第41話 Yの新説
俺が馬鹿な所為か、霊戯さんの言ったことの意味がすぐに理解できなかった。
Yって何だ? アルファベットの「Y」のこと……で、いいのか?
ふとホワイトボードに視線を移す。と、そこには"組織X"の文字が。この場合のXは、判明していない組織の名前を表している。
ってことは、だ。Yも同じ。判明していない組織の名前を表している筈。
「霊戯さん……Yって……?」
俺はいつの間にか声を出していた。余りに衝撃だったからだ。
まずは霊戯さんの考えの全容を把握すべきだから、この行動はまあ良かったことだろう。
鋭そうな咲喜さんは、既に何かに気付いているようだ。彼女からしたら、俺の問いはその確認となるのかもしれない。
透弥とエルミアも、咲喜さん程じゃないがこの空気から何となく察している様子。
「……ごめん、勢い余って変な言い方しちゃったね。……その、つまり。異世界関連の情報を手に入れていて、何なら異世界人を手中に収めている組織がもう一つあるんじゃないのって話」
「はあ? 何だそれ」
それは、どういう感情になれば良いんだ。そんな俺の気持ちを代弁するように、透弥が漏らす。
異世界関連の情報を持つ組織が二つ存在しているということは、エルミアやその他の異世界人を召喚したと思われるのはそのどちらかか、両方か。他にも似た組織があったら……という可能性は一旦考えないことにする。
なら、Yは敵なのか?
Xは、当然敵だ。べべス達は俺達に牙を剥いたから。
じゃあYは? 実はXが異世界人を召喚していて、Yはそれに対抗する組織とか。十分に有り得る話だ。
……それならXが味方でYが真に悪い奴って線は?
……分からない。何もかもが。
「……その説は否定できませんけど。XとY、どちらが俺達の味方なのか、両方とも味方か、両方とも敵か……何も分からないんですよね?」
俺は破裂寸前の風船みたいな頭から空気を抜くように、霊戯さんへ質問を投げ掛けた。
「……そうだね」
間の空いた返しを受け、俺は落ち着いた。
理解できていないのが自分だけじゃないって分かったからだ。
しかし、透弥はこんな事で落ち着くような奴ではない。
彼は静かな空間を打ち壊すように、ガタッと大きな音を連れて立ち上がった。
「分からないって何だよ! じゃあ……何だ、アイツらを味方に付ける事になるかもって言うのか!? 俺は納得できねぇぞ!」
透弥は部屋が揺れ動きそうな気迫で訴える。
彼の主張には、俺も賛同したい。身内を死に追いやった奴等と協力とか、夢で見るのすら吐き気を催すレベル。それはもう悪夢だ。
それでも今暴れたところで何の解決にもならないと、俺は自分を押さえる
「……透弥、落ち着いて。羽馬兄さんだって、推測に過ぎないと言っているじゃないの」
咲喜さんは、このまま乱暴してしまいそうな透弥の肩を押さえる。
咲喜さんの言葉を聞いた彼は、下へ押す力に従って再び椅子に座った。
「推測、推測って……何が根拠なんだよ? ……羽馬にい、教えてくれ」
透弥は不満なのを表現するためか、分かり易く溜め息を吐き、頬杖を突いた。
まあ何で霊戯さんがそんな考察をしたのかっていうのは俺も気になるし。そういう意味ではナイスな行動だ。
「……じゃあ今から説明するから、よく聞いてね。……僕が言ったYがいるかもっていうのは、べべスの発言が主な材料になってる」
べべスの発言が、か。正直、そんな範囲の大きいことを言われると、俺がエルミアと共に戦い始めてからの台詞ばかりが出てきてしまう。
俺の頭にこびりついている所為だ。アイツの気持ち悪い術と、気持ち悪い戦い方が。
ただ、流石に霊戯さんが現場にやって来る前の発言のことを言っているのは分かる。
その中の……どれか。
「べべスは『俺達はアンタが欲しいんだよ』と言った。今さっきも話した、エルミアちゃんの力が彼らにとって必要なものだってやつだよ」
成程、俺が変に考え過ぎたわけだ。霊戯さんの仮説の根拠は、ほんのちょっと前に言ったことだった。
ここまで来れば、俺は霊戯さんの考えまで辿り着ける気がする。
異世界人であるエルミアの力を借りる必要のある目標。言い換えれば敵。それは相手も同じように、異世界人の力を持っていると考えられる。
そこらの銃器を乱射するだけで済む敵なら、あんな必死になってエルミアを狙う事なんてしなくて良いのだから。
「私や、私と同じ世界の人の力が必要なのは……Yもそれに近い力を持っているから、ってことですか?」
エルミアは俺の考えているのと同じことを口にした。しかし、その考えが正しいかどうかを周りの反応で吟味している様子だ。言葉の詰まり方で分かる。
「そう……その通りだよ。僕が立てた仮説は、ね」
予想は正しかったよう。いや、正しいかどうかはまだ判らないな。霊戯さんの予想と一致していたというだけ。
霊戯さん自身が何度も言っているように、これはあくまで推測。そうと決まったわけじゃない。
とはいっても、一つの説が生まれたのは事実だ。もしかしたらそうかもしれない、というだけでも不安を呼び寄せるには十分な要素になってしまう。
仮説だ推測だと言われても、「本当にそうである」と「本当は違っている」のそれぞれの可能性は50%、50%といえる。
そうなっては、やっぱり不安だ。気になる。
人間とはそういう生き物だ。
……と、思っていたところに霊戯さんは意外なことを言った。
「……って感じで長々と話したけど、正直これはないかな!」
窓を開けて空気の入れ替えをするように、固まり切った空気を一蹴。冗談を言うようなテンションの彼に、対応が追い付かなかった。
「……まあ、ですよね」
咲喜さんは納得したようだ。
俺はできないけど。
「ないって……ないのかよ! 散々言ったくせに」
透弥から、シンプルだけど最適なツッコミ。
二人の反応よりは小さく、エルミアも驚いてるっぽい。
そして俺も、多分顔に出てる。
「ごめんごめん。まあ勿論、可能性はあるんだよ。でもさ……どう考えても、おかしいっていうか。Xが異世界人をこっちに引き込んでる犯人だったなら、Yはそれに対抗する。Xの望みに適う程の力を持ったエルミアちゃんなんだから、Yは血眼になって先取りしようとする筈でしょ?」
言われてみればそうだ。組織Xは俺達を殺す勢いで何度も攻めてくるのに、組織Yはそれをしない。XとYが対立関係にあるなら、有り得ない事だ。
YがXに成り済ましてる、なんてこともないだろう。武器や、幻術を使うって点でも、最初からずっと変わっていなかったし。
じゃあ……
「じゃあYが異世界人の件の犯人だったら?」
「それは、その前提から有り得ないよ。異世界人を引き込んだYよりXの方が先にエルミアちゃんを見つけるなんて、小一時間でできた事じゃない」
あっさりと否定された。成程、じゃあやっぱりYの存在も否定されるべきなのか。
まああって20%か……10%くらい?
「そこまで分かってて、羽馬にいは何でそんな話を出してきたんだよ?」
「今言っとかないと、後でこの仮説が正しかったって判明したときに焦っちゃうでしょ? 有り得ないって否定はしたけど、可能性はゼロじゃないし」
透弥の疑問もあっさりと答えられた。
「良かった……」
隣でエルミアが息を吐く。小さく安堵の声を漏らしたのが、確かに聞こえた。これが残りの10%を引いて悲しみの声にならないことを祈ろう。
「ごめんね、脱線しちゃって。話を戻そう」
どこまで話していたのか、俺はよく覚えていない。
えーっと、俺がエルミアと出会って、その後にXに襲われて……そこまでか。結構早い段階で脱線していた。
それで、俺がエルミアの言葉で戦うことを決めたんだ。その後、一旦家に帰って……戦った場所に戻ったら死体が無くなっていたと。
「泰斗君とエルミアちゃんが敵に襲われてーってところまでだったね。……二人は戦った後に家へ。二十分と少しの時間が経って戦闘の起こった所に戻ると、死体は無くなっていて、なんなら痕跡も無かった……と」
改めて聞くと、俺はよくその事態に対応できたなと思う。混乱して暴れ回ってもおかしくないんじゃ? ……流石にそれはないか。
これもXが死体を回収したって事で間違いないと思うが、狂ったような速さの行動は最早褒めたくなるレベルだ。
「……さあそして! その翌日、僕らとの出会いだ。いやぁ懐かしいなぁ」
霊戯さんの言葉が加速する。
懐かしい……のか? どこからが「懐かしい」なのか判らない。
「確か二人は、羽馬兄さんが依頼された事件のネット記事を読んであの場所に赴いたんですよね?」
「はい、そうです。エルミアがあの記事見付けてくれなかったらヤバかったでしょーね」
咲喜さんの確認に、俺が答える。
軽い感じで口に出した事だが、エルミアがネット記事を見付けてくれなかったら、というのは冗談の雰囲気で語ってはいけない程の事だろう。
Xは俺とエルミアを釣れると信じてやってたらしく、餌となる現場には警官を装ったXの人間が居た。俺とエルミアがそこに行かなかったなら、霊戯さんが危険になった時に助けてくれる仲間がいないまま、敵ばかりの空間に足を踏み入れていたんだ。
「ターゲットの居ない状態で僕を襲うかは判らないけど……あそこで二人と出会えて良かったよ。皆んなが助けに来てくれたことにも、感謝してる」
「私も! 皆んな本当にありがとう……」
霊戯さんは感謝の言葉を述べた。直後、エルミアも同様の意を示す。
二人の顔は「感謝」と大きく書かれているように見える。特にエルミア、やっぱり好きな人の微笑む顔は格別だ。
透弥と咲喜さんも、実に嬉しそうだ。咲喜さんは割と顔に出ていて、透弥は敢えてそんな思いはないと振舞ってる。所謂照れ隠しってやつだな。それをしているのが透弥だから、全く可愛いとかは思わないけど。
霊戯さんは全員の反応を楽しそうに伺い、それを終えると、話を元に戻した。
「さて、と。まあそんなわけで、この日は終わり。因みに、泰斗君とエルミアちゃんの餌にされた事件の発覚時に見つかった装束は、警察が調べても何も分からなかったそうだよ」
霊戯さんは言いながら、ボードに貼られている写真を指差している。ちゃちな茶色い布切れが写っているのが見える。
現場で茶色い装束を発見、みたいなやつのことか。記事で見た。
警察の持つ技術がどれだけ凄くて、細かい検査をできるのか知らないけれど、指紋とかそういう系のものが出てくるんじゃないかとは予想していた。意外だ。
この場合、警察が無能なんじゃなく、Xがそれ対策で工夫をしていたんだろう。
「そして……次に、大きく分けて二つの殺人が行われた。一つ目。通報を受け、件の現場に向かって走行中だったパトカーが粉砕される。乗っていた警官五人が感電と出血多量で死に、もう一人の警官は体がバラバラになって死んだ」
内容が内容だから、流石の霊戯さんでも口から出る言葉に含まれる陽気さは僅かなものだった。
警官が音信不通になって……というのは以前霊戯さんから聞かされたいたけれど、まさかそんな凄惨な死に方をしていたとは。控えめに言って衝撃。
「二つ目は、皆んなそこに居合わせてたよね。事件の捜査をしていた警察関係者五十七人が全員死亡……」
思い出そうとする段階から脳が拒絶する。思い出してしまったら、それはもう苦しくなるからだ。
それでも、人が発した言葉というものは意図せず脳内で絵や、映像に変換してしまうもの。
あの情景が頭の中に舞い戻ってきた。
表情筋が歪み、渋い顔になるのが自分でも分かった。
「この二つに共通する犯人は、この子。絵でごめんね」
霊戯さんは一つ断りを挟んだ後、机上の加工された紙を手に取り、ボードに貼り付けた。
固い文字の真横に貼られたそれには、俺の母を人質に取った人物と酷似した……いや、全く同じ容姿の獣耳少女が描かれていた。
第41話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




