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第47話 賢い作戦、愚かな選択

 今の俺は、「人生で大切にすべきことは何ですか?」という問い掛けに「予行練習」と答えるだろう。間違いなく。


 畏まった挨拶なら俺にも可能だったが、挨拶の次に何と発言すべきか……と言われると途端に何も思い付かなくなる。


 どうすれば良いんですか霊戯さん! 咲喜さん!? お願い、助けてください!


 そんな叫びを伝えようと、俺は目の黒い部分に二人の方と正面とを何度も往復させる。


「着席されて構いませんよ」


 あ、良いんですね。


 俺はそれを聞いて安堵し、ストンと椅子の上に舞い戻った。もうちょっと綺麗で正しい感じの座り方があっただろうと自分で思う。


 これで俺の役目は終わり……と思いきや、向こうの警官に質問を受けた。

 まあ、会議だもんな。俺もドラマで捜査の報告とかそんなのをしているシーンを観たことがあるし、不明な点を質問することに何のおかしさも無い。


「朱海さんは霊戯さんと合流する直前、地面に横たわる母親を発見したとの事でしたが。その時の状況や周囲の様子を詳細に説明していただけないでしょうか」


 質問のくせに語尾に疑問符が付いていないから、その声全体の抑揚が無いものみたいに認識してしまう。これが捜査官なのか。


 質問されたなら、答えなければ。

 俺は再び立ち上がった。今度は前回より丁寧に。


 しかしどう説明すれば事実が相違なしに伝わるんだろうか。俺は警察官やら裁判官やらと難なく会話できる程のトークスキルを持ち合わせていない。まあまあ仲の良い人と普通に話せる程度だ。

 というかそもそも、事実を事実のまま説明してしまって良いんだろうか。

 母さんが死ぬ時の前後となると、母さんが攫われた時からべべスを殺した時までくらいだ。

 だがその数十分を全て説明してしまっては、俺が殺人をした事が知れ渡る事になる。

 相手が異世界人なら法律が適用できないーなんて事になるかもしれないが、俺の殺した偽ウィンダはもしかしたらこの世界の人間かもしれないんだ。


 どうしよう、どうしよう。立ち上がってマイクを調整する数秒間で色々考える。


 考えていた時、咲喜さんが紙切れを一つ俺の方へ手でスライドさせた。

 立ってままでもその文字は鮮明に読める。数行しか無いようだから、俺は大体の内容を把握するために視線だけ下に向けた。


"買い物から帰ってきた母が買い忘れを補うため再び家を出たところ、悲鳴が聞こえた。駆け付けると母が何者かに攫われたため、半ば錯乱した状態で追跡すると亡くなった母を発見。数メートル先にもう一人の死体があったため争った末の死だと思われる。"


 この文を黙読するのには神経を使った。自分の脳にインプットされていない情報なんだから当然。気を抜くと間抜けにも音読してしまいそうだった。


 咲喜さんに渡されたからこの文も同じく彼女が書いた物だと一瞬思ったが、家のホワイトボード上に全く同じ字があったのを思い出した。

 霊戯さんが、書いたのか。いつだろう。

 ……まあいい。大事なのはここに書かれている事。


 ……成程、俺はこの偽のストーリーを語れば良いんだな。用意周到で助かるよ。


「はい。僕は14日の19時頃、家の外で何者かに攫われる母を見ました。母は丁度スーパーから帰宅して……牛乳を買い忘れたと言ってコンビニに向かうところでした。余りに突然の事でしたから僕も少し錯乱してしまい……通報などもせず犯人を追い掛けていると、途中で見失ってしまいました。それでも何とか探していると、母の死体を発見して……その数メートル先にもう一人、犯人と思われる者の死体があったので、争ったのだと思います」


 よし、言い切った。……だが、質問はまだまだやって来ると察していた俺は座らずに待った。


「ありがとうございます」


 さっき俺に質問した警官が座る。


「では、質問です」


 一番右の列の一番後ろ、背が高い警官が立ち上がる。


「はい」


「争った末の死、と推測されたようですが、犯人と思しき人物にそれらしき外傷は見られましたか? 死体は暗躍する組織の工作により焼失したとの事でしたので、何かあったのなら教えていただければと思います」


 錯乱した俺の見間違いが起こっているかもしれないのに、そんな問い方をするなんて。……それ程有益な情報が無いという事なのか。


 今度も助け舟が来ないかと手元を見ても、何もなし。

 自分で考えろって? なら頑張るしかない。


「……えー、僕の記憶が正しければなのですが」


 曖昧な記憶を探るフリをして、必死に有り得そうな外傷を考える。


 あの時を思い出すとサンダーウルフの姿も特典のように付いてくるので、考え付くのは一つしか無かった。


「首元に引っ掻いた痕がありました。……出血もしていたかと。……なので、母は犯人の首を引っ掻いた後に体を貫かれ、刺し違えた形で終わったのだと思います」


 ミステリーチックな小説を愛読していたのがここで活きた。

 首の血管は切れると危ない。

 俺が勝手に作ったストーリーは、結構理に適っていそうだ。


「ありがとうございます」


 納得してくれたっぽい。


「現時点では周辺の住民から目撃情報は出ていない……つまり君の証言でしかその状況を再現する事はできないのです。本当に間違いはありませんか?」


「……はい! 僕にとっても衝撃の出来事でしたので……鮮明な記憶が残っています」


「分かりました。貴方の考察が全て正しいものかは判り兼ねますが、……一説として採用しましょう」


 本部長はそう言って、片手で俺に着席するよう促した。

 霊戯さんが考え、俺が付け足したストーリーがこうも簡単に真相の一説として採用されるとは思っていなかったから結構驚いている。座るのも億劫になる程だ。


 礼くらいはしておこうと、俺は小さく首を振ってから座った。


「えー……そして、次に捜査協力をしていただいている霊戯さんが演説を行います。その内容は全て外部に漏洩する事のないよう願います。……テレビに映像が映りますので注目して下さい」


 霊戯さんのパソコンで再生した映像をテレビにも映すって事だ。

 その映像は、二つ。一つ目が俺達とべべスが乱闘する様子、二つ目はエルミアが魔法を使用している様子。

 それぞれを霊戯さんの説明と共に、捜査本部の人達へ見せる。本部長にもこの映像は見せていない筈だから、室内が騒然とするだろう。


「毎度同じ挨拶で退屈させてしまっているなら申し訳ありません、霊戯羽馬です。笹塚捜査本部長には『非現実的な問題』と言ってこの時間を設けていただきました。非常に抽象的な表現ですが、『非現実的な問題』というのは確実に一連の事件に絡んでいます」


 場所が場所なだけあって、霊戯さんの声や口調も丁寧に聞こえる。

 俺はこういう時間に話の仕方を学んでおくべきか。


「先ずはこの映像をご覧下さい」


 霊戯さんが手元のパソコンのエンターキーを押すと、向こうの画面に再生途中の動画が表示される。

 そして、動画は再生された。


 目を細くして見ても、やっぱり火花や紫色の光しか判らない。ギリギリ建物の輪郭が見えるぐらいだ。

 それでもこの異常性は十分に伝わるだろう。


「これは僕の自宅前で殺人が起こる直前に撮影した動画です。画質の問題もあり周囲の様子が判断できないのですが、火や光が何も無い所から放出されているのが判ります」


 おー、おー、という驚きの声が、何人分か耳に入ってきた。……でも、この様子じゃまだ半信半疑だろう。明らかにこれがフェイクだと思っていそうな人が居るし。顔に関心が見られないから、簡単に判る。


「住宅の屋根の上で僕も見たことの無い容姿の人間……らしきものが、事件の被害者である加藤輪夏さんを襲っていました。正体不明の火や光もこの者の仕業でしょう。……しかも、この者は僕に向かって『透明化してお前の家に忍び込んで情報を入手した』と吐いてどこかへと去っていきました。情報というのは恐らく、朱海さん宅の住所。朱海月乃さんが襲われたのもこれが原因だと思われます」


 映像が暗いのと画質の粗さを上手いこと利用して、虚偽の状況説明を本当にあったことのように語っている。霊戯さん、恐るべし。

 言っている内容こそ信じ難いものだが、霊戯さんの大真面目な語調には思わず信じてしまう人も出てくることだろう。


「透明化と言いましたか? 火花や発光は百歩譲って有り得るでしょうが、透明化なんてUMAでもできない! その犯人の出鱈目ではないのですか?」


「……っ、そうだ! その映像だって……編集した物ではないのか!?」


 怒号に近い声が霊戯さんに向かって飛ばされた。対する彼は全く動じていない。

 俺も何となくこうなるんじゃないかと危惧していた。杞憂になるかもと一瞬思ったけど、やっぱりそんなことはなかった。


「動画はもう一つあります。……実はですね、僕は『異世界から来た人間だ』と自称する少女と知り合いました。隣の二人とも、同じく知り合っています」


「異世界だって……!?」


「彼女によると、異世界の人間は『魔法』を使えるのだそう。なので、僕の話の信憑性増進のため、彼女が実際に魔法を使うところを動画に収めてきました」


 次に画面に映ったのは、エルミアの手元だ。

 顔を見せないようにしたのは、俺の希望。エルミアは「別に良いのに」と言ったが、俺は我慢ならなかった。


 再生されると、エルミアの手の平からボッと墓地の火の玉みたいな火が出た。

 ロウソクをCGで消してるんじゃないかと疑われそうな弱火だけど、仕方がない。家の中でデカい火を出すわけにもいかなかったし。


 会場は案の定ざわつく。これで遂に霊戯さんの話を信じる者、そして信じない者に二極分化された。

 偉い人が場を取り仕切っている事による不本意な恐怖政治は……もうここの人達には通用しない。


「……おい、俺達はあんなのを信じなきゃならんのか? ……嘘に決まってる」


「きっとあの霊戯って探偵が真犯人の手下なんだ」


「……それは何故です?」


「解らないのか? ほぼ全ての殺人現場に居たんだぞ、あの探偵は。……この演説には警察の捜査を撹乱する目的があるんだよ」


 勝手な憶測が飛び交う。中にはヒソヒソと陰口を叩くような話し方をしている連中もいる。

 俺は声を大にして猛反発するより、ああいうのの方がずっと嫌いだ。

 でも、まあ……気持ちは解らなくもない。どこの馬の骨とも判らない、しかも何故か現場に居ることが多い探偵が登場し、異世界がどうとか魔法がどうとか言い出した。

 疑心はパンデミックレベルで流行るだろう。


「静粛に願います」


 マイクとの距離、ゼロ。本部長さんの超低いボイスが壁に天井に床にと打つかり、ザワザワという虫みたいな声を喉から潰す。


「信用に欠ける説である事は自覚しています。僕がどこかの回し者等と思われても、仕方の無い事です」


 霊戯さんでも、難しいのか。


「私は降ります!」


 テーブルが凹みそうな威力でバンと叩き、捜査本部から降りることを堂々と宣言した人が、一人いた。


「不可解な事件に意味不明な探偵に……もううんざりなんです。……誠に勝手で申し訳ありませんが、許可していただけると幸いです」


「会議中です。職務放棄は――


「構いません」


 本部長の却下を霊戯さんが遮った。構わないと、そう言って。

 信じられないからという理由で会議を抜ける行為を許す……まさか、これが「警官の人数を絞る」ってことなのか……?


「笹塚捜査本部長、願書は提出期限を明日にでも定めて、この場を抜ける行為を許可していただけませんか?」


「…………そうか…………分かりました」


 本部長さんも大層驚いている。勿論、俺も驚いている。そして例に漏れず咲喜さんも驚いている。見渡すと、会場の警官も皆んな驚いている。


「僕の話をどうしても信じられない、という方は会から抜けて構いません。本部長直々に許可していただきましたから。……そして、僕の話を信じるという方。先程話した通り、この事件には『異世界』や『魔法』が絡んでおり、深く関わるならば命の保証はできません。これまでの死者の数が、それを物語っています」


 霊戯さんが少しだけ早口になった気がした。


「危なく愚かな話を賢しくも信じ、その上で命が惜しくないという方だけ……残ってください」


 何人まで絞るか判らない、という彼の台詞の意味することが今、恐ろしい程に理解できた。

 第47話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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