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第45話 捜査会議の前に

 透弥の言葉には、簡単には説明できない程の迫力があった。その話題について、真面目な見解を持っていることが伝わってくる。


 人を殺したら、その人は罪人。


 幼稚園児の心にも根付いている、至極当たり前の考え方だ。人間なら誰でも分かっていること。だからこそ、それを改めて理解させる彼の言葉は大切なものだと俺は思う。


 もっと大切なのは、そこより前の言葉だ。

 人殺しの理由が善でも、偽善でも、悪でも。

 人を殺したのなら罪人だと、彼は説いた。


 透弥が言ってくれたのには感謝しかない。

 だって俺は、肯定してしまっていたから。

 俺が人を殺したのは、三回。

 全て、俺の思う善に基づいての行いだ。


 善だから、人を殺しても許されるんじゃないか……という甘えた考えが、戦いに呑まれる内に俺の中に芽生えていた。

 でもそれは違うと。間違っていると。透弥がそう教えてくれた。


 そうだ、俺は罪人だ。もう人を殺してしまったんだから。その時点で、頭から尻まで綺麗な人間ではなくなっている。


 透弥の考え方が間違っている、なんて言う人がこの世界にはいるかもしれない。世界は広いから。

 そんな世界に生きる俺だが、透弥の考え方は正しいと言うしかなかった。

 奇行みたいになってしまうからと抑えたが、俺は心の中で何度も頷いた。首が折れてしまうくらい。


 透弥は、何かに気付いたように顔を動かした後、足をテーブルから下ろして再び椅子に座った。


「まあ……そんな感じだよ。熱くなり過ぎたな、でも……これは忘れないでほしかったんだ」


 わざとらしく目を逸らし、忘れないでくれとお願いする透弥。

 俺は、彼がカッコよく見えた。こんなことも言えるんだな、という感心が強かった。


「ふっ、あはは……」


 霊戯さんが突然吹き出した。

 限界まで固まった雰囲気が場を包んでいたから、彼の行動は注目を浴びることになる。


「霊戯さん?」


「何だよ羽馬にい」


 本当にどうしたんだろうか。特におかしい部分は無かった筈だけど。


「……ああ、そっかぁ……罪人か。成程ね。……いやぁ、ごめん。……透弥でもそんな大人なこと言えるんだなって思ってね」


 口の緩んだ所から溢れようとする笑いを極限まで我慢しているような調子で語る彼に、俺は釣られた。

 これはただその様子が面白くて笑ってしまったんじゃなく、俺と彼の考えていることが同じだったからだ。

 透弥が珍しく格好良いと……褒めているのか貶しているのか微妙なラインの理由に基づいた笑いは、すぐに感染した。


 大爆笑、とまでは行かない「アハハ」という笑声が部屋の空気を解す。


「透弥、お前すげぇ良いこと言うじゃん」


「ですね、本当に」


 霊戯さんも咲喜さんも俺と似た笑顔を作る。

 透弥と長い時を過ごしている人達がそんな感じだから、俺は透弥のことを理解したような気分になった。

 まだ会って一ヶ月も経たないのに、だ。


「なっ……何だよ、ちゃんと分かってんだろうな……!?」


 キレ癖が発動するかと思いきや、透弥の口調は強くなかった。

 全体の半分を賞賛が占めている雰囲気に、多少の喜びを感じているようだ。


「分かってるよ。それは、大切に心に仕舞っておく」


 エルミアも格好良かった。

 それを聞いて、透弥も安心そうにしている。

 折角気力を放出して訴えた内容が受け入れられなかったら、そりゃあ悲しいもんな。


「罪人な……。でも、それでも俺は立ち向かわなきゃいけないんだ」


 魂の叫びに心を揺らされた後だが、俺の覚悟は変わらない。これからもやり続ける。

 エルミアのために。皆んなのために。

 そのためなら、俺は罪人であり続ける。罪を重ねていく。


 一段階レベルアップした決意が、俺の心に焼き付いた。


「……まぁさ、俺は殺そうとしたことはあっても殺したことはねぇから……言える立場か判んねぇんだ」


「立場なんて関係ないよ。透弥」


 恥ずかしいもももどかしそうな透弥に、霊戯さんが優しくそう伝える。

 「ん?」というような仕草で彼と目を合わせる透弥に、続けて言う。


「自分の考えを相手に伝えるとき、立場の違いによる条件はない。自分がそう思ったなら、そう言って良いんだ」


 人生をぐるっと動かされそうな言葉だ。普通の人より二周くらい多く回ってる俺の人生が、遂に三周しそう。

 霊戯さんはいつも気楽な感じがするし、誰に対しても差の小さい対応だ。それは、今言ったこの考え方が彼の生き方に作用していると証明している。


「皆んな良いこと言いますね~」


 エルミアは純粋な尊敬から来ていそうな褒め言葉を並べている。

 彼女の頬の動きをじっと見詰めていた俺だったが、ふと透弥の反応が気になったのでそっちを向いてみた。


 透弥は木で出来た割と硬い椅子の背もたれに寄り掛かり、はみ出た首を後ろに倒して天井を眺めていた。周囲の話など気にしないような……いや、寧ろ気にし過ぎているような。

 そんな目が、睫に阻まれた状態でも確認できた。



*****



 二日。短かった。心の準備なんて完了するわけがない。


 そういや俺は警視庁のどこら辺を怖がっていたんだろうとパソコンのキーボードに手を置いたのが昨日。

 打ち慣れた手でカタカタとキーを鳴らし、検索結果として画面に出てくる画像。それは青空の下に図太く立つ大きい建物だった。

 固い文章を中に詰めているホームページまで付いてくるんだから、いい迷惑だ。


「やっと着いたねぇ」


 車から降り、俺の住んでいる所とは段違いな発展具合の都会に足を着ける。気の所為かもしれないけど、都会のオーラみたいなものを感じる。肌に纒り付くそれは、オーラなんて大層なものじゃなく、少し汚れた空気なのかもしれない。


 霊戯さんが説明してくれたことを纏めよう。

 これからこの場所で、俺達三人は何をするのか。再確認だ。


 まず俺達は、俺達自身もその現場に居合わせた事件の捜査本部の会議に出席する。

 霊戯さんが事前に伝えた事を、資料や証拠と共に話し合うためにだ。


 そしてそこで、エルミアが魔法を使っているところを撮った動画を見せる。

 二日前の俺は、それだけだと思っていた。しかし、どうやら動画は他にもあるらしい。


 昨日、霊戯さんはこれを持っていくかどうか迷っていると言いながらスマホに保存されている一つの動画を俺達に見せてきた。

 その動画は、俺とエルミア、そしてべべスが戦っている一部始終を撮影した物。三人が画角に入っているとはいえ、夜の闇で殆ど確認できなかった。肉眼で判るのは飛び散る火花や時々現れる紫色の光。加工だと疑われてしまいそうだが、仕方ない。


 ところで何故、幻術によってエルミアやべべスの姿が見えていなかった霊戯さんがこんな動画を撮れたのか。どういう仕組みで写っているのか。

 そんな疑問を霊戯さんに投げ掛けたところ、かなり納得できる理由が返ってきた。


 べべスの幻術は、あくまで人の感覚を狂わせるもの。姿を視認できない、音が聞こえない、なんてのは全て本人の意識。

 機械にはそうやって左右される感覚も、意識もない。だから四方八方を撮りまくれば、簡単に映像を入手する事ができる。

 映像にさえしてしまえばそこに幻術の効果は反映されないので、術を掛けられた霊戯さんでも即座に判る。


 これが霊戯さんの回答だった。

 幻術の特性を利用した証拠動画の作成。それをあの場所で、ほんの何十秒かで考え、実行した。

 俺はそれに気付いた時、衝撃を受けた。自分の頭脳なんて、まだまだ未熟なものだと。


 二つの証拠と、親を殺された被害者という割と信用されそうな俺の存在。この三つが揃っているんだから、とんでもない事態に発展することはないだろう。


 そして、この三つを並べて何をするのか。

 霊戯さんはそこに関しても教えてくれた。


 霊戯さんは、数十人といる警官達を少ない人数に絞るらしい。

 それだけ聞いても訳が解らず、俺は更に奥まで尋ねた。

 どうやら霊戯さんは人数が少ない方が都合が良いと思っているよう。まあ確かに、数十人が一気に行動するよりはそっちの方が良いんじゃないかって気はする。情報が漏洩する危険もその分減るんだし。


 ただ、俺はどうやって人を絞るのかまでは聞かされていない。そもそも絞るってなんだ。

 「はい、あなた退場ね」っという風にやる気の無さそうな人を片っ端から払うような方法でもないだろう。


「ねぇ、羽馬兄さん。何人まで絞るつもりなんですか?」


「さぁねー」


 霊戯さんは他人事のように答えている。何人まで絞るつもりなのか、という質問に対して分からないと答えるのはどうかしてると思う。

 まるで別の人が実行する係、みたいな言い方だ。

 それとも、兎に角人数が減るなら何人でも良いと考えているんだろうか。そんな中途半端に決定したら駄目な事だと思うんだけど……。


「霊戯さん……何しようとしてるんですか? ヤバいことしないでくださいよ、ホント……」


 俺は溜め息を吐くのと同じ勢いで不安の意を口元から零した。

 彼は透かさず反応する。


「まぁ僕に任せてよ。……って言っても、きっと不安なのには変わりないと思うけど」


「安心して良いんですよ泰斗さん。羽馬兄さんはこういう場も慣れてますから」


 二人は俺の心を解そうとでもしようとしてくれているんだろうけど、流石に無理だ。もう建物の中、緊張具合が半端じゃない。

 霊戯さんのことは頼りにしている。それでもやっぱり、上手くいけるかという心配は拭えない。

 それに何より、この雰囲気。中に居る人達の姿。スーツなんかに身を包んじゃって、怖いのなんの。


 俺は持参した緑茶入りのペットボトルを徐に取り出し、初めて開けたボトルの口に唇を着ける。降りてくる緑茶が喉を潤してくれる。

 緊張すると喉が渇くのは人の性質の一つであると、俺は思っている。


「いつから始まるんです?」


「ええと……15時20分からなので後三十分」


 会議の開始時刻を求める俺に応え、腕時計を確認してくれる咲喜さん。

 後三十分、か。座れる椅子もあるし、頑張ろう。


「そうそう、忘れてた。泰斗君……ちょっと内容的にキツいと思うんだけど、お願い! これ読んでおいてくれるかな?」


 霊戯さんはそう言って、ホチキスで何枚かの紙が纏まった書類を俺に渡した。会議で使う資料か何かだと思い、彼の言葉の意味も考えないまま一枚目の文字を読む。


 爽やかなフォントで書かれたその文字は、俺に悲しみを与えてきた。


 そう、この書類は朱海月乃……俺の母さんについて書き記された物なんだ。事件の被害者なんだし、こんな物が作成されていて当然……みたいに脳味噌の中をぐるぐると進んでいける内容じゃない。少し進んで、引っ掛かる。


 触り方を間違えると指が切れそうなそれを丁寧にペラっと一枚捲る。冷たい文と無機質な図で説明されているのは、母さんの遺体や死因などについてだった。

 第45話を読んでいただき、ありがとうございました。

 この後書きを何人が読んでいるのか判りませんが、もしできたら……この作品についての感想をいただけると嬉しいです。僕としてもどこが良くてどこが悪いのかは知っておきたいので。

 時間も興味も無いならやる必要は無いんですが、「いいよ」と頷いてくれるなら……お願いします。

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