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第50話 死を呼ぶ花

 あのマンションの中に古島さんの家があるのだと、霊戯さんは言った。

 まさか本部長と本部の部員の自宅がこんなにも近い位置にあるとは。


 ――ピンポーン。


 俺には余り聞き馴染みのない電子音が空気を震わせる。

 住所を把握していたとはいえ初訪問なのに何の躊躇いもなくインターホンのボタンを押す霊戯さんに、俺は内心驚いていた。

 友達の家に遊びに行ったことが無い俺の方がおかしいのか?


「はーい」


 約二時間前に別れた探偵がやって来るとは思っていないであろう古島さんは、作った料理の余りを渡しに来た隣人に対応するようなノリで応えた。


「どーも、霊戯です」


「霊戯さん!? ……ええっと、僕に何の用でしょうか?」


「詳しい話は中で。取り敢えず、開けてもらえますか?」


「……はい、了解しました」


 霊戯さんが川の流れを自在に操る水神に見えてきた。


 ドタドタと床を蹴って右往左往する音が聞こえてくる。物の整理でもしているんだろう。


 約三十秒後、目の前のドアがガチャっと勢い良く開いた。

 ドアと共に倒れそうな姿勢を一瞬で直した古島さんは、「お待ちしておりました」と言わんばかりの笑顔で俺達を中に入れた。


「古島さんごめんなさい。急に五人も来て、迷惑ですよね……」


「迷惑じゃない、と言うと嘘になりますけど、上司の家が真ん前なので割と慣れてますよ」


 俺が霊戯さんの代わりに謝ると、彼は本音を混ぜつつも余り苦でないという意を示した。

 迷惑なら迷惑って言って良いんですよ、もっと堂々と。

 しかし……迷惑がられても、本部長の身を守るためにはこれくらいしないと駄目だ。古島さんには我慢してもらうしかない。


 エルミアは露骨に窓の外を気にしている。仕掛けた罠が無事か確認でもしたいんだろうか。

 咲喜さんと透弥は、まあ普通。透弥も他人の家の中では流石に静かだ。それでもイラついてる感は残ってるけど。


「それでは本題に入りましょう」


 だから本題以外に何も無いんだってば。


「古島さん、今丁度『上司の家が真ん前』と言いましたよね? それです」


「それ……? 本部長に何かあったんですか?」


 そういう答えになるよな。正しくは、「何かあった」じゃなくて「何かありそう」だ。


「実はですね……」


 霊戯さんは、会議が終わってからのことを全て古島さんに話した。勿論、エルミアの能力についてもだ。お茶を飲む暇も与えない勢いで語る霊戯さんに、古島さんは圧倒されていた。しかも衝撃的なことを次々と教えられる。彼が可哀想になった。


「……というわけなんです。今夜だけでも、ここを借りて監視したいんですよ」


「……ああ、はい……え? いい……はい」


 古島さんは眼球を四方にグラグラと動かしながら、しどろもどろに返答した。そろそろ何が何だか分からなくなってきたらしい。


「落ち着いて下さい、古島さん」


 エルミアが声を掛けると、古島さんはエルミアを見詰めた。


「異世界人……」


 古島さんはそうとだけ呟き、次に窓の外の……本部長の家に視線を移した。

 霧に包まれた森の奥でも眺めるような表情が確認できる。

 多分、暫くはそっとしておいた方が良いだろう。


「霊戯さん……今日こんな事をするってことは、今日本部長が襲撃に遭う可能性が高いってことですよね?」


「うん」


 たった二文字の答えが重く感じる。

 俺は古島さんに似た表情で、窓に近付いて外を見た。


 本部長の家の前には、いつの間にか二人の警備員が立っている。もう一人は恐らく家の中。

 この態勢なら、たとえ殺人鬼だろうと絶対に中の住人に危害を加えられないだろう。

 ……その殺人鬼が、普通の(・・・)殺人鬼ならの話だが。


 普通の殺人鬼が大きな事件の捜査に当たっている集団のトップの家をピンポイントで狙える筈がない。

 狙うのは、その中に居るのが重要な人物と知っている殺人鬼。

 異世界人だろうとこの世界の人間だろうと、今夜あそこに足を踏み入れようとした者は間違いなくXの人間だ。


 そういえば、エルミアは俺の武器を持ってきてくれてるのか?


「なぁエルミア。武器とか持ってきてるか?」


「勿論!」


 エルミアは自信満々に、鞄の中から危なっかしい剣を出した。

 相変わらずの土製だけど、エルミアの魔力を注入した事で相当硬くなっている。


「お前物騒だから仕舞っとけよ」


「いいだろ、ちょっと持つぐらい」


 と、言ったものの他人の家を傷付けたりしたら弁償案件だから、俺は自分の鞄に剣を寄り掛からせた。



*****



 古島さんは十分くらい経過してやっと目を覚ました。

 説明された事を漸く全て理解したらしい。


 しかし、十分間も起伏のない時間が続いた所為で、透弥達は雑談を始めていた。


 俺は窓辺の少女みたいになっている古島さんの隣に座ってみた。

 すると、古島さんは俺に話し掛けてきた。


「朱海さん……だったっけ? 君がこの事件の捜査に加担してるのって、やっぱり自分の意思? それとも……あの人に付き合わされてるだけだったりする?」


 こっちを見て、優しく話す。大人っぽさがないというと人聞きが悪いが、良い意味でそんな感じがする。


「自分の意思で、ですよ。母親が亡くなったのもそうですけど……一番の理由は、エルミアとの約束を果たしたいからなんです」


「約束?」


「……はい。彼女は何者かの手によってこっちの世界に召喚されてしまって……だから、『異世界人』なんです。そんな彼女を元の世界に返すっていうのが……約束です」


 この会話があっちに聞こえていたら恥ずかしい。……けど、無反応だから聞こえていないんだろう。安心。


「そうか……」


 俺の答えを聞くと、古島さんは窓の方を向いてからぽつりと言った。


「……あっ、あれ……」


 彼の目が少しだけ大きくなったのに気付いた俺は、彼の見る所に視線を移動させた。

 本部長の家の前の道路。薄暗い道を歩いているのは、百鬼夜行の妖怪なんかじゃない。


 灰色のハットを被り、灰色のスーツを着た高身長の男。

 俺が紅宮さんから聞いた、本部長に打つかった男と特徴が一致している。

 紅宮さんはプラスで中折れのハットだと言っていた。ここからだと判断し(にく)いけど、それ以外の六つの特徴が一致している時点で確定と言っていい筈。


「霊戯さん!」


 俺の鬼気迫った顔で危険を察知してくれたようで、霊戯さんは窓にベタっと張り付く勢いでこっちに来た。

 他の三人も雑談を中断し、何歩か俺達に近付いた。


「あの特徴……」


「間違いない」


 俺と霊戯さんの言葉は連結し、これから始まる惨劇を予感させた。


 ここは独断で行動するべきじゃない。霊戯さんの指示を!


 霊戯さんは赤い旗をどこかから取り出し、それを窓に押し付けた。

 直後、下に居る警備員二人が後ろを向き、家の中へ向かう。

 緊急時の合図を用意していたんだ。


 霊戯さんは、押し付けた旗を再び握って床に置くという簡単な行動すら放棄した。

 旗はカランと空気の読めない軽快な音と共に落下する。

 霊戯さんは次に、全員分の指示を出した。


「泰斗君とエルミアちゃんは下で待機! 透弥と咲喜は他の住人が来ないよう見張りを!」


「「はい!」」


 俺は剣だけを手に持ち、適当に靴を履いて三人と共に家を飛び出した。


「僕っ、本部長に電話掛けます!」


 ドアの隙間を這って出てきたのは、焦燥に苛まれる古島さんの必死な声だった。


 階段を駆け下り、動きの遅い自動ドアを蹴破るように開けて外へ出る。

 俺とエルミアは足音を殺したまま進み、向こうからは死角となる低い塀の裏に背を着けた。


「はあ、はあ……アイツまだ動いてないのか」


「警備の人はとっくに家の中に行ったのに……何で?」


 俺とエルミアはシャイな幽霊のように塀から顔の三分の一くらいを出し、灰色の男の様子を窺っている。

 アイツは本部長の家の目の前に直立の状態で留まっている。もう一分は経った筈なのに。


 ――プルルルル。


 俺の右脚に振動が走る。その原因は、ポケットの中のスマホの着信音だ。

 画面を見ると、その着信は霊戯さんから。


「……はい、もしもし」


『アイツの姿はそこから見える?』


「はい」


『今、古島さんのスマホで本部長に、僕のスマホで泰斗君に掛けてる』


 三つの視点からの情報を全て共有できるようになっているってことだ。賢い。


 エルミアが俺の横で、今すぐにでも飛び出したいとウズウズしている。頼むから頑張ってくれ、相手が何して来るか判らないから。


「ん?」


 灰色の男は、俺が声に出して不思議がる程おかしな事をし出した。

 片腕を上げ、指をパチンと鳴らす。これも何かの合図なんだろうか。


「何……?」


「判らない。霊戯さん! アイツ、指を鳴らしました!」


『指を鳴らしたって? ここからだとよ――


『うあああああああああああああ!!』


 電話の向こう側から、喉を引き裂くような叫び声が聞こえてきた。尋常じゃない、狂乱している。

 連続して呻く声の主は、古島さんや霊戯さんより低い声。俺の勘が正しければ……いや、勘なんてものを使う必要もない。


 声の主は、本部長だ! 何だ、何が起きてるんだ? 一体何がどうなってる?


『どうしたんです、本部長!』


『何があったんですか!?』


 古島さんと霊戯さんがどうにか会話のできる状態に持っていこうとしている。


 唐突に始まった奇怪な事件に、俺の心臓は止めどなく血を流す。

 エルミアは塀に掛けた手にグッと力を入れて前屈みになった。次に灰色の男がアクションを起こしたら爆速で襲う気でいるようだ。


『電話代わりました! ……い……今、彼の手に花が! 異様な匂いも……!!』


 一度も聞いたことの無い声。恐らく本部長にくっ付いていた警備員の人だ。本部長のスマホを手に取ったらしい。


「花……匂い?」


『っ!! 何を……!』


『ぐあっええ……あああああ!!』


 力んだ声。その次に、喉や肺を捻って出したような不快な声。最初のが警備員ので、次のが本部長の声だ。


 ――パリン!


 次の瞬間スマホと本部長の家の二つから、全く同じ、ガラスが割れる耳の痛む音が鳴った。

 ガラスが割れる音を直に聞いたのは初めてだから、俺は酷く焦ったまま家の二階の窓を凝視した。


 割れている。ギザギザしたガラスが牙のようだ。


 そして、中から本部長が出てきた。


「もしかして、飛び降り……!?」


 エルミアの予想は大きく外れた。


 本部長は窓の枠に生えたガラスを胸に押し付けたのだ。あの具合だと、刃物を突き刺しているのと大差はない。


 大量の血が流れ出し、透明だったガラスを赤い半透明の物に変化させる。


「何なんだよアレ!」


 俺は声を潜める事を忘れ、誰も理解できない現状を嘆いた。


『本部長! 何なんですか!』


『ううぇぇ……あああ』


『古島さん、あれです! 本部長が窓から!』


『警備員さん聞こえてます? 今そちらに――


『があああっああああああ!!』


 質も長さも大きさも違う声が入り乱れる。

 こうなってくると、いよいよ誰が何を言って何をしているのか判らない。


 恐怖。

 混乱。

 周章。

 戦慄。


 聞こえる声に籠る感情は、認識する毎に様変わりしていく。


「泰斗君見て!」


 エルミアに腕を掴まれて無理矢理動かされた俺の目のカメラは、灰色の男が玄関前の柵を開けて中に入る瞬間を捉えた。


 エルミアの仕掛けた魔法陣が顕在化し、男を炎で包む。

 男は罠が発動するのを想定していなかったらしく、恐ろしい速さで飛び退いた。


 ――今が攻撃を仕掛ける最後のチャンス!


 俺はそう確信した。

 その意識を目に見える形で表すように、エルミアが飛んでいく。


「エルミアっ! 俺も!」


 俺が二歩前に出た頃には、エルミアが炎の大玉をアイツに食らわせていた。


 火山の噴出物が翼を羽ばたかせて飛んできたのか、と周辺の住民は思うだろう。

 幻術の効果が働いていないであろう今、エルミアの出す火や人の死体は誰の目にもはっきり映る。


 燃え上がる空気を裂くようにして出てきた男は、所々に火傷の痕がある。

 だが、その動きは大ダメージを受けたって感じがしない。


「もっとよく見せろよこの野郎っ!」


 俺は魔石の力によって剣に炎を纏わせ、それを振り下ろすことで炎の斬撃を飛ばした。

 自分の能力が高まっているのが実感できた。


 斬撃は男のハットの端に当たり、燃焼と鋭い波動の力でハットは焼けて落ちた。


 植物のような緑の髪。そして、水色の瞳。

 コイツが仲間だったなら、俺は好青年だと羨ましがっただろう。


「想定外。ここは退散しましょう」


 その言葉によって焦らされる俺とエルミア。

 二人の手が届くより前に、男は自分で作ったピンク色の魔法陣の中に消えていった。



*****



笹塚幸三


 窓ガラスを自身の胸に押し付け、失血死。

 搬送先の病院で死亡が確認された。


君下隼人


 額を何度も壁に打ち付けたことに起因する脳挫傷により死亡。


五木元吾


 室内の様子をカメラで撮影した後、同カメラを自身の喉に詰めた。

 死因は窒息死である。


加賀光


 携帯していた拳銃を自身の足に向けて二度発砲。一発は左足に、もう一発は右足に当たっていた。

 その後は階段を五段上り、自ら手足を離して落下したと思われる。

 直接的な死因は、落下した際に発生した脊髄損傷による呼吸不全である。

 第50話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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