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第35話 猛攻

 べベスは一気に踏み込んできた。

 俺は何とか剣を胸の前に持ってきて、その拳が侵入してくる事を防ぐ。ただ、いくら守りの体勢であっても彼の腕力と魔力には堪える。


 これでは不味いと感じ、魔石の力を借りる。

 俺に直撃しない剣先から炎を放った。そうすることで剣は推進力を得てべベスからの圧力を弾く。

 俺がそんな攻撃をするだろうと感じたのか、べベスは俺に斬られる前に後方へ飛び退いた。

 今のが無ければ両手を落としてほぼ戦闘不能にできたというのに。


 だが、この戦いは二対一だ。俺とエルミアは共闘しているんだから、その利点は活かさなければならない。それはエルミアも重々承知している。

 その根拠はべベスの頭上にある。三つの魔法陣から赤い光が差していて、その全てはべべスに向いている。

 魔法陣を出している辺り相当強い魔法なんだろう。チャージする時間が必要なら、やはり俺との連携を大事にしていると見ていい。


「うお、やべぇ」


 あの強さのべベスが弱気な言葉を漏らした。

 彼は頭をグッと上げて頭上のそれを見るが、既にそれを回避できる時間は無くなっていた。

 溶岩のような火炎が赤い光の線に沿いながら飛び出し、その全てがべベスに直撃する時、物凄い音を立てて爆発した。

 気を抜くと吹き飛ばされそうな爆風が俺を襲う。足が崩れそうなくらいに力を入れ、その風に抗った。


 熱と風を腕やら足やらで凌いだ後、俺は多少焼けていそうな服なんて気にせずべベスを探した。べベスのことだ、これで死んでいないなんてのも有り得る。フラグを立てたりはしない。


 エルミアも結構な攻撃を仕掛けた割にはべベスの生死を心配しているようだ。

 周囲の建物を殆ど傷付けない爆発だったんだから、それもそうか。


「うっ……」


 右肩辺りに悪寒に近い何かを感じた。ゾクゾクと寒気を感じさせる風が通り過ぎるような。

 通り過ぎる、という単語を思い浮かべた時、それをしたのが彼であると悟った。俺が感じ取ったものが確かなものであるなら、間違いないだろう。


 ――フッ。


 力のある息が聞こえた。しかも背後から。


 俺はすぐに体の向きを百八十度変え、燃え盛る剣を振る。そうすると案の定何かに当たり、べベスがそこに現れた。


「よく分かったな」


 至近距離でそう言うべベスは、さらに傷が増えていた。右目が無い。イヤ、無いというよりは黒いモヤモヤが覆い被さっている。


 俺は剣を上方向にスライドさせ、空中にやった。多少離れていても魔石は使えると根拠の無い判断をし、意識を集中させる。

 魔石から炎が火炎放射器のように噴き出し、真下に居るべベスに多大なダメージを与える。


「これは流石に避けられないだろ」


 俺は勝ち誇るように言ったが、横に居るエルミアの様子を見るとべベスを殺せてはいないようだ。


「そこ!」


 エルミアは全く違う方向に火球を飛ばし、俺達が認識できていないべベスに当てた。


「ああ……お前らやるな」


 べベスの右腕の服の一部が焼け落ちていた。

 皮膚には届いていなさそうだが。


「そんな術まで使えるなんて……」


 そんな術……どういうことだ?

 べベスは口を開いた。流れからするに、その術についての説明か。なら、今の内に次の攻撃の準備をしておくのもアリだ。

 さっきの攻撃で魔石は俺から離れていても使えることが分かった。その一つの検証結果だけで作戦の幅は一気に広がる。


 俺は誰にも気付かれないよう静かに腕を腰に回し、剣を握る手を開いた。普通ならそのまま落ちるだけだが、その剣には魔石という素晴らしいアイテムが嵌っている。

 なるべく音を立てないように炎を噴き出させる事で剣は戦闘機のように飛び、ある程度自由に動かせる。


 俺は剣が今どこにあるかを脳内でイメージしつつ、魔石から炎を出し続けた。

 地面スレスレを進み、べベスが乗っている建物の下まで移動させる。そしてタイミングを見計らい、背後から突き刺す。

 これが俺の計画だ。


「体の一部と引き換えに瞬間移動する禁断の魔術だ。こんなんになっちまったけどよ……死ぬよりはマシだろ?」


 べベスは右目を指差しながら自慢げに説明している。その術自体も相当なものだが、一秒も無い間に術を使った方が驚愕すべきことだ。

 べべスの引き換えにできる体が無くなるまで戦い続けるなんて馬鹿な事はできない。何とかしなければ。

 ……そう思える展開になってよかった。これは増々俺の計画が有効に働くじゃないか。


 俺の感覚では、剣を建物一つ分上昇させるだけでべベスの真後ろだ。

 これで仮に殺せなかったとしても、重い傷を与えるのは確実。勝機を掴める。


「移動する距離にもよるが、指一本でも術には十分だ。お前らは俺を――


 静寂の瞬間。眼前の仇敵に大穴が開く数秒の時間。

 何の雑音も声も無く、そのシーンを傍観するような夜の空が広がっているだけだった。


 俺もべベスと同等と言われればそうなのかもしれないが、彼が血を流して倒れゆく様は絶妙な爽快感と達成感がある。

 その抑え切れない不思議な感情で、俺の口元は緩んだ。微弱に震えながらもニヤリと笑みが零れる。


 ここまでの俺の計画を知る由もなかったエルミアは当然ながらに驚いていた。ビー玉が入りそうなくらいに口を開け、その光景をゆっくりと頭に染み込ませている。


「おおっおお……こりゃやられたな……」


 痛みを感じていないとここまで震えた声は出ないだろう。全部幻でした、なんてことでもない限りは俺の攻撃はよく効いている。

 べベスは腹から飛び出した剣を掴み引き抜こうとするが、その行動も全て俺がこの目で観察している。そうはさせまいと、俺は一歩踏み出す。


「エルミア!」


 横目で見ながら彼女を呼んだ。俺が走って剣を取りに行っても間に合わず……という展開を防ぐためだ。エルミアなら俺より早くにべベスが伸ばす手を討てる。


 エルミアは俺の望んだ通り、べベスの右手に向けて火球を飛ばした。火球には破壊力こそ無いものの、人の皮膚を焦がす熱は持っている。

 そしてべベスの右手はギリギリ服と区別が付くくらいに黒く焦げた。熱さで容易に動かせないだろう。


 俺とべベスの距離は元々短かった。故に、エルミアが魔法を撃つ程の時間でべベスの懐には手が届くようになる。

 背中側の柄を握り、容赦なく引き抜いた。肉や皮膚なんかと擦れて更なる打撃になる筈だ。


 少し屈んだ体勢の俺と真っ直ぐ立っているべベスの視線が交差する。

 彼は片目しか無いというのに、睨み付けてくる顔から放つ威圧感は尋常ではなかった。

 萎縮しそうになったが、動きをピタリと止めてしまっては疲労や苦痛が荒波のように押し寄せるだろう。だから俺は止まらない。


 曲がった腰を立てると同時に剣を持っている方の腕を振り上げ、右手も切り落としてしまうことを狙う。

 が、流石にこれは無理だった。黒い盾のような物が俺の目の前に出現し、俺を弾いた。


 もう一度……という時に、べベスを中心とした黒い輪が形成される。新たな攻撃かと息を呑んだが、エルミアの助けが入った。

 その輪は衝撃波のように広がったが、エルミアが俺を掴んで高く上がった。あの至近距離なら俺は死んでいたかもしれない。


「気を付けて。まだ隠している術が沢山ありそう」


 小さな火球をべベスに飛ばしながらエルミアは俺に注意するよう促した。確かにそれは俺も留意すべき事だが、俺は怯んだりせずにこのまま命を絶ってやりたいという気持ちが強くなっていた。


「それでも俺は行く」


「泰斗く……ちょっと!」


 エルミアの手を掴んで俺の体から引き離し、二メートルくらいの高さから飛び降りた。落下による衝撃が足を襲うが、大きく動く事で相殺してべベスの所へ走った。


 後少し、後少しなんだ。一撃でも与えられれば俺達の勝利となる。反撃を食らおうと、死なないならそれでもいい。


 べベスはそんな俺を舐めるように見つめて笑った。重傷を負っているんだぞ、お前は。


「殺せると思うか、今のお前に!」


 俺の気を逸らすのが目的か、べベスの声からは風に煽られたような振幅を感じられた。

 だが、べベスの動作は今までと変わっていない。怪我をしている分少し鈍いくらいで。


 べベスの中ではもう完全に、俺の攻撃パターンは「剣で斬る」か「炎を放つ」になっているだろう。

 体を損傷していても、それなら勝てるとどこか安心している筈。

 だから俺が急に足を上げても対応するのは難しい。

 勿論、俺もキックでどうこうなるとは思っていない。だが、俺の新技を発動させる時間を稼ぐには十分なノックバックをさせられる。


 引きこもりの本気を思い知るんだな。


 俺は中身が後ろの穴から飛び出そうな力でべベスの腹を蹴り、後ろに下がらせる。


「うおっ」


 俺は体勢が崩れたべベスを斬る……と見せかけて、べベスの頭頂部より少し上辺りに向かって剣を投げた。


 エルミアの真似事だが、効果は抜群の筈。これと、次の一撃に全てを懸ける。


 炎のつむじ風がべベスを覆う。大抵の物は燃やし尽くしてしまいそうな勢いは自分の体まで焼失しているんじゃないかと疑いたくなる凄さだ。


 陽炎で体を揺れ動かしながら彼は俺の前に現れた。全身真っ黒焦げ。そもそも生きているのかと問いたいが、そんな事をするくらいなら殺してしまった方がずっと早い。


 エルミアが援護射撃的なことをするんじゃないかと予想していたのに、外れた。彼女のことが気になるが、このタイミングで振り返ったりなどできない。


「終わりだ、べベス」


 戦士風にポツリと言い、吹っ飛んできた剣を握る。軽く火傷してるだろとツッコミたくなる熱さだ。しかし耐えろ、もう終わる。


 狙うは心臓。どう刺せばいいのか分からないが、胸の辺りを貫けば多分大丈夫だ。


 肘を曲げ、右肩を後ろに引く。

 母さんへの思いを全てその腕に詰め込む。


 月が綺麗に輝き始めた頃、俺は腕と共に剣を突き出した。

 第35話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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