第4話 神來魔術師
設定を変更しました。
皇來魔術→神來魔術
名称が変わっただけなので、他の何かが変わったりはしません。
「三重術式魔法です。生きては帰らせませんよ」
何だそれ。神來魔術に三重術式魔法……魔法の名前だろうか。
そうだとしたら、大分イメージと違っている。もっと、「ダークサンダー」とか「ライトニング」みたいなRPGっぽいネーミングだと思っていたのに。
*****
――神來魔術。
その地に根強い力を持つ王家の人間のみが習得する事のできる、魔力強化術と通常使えない強力な魔法の総称。
国の領地やその周辺に生息している精霊達の魔力を体内に取り込む事で魔法の基盤となる魔法陣を構築する。
そうすることで自分の魔力を底上げし、更に通常使えないような魔法を使えるようになる。
その魔法の属性は魔力を取り込んだ精霊の種によって変化する。
例えば私を含むエルーシャ家の領地には火属性の精霊が多く生息しているため、神來魔術も火属性になる。
魔法陣は、私の元居た世界の全生物が持つ魔法の基盤。
魔法陣の色や紋様は一人一人違っていて、魔法の習得状況や魔力の総量によって多少の変化が起きる。
魔法陣は魔力を体の外に放出する際に通す門のようなもので、通る魔力を体の主が発動したい魔法に変換させ、変換した魔法を体の外に放出する。
神來魔術は元々あった魔法陣と精霊の魔力による魔法陣が重なって二層になることで、魔力を魔法に、魔法を更に強力な魔法にと変換させている。
この事から、神來魔術は「二重術式魔法」とも呼ばれる。
私は神來魔術のこの性質を応用して、体の外にももう一つ精霊由来の魔法陣を作り、合わせて三回の魔力変換をしている。
*****
先程まで、穏和で癒される様な笑顔に満ちていた彼女――エルミア・エルーシャは冷酷な人間に変容した。
「脅し文句が効くと思うなよ! 全員撃て!」
茶色い装束の内の一人が怒声を散らし、それを合図に全員が両脚を開いて拳銃を両手で構え、内二人はエルミアに、もう一人は俺に銃口を向けた。ヤバいぞ、これは。俺じゃ対応できない。
俺はエルミアに恐慌と煩慮の念を向ける。
彼女はそれに応じるかのように左手を前方に出し、掌を広げて魔法を放った。
「ファイアベール」
今度こそそれっぽい名前の魔法だ。
瞬間、俺とエルミアを覆い隠すように炎が広がり、半円型の壁を形成した。
同時に乾いた銃声が三回鳴ったが、出来上がった炎の壁に阻まれて俺達に到達せず、カンッという音と共に失速して地面に落ちた。
「すげえ……」
圧巻だ。これが異世界人の使う魔法なのか。
炎がボオボオと揺らぐ音が耳を占領し、さっきまで聞こえていた筈の環境音や男達の声が聞こえない。
「泰斗君、私達が生きている以上は……戦わなきゃいけないときもあるの」
「……え」
突然の呼び掛けで、対応できなかった。俺はハッと気が付いたように間抜けな声を出した。
「死にたくないなら抗う。泰斗君には分からないのかもしれないけど……」
彼女は少し辛そうな、それでも強い意志を持っている眼だった。
「それは――
「行ってくる」
俺が返答する隙も無く、炎の壁に向かって駆けていくエルミア。
彼女が近付くと炎の壁が裂け、彼女の通り道を作り出した。
裂けた箇所はすぐに修復され、彼女は炎の中に潜り込むように、戦いに身を投じた。
死にたくないなら抗う……か、なんとも格好良い台詞だ。
だが台詞一つで動けるようになる程の勇気は俺に無い。何故なら怖いから。
俺は魂が抜けたように崩れ落ち、その場に膝を突いた。
炎の壁はまだ熱く燃え盛っている。壁は俺を茶装束から守るとともに、俺とエルミアの思いを隔てているようにも見えた。
*****
「目標は想定よりずっと強力だ! カモフラージュ球を使え!」
「はい!」
男達の中で一番高身長なサングラスをかけたリーダー格の男が、また一つ命令を下した。
部下らしき男が応答し、幾何学模様の刻まれた小さな球を取り出し、その場に転がした。
「あっ、目標が出てきました!」
やり取りに参加していなかった三人目の男が二人に知らせた。
「拳銃じゃ心許無い、強化銃に切り替えろ!」
三人は持っていた拳銃を仕舞い、白を基調とした青いラインが入っている銃を取り出し、エルミアに向けてトリガーを引いた。
エルミアは杖を左手に持ち替え、杖の先から小さな炎の塊を出現させた。
小さな炎は左方から撃ち込まれる三つの青い銃弾を一身に受け、一切の音を立てずに消滅した。
彼女は同じ方法で被弾を回避しながら、彼等と距離のある位置へ動く。
「魔法を発動する隙を作らせるな! 間を取りながら撃ち続けろ!」
三人の男達は彼女の方へ走りながら銃弾を撃ち込む。
先程とは違い、三人一斉に撃たずに一人一人がタイミングをずらして撃ってくる。
これは一弾撃つ毎に生まれるクールタイムを他二人の銃撃で埋め、連鎖的に銃弾を撃ち込み続けるためだ。
この形態を取ることで、炎で身を守られても次の炎作成までの時間で被弾させられる。
エルミアは彼等の攻撃形態の変化を認識し、その意図に気付いて新たな対策を取る。
彼女は杖の先を自分の足元に向け、大量の炎を発射した。
地面に押し付けられた炎の反動で彼女は空中へ飛び上がった。
地上にいる状態のエルミアへ向けて撃たれた銃撃は杖から噴出する炎を裂き、彼女の後方の地面に穴を空けた。
(上方向への移動はあの人達も想定外の筈……的を定められていない今がチャンス!)
エルミアは左手の杖を下に向けて炎を噴出しながら大きな炎の塊を作り出し、彼等へ放った。
「左だ! 左に避けろ!」
リーダー格の男がエルミアの右手側……つまり彼等から見た左側に移動して、迫り来る炎から避難した。
残りの二人も彼の声を聞いて避難し、炎は誰にも当たらないまま消滅してしまった。
だが、それでいいのだ。何故なら、ここまで全てエルミアの策略通りなのだから。
(かかった)
エルミアは心の中で呟いた。
そして、杖を持っていない右手からまた大きな炎の塊を作り出し、彼等のいる場所へ飛ばした。その速度は先程と比べて数段速く、普通の人間が避けられる程では無かった。
これがエルミアの狙いだったのだ。
杖の先から魔法を放つ事によって、魔法は必ず杖を媒体にしなければならないと思わせていた。
また、炎を放つ速度を意図的に遅めていたのは、彼等の炎への警戒心を弱める目的があったためだ。
男達は為す術無く、灼熱に呑まれていった。
火球が地面と激突し、多量の煙が辺りに立ち込める。煙の所為で彼等の生死が確認できなくなってしまった。
エルミアは万が一彼等が死んでいないことを危惧し、煙の中へ潜り込んだ。
「ゴホッゴホッ、凄い煙……派手にやり過ぎちゃったかな」
煙が口や鼻に入り込んで咳が出る。エルミアは右手で顔周りの煙をパタパタ払いながら進んで行く。
すると、エルミアの目線の先に茶装束の男が一人、うつ伏せの姿勢で倒れていた。
男の左腕が火傷がある。先程の炎を受けてのものだろう。
(……死んでる?)
エルミアが生死を確認する為に手を伸ばすと――
男の右腕が動き出し、地面に手を押し付ける。その反動で体を起こし、体の下に隠していた銃を取り出す。
エルミアはそれに反応し、杖の先を左に向けて炎を噴き出した。同時にジャンプし、自身を右方向へ飛ばして銃弾を避けた。
「くそっ、死ねぇ!」
男は暴言を吐き散らし、エルミアに向かって銃を乱発した。
男はその時点で完全に立ち上がっていたが、左腕には力が入らないようで無気力にブラブラ垂れている。
的が定まっていない。どの弾もエルミアが少し横に避ければ当たらない。
彼女は男にトドメを刺すべく手を前に出した。
――ザッ。
エルミアの背後から不審な足音。エルミアがそれに気付き振り返ると、ナイフを上に振り上げて今まさに致命傷を与えようとしている二人目の男がいた。
エルミアは慌てて攻撃を回避する。
……が、避けきれずにナイフは左腕に掠り、ローブと洋服の一部分が切り裂かれた。だが、そのお陰で刃が肌に到達することは無く無傷だった。
「何やってんだお前! 撃てばいいだろ!」
先程応戦していた方の男が、もう片方の男に怒鳴り散らした。
「強化銃は見失ったんだよ!」
男が答えた。恐らく、炎の衝撃で手放してしまったのだろう。
「戦場で仲間割れはお勧めしませんよ」
エルミアは冷静さを保ち、そう言った。
そして、また右手を前に出し二人に向けて炎を放った。
男達は迫り来る炎にハッとし、それぞれ左、右に避けた。
だが、急激に体を大きく動かしたため、反動で体勢が崩れる。
「飛び道具には飛び道具を。これで終わりですね」
エルミアは冷徹な物言いで、左手の杖を上に掲げて手を離した。
杖は宙に浮き、先端が右の男に向いた。次に、杖の尻から炎が噴き出し、常軌を逸した速度で男へ向かって行った。
杖は男の額に直撃し、鈍く強い音を立てた。
男は口からゴボッと泡を吹き、仰向けに卒倒する。額は杖との衝突により数ミリ凹み、更に出血している。
「貴方もですよ」
エルミアは男が死んだのを確認すると、方向を変えてもう一人の男に目を向けた。
「嫌だっ、やめ――
瞬間、彼女の足元に炎が現れ、大蛇のように地を這って進んだ。
炎が男の足元に辿り着くと、突如火力を増して男を呑む。
男の身体は余すところ無く燃え、黒くなってその場に崩れ落ちた。その動作は最早生物の為すものでは無く、灰そのものと言える。
エルミアは二人の死骸を前に、静かに手を合わせた。
*****
壁の向こう側じゃ、まだエルミアが戦っているんだろうか。
もし彼女が死んでいたりでもしたらどうしよう。そんな姿絶対に見たくない。
ただ、奴等が俺を殺しに来ないということは、彼女が戦っている最中なのだろう。
そう考えていると、目の前の壁がファッと一瞬で消えた。
徐々に火が小さくなっていくわけでは無く、完全に消えたんだ。
魔法の効果が消える……ということは戦いが終わったのか?
なら勝敗はどうなった?
すると、俺の方へ向かって来る一つの人影が見えた。
「エルミ――
彼女の名を呼ぼうとしたが、この人影はエルミアのものではないことに気付いた。
「おやおや、怖気付いて動けないのかなあ?」
高身長な男が、煽るような口調で言った。
何故だ? エルミアは?
彼女は負けてしまったのか?
疑問が生まれたが、今目にしている光景がその答えを物語っている。
突き付けられた事実に対し、絶望という一つの感情しか生まれない。呼吸すらままならない状態だ。
「ああ、女ならあっちに倒れてるよ。死んではないが、武器を持ってるお前を先に殺しておくんだ」
どうやら死んではないらしい。男の後方を覗くと、確かにエルミアが倒れ込んでいるのが見える。
だが、先に俺を殺すということは、エルミアは反撃できる状態ではないということだ。
「さっさと殺すぜ、じゃあな」
そう言って男は俺に銃口を向けた。
――本日二度目の死、直面。
第4話を読んで頂き有難う御座いました。戦闘の描写は拘った……つもりなんですが、どうでしたか?
次回もお楽しみに!