」
それは次にどんな行動をするのかって期待なのか。
もし奴等が今すぐ俺達を殺そうとするなら、透弥が一番危険だ。
霊戯さんが二人に連絡したのが午前だから、この時間に向かってきても不自然じゃない。時間が余るくらいだ。
「透弥が未だ帰ってきていないのに何の焦りも見せない……。羽馬兄さんは期待の格好をしていますが、本当は大体予想が付いてるんじゃないですか?」
咲喜さんは手を掛けている椅子の背もたれに積もった埃を拭き取るようなモーションで手を離した。
「……鋭いねぇ。……そう、僕は望労済がすぐに僕たちを殺そうとしないって信じてる」
「……理由は?」
俺が尋ねた。
「だってね。少なくとも数日前から僕たちの名前はスパイの二人に伝わってる。……なのに、ここを襲う事はしてない。どころか、本部長を先に殺したんだ。きっと何か事情があるんだよ。僕たちをすぐに殺す選択に至れない事情が」
霊戯さんが理由を答えてくれた直後、玄関の鍵穴がガチャガチャと金属の揺れる音を俺達に伝えた。
「ほら、無事に帰ってきたでしょ」
この荒っぽさのある開け方は、今までに何度も聞いた。
透弥だ。
ドアが開き、透弥がその姿を俺達に見せる。
「位置も行動も把握できてない本部のメンバーをこの短時間で殺すのは物理的に不可能。かといって僕の指示に逆らっても、組織の正体は他九人の情報で暴かれる。じゃあ僕たちを殺そう。……というわけにも行かない。しかも本部長の下にある資料も消せなかった。だから、偽のデータを送って奇跡を祈るしか彼らに術は無かったんだ」
外からの光が、霊戯さんの背中を照らす。
それは、霊戯さんが今話しているスパイの置かれた状況まで、霊戯さんの計画通りだと俺に事実を明かすようだった。
「……つまり。スパイの二人組にはもう、破滅の道しか残されてないんだよ」
第51話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




