第48話 それぞれの精神
思いも寄らぬ展開に酷く困惑した俺達。口をぽっかりと開けて暫く固まっていた。
「霊戯さん、最初からこうするつもりで……」
俺と咲喜さんが顔を見合わせた後に彼の顔を窺うと、そこには微笑の影があった。
自分の計画が上手く行きそうで喜んでいるんだろうか。それとも、癖か何かか。
実際がそのどちらだとしても、少し気味が悪かった。行くなら行っていいですよ、と戸惑う警官達に語り掛けているようだったからだ。
最初に本部から降りると言い出した人も立ったまま十数秒の間停止していたが、漸く動き出した。
彼は危急に際したように素早く書類等を纏めて鞄に突っ込み、部屋から出ていった。威勢良く反発した割にはきまりが悪い。
そして彼の姿が完全に見えなくなった時、次
々と席を立つ者が現れた。指で一人ずつ差すのは失礼だからできなかったけど、多分三十五人くらいだ。
どこか怯えているような様子の人も見受けられたから、霊戯さんの話を信じない人ばかりでもなかったんだろう。
勿体ないとは思わない。あの話を一瞬でも信じてしまったなら、怖くなって当然だ。
本部長は部屋から出ていく全員を目で追っていた。部下がいきなり消えていくんだから、彼も可哀想だ。
結局残ったのは十人。本部長とその横の補佐をしている人も合わせると、十二人。
多いのか、少ないのか。恐らく前例なんて無いから、過去の様々な事件の捜査本部の模様を調べまくっても、この人数が妥当なものであるかどうかは判らない。
ただ霊戯さんは狙い通りと言わんばかりの表情だ。彼の脳内には数時間前……どころか、数日前、数週間前にこの光景が浮かんでいたことだろう。
反応に困らされる。
俺は大きく息を吸い、長い時間を掛けて吐いた。
人は残っているしテーブルや椅子やその他機材等もあるんだが、数分前の同じ場所と比べると圧倒的がらんどうだ。
「笹塚捜査本部長も木坂副部長も、別の人に託すという選択肢がありますが……」
「私は残ります。一番の重役を担う者が背を向けては、部下に見せる面が無くなってしまいますので」
「私も同意見です」
その一言にどれだけの勇気が乗っかっているんだろうな。大事な役だからという理由で残るという事は、霊戯さんの話の真偽が確定していないのに信じる事を自分に強いているのと同じだ。
これが正義ってやつかと思った。……いや、正義かどうかも判らない。彼等からしたら犯罪に加担しているかもしれないのだから。
「それでは……そちらに居る十人の皆さん。宜しいですね?」
首を横に振る者はいなかった。
勇敢にも座ったまま動こうとしない十人の中には、遅刻寸前だったあの人もいた。慌てた様子から気の弱いイメージがあっただけに、意外だ。ここぞという時に覚醒するタイプの人間かもしれない。
「この十二人を新しい捜査本部のメンバーに決定するつもりですか?」
「私はそのつもりです。……決定権は笹塚捜査本部長、貴方にあるわけですから、後は任せますよ」
霊戯さんは会議のこれからを本部長に委ね、ゆっくりと腰を下ろした。
「……では、残った者の確認をさせていただきます」
本部長は手元の……多分捜査本部のメンバー全員分の名前と経歴が書かれていたりする書類を見ながら、一人ずつ名前を呼んでいった。
「白河太一」
「はい」
「吉香麗真」
「……はい」
「定多良二郎」
「はい」
「浦田麻夫」
「はい」
本部長の気まぐれで呼ぶ順番が変にならなければ、次が遅刻の人だ。「遅刻の人」というのも失礼だが、名前が判らない以上は一番印象に残っている事で区別するしかない。
一つ、他と区別できる事をしてくれたお陰で俺はあなたにちょっと注目してますよ。
「古島誠慈」
「……っ、はいっ」
声、普通。高くも低くもない。俺よりは少し高い。
まあ何ともいえない感じだけど、人が好さそうな雰囲気はある。
「水沢吉」
「はい!」
「菅原将吾」
「はい」
「林直人」
「はい」
「紅宮佐太郎」
「……はい」
「緑山元康」
「はい」
俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。故に、もう半分は頭から吹っ飛んでいる。
ラノベやアニメのキャラの名前なら一話登場しただけで記憶するというのに、リアルの人間となると何でこんなにも記憶しておくのが大変なんだろう。
「ここからどうするんですか? 霊戯さん」
「人が少なくなったのですから、先程より更に詳しい事を聞きたいのですが……」
左端の……確か、吉香さん……って人だったかな? その人は異世界とかについてもっと色々聞きたいらしい。
「本部長、どう致しましょうか? 私は屋内とはいえ……警視庁のような目立つ場所では余り話したくないのです」
警視庁なんてちょちょいと調べればすぐに場所が出てくるから、風の噂で警察が何か企んでいるらしいとXが知ってしまったら不味い。
だから、目立たない場所を選ぶのは良い対策になる。
そうなって来ると、問題は数ある"目立たない場所"の中のどこを選ぶのか、だ。
今この場に居る誰かの自宅? 何なら、俺達の家か? それだとエルミアが少々危険な気もする。
全ての都合が良い場所があったとしても、十二人の警官さん達に納得してもらえるのか。
重要な事を話し足りていないのに、「今日は解散です。また明日会いましょう」で上手く流れるわけもない。
「一般人が異世界や魔法は実在する、と思ってしまえば、それは混乱を招きます。そして何より、私の考察上に存在する私達と敵対する組織に行動内容が露呈しては困ります」
本部長は難しそうな顔をしている。
同情したくなるよ。霊戯さんどんどん話を広げていってるから。きっと俺と咲喜さんと霊戯さんを除いた十二人は、思考の回路の真ん中に絶縁体を嵌められたような感覚になっていることだろう。
「済みません、笹塚捜査本部長さん。これだけ人数が減ったことですし……集まってはどうですか?」
俺と霊戯さんばかり発言していつからか透明人間のような扱いになっていた咲喜さんの提案により、俺達は半径数メートルの狭い円の中に集まった。
一般的なオフィスより少し広いこの部屋が勿体ない。この部屋の広さに対して中に十五人しか居ないこの状況は、余り話し合っている感じがしない。
「どう致します? 笹塚捜査本部長」
「……私は霊戯さんの意見に賛成し……具体的な議論等は翌日以降に持ち越そうと思っていますが……反対意見はありますか?」
手を挙げる者も、「あります」と言い出す者もいなかった。無いなら「無い」と言った方が良いんじゃないかと俺は思うけど、誰もそうしないようだ。
「……それで決定します」
「あの……済みません、一つ良いでしょうか?」
反対意見を示すタイミングでもない微妙な時に挙手したのは、俺。俺には本部長について気になっていることが一つある。
本部長がこちらを向いたので、「どうぞ言ってください」という意味だと、無言の了承を察して口を開いた。
「その……失礼な気もするんですが、笹塚捜査本部長は……話し方がやけに崩れていませんか?」
崩れている、といってもそれは俺の警察に対するイメージと違ったからで。実際こういうものなんだなと思えばいいところを、もっと厳しい話し方が普通だという理由で思い切って言ってしまった。俺はすぐに後悔した。言わなけりゃ良かった! ……と。
俺が如何に非常識で失礼な奴かという事がこの場に居る全員に知れ渡った事を、後ろの方から俺を睨む視線で理解した。
「それは僕も同調しますね。先日の本部長は、もっと厳格な方でした」
古島さん、あなたとは友達になれそうだ。
俺に対しての同情か本心かは判断つかないけど、俺と同様に「失礼な野郎」のレッテルを貼られる事は確定している。
「お前っ! 若気の至りで済むと思ってんのかあっ!」
古島さんより年上な……というか年上じゃないと困る物言いをしているこの人は、確か水沢さんだ。
古島さんを叱るなら、ついでに俺も叱ってくれませんかね。
「泰斗君、あんまりそーゆー事言うもんじゃないよ」
「はい、ごめんなさい」
結局話は解散という方向に進んでいった。これは霊戯さんの話術のお陰なんだろうか、皆んな賛成してくれている。
明日に吉香さんの家で集合だそうだ。
Xの中には普通の人間っぽい人もいたから、警察という組織の中にもXと繋がっている人がいてもおかしくはないんだけど……というのは全員が集まっている場所で言及するべき事じゃない。後で霊戯さんに話してみよう。
ところで、吉香さんの家は中々に広く、独身で同居人もいないから秘密の捜査には持ってこいなんだと。
金持ちは羨ましいな。独身ならその家を自由に使えるんだし、本当に最高だろう。
*****
解散になり、俺はやっと家に帰れると思って疲労とストレスを対外に排出する用意をし始めていた。
……が、霊戯さんはどうやら本部長に用があるらしい。何故なのかは教えられず、それでも俺と咲喜さんにも着いてきてほしいと。
「……何なんだ? 一体……」
先に建物の入口付近に向かっている二人に追い付こうと歩き出した俺を、一つの声が引き止めた。
「済みません、よろしいですか?」
振り向くとそこには赤みがかった茶髪の男性が。さっき一緒に会議に参加していた……えー、名前は……長かった気はするけど一文字も思い出せない。
「ああ……えっと、あなたは……」
「紅宮です」
「紅宮さん……どうかされましたか?」
漢字二字で七音とは……日本語は実に難しい言語だ。
「笹塚捜査本部長について、一つ気掛かりがありましてね」
「気掛かり?」
「……ええ。三日前のことなのですがね、私と本部長とその他数名で街中を歩いていたところ……灰色の中折れハットとスーツに身を包んだ高身長の男が、狙ったかのように本部長に打つかったのです」
三日前のちょっとした記憶でも、しっかり相手の特徴を捉えている。流石警察、特にこの人はエリート感がある。
「打つかったといっても曲がり角で衝突するようなものではなく、スっと肌が触れる程度。……しかし、その際に本部長の手に一瞬触れていたのですよ。本部長本人にも念入りに検査していただき、結果は毒も爆弾も無いとのこと」
本部長の体に以上は無く、相手がただの変な人で話は終わり。……そんな筈がない。
きっと紅宮さんはこう言いたいんだろう。
「しかしそれが、魔法なら……?」
やっぱりか。俺が紅宮さんの声を使って脳内で再生したのと同時だ。
「魔法なら、その一瞬で何か細工ができた可能性はありますね。……でも、何故その話を僕にしたんですか? 霊戯さんに言うべきでは?」
「……あの人は信用できないのですよ」
信用できない、だって?
「なら! 手遅れにならない内に……」
「その言葉は受け取れません。私は彼を信用できないからこそ、信用できるようになるまで共に居続けるのです」
俺には理解不能だった。その精神は一体どこ産のものなんだろう。彼の目は、本気だ。冗談で言ってはいない。
「霊戯さんが信用できないんなら……僕も同じでは?」
「あなたは違う。彼のみから、特別なオーラを感じるのです。解り易く言い表すならそう、ミステリアス」
霊戯さんの特別なオーラか。分かるような、分からないような。
「あなただって、彼が百パーセント悪者でないと断言できない筈ですし……ね」
妙に馴れ馴れしい。俺を引き込もうとか考えてるんじゃないだろうな……。
まあ、「そうですね」と彼の意見を肯定したことにしておこう。多分何言っても無駄だ。
「この会話は口外しないように願います。……そして、本部長の安全も、私の観察の目が行き届かぬ所はあなたに任せます」
紅宮さんは俺に不安と願望を押し付けるだけ押し付け、華麗なる回れ右をして廊下の奥に去っていった。
俺に言わせてみれば、あなたも霊戯さんと同じようにミステリアスなオーラをこれでもかと言う程に放ってますよ。
向こうで二人が俺を待っている。
俺は大玉を口から出すカプセルトイのように息を吐き、二人の下へ歩き出した。
第48話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




