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第46話 捜査会議

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東京都深賀市→東京都杉並区

架空の地名を使っていましたが、止めました。

 読みたくない物でも、「読め」と言われたら読むしかない。それにこれは警察の調査や動向について知るために必要な事だ。

 内容が生々しいのも覚悟している。対象が俺の母さんだってだけ。……それだけ。


 霊戯さんも随分酷なことをするな。まあ、そうさせないと話に着いて行けなくなったりするからってのは俺も理解しているんだけど……。

 もっとこう、俺にこれを渡すことをちょっと躊躇ったりとか。そんな様子があっても良いのに、普通にスっと書類を持つ手を俺の前に出すじゃないか。

 本人が心の中でどう考えているのか知らないけど、多分俺のことも少し考えてくれている筈だ。霊戯さんも鬼じゃない。


 そんな愚痴っぽいことをもう一人の自分に向かって吐きつつも、俺は一生懸命文章を頭に取り入れていた。

 ゴキブリでも出てきましたかってくらいに目を開いて、薄情な遺体の説明を読む。一度読んだ箇所は、カラオケで歌っているときのように色が着いていく。白黒で詰まらない紙だったからかもしれない。


 どうやら母さんは、腰椎の一番上を粉砕されていたらしい。

 外科医が扱うような人体の部位の名称なんて大半が初耳となると思われるが、丁寧というべきか残酷というべきか、図の存在があるお陰でしっかり解った。

 腰椎の文字通り、腰の部分の骨だな。もっと簡単に言えば背骨。この言い方なら割と馴染んでいる。それでも年寄りになって腰痛が酷くならないと頻繁に使う言葉にはならないんだけどな。


 てか背骨をいとも簡単に粉砕し、更には腹まで腕を貫通させる……そんな荒業を見せたべべスは冗談抜きでヤバいんだな。……いや今までもべべスのヤバさを冗談で語ったことは無いんだけど!

 よく分からない力で母さんを引き寄せて、引き寄せた勢いで貫いた。当時はそれくらいに思っていたが、この説明からして、腕を硬化させる魔法でも掛けていたのかもしれない。うん、絶対そうだ。


 図で解説されている母さんの体に空いた大穴は、腕が貫通しただけあって大きい。鋭利な刃物で~とか拳銃で~とか言われる穴って直径数センチなんだろ。でも腕はもっとある。

 この事件を全く知らない一般人でもこれを見せられれば、少なくとも普通の通り魔の犯行じゃないってことぐらいは判る。


 そして相変わらず、指紋や繊維の発見はなしだ。だよなって感じ。


「はい、霊戯さん。大体は読みましたよ。……難しいとこはあんまりですけど」


 そう、俺は詳細な所まで目を通していない。

 難解な言葉が増えてくると萎えるからだ。文脈や使われている漢字で何となく意味は解るけど、大事そうな事は押さえられていると思ったので深く考えるのは止めた。


 捲った物を全て、パラパラと紙で空気を外の方へ回しながら元に戻す。シワも汚れもない、流石俺。


 読み終わって初めてちょっと分厚いな、と感じた。さっきまで全く気に留まらなかったのに何でだろう。

 まあ分厚いといっても五ミリにも満たないんだからそりゃ気にならないか。読み終わって違うところに意識が向いただけだな。


 俺が霊戯さんに書類を返した時、読み始めてからもう二十五分が経とうとしていることに気が付いた。時間の流れは早いな。


「そろそろ行こうか」


 霊戯さんの言葉が渡ると、三人が立ち上がった。

 そういえば二人はこの二十五分間何をしてたんだ? 俺は書類に執心する事で時間を消費したから良かったが、二人は特にやることも無く結構暇だったんじゃ。

 ……いやぁ、何と言えば良いか。申し訳ない気分だ。


「泰斗さんはお母さんのことについて色々聞かれてしまうかもしれませんね」


「だね。大丈夫そ?」


 大丈夫。そんなことになるんじゃないかとは予想していたし、実際に質問責めされても俺の喉が詰まるような事はない。

 それどころか、今日この日まで一回も警官が押し寄せて来なかった……って事で警察への信用を失いつつあるくらいだ。

 俺の方は準備万端、いつでもかかって来い。


「大丈夫ですとも」


 俺はまあまあ元気に答え、二人の向かう方へ足を出した。

 俺は左に行くか右に行くかも判らず二人と一歩ずれた位置を維持している。


「ここ」


 代名詞一つで霊戯さんが示すのは、一目見て巨大だと判る部屋。俺達の目の前にある。


 これは所謂、捜査本部ってやつだ。俺が独自に調べたところ、普通捜査本部は事件が発生した場所に近い警察署に置かれるものらしい。

 だからこれは特別な例。ドラマを観てると勝手に全部警視庁の中にあると勘違いしそうなものだが、実はこっちの方が希少だったりするんだ。


「本当に入って良いんですよね……俺? ってか入らないといけないんですよね!?」


 ここに来て気に迷いが生じる俺。だって当たり前じゃないか、こんな物を見せ付けられて。


 ツルッと滑りそうな床!

 スーツ姿の石頭そうな大人達!

 狭っ苦しいよりはマシだけど後一メートルくらい低くなると丁度良い天井!


 部屋の中の何もかもが、俺の侵入を快く思っていないような雰囲気を漂わせている。


 サッ。背中に優しい感触。俺の肌と俺の服と咲喜さんの肌が互いに擦れ合う耳に届かない音を身で感じる。


「自分だけ取り残された、なんて思わないでください。……私もここ……というか警視庁に入った経験無いので」


 中で待機中の警察官さん達への配慮か、それとも俺の気を安らげる目的からか、彼女の声は俺の鼓膜を優しく撫でる程度の大きさだった。


 俺はてっきり咲喜さんは霊戯さんと一緒に仕事して、それでこんな場所にもよく出入りしているんだと思っていた。

 だが流石の彼女にも警視庁にお邪魔する機会は訪れなかったよう。


 赤信号、皆んなで渡れば怖くない。


 この子供騙しにすらならない、昇華する方法が見当たらない言葉を思い出した。

 別に俺達は今から法を犯すんじゃない。もう犯してるけど。

 ……それは話がややこしくなるから置いておいて、俺はただ怖いだけ。でもやっぱり、似たようなことを感じていると思われる人が近くに居ると安心する。


 俺が恋愛的な「好き」を意識している人の中ではエルミアが一番上に君臨しているんだが、もしエルミアがこの世界に存在していない時点で咲喜さんに会ってしまったなら、多分咲喜さんが一番上になっていただろう。

 ちょっと前までただの仲間だと認識していた人が……恋愛対象として気になってしまった。

 少し優しくされただけで惚れるのは非リアの特徴だと、誰かが言っていた気がする。


「そうだったんすね……」


 小声に小声で返そうとしたからか、パシリにされている後輩みたいな口調になった。


 ドアの枠を潜ると、いよいよって感じが伝わってきた。

 書類やら何やらをテーブルに置いて座する警官達が皆、こちらを見ている。


 そんなジロジロと窺われたくないな、手元の書類でも見ていてくださいって言いたいよ。

 調子乗った高校生感満載の俺が前を通ったら気になるのも分かるけど……急に怒鳴られたりしないだろうかと怯えないといけないこっちの気にもなってほしい。


 そんな畏怖の対象が向かって左側に集まっているからと、俺は首を少し右に動かす。あの人達と目を合わせたくないんだ。

 ……と、思っていたら右にも居るじゃないか。

 多分、捜査本部長的な人かな? その横に一人補佐っぽい人が居るし。


 この部屋を俺が歩くと幾つかの眼光が俺に集まってしまうのに、霊戯さんはお構い無しにズカズカと進んでいく。

 速度を上げる事も下げる事もできず、彼とほぼ同じ速度でいるしかない。


 しかも、咲喜さんを見る目は一つも無いみたいだ。見渡す限り彼女が紅一点なんだけど、仕事中に欲情する輩はパトカーに乗ろうとは思い至らないらしい。

 咲喜さんがそういう被害に遭わなくて良かったと思う反面、自分だけ無駄に注目されるのが嫌だと、俺は不満でいた。


 本部長さんの横にもう一つテーブルがある。

 横といっても少し離れていて、プラス若干斜めだ。俺達の席はあそこか。


 本部長さんに近い方から、霊戯さん、咲喜さん、そして俺。この順に座った。

 部屋全体を見渡せる位置だ。他人の顔を覗けない後方よりずっとマシ。

 ところで俺達のテーブルにマイクが一台置いてあるんだけど……そうなるとやっぱり緊張するな。絶対何かしらは喋るもんな、俺。


 霊戯さんは持ってきたパソコンを開いた。会議の準備でもしているんだろう。そして咲喜さんと俺は、膝に手を置いて静かにしている。


 俺の体内時計によると、会の始まりまで後一分足らず。それならもう始めてしまえば良いのにと、待つのが苦手な俺は思う。俺が補佐なら助言したいくらい。


 ……だってそうだろう。何十人居るか知らないけど全員揃っているだろうし、開会しても問題無い筈だ。


 俺が心の中でブツブツ言っていると、微かに駆け足の音が聞こえてきた。

 気の所為か自分の心臓の音を誤認しただけかと思ったその時、部屋の後方のドアから一人の警官が入ってきた。


 後五秒で着席、遅刻ギリギリ。アウトと判断されても文句は言えない。

 その男は、体の数箇所をテーブルに打つけつつ座った。

 男。焦り顔。でも髪や服装が整っている辺り寝坊とかじゃなさそうだ。バスが遅れたか、場所を間違えたかのどっちかだな、これは。


「ではこれより『東京都杉並区における一般市民及び警察官殺傷事件捜査本部』、第六回会議を開会します」


 文字起こしすると漢字だらけになりそうな開会の言葉が部屋に響いた。

 俺は緊張から露骨に瞬きを繰り返し、氷像のようになって話を聴いていた。


 暫くの間、俺は暇だった。

 低い声で淡々と難解な言葉を並べられては、頭の処理が追い付かない。というより、頭が処理しようとしてくれない。

 しかも内容は聞き飽きているものだ。調査報告なんて俺が知っても仕方ないし。ちゃんと聴こうと思っても新しい情報は殆ど無いし。


 それでも態度の悪い奴だという印象が付いてしまうのは心底嫌だったから、真面目に聴いたり考察している素振りを見せていた。


 俺は何をされるんだろうな。

 母さんが死んだ時の状況についての質問とかそんなところか?


「……今日に於ては、本事件により先日亡くなった朱海月乃さんの子息である、朱海泰斗さんに出席していただいています」


 名前を呼ばれた。相手の話に意識を集中させていなくても自分の名前が出ると、何故か全意識を引っ張られるのはあるあるだ。


 こういうときって立ち上がるべきなのか?


 対応に困った時間は僅か一秒。隣の二人が頷く事で俺に合図した。


 礼儀なんて考える余裕も無く、俺はガタッと音を立てて腰を上げた。丁度胸の辺りにマイクが来ている。


 小学校のスピーチを思い出す。黒板の前に立って原稿を広げ、声を張るアレだ。

 学級委員長に立候補するような奴しか喜ばないあの課題に似たものが、俺に突き付けられている。


 ピーっと不快な音が鳴らないようにと慎重にマイクを俺の方に寄せ、息を吸った。

 大丈夫、俺の呼吸音は垂れ流されていない。


「えーっ、はい。朱海泰斗、朱海月乃の息子です。この事件の捜査協力を依頼されている霊戯さんの付き添いとして、……また、この事件の間接的な被害者という立場で出席させてもらっています」


 即興の挨拶としては我ながら完璧!

 文豪の肩書きを持ったワトソンの気分だ。


 ……ただ、ここでとてもとても重大な問題が発生した。

 それが何かというと、俺は次に何を言えば良いのか分からない。

 脳をフル回転させ言葉を繋げようとするも、即興でやるのは難しい。

 他の人にとっては十秒くらい、俺にとっては三分くらいの沈黙が続いた。

 第46話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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