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第38話 窮屈

 煙が空に放出される音を、俺は突っ立って聞いていた。

 葬式に参列した人はそれ程多くなく、遺体が焼かれる時間は静寂を極めていた。俺もその静寂に混ざった一人だ。

 息を吸って吐く事を繰り返し、乾いた心に潤いを送っていた。


 俺が母さんの身近にいた唯一の人であり息子であることからだろうが、参列した親戚の人や母さんの友人に沢山の言葉を貰った。

 これからの俺の生活を心配する声もあれば、俺を慰める声もあった。別れを共に惜しもうと隣に立つ者も。


 その誰もが善意でそうしてくれているか、もしくは悲しみを分かち合う事で心を落ち着かせようとしているのは俺も理解している。

 皆んな、何も悪くない。

 しかし、俺の心は逆撫でされたように立っていた。抑えている悲しみが、身に余る程に大きくなっていくのが分かった。


 一人一人と言葉を交わしつつも、俺は耐えるのに気力を割く。そんな時間が続いた。


 遺骨についての説明を受け、骨壺に入れて墓に納める。この作業はこれが二回目だ。


 通夜に告別式に葬式に。全てが終わった時には何とも言えない感情になっていた。

 誰に何と説明すべきかも分からないが、目の下の涙の痕を指差せば「ああ、悲しかったんだな」と理解されるだろう。


 俺の送迎担当である霊戯さんは、今日も車を停めて俺の帰りを待っていた。

 俺は涙を流した事でしょぼしょぼしている目を擦りながら、小走りで彼の下へ。


「お母さんとは……ちゃんとお別れできた?」


「……はい」


 無気力に返事をし、俺はドアを開けてもらった車に乗り込んだ。

 俺は蓄積された疲れや感情を押し付けるように背もたれに寄り掛かる。

 硬いとも柔いとも言えない車のシートは、俺に安らぎを齎す。


「しっかり休みなよ。一日寝れば意外と落ち着くもんだし」


「そうですね……。何も食べずに布団に直行ですよ、俺は」


「あはは、でもお風呂には入ってよ? 気が利く咲喜が用意してくれてるだろうから」


 確かに、風呂には入らないと流石に寝られないな。

 じゃあ俺に残された今日のノルマは入浴と就寝の二つか。


「はい」


 これで新たな生活が本格的に始まる。二週間くらい前まで引きこもりのゲーマーだったっていうのに。人生は何があるか分からないってのは本当みたいだ。

 だが、新たな生活が必ずしも良いものかどうかは分からない。


 霊戯さん達と暮らすのが嫌という意味じゃなく、敵の動きが加速したら、という意味だ。

 規模も目的も、正体だって判明していない奴等がこちらに迫ってきている、という恐怖が無くなる事はまだ先になるだろう。

 全部解決するまで、俺は戦い続けることになる。

 その過程で俺の身に何が降り掛かる? 今回はこの程度で済んだが、べベスに勝る力を持った者がいたら。

 俺もエルミアも、霊戯さんも咲喜さんも透弥も……全員の命が懸かっている。油断は絶対にできない。

 一人も欠けないようにしないと。


 俺は密かに心を引き締めた。



*****



 目が覚めたら、朝。寝起きの頭はそんな当然の事に掻き回される程脆い。

 眠る直前の記憶なんてほぼ無いが、昨日の葬式はしっかり覚えている。

 だが、昨日と比べれば込み上げる悲しみの量は少ない。一日寝れば落ち着くという霊戯さんの意見は割と正しいっぽい。


「なーなー、ちょっと狭くねぇか?」


 朝っぱらから透弥は文句を言っている。朝ののんびりした空気には合わない。

 確かに俺も狭いとは思うけど。


「仕方ないだろ、四人も居るんだぞ?」


 元々二人しか使っていなかった部屋に追加で二人入れば、狭く感じるのは当たり前。

 況して以前からここで暮らしていた透弥と咲喜さんは相当窮屈に感じるだろう。

 かと言って霊戯さんの部屋で寝るわけにもいかない。

 結局俺達には我慢するという選択肢しか残されていない。


 でも、せめて俺の隣に寝るのはエルミアが良かったな。次点で咲喜さんと思っていたのに、透弥になってしまうとは。

 俺は別に彼を心の底から嫌ってないけど、折角女子が二人いるのに隣になれなかったという点で俺は落胆した。

 壁際じゃなかったら女子と隣になれたんだけどなー。


 しかも透弥は寝相が悪い。それは以前ここに泊まった時に確認済みだ。

 意識してないだろうが、膝蹴られたし。今一番触れられたらヤバい右手も殴られそうだったし。

 夜中に目覚めた時、透弥の体が動き過ぎて俺の体が収まる場所が無かったし。


「狭い狭いって言うなら寝相良くしてくれよ。お前と隣で寝てたらいつか死ぬぞ、俺」


「数時間前に急所を蹴ってきたヤツには言われたくねぇよ」


 こんな時間から機嫌が悪い理由はそれか。そうなってくると話は別。俺が責められても文句は言えない。

 でも、俺ってそんな寝相悪いの?

 そんなの指摘された事なんて……イヤ、そもそも指摘する相手がいないか。

 でもエルミアなら何回か経験がある筈。聞いてみよう。


「エルミア……俺寝相悪かった?」


「悪かったよ。言わないでいたけど」


 悪いのかよ。自分じゃそんな風に考えたことが無いだけに、ショックだ。

 俺にこのショックを受けさせないために寝相が悪い事を黙っていたエルミアの厚意に感謝するとしよう。


「じゃあお互い様だな」


「何がお互い様だよ、俺が受けた被害の方が圧倒的にデカいだろうが」


 ごもっともだ。俺も同じ男だから、その痛みがどれだけのものかっていうのは十分に想像できる。

 一回の蹴りで済んだ俺と急所を蹴られた透弥では「お互い様」の「お」の字もない。


「謝る、謝るから。だから今夜寝相が悪いのを装って仕返ししようだなんて思うなよ?」


「何で分かったんだよお前」


 本当に企んでたのかよ。俺は半分冗談のつもりで言ったのに。

 今後共に暮らすわけだから、こんな争いは絶え間なく続くんだろうな。


「てか……咲喜さんは?」


「朝飯の準備でもしてるんだろ。羽馬にいはああ見えて料理できないからな」


 あのイケメンならその辺のファミレスで出されるレベルの物は作れそうだと勝手に思っていたが、まさか年下に任せる程とは。

 そういえば前来た時も咲喜さんとエルミアが料理してたっけ。

 咲喜さんは流石大人って感じだな。


「霊戯さんが料理できないって、結構意外」


「俺も料理下手だけどさ。羽馬にいはその下を行ってるよ。特に包丁の扱いなんて俺が見てもヤバいって思うくらいだ」


 絶対に家事をやらなそうな透弥がそう言うんなら、相当なんだろう。

 台所で危ない切り方してる霊戯さんなんて想像したくない。


 それよりも、透弥とエルミアはいつの間に仲良くなったんだ?

 俺の記憶だとエルミアは透弥に敬語で喋ってたと思うんだけど。


「二人共、俺の知らない内にすげぇ仲良くなってるんだな」


 俺は嫉妬混じりな口調で二人に言った。流石に露骨過ぎたと自分でも思った。


「ああ……まあな」


「何日か同じ家に居ると、流石に打ち解けてきてるよ」


 だ、そうだ。

 取り敢えず恋愛感情の無さそうな返答で俺は安心した。

 これで二人の顔が赤くなってたりでもしたら俺は自死の道を選んでいた可能性すらある。


「透弥みたいなタイプがそんな簡単に友達作れるとは思わなかったよ」


「は? どういう意味だよそれ」


 分かり易く怒ってきたな。俺が透弥のことを考えずに言ったのも悪いが。


「だってお前……短気だしキレ気味だし、浮いてそうじゃん」


 何を思ったか俺は火に油を注いだ。こんなことを言ったら透弥は余計怒るだろうに。


「……泰斗、それ言ったのが気分の良い朝で良かったな。他の時間だったら打っ飛ばしてたところだ」


「ごめん」


 うわ怖っ。ただ、そういう物の言い方が俺に短気とかキレ気味とかっていう印象を持たせてるんだけどな。

 透弥は自覚がないんだろうか。


「それじゃあ、私はお風呂入ってくるよ」


 俺と透弥のやり取りを傍観していたエルミアが言った。


「こんな時間から?」


 随分と突然だな。寝床から出てすぐに入浴とは、一体何を思ってのことなんだろうか。

 俺の経験からして、朝の風呂は確かに良いものだ。でも、俺はエルミアにそんなことを教えた覚えはない。


「咲喜さんにそうすると良いって言われたんだよ。……ってことで、行ってきます」


 エルミアは気分良さげな足取りで部屋を出ていった。ワクワクしていればまああんな感じになるよな。

 俺は風呂は夜に入るもんだと教えて暮らさせていたから、エルミアにとっては未知の領域なんだろう。


 さあ、これで部屋の中には男二人しかいない状況となった。エルミアが居なくなるだけで、雰囲気は結構変わった。

 透弥は次に何を言ってくるやら。


「……まさかお前覗いたりなんてしないよな?」


 何だその質問。まるで俺が「実は……」と話し出すのを予想して自分が覗く事を肯定しようとしているみたいだ。流石に憶測が過ぎるか、これは。


 ここは素直に言おう。といっても俺は覗くつもりなんて更々ないけど。


「覗くわけないだろ。俺はそういうことに関しては節度を守る男だからな」


「そうかよ、疑って悪かったな」


 透弥はそう言うと立ち上がり、部屋を出ようとした。

 男二人の部屋じゃ弾みに弾むような話題を、こうも簡単に終わらせるのか透弥は。

 折角言い出したんだから、もっと盛り上がるべきだろ。


「話はそれで終わりか? 俺はてっきり、お前が一緒に覗こうと言い出すのかと思ってたよ」


「んな事するわけねぇだろ! 姉ちゃんはそういう事するとマジでキレるからな」


 透弥は口を大きく開けて俺に反論した。瞬間風速五十キロはありそうな具合だ。

 だが、面白い事を知れた。透弥は自分の失言に気付いていないだろうから、俺が教えてあげるとしよう。


「何で咲喜さんが覗きにキレるって知ってるんだろうな」


 俺が嫌味ったらしく失言を指摘すると、透弥は無言でドアをバタンと閉めた。

 これは俺の勝ちだな。競ってないけど。


 俺も透弥と同じ、男という生き物だ。その恥ずかしさを考えれば、これ以上言及しないという優しさはすぐに出す事ができる。


「アイツも変態だよなぁ……姉が相手とは」


 クラスメイトとかアイドルとかなら俺も理解できたけど。姉も妹もいない俺には、姉に対して卑しい感情を抱く感覚が分からない。


 こんなのつい先日まで恋愛対象が二次元のキャラだった俺が言えることでもない気がするけど。

 何にせよ、透弥が変態だったってことに変わりはないだろう。


「さて、俺もそろそろ……ん?」


 閑散とした人の居ない部屋に留まっているのも飽きたので、俺は布団を除けて腰を上げた。

 しかし、今目指すべき部屋の外へ出るためのドアより俺の気を引いた物が一つ……じゃない。

 よく見たら何個かある。エルミアが使用していた枕の横のバッグの中に。


 俺は疚しい事はしていないと自分に言い聞かせながら、バッグの開いた口から見える紫色の物体を取り出した。


 真珠のような見た目だが、怪しげな紫色の光は占い師の水晶玉のようだ。


「全部で五つ……」


 紫色の球体は五つあった。

 どれも見た目に差異はなく、揃って怪しい光を放っている。


 光を放っていて石っぽい、というところから考察するとこれらは全て魔石だ。

 しかし、俺の持つ魔石についての知識と照合すると、これは魔石ではなくなってしまう。

 何故なら、魔石の形状は属性に関係なく正八面体だからだ。


「後で聞けば良いか」


 魔石か否かは今の俺の知識量じゃ定かにならない。

 それに、エルミアのバッグに入っていたんだから本人に尋ねてしまえば数秒で解決してしまう。

 今悩んでも得は無い。


 俺は魔石かもしれない物を元の場所に戻し、乱れた髪を掻きながら部屋を出た。

 第38話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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