第5話 一石二鳥
嫌だ。死にたくない。
折角、死にかけたところを生き長らえて。
折角、可愛い女の子と友達になれて。
折角、明るい未来が見えて。
それなのに、もう終わりなのか。ここで死んでしまうのか。
だって、まだ何も分かってないんだぞ。ここで殺されなければならない理由すらも。
銃口が俺に死を宣告するように、ギラリと光る。
今動かなければ、エルミアが起き上がらない限り俺は殺される。
俺が殺されれば、その後にエルミアが殺される。
でも俺が動けば、二人とも殺されずに済むかもしれない。
なら、生きる可能性の高い方を選ぶべきだ。
なのに何で……動いてくれないんだよ、俺の身体は。
『死にたくないなら抗う。泰斗君には分からないのかもしれないけど……』
エルミアの言葉が脳裏を過った。
――そうだ。
生きる可能性が高いとか低いとか、そんな問題じゃない。
俺は……死にたくないんだ!
可能性とかいう言葉は忘れて。死にたくないんだから、死なないように行動する。ただそれだけのことだ。
「死にたくないなら、抗わなきゃな!」
さっき聞いた時はまだ死に直面していなかったから、いまいち理解できなかった言葉。
でも、今死に直面してやっと理解できた。
人殺しでも、悪者でもいい。
それが、生きようとした結果なら!
俺は体を起こし、足を後ろに向けて走り出した。
後ろには電柱がある。銃弾を防ぐには持ってこいだ。
思い切って行動すると、意外と頭が回るものらしい。自分の動き、相手の動きがすぐに理解できる。
男は唐突に動き出した俺に少し戸惑い、発砲。
だが、電柱に防がれて俺に当たることはなかった。
俺は短剣を握る右手に自分でもやったことの無い程強い力と、強い思いを込めた。
その思いは相手に対する怒りとか、恨みとか、そういうものじゃない。
生きたいと思う気持ち、彼女を……エルミアを救いたいと思う気持ち。
それが俺の行動原理なんだ。
俺は電柱の陰から体を出し、左足で強く地面を踏み付けた。
同時に、右腕をグッと後ろに振る。
俺のこの行動で、俺とエルミア……二人の命を救う。つまり――
「一石二鳥だあああぁぁぁ!」
俺はそう叫び、右手の短剣を思いっ切り投げた。心臓を狙って一発で決めたかったが、肋骨に阻まれたりしそうなのでその代わりに顔を狙った。
「がぁっ」
見事な一投だった。短剣はピンポイントで男の左目に突き刺さり、抉った。
よく聞こえなかったが、グサッよりはグジュッて感じの音だった気がする。
短剣が刺さった箇所から凄絶な勢いで血が吹き出した。
はっきり言ってグロい。だが、これで終わってしまっては行動を起こした意味が無い。
幸い、男は持っていた銃を手放してその場に落とした。おまけに叫びながら目をどうにかしようとしているので、今が好機。
俺は走り出し、男に向かって思いっ切りタックルをかました。
その際に彼の血が俺に掛かった所為で、今の俺は殺人鬼相応の見た目になっているだろう。
男は俺のタックルによって背中から倒れ込み、潰れていない右目で俺を睨み付けてきた。
「ガキがあああぁぁぁ!」
いやいや、まだそんなに動けるのかよ。
男は汚声を上げて立ち上がった。
ならこっちも攻撃を続けなければ。
俺がそう思った瞬間――
「ありがとう泰斗君、もう大丈夫!」
エルミアの声だ。目の前の男に気を取られて気付かなかったが、いつの間にか彼女が立ち上がっている。
エルミアは被っている魔法帽に吊り下がった三つの宝石の内、赤い宝石を毟り取った。
ただのアクセサリーだと思っていたんだけど、どうやら魔法のアイテムらしい。
彼女はその赤い宝石を右手で握り、先程の俺みたいに男へ投げた。
お姫様は意外にも投擲技術が高いらしい。
男は俺の方を向いていたので、赤い宝石は男の背中にぶつかった。
すると、突然俺の目の前で火の手が上がった。エルミアが投げた魔法のアイテムの影響だろう。
そして、燃えているのは俺が戦っていた男。
嘘だろ、そんな殺し方するのかよ。
全体的に茶色いイメージだった男が、炎に巻かれて一瞬で黒くなってしまった。
俺にも引火しそうなので、後ろに下がる。
男の体は、まるで積み木が倒れるようにボロボロと崩れ落ちていった。それは最早、人の形を留めていない。
辺りを見渡すと、同じような状態になっている死体がもう一つ目に入った。
さらに向こうにももう一つ死体が。今度は血を出して倒れている。
多分これ全部エルミアがやったんだろうな。
……うっ、こんなの見てたからか、気分が悪くなってきた。視界が霞み、同時に傾いていく。
ああ、気持ち悪い……。
――バタン。
*****
――バチン。
大きなモニターに映る中継映像が途切れ、画面が黒くなった。
「あーあ、全員死んじゃったよ」
モニターの前に鎮座する男が、低く呆れた声で言った。
「ええ、そうですね」
男の後ろに立つ眼鏡を掛けた女が、適当に相槌を打つ。
「もう少しぐらい頑張って欲しかったなあ。位置特定はできるけど、もっと色々見ておきたかったのに」
男は不機嫌そうに溜息を吐いた。
「仕方ないですよ。班員は貴方程強くない」
女は男を煽てる言葉を選ぶ。
「それにしても、目標は強力な女魔術師らしい。こっちに味方して欲しいからさ、他の捜索班に指令出しといて」
男は回転椅子を回して女の方を向き、椅子の背もたれに寄り掛かりながら命令した。
「最上層部への連絡が先では?」
女が目を細めて指摘する。
「いーんだよ、どうせオッケーされるから。ああそうだ、カモフラージュ球の効果が切れる前に死体の後片付けも手配しといてくれよ」
男はそれだけ言うと、また回転椅子を回してモニターに顔を向け、机上のコーヒーを手に取った。
「はい、畏まりました」
女は小さく返答し、足早にその部屋から出て行った。
「いつかアンタの魔法を味わえる日を楽しみにしてるよ、お姫様」
男はそう呟いて愉快そうに笑った。
*****
――あれ、ここは。
白い天井と円盤型の照明が見える。ということは、今の俺は仰向けになっているのか。
俺の部屋と同じ照明だ。天井の色も同じ。
体を右に倒すと、若干凹んだデスクとゲーミングパソコン。
うん、間違いなく俺の部屋だ。
というか、今まで何をしていたんだっけ。
寝起きだからか意識が朦朧として、全く思い出せない。
右を向いていて分からないのなら、左を向けば良い。自分でも意味が分からない理論で体を左に倒してみた。
俺の部屋は、デスクの反対側に中ぐらいの窓がある。
いつもなら窓のカーテンは閉めているのだが、今日はカーテンが開いている。
そして、窓の傍らに少女が一人。
ああそうだ、やっと思い出した。俺はトラックに撥ねられそうなところをエルミアに助けられ、変な奴等と戦ったんだ。
「あ……泰斗君起きた?」
エルミアが俺を見てくる。寝起きに美少女とか最高の一言しか無い。
すると、彼女が話を切り出してきた。
「泰斗君、ごめん……あの人達を殺すことを強いちゃって」
エルミアは申し訳無さそうに下を向いて俺に謝罪の言葉を述べる。
窓から差す月光が当たり、彼女が目に涙を浮かべているのが分かった。
エルミアとて、あんなことはしたくなかったんだろう。
その気持ちは俺も理解できる。俺だって人の命を奪う真似はしたくないし、それに加担することだってしたくなかった。
でも、俺もエルミアも生きたかったからその選択をした。
間違ってはいないんじゃないかな?
「別に良いんだよ。エルミアに言われなかったら俺もエルミアも今ここにいない。エルミアは決して間違ってないよ」
「うん……ありがとう。私も泰斗君が勇気を出して行動してくれたことに感謝してる」
彼女はそう言って笑みを浮かべた。月明かりのお陰でエルミアの姿がより一層輝く。
やっぱりこれは、助けて間違いないよな。
――あれ、そういえば。
「エルミア、どうやって家の中に入れたんだ?」
家の場所は俺が伝えていたから分かったとして、何故家の中へ入れたんだろう。
純粋な疑問だ。
「この部屋の窓が開いているのが見えたから、風の魔石で入り込んだの。ほら、この緑色のやつ」
エルミアは話しながら、床に置いてある緑色の宝石を手に取って見せてくれた。
それにしても都合の良い時に窓を閉め忘れるんだな、俺。
しかしあの赤い宝石といい、異世界にはこんな便利なアイテムがあるのか。
「魔石はね、予め魔力を貯めておいていざとなった時に使うの」
なるほど、そういうことか。戦闘が開始される直前に魔石が光り始めたのは魔力を流し込んでいたからというわけだ。
「私、途中で魔力切れになっちゃってね、それで倒れてしまったの。だから泰斗君にもこの魔石にも凄く助けられた」
彼女は魔石を握ってそう言った。
「でもおかしいんだよね……いつもならあれくらい戦っても魔力は残っているのに」
エルミアは不思議そうな顔で首を傾げた。
あれだけ派手に殺しておいて魔力が切れないなんて、超人の域だな。
まあ尤も、魔法を使える時点で俺からしたら超人なんだけど。
「じゃあ、その謎も解明しないとな!」
悩ましいときほどポジティブに。そうしていれば何事も上手くいく……と思う。
「うん!」
元気な返事が来た。俺の気持ちがテレパシーで通じたような気がして嬉しくなる。
さあ果たして、これからどうなるのやら。
窓から吹き込み肌を撫でる夜風は、ひんやりとしていて何とも不思議な感触だった。
第5話を読んで頂き有難う御座いました。
次回もお楽しみに!