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第39話 食卓

 階段を下りると、咲喜さんが朝食の準備を進めていた。

 透弥の予想した通り。流石血が繋がっているだけあるな、と思った。


 エルミアは入浴中。といっても、シャワーを一浴びで済ませるだろうけど。


「遅せぇぞ、何してたんだよ」


 炊いた米を茶碗に装っている透弥は、ここに来るのがワンテンポ遅かった俺を問い質してきた。


 エルミアのバッグを覗いてました、なんて言ったら変な嫌疑が掛かりそうだ。


「まあ、ちょっと……。それ手伝うから許してくれよ」


 俺は結局何をしていたのかを有耶無耶にしつつ、それを指摘される前にまだ空っぽの茶碗を手に取った。

 右手がまだ上手く使えないけど、これぐらいなら頑張ればギリ可能。


「……それ、羽馬にいの器だからな。絶対割ったりするなよ」


「そんなヘマしねーよ」


 咲喜さん用の赤い線が入った茶碗に白米を盛った透弥は、少し不満げに杓文字を俺に手渡した。

 既に他の四人分はテーブルに運ばれており、俺が担った霊戯さんの分のご飯が用意されれば主食の準備は終了となる。

 後は咲喜さんが作っているおかずと味噌汁が完成すればオーケーだ。


「二人共朝から喧嘩しないでくださいよ」


 俺の隣にいる咲喜さんは、カンカンと菜箸で音を立てて味噌を溶きながら言った。

 本気で言っているのとは少し違った雰囲気だったが、その内容は尤もだ。

 俺は心の底から透弥に反発していないし、彼の方も恐らくそうなんだろうが、傍から見れば常に喧嘩している状態だ。

 手際が良くてついそっちに気が向いてしまうが、俺は咲喜さんに目を向けて答えた。


「すいません……なんか、感じが合わなくて」


 透弥の姉の前ということもあり、俺は申し訳なさそうな言い方をした。

 咲喜さんは味噌が溶けた水で一杯のお玉を鍋の中でひっくり返した後、俺を見てふっと笑った。


「別に泰斗さんだけじゃないんですよ。お客さんが来たときは大体あんな感じで」


「そうなんですか……」


 驚きはしなかった。初めて顔を合わせた時もそうだったし。

 あれだけ言い合っていれば、俺以外の人が相手だろうと同じなんじゃないかと思える。

 まあ、それも自分だけ特別に嫌われているという事実を認めたくないがための予想なんだけど。

 俺の接し方の問題もあるし、これを機に注意するようにしよう。


「兎に角、仲良くしてあげてくださいね」


「はい」


 実姉に頼まれたことだ。これは誠心誠意守らなければ。

 この会話中も茶碗に白米を盛っていたから足りないなんてことはないだろうと思い、俺は杓文字を置いてテーブルに向かおうとした。


「泰斗さん、それ」


「え?」


 茶碗が妙に重いなとは思ったが、まさかここまでとは。

 エベレストですか? これ。

 茶碗の底は俺の腰辺りであるのに、白米の頂上は胸の先だ。


「ああー……」


 俺は何とも言えない声を漏らし、多分これくらいでいいだろって程度に量を減らした。

 霊戯さん絶対食べられないだろうし。



*****



 健康的で日本感のある食卓だ。普通に美味そう。流石咲喜さん。

 俺の家でも前は毎朝三人でこんなの食べてたっけ。

 これから1日3食これを口にできると思うと頭がそれで埋まってしまいそうだ。最高じゃんその生活。

 食事というのは嫌なことを忘れられる時間を作れるものだからな。それが美味なら、効果は絶大だ。


「前も食べさせてもらったけど、咲喜さんの料理は良いよなぁー」


「今更かよ」


 透弥は俺が来た時には既に席に座っていた。

 彼は食事の準備が終わって間もなく咲喜さんの料理を賞賛した俺をムッとした顔で突いた。

 腕を組み、足を組み、お前の愛する姉ちゃんを褒めた筈の俺にキレる。何をどうすればそんな態度になるんだ。俺はどうすれば良かったんだ。

 今回は俺なんも悪い事してないよね?

 咲喜さんなら最適解の行動ができたっての?


「じゃあ俺は何て言えば良かったんだ?」


「さあな」


 透弥は雑に吐き捨てて俺から目を背けた。俺には見当もつかないよ、お前の思考。

 意外と息が合うんじゃないかと期待した過去の俺を責め立てたい気分だ。


「おー、二人共仲良くやってるー?」


 透弥の周囲に蔓延した空気を裏返したように軽快なその声は、玄関の方から俺達に問うた。


「羽馬にい、また警察と絡んでんの?」


「そりゃあね、警察も動かざるを得ないよ。僕も朝早くからお手伝いだ……」


 睡魔に取り憑かれたかのような調子の霊戯さんはそう言った。

 彼の様子を見るに、暫く床に就く時間を設けないと死ぬな。明らかに。


「霊戯さんちょっと寝てきたらどうですか?」


「……うん、ご飯食べたらね」


 霊戯さんは小さく言うと、椅子がバキッと音を鳴らして真っ二つになりそうな勢いで腰を下ろした。

 背もたれで支え切れない首が後ろにだらんと垂れている。


「羽馬にい本当に大丈夫なのかよ? 死にそうじゃね?」


 そうだ、労わってやれ透弥。

 俺はその間に中々風呂から出てこないエルミアを呼んでくるから。

 因みに疚しい考えは持ってない。


「エルミアー、まだ出ないのか?」


 ワンチャン洗面所に風呂から上がったばかりのエルミアが居て、それで……みたいな展開を望みつつ扉を開けると、そこにはちゃんと服を着終わったエルミアが居た。

 俺がもう少し早ければ……早ければ!

 裸体が無ければ下着も無し。惜しかったな本当に。


「出てるけど……どうしたの? 変な顔して」


「……え、ああいや何でもないよ。朝食の準備が終わったから知らせに来たんだ」


 こういうときは話題を変えて忘れさせる。疑われなかったら罪にならないからな。

 我ながら天才的なやり方だ。明日もやろう。


「そうなんだ。じゃあ髪乾かしたら行くね」


「はいよー」


 ドライヤーの風に靡く紺色の髪を尻目に、俺はその場から去った。



*****



 こうして食卓に五人が揃った。

 エルミアが髪を乾かしてから行く、と言っていたのに先端がまだ湿っているのが可愛い。


「「いただきます」」


 さあまずは目玉焼きから。熟した黄身を醤油と一緒に頬張るのは冗談抜きで最高。

 口の中で踊る舌を抑え、テーブルの真ん中にある醤油に手を伸ばそうとする。

 が、俺より先に咲喜さんが手にした。


「私醤油」


 醤油派宣言来ました。


「じゃ、俺も醤油」


 お前もかよ。別にいいけど。

 俺と透弥の意見が分かれて対立するのってこういうシチュエーションがベストだと思ってたのに。


「俺も醤油で」


 俺は白に囲まれた孤城に醤油という名の救いを与える。これで美味しくなり給え。


「私もせうゆ」


 今エルミアが「醤油」じゃなくて「せうゆ」って言ったような。気の所為?

 だったら俺が無意識に想像しているエルミアは時代劇に登場するような人物ってことになるじゃんか。

 そんなことは絶対に無い。

 ただの聞き間違いだ、こんなの。近所の老婦人でも言わないぞ「せうゆ」なんて。


「思わぬところで意気投合するね、君たちは」


 これには俺も激しく共感した。転々とさせられた醤油の小瓶が可哀想に見える程に。


「泰斗が俺に合わせてきたんだろ」


 透弥は大量の白米に口内を占領されている。

 そんな口で言ってくるんだから、モゴモゴして圧が感じられない。


「透弥が私に合わせてるんじゃない」


「俺はそんなつもりねぇよ」


 真っ向から否定した割には声量がフェードアウトしていた。


「俺もそんなつもりはなかったからなっ」


 俺は透かさず弱点を突くように言った。


「わーかったよ」


 透弥はコップを口に運ぶ。その感情と詰まった食物を流し込んだようだ。


「あ……霊戯さん、今日は何かするんです?」


 エルミアが横から尋ねた。

 何かする……というと、例の組織の捜査か何かだろうか。

 今日"は"と無意識に言っている辺り俺が入院したり葬式に出たりしている間はしていなかったっぽいけど。


「……そうだね、まずは情報の整理から。……の前に、寝かせてもらってもいい?」


「はい、霊戯さん絶対休むべきですよ」


「そうだぞ、羽馬にいここん所ほぼ寝てないだろ」


 俺と透弥の言葉により、霊戯さんは食器を片付けてすぐに部屋へ行った。


 寝る間も無く警察に協力、なんて最早感心できないな。

 凄いことは凄いけど、休憩する時間は確保しないと本気で死ぬから。


 俺達は一旦部屋に戻った。

 今日は休日だから透弥も学校には行かないらしい。咲喜さんも同じ理由で大学はなし。


「なあエルミア」


「何?」


 俺はエルミアに声を掛けた後、彼女のバッグから紫の球体を一つ取り出した。

 俺はそれを指で差し、感じていた疑問を口に出す。


「これ何なんだ? 魔石っぽいけどちょっと違うよな?」


「触っちゃ駄目!」


 エルミアは目標を発見したハンターのような速さで動き、俺からそれを取り上げた。

 いきなりそんな怖い事をされたものだから俺も内心オドオドしている。


「触っちゃ駄目って……それそんなにヤバい物なのか?」


 もしかして接触する事によって人を呪うトンデモアイテムとか?

 だったらどうしよう。俺触れたの二回目だけど。


「これは純魔石っていって……私が持ってた魔石とは少し性質が違うの」


 純魔石か。その名詞を噛み砕けば、純粋な魔石。

 どう見たってそれは純粋じゃない。紫色の光を放っている。それは寧ろ悪に染まっているだろう。


「それ俺も見たことあるぞ!」


 透弥はそう言ってエルミアに近付く。

 何がどう転べば透弥がその純魔石を見たことがあるっていうんだ。


「どこで見たんだ? 透弥」


「お前がべべスとかいう野郎と戦ったのと同じ日だ。ここにも来たんだよ、ソイツの仲間」


「その仲間がこれを持ってたのか?」


 透弥が敵と戦っていたなんて初耳だ。

 敢えて俺には報告せずにいたんだろうか。それともこれから話すつもりだったのかも。


「ええ。その純魔石の存在があったから、泰斗さんやエルミアさんの所にべべスが現れたんです」


 話と話が結び付かないな。

 いくら咲喜さんの説明とはいえ、俺はその時の事情を全く知らないから。

 取り敢えず、純魔石はエルミアの持ち物だったわけではないんだろう。

 敵から奪い取ったとか、そんなところか。


「……で、何で俺がそれに触れるといけないんだ?」


「これにはね……」


 エルミアは少し言葉を溜めた。

 息を飲み、口を開く。


「べべスの魔力が入ってるの」


 彼女は静かな口調でそう告げた。

 第39話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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