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第36話 訪れた安らぎ

 ……白い天井。また夢か。


 目を開けて「白」しか見えないのっていい加減どうにかできないのか。もっと多彩な色の空間が広がっていてもいいのに。


 まあそんな瑣末な事は置いておいて、それより何倍も大変な問題に目を向けなければ。

 この部屋は俺の物じゃない。天井が明る過ぎる。俺の部屋で起きたときはここより暗い天井と対面することになるんだ。


「……あれ?」


 真上を向いていた首をカクっと動かした先にあった物は俺に衝撃を与えた。心の中の台詞が口から出るぐらい。


 まず俺は純白のベッドに寝かせられている事が分かった。足の先に柵みたいな物が付いてるやつね。

 そして俺の傍らには小さな机。その横で揺れているカーテン。


 俺の知識と経験を集約して思考を巡らせた結果、ここが病室であるというちっぽけなものしか残らないのでした。

 多分夢ではないだろう、俺こんな病院入ったこと無いし。


 目覚めたときに枕元のスマホを手に取るという俺特有の癖が発動し、意識してもいないのに右手が動き出した。実際にはスマホなんて絶対ここに無いのに。


「痛っ!」


 勝手に動いた罰とでも言うように、右手に電流みたいた痛みが走った。ピキっという音が聞こえてきそうなそれは、俺にとって初体験だ。

 そしてなんか俺の声が篭ってる。なんなら口になんか付いてないか……。


「泰斗君っ!」


 エルミアの声だった。どこもかしこも謎だらけと思っていたが、これだけは全く不思議に思えない。


「エルミア……」


 声が篭っていると一度自覚してしまうと、どんどんそれがおかしく感じてくる。いつも耳に入る自分の声と違うからだ。

 俺は変な感覚に襲われながらも、声が聞こえてきた所へ……と首を左に回す。


 すると、そこに居たのはエルミアだけじゃなかった。霊戯さんに、咲喜さんまで。

 俺が三人と話したいと思って口を少し開けた時だ。


「私……先生呼んできます!」


 咲喜さんはそう言い残して部屋から出ていってしまった。


 ええぇぇ……。


 予想外な展開に俺の口は閉じた。頭の中でその困惑振りを声に出す。


 そして、ここまで来ると鈍感な俺も流石に現状を察せるようになってきた。

 もしかして……イヤもしかしなくとも、俺は結構重傷なんじゃないかと。


 心配そうな顔で俺を見つめる二人を左目で見つつ、右目の端で右手の様子を見る。

 布団の間から手を覗かせて確認しようと試みたが、ゆっくりと姿を現す筈の右手はどこにも無い。白い布団だけ。


 いや違う。右手、包帯巻かれてる。絶妙にガサガサした感触に気付き、そう察した。


 ええぇぇ……。


 再び情けない声が頭の中に表れた。当たり前のように怪我が発覚するの止めてもらえないですか。

 切った? 折った? 焼けた?


 記憶が全く無い。べベスと戦っていたのは覚えているし、トドメの一突きも覚えている。

 でもその後どうなったかだけが出てこない。


「あの、俺……」


「あまり声は出さないで。先生が診てくれるから」


 ええぇぇ……。


 良識があって賢い霊戯さんが言うならそうするけど。ちょっと話すのも駄目なのか。

 せめて今の気持ちぐらい口に出させてほしいですよ。


 もう俺の不満は顔に出ている頃だろう。

 それでも許可されるわけないか……。


 瞬きだけが許された時間は、実に退屈だ。体を動かすことすらできない。何もすることが無い。


 テーブルに置かれた小さくて可愛らしい時計の音が妙に気持ちを落ち着かせた。同じ間隔で音を鳴らし続ける針が俺の頭を占領した。

 一秒に一回鳴る音だというのに、一回一回の間が五秒くらいに感じた。奇妙。

 そんな音に耳を傾けていたら、今度はピッピッという電子音が聞こえてきた。心電図というやつだろう。

 折角気持ちが落ち着いたのに、怖くなってきた。突然この音が止まったりとかするんじゃないかと思うと落ち着こうにも落ち着けない。


「あ」


 白衣に身を包んだ男が、少々焦った足取りで部屋に入ってきた。医者だろう。

 これから何をされるのか。まさか手術なんてしないよな? ……しない、多分。

 不安が膨らむが、自分に「大丈夫だ」と声を掛け続けた。個人的に少し怖い雰囲気を感じる医者がすぐ近くに来ても。



*****



「俺結構死にかけてたんだなー……」


 阿呆みたいに口を丸く開け、天井に向かって呟いた。戦いが終わったことと想定外の怪我が発覚したことによる喪失感があるからだ。

 病室のベッドは触っていて心地良いけど、俺の心はそれに囚われなかったよう。


 意味も分からない検査を終えたが、やっぱり変な感じだ。ここに寝ているのは。

 医学の道に進んだ人じゃないと楽しいと思えないだろ、この時間。医者が言っていることは何一つ理解できないし。

 不登校で遊び尽くめだった俺には耐えられない。


 ただ、一応俺がどんな状態か……みたいなことは何となく分かった。


 まず一つ目に、右の手の平が軽い火傷。十中八九魔石の所為だろう。これは俺も熱い熱いと苦心していたし、納得できる。

 だけど右手首の骨折! こっちは納得できない。折れたなんて感じていなかったのに。

 戦闘に集中し過ぎて骨折の痛みに意識が向いていなかったとか? そんなことあるんだろうか、本当に。


 何度見ても右手は包帯塗れ。微小な衝撃で痛みがくるもんだから迷惑だ。しかも数週間か数ヶ月は治らないんだろ、こういうのって。


 そして二つ目、体がヤバかったらしい。俺がこんな風に寝かされている理由がそれだ。

 呼吸器が何だとか神経が何だとか言っていたが、用語らしきものも多くて聞く気にならなかった。故に確かな答えが分からない。

 取り敢えず肺とか体とか酷使し過ぎ……みたいな感じなんだと思う。


「まあすぐに退院できるらしいし、それだけ良かったじゃないか」


 横から金髪を覗かせている霊戯さんは慰めるように言った。

 早くに退院できるならいいか。特に何もできない病室で長期間過ごすなんて苦行を強いられることも無いし。

 そう捉えれば、俺は幸運なのかも。


「てか、俺っていつ退院なんですか?」


「五日後ですよ。先生の話聞いてなかったんですか?」


 咲喜さんが教えてくれた。どうやら俺は重要な事を聞き落としてしまっていたようだ。


「いやぁ……もう聞く気が起きなくて」


 咲喜さんの脳内で「こいつ聞いてなかったのかよ」みたいに蔑まれていそうで、俺は誤魔化すように笑いを混じらせて言った。

 咲喜さん絶対内側がトゲトゲしてるからな……時々外に出てるし。


 あっ、そういえば。エルミアは怪我したりしてないんだろうか。俺よりも激しく動いていたのに無傷はないだろう、流石に。


「エルミアは怪我ないのか?」


「私はちょっと切り傷があるくらいで……後は疲れてるだけだから大丈夫だよ」


 大きな怪我が無いなら良かったが、改めてエルミアは凄いんだなあと思った。俺みたいにべベスに詰め寄られる場面も無かったし。

 数多の激闘を乗り越えてきた戦乙女(ワルキューレ)とでもいうのだろうか。


「なら良かったな。……あ、でもエルミアってこっちの世界に来てから魔力が少なくなってたんじゃなかったのか? 普通に魔法使いまくってたけど」


 怪我の話から戦っていた時の光景が蘇り、一つの疑問が生じた。俺の記憶が正しければエルミアは転移して最初の戦いで魔力切れになっていたのに、べベスとの戦いではその比じゃないくらい魔法を使っていた。

 何故、今回は魔力切れが起こらなかったんだろう。


 エルミアはまるで今やっと気付きました、みたいな表情になり、少し考えている様子。


「うーん……何でだろう。私にも分からないな」


 いや分からないのかよ。エルミア以外にその答えを出せる人はいないのに。

 どうやらまだまだ謎は残ったままだ。べベス達の組織だって……ん?


「そうだっ、べベスは!?」


「べベスは死んだ。泰斗君の頑張りで……間違いなく」


「そうか……」


 敵討ちを果たすことができたのに、俺の気持ちは意外にも静かだった。怪我の影響もあるかもしれないが、「そうなんだ」という控えめな言葉しか浮かばない。

 こういうものなんだろうか。


「……あ、透弥から電話来ました」


 咲喜さんが鞄の中からスマホを取り出すと、音を遮る物が無くなり着信音が強く鳴り響く。

 透弥が電話の向こうにいるとなると、開口一番でとんでもない声が聞こえてきそうだ。


 今日は平日だから、透弥は学校に行ってたんだろうな。俺とは違って。

 折角あんな夢を見たんだし、実際に行ってみるってのも……。


『オイ姉ちゃん! 何で俺を置いて行っちまったんだよ!』


「しっ、静かに。ここ病院だよ?」


 案の定だ。電話越しでも声から彼の顔が容易に想像できる。

 咲喜さんも少々お怒りの様子だ。


『ああ、悪かった。でも見舞いに行くぐらい俺の帰りを待ってくれたって良かっただろ』


「ごめんって、ごめんって」


 咲喜さんは適当に謝りながら、こちらの視線を忍ぶようにして部屋から出ていった。こんな時でも透弥は変わらないな。逆に安心するよ。


 ……ただ、透弥が俺の見舞いに行きたいとは驚きだな。散々口論をしてそれから会っていないのに。何か彼の考えが翻る出来事があったんだろうか。


「透弥のやつ何があったんです?」


「んー、まあ……色々ね。透弥もきっと何かに気付いたんだろう」


 頑固そうな透弥の考え方が変化するって、それは相当ヤバい事があったんだな。敵の襲撃に遭ったとか……そんな感じかもしれない。


 何はともあれ、一旦平和が訪れたのには違いない。エルミアと出会って以来、こんなに安堵できた日は初めてだ。


 部屋に残った二人とも会話を終え、体を回復させる意味も込めて俺は目を瞑った。


 真っ暗になった意識の中で、母さんの姿が周囲を明るく照らすように浮かび出てくる。

 俺は何も言わず、ただじっと見つめるだけだった。やり遂げたよと、そう言うように。

 所詮は俺の妄想だ。俺が意識すれば、それは頭の中で現実になる。母さんは奥の方へ去っていき、また暗くなった。


 俺は一粒の涙を手で拭い、窓に目を向けた。

 カーテンの隙間から見える街の風景は、太陽に照らされて凄く明るい。

 俺はその景色を堪能した後に再び目を瞑り、今度こそ眠りに就いた。

 一章、完。


 第36話を読んでいただき、ありがとうございました。

 次回から二章、始まります。

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